中央銀行とフィンテック — 素晴らしい新世界?

2017年9月29日

 イングランド銀行総裁、ご列席の皆様、おはようございます。

 マーク・カーニー総裁、ご丁寧な紹介を賜り、ありがとうございます。また、この素晴らしい機会にご招待いただきましたこと、イングランド銀行の皆様に御礼申し上げます。

 本日、皆様がお集まりになっているのは、イングランド銀行が金融政策面での独立性を得てからの20周年をお祝いするためです。過去20年間、イングランド銀行はイギリス経済を安定化させる役割を担ってきました。そして、世界中の中央銀行にインスピレーションを与えてきました。もちろん、カーニー総裁のご指導によるところも少なからずあったことでしょう。

 また、この機会に、これまでの私たちの経験から学び、これまでの実績に基づいてさらに前進し、未来を見据えていきましょう。これからの20年間を展望しましょう。私たちの道のりはまだ続いていきます。

 今日この朝、私はフリート・ストリートを通ってきました。フリート・ストリートを通るたびに、歴史をたどっているかのような感覚を抱きます。中世の時代には、フリート・ストリートは商業の一大中心地でした。今では、そうしたビジネスの多くがインターネット上に移ってしまっています。19世紀までに、この通りではティッカーテープ機が並び、記者たちが夕刊を飾るニュースを求めてお互いを追いかけるようになりました。この世界もまた、大部分がインターネット上に移行してしまいました。

 そして、ロンドンのここシティで活動する銀行家や政策当局者にとっても、多くのことが変わりました。しかし、これは始まりにすぎません。ビッグ・ベンの時計の針を回して、 2040 まで時間を早送りしてみましょう。2040年の世界がどのようなものなのか覗き込んでみます。例えば、2040年はこのような感じかもしれません。

  • 車は消え去りました。というのも、人々は空中に浮かぶ「ポッド」と呼ばれるドローンで移動するようになったからです。朝の通勤ラッシュ時間でも、ポッドはお互いを見事に避けています。

  • ポッドのひとつには、2回目の任期をつい最近開始したばかりの中央銀行総裁が乗っています。スレッドニードル・ストリートにたどり着くまでの間、朝の日課として、総裁はデジタルアシスタントが収集整理したニュースビデオをホログラムでスワイプしながら見ています。

  • 総裁はポッドを降り、円柱が立ち並ぶ建物の正面へと歩き、ドアを開きます。

 すると、そこで総裁を迎えるのは誰でしょうか。エコノミストたちが席に座り、テーブルを囲んで、取りうる政策について議論を重ねているのでしょうか。それとも、知性を持った機械が意思決定を行い、金利を設定し、貨幣を発行しているのでしょうか。

 言い換えるならば、これからの時代にフィンテックが中央銀行をどう変えていく のでしょうか。今日の基調講演ではこの問題に焦点を当てたいと思います。

 3種類の技術革新がもたらすかもしれない影響について考えていければと思います。この3つの技術革新とは、仮想通貨金融仲介の新形態、そして人工知能 (AI) です。

 こうしたイノベーションの中には、既に私たちのお財布の中、スマートフォンの中、さらには金融制度の中に入りこんだものもあります。しかし、これは始まりにすぎません。

 空を舞うポッドに私と一緒に飛び乗って、未来を探検する準備はできていますか。ロンドン市民の1人のメリー・ポピンズであれば、こう言ったかもしれません。「想像力もひとつまみ一緒に持ってきて」と。

1. 仮想通貨

まずは仮想通貨 から始めさせてください。誤解がないように申し上げますが、仮想通貨とは、既存の通貨でデジタル決済を行うことではありません。そうしたデジタル決済方法はPaypalや、中国のAlipayやケニアのM-Pesaなど電子マネー事業者によって提供されています。

仮想通貨はまったく別のカテゴリーです。というのも、仮想通貨は独自の勘定単位と決済制度を備えているからです。こうした制度があることで、中央清算機関なしに、また中央銀行なしに、個人間のP2P (ピア・ツー・ピア) 取引を可能にします。

現時点では、法定不換紙幣や中央銀行といった既存秩序に対して、ビットコインのような仮想通貨が突きつけている挑戦は皆無か、あったとしても取るに足らないものです。それは、なぜでしょうか。その訳は、仮想通貨はボラティリティが高く、リスクも大きく、電力を過剰に消費するからなのです。また、仮想通貨の基盤技術には拡張可能性がまだありません。規制当局からみると多くの仮想通貨が不透明すぎます。いくつかの仮想通貨はハッキングの対象にもなりました。

しかし、こういった点の多くは時間が経つにつれて対策がとられる技術的な課題です。「パソコンが定着することはない」「タブレットは高価なコーヒートレーとしてしか使えない」と主張していた専門家がいた時代はそれほど昔のことではありません。ですから、仮想通貨を否定してしまうのは賢明ではないかもしれないと思うのです。

金額と比べてお得なのか?

