Typical street scene in Santa Ana, El Salvador. (Photo: iStock)

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IMF サーベイ・マガジン : IMF、金融の安定性への脅威を警告

2016年4月13日

  • 先進国・地域ではリスクが上昇、新興市場国・地域ではリスクが高止まり
  • 市場の混乱は、成長の後退、不確実性の増大、信認の低下を反映
  • よりバランスの取れた強力な政策ミックスにより、世界GDPをさらに2%拡大することができる。

際通貨基金(IMF)は最新の「国際金融安定性報告書」で、過去半年で、国際金融の安定性リスクが高まったと指摘した。その背景には、経済リスク及び不確実性の上昇、一次産品価格の下落、そして中国経済をめぐる懸念がある。

ニューヨーク証券取引所のトレーダー:不確実性の増大が、更なる金融の混乱につながる可能性もある (写真: Justin Lane/epa/Corbis)

ニューヨーク証券取引所のトレーダー:不確実性の増大が、更なる金融の混乱につながる可能性もある (写真: Justin Lane/epa/Corbis)

国際金融安定性報告書

今年はじめ、金融市場はこうした情勢にネガティブに反応した。国際的に株価が急落しボラティリティが急上昇し、先進国が不況に陥る可能性が取りざたされ、銀行株価も再び下落圧力にさらされた。こうした展開は、経済・政治リスクの高まりに政策が対応できるか、その能力への懸念が増したことを反映している。

IMFによると、二月から市場の状況は大幅に改善しているようだ。これは、経済面でのいくつかの明るいニュース、欧州中央銀行の政策の強化、及び米国連邦準備銀行が利上げに対してより慎重になったことが影響している。中国も成長率の引き上げと為替相場の安定に向けた政策の枠組みを強化する努力を強めている。

IMFのホセ・ビニャルス金融顧問兼金融資本市場局長は「本報告書が提起している主な問題は、ここ数か月の市場の混乱から我々は無事脱したと見るべきか、それとも市場の混乱は対処すべき課題が依然残っていることを我々に警告していると捉えるべきかということだ」と述べ、「私は後者であると考えている。即ち、国際的な安定の確保を実現するには、多くの課題を解決しなければならない」と指摘した。

世界が直面する三つの課題を解決するための政策

IMFは、リスクを減らし成長を促すための強力な効果を発揮するよりバランスの取れた政策の組み合わせを実現するために、追加的な施策の導入が必要だと述べた。実行に移さなければ、市場の混乱が再燃・激化し、景況感の悪化、成長率の低下、金融のタイト化、債務増大の連鎖という悪循環に陥る恐れがある。この結果、世界経済が経済・金融の低迷に陥る可能性もある。報告書は、そのようなシナリオが実現してしまった場合には、基本シナリオに比べ5年間で世界GDPは約4%も低下するとしている。これはほぼ一年分の経済成長を失うことに相当する。

この下振れリスクを回避するには、政策担当者が世界が直面する三つの課題に立ち向かう必要がある。三つの課題とは、先進国・地域で残されたままになっている危機の遺産の清算、新興市場国・地域が直面する脆弱性の高まりへの対処、及びシステミックな市場流動性リスクへの対応である。これらの対応がなされれば、2018年までに基本シナリオ比で世界GDPを1.7%拡大することが出来るかもしれない。

第一に、先進国・地域の政策担当者は危機の負の遺産に取り組む必要がある。特に、経済活動に必要な資金を供給するという重要な役割を果たしている銀行部門での取り組みが重要である。IMFによると、先進国・地域の銀行の安全性は高まっている。しかし、経済の先行きの見通しが弱まり不確実性も増大するなか、今年の初めに金融市場の強い圧力にさらされた。

