新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は類例のない危機だ。戦争のように感じられ、実際多くの意味で戦争と言える。多くの人が命を落としている。医療従事者が最前線に立っている。エッセンシャルサービスと呼ばれる生活に必須のサービス、食料品の流通、物流、電力・水道など公共企業に従事する人々は、この戦いを支援するために長時間働いている。それに加えて、隠れた戦士たちもいる。生産活動に思うように貢献できず、自宅に籠ってこの感染症と戦っている人々だ。
戦時下では、軍備への莫大な投資が経済活動を刺激し、特例措置によってエッセンシャルサービスが確保される。今回の危機では事態はより複雑だが、公共部門の役割が増大するという点は同じである。
議論を単純化しすぎるリスクはあるが、政策においては2つのフェーズ(段階)を区別する必要がある。
フェーズ 1:戦争中。感染症が猛威を振るっている時期。人命を救うため、感染拡大防止措置によって経済活動は大幅に制約される。これが少なくとも1~2四半期続く可能性がある。
フェーズ 2:戦後の回復期。ワクチンや治療薬、部分的な集団免疫、そしてやや緩やかな感染拡大防止措置を継続することで、感染症は制御されている。制限が解除され、経済は途中で足踏みをするかもしれないが、正常な機能を取り戻す。
回復期のペースが成功と呼べるものになるかを決定づけるのは、危機の最中に実施される政策だ。政策によって雇用が守られ、不動産の賃借者や住宅所有者が立ち退きを求められず、会社が破産を免れ、事業や産業のネットワークが維持されれば、回復はより迅速かつ円滑に進むだろう。
これは歳入が落ち込んでも歳出を大幅に増やすための資金を容易に調達できる先進国にとっても、かなり難しい課題となる。資本逃避に直面する低所得国や新興経済国にとっては、さらに困難な課題だ。こうした国々には国際社会からの無償援助や融資が必要になるだろう。このテーマは次回のブログで詳しく取りあげる。
戦時の政策措置
これまでの景気後退と異なり、今回の危機におけるGDPの落ち込みは需要に由来するものではない。感染症の拡大防止措置による避けられない結果である。このため少なくとも当面、経済政策の役割は総需要を刺激することではない。むしろ経済政策の目的は以下の3点である。
- エッセンシャルセクターの機能を守る
新型コロナウイルスの検査と治療のためのリソースを大幅に強化する必要がある。通常の医療、食料生産と流通、生活に必須のインフラやライフラインは維持しなければならない。重要な物資を調達するためには、政府が介入的行動をとる必要も生じる可能性がある。戦時下の権限を行使し、重要な原材料や最終製品については国との契約を優先させること、産業の転換、あるいは選択的国有化といったことだ。フランスが早期に医療用マスクを政府の管理下に置いたこと、アメリカが国防生産法を発動させて医療用機器の生産を命令したことなどがその例だ。極端な品不足が発生した場合には、配給、価格統制、買いだめ防止ルールなども必要になるかもしれない。
- 危機の影響を受けた人に十分なリソースを提供する
感染拡大防止措置によって直接あるいは間接的に所得を失った世帯は、政府が支援する必要がある。支援は人々が仕事を維持しつつ自宅にとどまれるようにするものでなければならない。政府支出による病気休暇は人の移動を減らし、結果として感染拡大リスクを抑える。失業給付は拡充・延長すべきだ。自営業者や失業者に支援が届くようにするためには現金給付が必要だ。
- 経済の過度な混乱を防ぐ
医療危機が終息したときに経済活動が勢いよく回復するように、労働者と雇用主、生産者と消費者、貸し手と借り手の関係性のネットワークを政策によって守る必要がある。会社が倒産すれば、組織的なノウハウが失われ、有意義な長期的プロジェクトに終止符が打たれる。金融部門で混乱が起きれば、経済危機にさらに拍車がかかる。政府は賃金補助を含め、適切な条件を設けた上で民間企業に特例的支援を実施しなければならない。すでに大規模な融資や保証の制度が実施されており(そのリスクは最終的に納税者が負う)、欧州連合(EU)は国家補助に関する規制を一時的に緩め、企業への直接的な資本注入を促進している。危機がさらに悪化すれば、大恐慌の際にアメリカや欧州が実施したように、国家が大規模な持ち株会社を設立あるいは拡張し、経営が破綻した民間企業を引き受けるといったことも考えられる。
異例の事態が続くかぎり、非常時として公共部門の介入拡大は正当化できる。ただそれは透明性を保ち、また明確な有効期限を定めた上で実施しなければならない。
家計、企業、金融部門を支援する政策には、流動性対策(信用供与、金融債務の繰り延べ)と支払能力対策(実物資源の移転。下の表を参照)の両方が必要になる。
両立困難な要素をいくつか管理する必要が出てくるだろう。大企業への助成金あるいは補助金付き融資を実施する場合には、雇用維持に加えてCEO報酬、配当、自社株買いの制限を条件とすべきだ。企業が破産すれば、株主にそのコストの一部を負担させることはできるが、それは重大な経済的混乱も引き起こす。妥協策として考えられるのは、政府が企業の株式を取得することだ。流動性が問題である場合、中央銀行による信用創造(資産購入プログラム)や政府が管理する他の金融仲介機関による信用供与(融資や債務保証)が有効であることが過去の危機から明らかになっている。大きな打撃を受けた中小規模の事業者や自営業者の特定や支援を巡っても、多くの実務的問題が生じる。こうした人々には、過去の納税額に基づく直接給付を検討すべきだ。