 例えば、国家制度が脆弱で、自国通貨が不安定な国々を考えてみましょう。米国ドルのような外国通貨を選択する代わりに、こうした国々は仮想通貨の利用を増やすことを意識するようになるかもしれません。通貨のドル化2.0と呼びましょうか。

 IMFの経験から、新しい通貨に関する調整が指数関数的に、つまり飛躍的に、加速し始める分岐点がわかっています。例えばセーシェルでは、2006年に20だったドル化が2008年に60 まで跳ね上がりました。

 それでもしかし、ドルやユーロ、ポンドといった物理的にも形のある通貨ではなく、仮想通貨をなぜ市民は保有するようになるのでしょうか。その理由は、将来いつか、紙幣と比較して、より簡単に、そして、より安全に、仮想通貨を手に入れられるようになるかもしれないからです。とりわけ、僻地にある地域ではその違いが際立つことでしょう。そして、さらには、仮想通貨の方が、安定性が高くなりうるからでもあります。

 例えば、ドルに対して、もしくは安定した通貨バスケットに対して、1対1の比率で発行することも可能です。完全に透明な形で発行し、予め定めた信頼の置けるルールの下、つまり、モニタリング下に置いたアルゴリズムに基づいて統制することも可能でしょう。もしくは、変化するマクロ経済環境を反映した「スマート・ルール」による統制になるかもしれません。

 ですから、多くの点で、仮想通貨は既存の通貨と金融政策をてこずらせるかもしれません。中央銀行にとって、最善の対応策は効果的な金融政策を継続することです。一方で、新しい考え方やベンチャーも進んで取り入れていくことです。新しい必要に応じて、経済も進化していきます。

より良い決済方法なのか?

例えば、シェアリング・エコノミー、分散型サービス・エコノミーが軌道に乗っている国々で増加中の新しい決済サービス の需要を考えてみてください。

 こうした経済はP2Pの取引に根ざしていて、小額の支払いが頻繁に行われますが、しばしば国境を越えた支払いも行われます。

 ニュージーランドの女性がガーデニングのアドバイスをして、それが4ドル。日本語の詩を専門家に翻訳してもらい、それに3ユーロ。そして、フリート・ストリートの歴史的な街並みを仮想空間に表現するバーチャルレンダリングには80ペンス。こうした支払いをクレジットカードや電子マネーで行うことは可能です。しかし、小額の取引に対して生じる手数料の額が比較的大きく、海外への支払いのときには、とりわけ高くつきます。

 代わりに、人々はいつか仮想通貨を好むようになるかもしれません。というのも、現金と同じコストで、現金と同じ便利さを仮想通貨が提供できるかもしれないからです。決済リスクも清算の遅れもなく、中央登録制度もなく、口座や個人情報の照合を行う仲介役も存在しません。民間発行の仮想通貨が不安定でリスクが高いままだと、人々は 中央銀行に対して法定通貨のデジタル版を提供するよう要求する ようになるかもしれません。

 ですから、新しいサービス経済がイングランド銀行の扉をノックし始めたときに、皆さんはそれを部屋の中へ招き入れるのでしょうか。お茶でもてなした上で、流動性を提供するのでしょうか。

2. 金融仲介の新形態

 こうした点を踏まえ、このままポッドに乗って2つ目の行程へと旅を続けましょう。次の目的地は新しい形の金融仲介です。

 ひとつ可能性としてあるのが、銀行機能の解体ないしアンバンドリング (複合機能の解体) です。将来、私たちは電子ウォレット上に、支払いサービス用には最低限の残高しか残していないかもしれません。

残りのお金は、投資信託や、ビッグデータやAIを駆使して信用評価を自動化した強みを持つP2Pレンディングのプラットフォームでの投資に向けられるかもしれません。

この世界ではプロダクト開発が6か月周期で行われ、プロダクトの更新が常に行われています。その中心がソフトウェアで、とりわけ重要になるのが、シンプルなユーザーインターフェースと信頼できるセキュリティです。データが王様の世界です。この世界では、新しいプレイヤーが支店を持つことなく活動しています。

 もし銀行預金が減り、お金が新しい経路をたどって経済に流れることになるとしたら、現在の部分準備銀行制度に疑問符がつくだろうと主張する声も出てくるでしょう。

この文脈でどのように金融政策を実施するのか?