同時に、銀行部門も、収益性の継続的な低迷という新たな危機後の現実に対応するなかで重要な構造的問題を抱えている。先進国・地域で多くの銀行がビジネスモデルの大きな変革を迫られている。同報告書によると、こうした銀行は、先進国・地域の資産規模でみて全体の約15%を占める。ユーロ圏では、市場からの圧力が、長期に解決されずに残る問題をあぶり出している。多額の不良債権を処理するための総合的な対策が早急に必要である。時間とともに、一部の銀行部門の過剰の問題を是正する必要がある。最後に、欧州は銀行同盟を完成させ、共通の預金保険制度を確立する必要がある。

第二に、新興市場国・地域の政策担当者は、世界的逆風への強靭性を高める必要がある。一次産品価格の急落により、企業部門も政府も脆弱性が高まっており、経済金融面のリスクを高めている。新興市場国・地域はここ数年負債を増やし続けてきており、成長の低下、与信環境のタイト化、資本移動の変動激化という難しい環境に直面している。このような困難な状況下でも、多くの新興市場国・地域は好況時に蓄えた余力をうまく活用することで、驚くべき強靭さを発揮し、持ちこたえてきた。しかし、IMFによると、好況時の蓄積も底をつきつつあり、いくつかの国ではもはや打つ手がなくなりつつある。

第三に、特に一次産品輸出国や関連産業では財務状況が悪化する中、借換が困難化する恐れがある。多くの問題企業は国営企業であるため、こうした問題が政府部門に飛び火する恐れがある。多くの新興市場国・地域では銀行は総じて十分な余力を備えているが、不良債権の増加という試練にさらされるかもしれない。こうした各種の問題間のつながりに照らせば、企業の脆弱性を緊密にモニターし、不良債権の認識と管理を迅速かつ透明に行い、銀行の体力を高めることが必要である。

中国は移行を管理できる

新興市場国・地域の中でも中国の動向が最も重要である。中国はよりバランスのとれた形で成長経路を引き下げ、市場ルールに根差した金融システムの構築を果たすという困難な転換に挑んでいる。中国当局は改革に取り組んではいるが、IMFはこの転換は本質的に複雑なものだと述べた。

中国の場合も企業と銀行の連関は極めて重要である。経済のリバランス化が進みつつあるが、成長率の低下と収益性の低下によって、中国の企業部門の健全性は悪化している。この悪化は、利払いのための利益を確保できない企業の有する債務の総債務に占める割合の増加にも反映されている。この比率をIMFは「高リスク債務(debt at risk)」と名付けているが、全上場企業ベースで14%と、2010年に比べ3倍以上に上昇している。

中国企業の悪化は中国の銀行にとって重要な意味を持つ。本報告書の推計では、潜在的に不良債権化するリスクのある対企業融資は、銀行にGDPの7%に及ぶ損失を生む可能性がある。ビニャルス氏は「この数字は大きくみえるかもしれないが、銀行の体力と政策の発動余力、並びに経済が高成長を持続する可能性を勘案すれは、中国にとって吸収可能な範囲にある」とし「また重要なのは、中国当局がこうした問題を認識し、企業部門における過剰債務に対処すべく、種々の措置をすでに講じていることだ」と続けた。

IMFは、問題の規模を考えれば、大胆な政策パッケージが必要だと指摘している。具体的には、(1)企業の過剰債務の処理、(2)銀行部門の強化、及び(3)複雑化する金融システムに対応したより高度な監督の枠組みの構築、である。

金融政策の先

IMFによると、政策担当者が共同して対応することで、基本シナリオが想定しているレベルを超えた経済の成長と金融の安定性を実現することができる。金融政策に過剰に依存している現状を脱却し、よりバランスの取れた、効果的な政策の組み合わせを実行する必要がある。金融政策は依然極めて重要ではあるが、金融政策だけに依存するわけにはいかない。適切に設計された構造政策と、成長を支え、後押しする財政政策が不可欠である。さらに、金融部門に対する政策を強化し、金融システムをより強靭なものにする努力も必要である。国際的には、金融規制の改革プランの全体を実現し、実行に移さなければならない。これにはノン・バンクにかかる改革も含む。これらを全体として実現すれば、政策を総体としてバランスのとれたものとし、政策の有効性を高めることが出来る。