人口動態の変化と大きな不確実性を抱えるアジアにおける 財政政策

2017年6月4日

演説原稿

本日は、IMF を代表して、皆様を「第3回東京財政フォーラム」にお迎えすることができ、大変光栄に存じます。本会議の準備にあたった財務省・財務総合政策研究所、アジア開発銀行研究所の皆様に感謝いたします。

東京財政フォーラムの目的は、アジア諸国の経済における主要な財政政策について、政策担当者間の議論の場を提供することです。本年は、人口動態変化と大きな不確実性の中での財政政策の課題に焦点を当てます。

この文脈に沿って、財政政策に関する問題を検討するため、まず世界全体とアジアの経済見通しと、それに関するリスクについてお話ししましょう。その上で、格差と人口動態変化の中で、「包括的な成長(inclusive growth)」を実現する上での課題と、それに対処するための財政政策の役割について考えます。

アジアの成長見通し

ようやく世界経済の勢いが増しつつあることは、明るいニュースです。IMFの2017年の成長率予測は3.5%で、昨年の3.4%を上回っています。この改善は、米国の成長が加速することへの期待と、欧州及びアジアでの各種経済指標の向上に大きく依っています。

実際に、アジアは需要の増大と緩和的な政策に支えられつつ、世界の経済成長のけん引役を続けています。アジア地域の成長率見通しは、2017年が5.5%、2018年が5.4%と予想しています。とはいえ、当面の見通しについて、視界は良好とは言えず、大きな不確実性とリスクを伴っています。

アジアを取りまく不確実性

大きな不確実性の一つは、米国の経済政策が明確ではないことで、期待されている財政刺激策について、その規模や内容が明らかになっていません。予想より速い金利上昇や大幅な米ドルの増価は、アジアの新興市場国及び発展途上国の公的債務の脆弱性を際立たせる可能性があります。中国では、経済のリバランスの過程が続いていますが、その成長は国内における与信の急速な拡大に依存しており、問題が生じる可能性があります。

それらとは別の不確実性をもたらしているのが、政治情勢です。欧州では今後も選挙が予定され、中国では今秋に(5年に1度の)共産党大会が開催されます。それに加え、アジアにおいても地政学上の緊張が高まっています。

中期的な課題もあります。その一つは、大半のアジア諸国において、所得格差の拡大が起きていることです。これは、世界の他の地域においても同様の傾向がみられています。所得格差の拡大が、成長の速度と持続性を損なう可能性があるということについては、コンセンサスが広がりつつあります。また、所得格差の拡大は、政治的な意思決定がより難しい環境を生み出しかねません。

さらに、アジアにとって非常に重要な課題は、人口動態の変化です。その変化は、人口の伸びの減少と高齢化に特徴づけられます。アジアでは、人口増加率が2050年までにゼロになり、高齢者人口の生産年齢人口に対する比率が、現在の水準の2.5倍に達することが見込まれています。これは、多くのアジア諸国が豊かになる前に老齢化するリスクを意味します。

明らかなことですが、この人口動態の変化は、将来の成長見通しと財政負担に対して、非常に大きな影響を与える可能性があります。これまでの経験は、高齢化が本格的に始まる前に、財政政策を調整していくことが重要であることを示しています。こうした調整は、徐々に実施することによって、複数の世代の間で負担を分かちあい、政策の揺り戻しを回避しなければなりません。

包括的な成長のための財政政策の役割

それでは、これらの課題に対処するための財政政策の役割とは何でしょうか。


まず、包括的な成長を支えるための財政政策の役割を見てみましょう。

あらゆる国において、すべての国民が成長の恩恵を共有できることは本質的に重要です。

財政政策は、次の2つの面で、包括的な成長を促進する上で、強力な手段となります。

第一に、より良い所得移転の方法と、累進的な所得税制の組み合わせによって、所得の再分配を促すことができます。新興市場国及び発展途上国では、現金給付プログラムの拡大、個人所得課税のベースの拡大によって、平等性を高めることができるでしょう。

例えば、フィリピンでは、子供の通学や、健康管理といった条件が遵守されている場合に受給資格が得られる、貧困家庭向けの条件付き現金給付プログラムが拡大されてきました。

第二に、人的資本への投資と、リスクに対する保護を提供し、変化する経済状況に人々が順応できるように手助けすることによって、機会の平等を促すことができます。

急速に変化する世界経済において、技術の変化と経済的な統合が矢継ぎ早に進む中、それに速やかに順応できない人々への影響を和らげる公共的政策への需要が高まっています。

こうした政策の例としては、仕事に関するカウンセリングや再訓練、より低い賃金の仕事に移る労働者への所得の補償、そして仕事を失った労働者を雇う雇用主への補助金が挙げられます。

オーストラリアでは、民間による就職支援サービスの提供を活用して求職者を支援する積極的雇用政策を進めており、労働参加の拡大と、失業給付の減少を実現させてきました。

人口動態が変化する中での財政政策

さて、次に人口動態が変化する中での財政政策を考えてみましょう。

今後数十年間にわたり、アジアにおける包括的な成長は、政策担当者が人口動態の変化のもたらす事象に適切に対処していく場合においてのみ可能となります。

現行の政策のもとでは、多くのアジアの国において、2050年までに高齢者に関連する年金、医療への支出が、国によって相違はありますが、最大でGDP比10%ポイントも増加することが見込まれます(韓国では10%ポイントの増加が見込まれます)。そのような支出の拡大を放置すれば、公的債務が持続不能なほどに拡大していくことになります。このことは、他の支出を大幅に削るか、大幅に税収を増加させなければならないことを意味します。

それでは、こうした課題に対し政策担当者は何ができるのでしょうか。

次のようなことを含めた政策を取っていく必要があります。

  • 第一に、医療と年金を中心とした高齢者向け支出の増加を適切に抑制する給付制度の改革です。

  • 第二に、人口動態の変化による影響を和らげるための税制を実現していくことで、例えば課税ベースを労働所得から消費や資産にシフトさせていくことが考えられます。

  • 三つ目は、特に女性と高齢者を中心に労働参加率を引き上げていくために、利用しやすい児童保育システムや税制上のインセンティブを提供する政策です。

  • そして四つ目は、公的債務の持続可能性を確実にする信頼性のある中期的財政フレームワークを持つことです。

結び

この話の結びとして、包括的成長の促進と人口高齢化の課題に対処するために、財政政策が重要な役割を果たすことを強調したいと思います。

今回の東京財政フォーラムは、この問題に関するアジア諸国の最近の経験を共有するタイムリーで貴重な機会です。

これらの問題に関して、政策担当者が、どのようにしてより良い政策に向けた戦略を構築していくか、また、国民との間、金融市場との間で、どのように効果的なコミュニケーションをとっていくことができるかについて、議論が行われることを期待しています。

IMFは、政策に関する助言と技術支援を通じて、この分野で加盟国を引き続き支援することにコミットしています。本日お集まりいただいた皆様に、改めて感謝申し上げるとともに、東京でのこの2日間が実り多い日々となることを祈念いたします。

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