 典型的には、中央銀行は現在、プライマリーディーラー、つまり大手銀行を通じて資産価格に影響を与えています。こうした大手銀行に対して、中央銀行は固定価格で流動性を提供しているのです。これは公開市場操作と呼ばれます。しかし、新しい金融の世界でこうした大手銀行が果たす役割が小さくなり、中央銀行による調整の必要性が薄れてしまったら、それでも金融政策は効果のある波及力を持つのでしょうか。

 中央銀行は、オペレーション時の取引相手を増やす必要が出てくるかもしれません。イングランド銀行は既にこの方向に向かって走り始めており、大手ブローカーディーラーや、中央カウンターパーティ (CCP) 清算機関を取引相手に加えました。

もちろん、こうした内容は全て、規制の面にも影響をもたらします。取引先が増えることはつまり、より多くの企業が中央銀行による規制の傘の下に入ることを意味します。規制に服することは、万一の事態が起こったときに、中央銀行から流動性の供給を受けるために支払わなければならない対価なのです。将来、こうした事態が起こる可能性が高まるのか、下がるのかについては議論の余地があります。しかし、シャドーバンキング規制の改善はより喫緊の課題となっているように思えます。カーニー総裁のリーダーシップの下、金融安定理事会はこの分野でも歩を前に進めることができています。

中央銀行に託される役割は今後も大きくなるでしょう。同時に、ひょっとすると世間の目も厳しくなり、政治的な圧力も増すかもしれません。中央銀行の独立性、少なくとも金融政策を実施する上での独立性は、さらなる防護を必要とし、コミュニケーションの明確さを高める必要性も出てくるでしょう。

規制面でもやり方を変える必要が出てくるかもしれません。規制当局は従来、しっかりと確立した法人の定義に沿って監督を行ってきました。しかし、新しいサービス事業者が新しい姿や形をとって、絶えず出現してくるような環境では、こうした新しい存在をカテゴリーに分けることは、それほど簡単な話ではないかもしれません。SNS事業者が、自社のバランスシートを融資に利用せずに決済サービスだけを提供しているような場合を考えましょう。この場合には、この事業者に何というラベルを貼ればよいのでしょうか?

 こうした点は弁護士たちにとってみれば良いことですが、規制当局にとっては、それほど嬉しい話ではありません。規制当局はさらに広い範囲に対して注意を向けていく必要が出てきそうです。金融の担い手に対して監督を行うことから、金融の活動を監督することへと移行する必要性が生じそうです。一方で、アルゴリズムの健全性と安全性を評価する専門家になることも余儀なくされるかもしれません。言うは易く行うは難しではありますが。

協力が鍵

 物事を少しでも円滑に進めるために、私たちは対話を行う必要があります。経験豊富な規制担当者と、フィンテックへの取り組みを始めたばかりの規制担当者の間での対話です。そして、政策当局者と投資家と金融サービス会社の間でも対話が必要です。そして、国々の間の対話も必要です。

 国境を越えて手を伸ばすことが非常に重要です。というのも、私たちが対象とする規制の対象が広がるからです。国ごとに存在する主体から、国境を越えた活動へと、規制の焦点が移行していきます。地元にある銀行の支店から、量子暗号化された国際取引へと規制の対象は拡大するのです。

 国際通貨基金 (IMF) には 189 か国が加盟 しており、こうした議論を行うのには最適な場所 となります。テクノロジーには国境がありません。テクノロジーには出身地も所在地も関係ないのです。規制のアービトラージ (差異の悪用) はどのように防げば良いのでしょうか。規制緩和競争を阻止するにはどうすれば良いのでしょうか。こうした内容は、経済と金融の安定性、また、国際的な決済や金融インフラストラクチャーの安全性というIMFが取り組むべき問題でもあります。

 国際協力には多くのものがかかっています。また、得られるものも大きいでしょう。世界的な金融のセーフティネットがどれほど広がっても、そして、その形がいかように変わったとしても、そこに穴が開いていてはいけません。

 こうした側面でも、IMFが確固たる役割を果たせるだろうと私は確信しています。けれども、IMFもまた進んで変化を受け入れなければならないでしょう。新たな対話相手を招き入れることもそうですし、デジタル版のSDRの役割を考慮することもそうです。

 つまり、IMFもポッドでの旅に前向きなのです。

3. 人工知能

 そして、これで3番目かつ最後の行程にたどり着きました。人工知能によってどのように世界が変わっていくかについてです。

 先ほどの話に出てきた2040年の中央銀行総裁は、金融政策を策定できる機械を磨くために出勤するのでしょうか。アンディ・ホールデン理事、1,500万人の雇用が機械で自動化できるという予測をお出しになりましたが、イングランド中央銀行とその世界一流の銀行スタッフには影響があるのでしょうか。