ここに挙げたような国内政策を、国際的な貿易や協調を維持することで支えていく必要がある。それはパンデミックに打ち勝ち、迅速な回復の可能性を最大限高める上できわめて重要だ。感染拡大防止には人の移動を制限することが必要だ。しかし各国は貿易を封鎖したいという欲求に抗わなければならない。特に医療関連製品や科学情報の自由な交換を止めてはならない。
外出禁止令から景気回復へ
景気回復を推進する段階にも、公的債務の増大や、経済の一部が新たに政府管理下に置かれている可能性があるなど課題はあるだろう。しかしフェーズ1が比較的うまくいけば、経済政策は通常の運用に戻れる。自宅を出て、仕事に戻ることを許される国民が増えれば、需要を刺激する財政措置の有効性は高まっていくだろう。
金利やインフレはパンデミックが発生する以前から、先進国の多くで長期的に低水準にとどまると予測されていた。サプライチェーンの大きな混乱を防ぐことで、非常時と回復期の両段階においてインフレを回避できるだろう。ウイルスの感染拡大を防ぐ措置が成功した場合、それに伴う公的債務の増加率は相当なものになるだろう。しかし回復フェーズにおいて、金利と総需要は低水準にとどまる可能性が高い。こうした状況では、ほとんどの先進国において財政刺激策を実施することが適切であり、またきわめて有効だろう。それによって危機の最中に実施された例外的措置を終了するのが容易になるはずだ。
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ジョバンニ・デラリチアはIMF調査局副局長。以前はIMFアジア太平洋局に勤務。研究分野は銀行業務、信用のマクロ経済学、金融政策、国際金融、国際融資と国際援助プログラムのコンディショナリティである。ローマ大学学士号、マサチューセッツ工科大学で経済学博士号。経済政策研究センター(CEPR)のリサーチフェロー。
アントニオ・スピリムベルゴはマサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。1997年からIMFで勤務し、現在は調査局の副局長。IMF代表団団長としてブラジル、イタリア、スロベニア、ロシア、トルコを担当した。経済政策研究センター(CEPR)とCentre for Research and Analysis of Migration (CReAM) のリサーチフェロー。『Brazil: Boom, Bust, and the Road to Recovery』『Getting Back on Track: Growth, Employment, and Rebalancing in Europe』の共同編集者であり、「American Economic Review」「Review of Economic Studies」「Journal of International Economics」「Review of Economics and Statistic」「American Economic Journal: Macroeconomics」など主要学術誌に論文を発表している。
パオロ・マウロは、IMF財政局副局長。現職以前はIMFのアフリカ局、財政局、調査局で様々な管理職を歴任。ピーターソン国際経済研究所でシニアフェローを務め、2014~2016年にはジョンズ・ホプキンス大学ケアリー・ビジネススクールの客員教授。「Quarterly Journal of Economics」「Journal of Monetary Economics」「Journal of Public Economics」などの学術誌にて論文を発表し、学術界や主要メディアで多数引用されている。共著に『World on the Move: Consumption Patterns in a More Equal Global Economy』、『Emerging Markets and Financial Globalization』、『Chipping Away at Public Debt』の3冊がある。
ジェロミン・ゼッテルマイヤーは2019年8月に戦略政策審査局の副局長としてIMFで再び勤務を開始した。以前には、ピーターソン国際経済研究所でシニアフェロー、ドイツ連邦経済エネルギー省で経済政策局長(2014〜2016年)、欧州復興開発銀行の調査局長・副チーフエコノミスト(2008〜2014年)を務めたほか、IMFでも勤務(1994〜2008年)した。経済政策研究センター(CEPR)のリサーチフェローで、その欧州経済制度に関する研究・政策ネットワークを2018年から2019年に主導した。CESIfoのメンバー。主要経済学術誌で論文を発表してきた。また、19990年代と2000年代に生じたソブリン債務危機を研究した『Debt Defaults and Lessons from a Decade of Crises』の共著者である。ボン大学で経済学の学位を取得。マサチューセッツ工科大学で経済学博士号。