 ひとつ、はっきりしていることがあります。データの量は常に増えていくことでしょう。中には、今日利用できるデータの90%が、過去2年の間に生み出されたものだとする試算 1 もあります。こうした情報は、単にGDPや失業率、物価についてだけではなく、もっぱら経済合理性のみに基づいて行動するはずのホモ・エコノミクスが示す奇妙な癖や非合理性といった行動データでもあります。

スマートフォンとインターネットのおかげで、こうしたデータが豊富にどこにでも存在するようになり、人工知能と組み合わせることで、その価値がますます大きなものになってきています。

人口知能は非常に大きな進歩を遂げています。囲碁は古代から続くボードゲームですが、昨年には、世界でも有数の棋士が数人、自己学習するコンピューターに敗れました。コンピューターが棋士に打ち勝つ日が来るのは、何十年も先のことだと多くの人々は考えていました。機械は戦術を学び、パターンを認識し、ゲームを最適化したのです。こうした技能で、機械は人類よりも一枚上手だったのです。

 明らかに経済は囲碁よりもはるかに複雑ですが、これからの数十年間で、機械が果たす役割は必ずや大きくなることでしょう。政策立案者を助け、リアルタイムの予測をはじき出し、バブルを見分け、複雑なマクロ経済と金融の関係性を発見する役割を機械がますます担っていくのです。

 しかし、皆さん、安心してください。それでも、人間は必要です。

 ひとつには、経済の不確実性は非常に大きなものです。経済の基本的な関係に生じる変化を見分ける必要があります。そして、リスク評価も行うべきです。判断や同僚による常日頃の問いかけ、意見の多様性、そして、時には独自路線を行く精神も、良き政策には不可欠であり続けるでしょう。しかし、機械がそうしたこともできるようになった場合にはどうでしょうか。

 次に、コミュニケーションの問題があります。皆さんもご存知のように、良き金融政策とはストーリーテリングです。政策が効果的なのは、明確に説明ができ、人々が将来の政策を予測できるときのみです。機械が自ら出した政策を分かりやすい言葉で本当に説明できるようになるでしょうか。

 もしそのハードルも跳び越えることができたとしても、最後の壁が残っています。最良のアルゴリズムと機械をもってしても、目標を逃すことはあるでしょうし、危機が起こることもあるでしょうし、失敗もおかされるでしょう。しかし、機械に本当に説明責任を果たすことができるでしょうか。家を買うことができない若者に対して、職を失ってしまった働く母親に対して、説明責任を果たせるでしょうか。

 説明責任が鍵です。説明責任なしに、独立性はありえません。説明責任なしに、誰がこれほどまでの権限を官僚組織に与えるでしょうか。そして、独立性なしには、政策は、道を踏み外してしまうでしょう。今日この会議は、はっきりと明瞭に、そのことを思い起こさせてくれます。

ですから、機械が金融政策を支配することになるとは私は思いません。2040年に、中央銀行に出勤した総裁は血の流れる人間で、扉を開くと、人間のスタッフが総裁を迎えることでしょう。少なくとも、そこには生身の人間が数人いるはずです。

 ですから、スレッドニードル街には「老婦人」 2 が残り続けるはずです。そして、皆さん、この点で私と意見が同じであればと思うのですが、年配の女性との会話によって、目が開く思いがすることは多いものです。

終わりに

 ポッドに乗った私たちの旅もこれで終着点に着きますが、なぜ私がこれほど楽観的な話し方をしているのか疑問に思われている方もいらっしゃることでしょう。多くの人にとっては、中央銀行が向かう新しい世界は、メリー・ポピンズの世界というよりもオルダス・ハクスリーが表現したディストピアに見えるのでしょう。ハクスリーの有名小説「すばらしい新世界」で描かれた世界のようです。

個々人として、また共同体として、全ての人のためになる経済と技術の未来を形作る力が私たちにはあると私は信じています。そして、その未来を作る責任は私たちにあるのです。

ですから、同じ「素晴らしい世界」でも、シェイクスピアの「テンペスト」に出てくる「なんて素晴らしい!立派な人たちがこんなに大勢!人間がこうも美しいとは!ああ、すばらしい新世界」という台詞のほうが私は好きです。

ありがとうございます。



1 IMB 「2017年マーケティングトレンド10選 (Ten Key Marketing Trends for 2017)」(2017年) https://www-01.ibm.com/common/ssi/cgi-bin/ssialias?htmlfid=WRL12345USEN で閲覧可能。

2 イングランド銀行を意味する「スレッドニードル通りの老婦人」への言及。

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