世界経済のより包摂的な成長を支える企業の役割

2016年10月10日

はじめに

皆様こんにちは。ジョン・ミックレスウェイト、ご紹介いただきありがとうございます。包摂的な資本主義をめざす会議にもう一度出席することができ、そして著名な方々と同じ場にいることができ光栄です。

かつてヘンリー・フォードは次のように言いました。「一緒に集まることは出発点であり、一緒に居続けることは進歩であり、一緒に働くことは成功である。」同様に、レディー・リン・ロスチャイルドと同志の方々は― 一緒に集まり、一緒に居続け、一緒に働き―包摂的な資本主義の極めて重要なアジェンダを推進しています。皆さんのビジョンと不屈の精神力に敬意を表します。

先週末、IMFは年次総会を開催しました。189の加盟国が参加した総会では、世界経済の状態が議題の中心となりました。経済の見通しは依然として弱いものの、ムードは落ち着いていました。

我々は長い間低成長にはまり込んでいます。2016年は、全世界のGDPの成長が5年連続長期的な平均より下回りました。取り残されたように感じている人々が余りにも多く、経済が彼らのために機能しているのかどうか疑問が生じています。特に一部の先進国・地域では大衆迎合主義の心理が高まり、それが経済の開放に対する苛立ちに変わるおそれがあります。

実際、成長率は余りにも長い間余りにも低すぎ、そしてその恩恵は極僅かな人にしか届いていません。我々は今後を決定づける瞬間に直面しており、グローバル化が全ての人々に対して機能するように、断固たる行動を取らなければなりません。

これには、全ての政策手段―構造改革、財政改革及び金融政策―を活用して需要を支え、生産性を高め、貿易を復活させることが求められます。ソーシャル・セーフティ・ネットや教育への投資、および技術の変化に影響を受けている人々の再研修も重要な要素です。政策当局は重要な課題に面していますが、自らだけで課題に対処できるわけではありません。

我々は、雇用と成長率を高めるあらゆる立役者を必要としています。私は、当然企業について話しています。

企業は結局、より包摂的な社会から恩恵を受けます。包摂性はより永続的な成長とより広範な繁栄を支えるからです。また私は、企業は包摂性を支えるために独自な位置についていると思います。

「包摂的な資本主義」という言葉に懐疑的な人々がいます。矛盾した表現だとみる人々や、企業が消費者に自社製品を購入させ、利益を押し上げるための宣伝だとみなす人々もいます。また、自由市場原理からの危険な迂回だと言う人々もいます。

こうした見方に対処するために、我々は包摂性と永続的な成長はコインの表と裏であり、一方がなければ他方も存在しないと主張しなければなりません。

以上の状況を考慮して、企業の3つの主要な役割、リーダーとして雇用者として、そしてイノベーターとしての役割についてお話しします。

1. リーダー

最初に、企業のリーダーはどのように包摂性を支えることができるでしょうか。

疑うまでもなく、企業には包摂性に関する指導的立場という長い歴史があります。例えば、アンドリュー・カーネギーやジョン D. ロックフェラーのような慈善活動の草分けとなった人々について考えてみてください。あるいは、19世紀の欧州で発展した労働者のための建物の建築様式についても考えてみてください。これらは、包摂性の精神を示しました。

しかし、最近では、「エリート」に対する大衆の怒りが高まっています。「1パーセント」が残りの「99パーセント」を犠牲にして繁栄を謳歌していると言われています。特に世界的な金融危機が発生して以来、多くの企業のトップは不要なリスクをとり、倫理に外れた振る舞いをし、企業が出した成果を共有せずに非難を受けてきました。

大企業ではこうした影響が組み合わさり、大衆の信頼を失ってきました。最近ギャロップが実施した世論調査によると、米国の大企業に対する信頼は18%と10年間低いままにとどまっています。 [1] 銀行に対する信頼は、10年前の49パーセントから今年は27パーセントに下がっています。[2]

信頼は「築くのが難しいが、失うのは速い」とよく言われています。ただし、信頼問題はここ何年かのうちに今よりずっと深刻になるとみられます。デロイトが最近行った調査によると、ミレニアル世代の半数以上は、企業の行動基準について懸念があればそこで働かないという結果がでました。 [3]

2年前ロンドンで開催された包摂的な資本主義を目指す初の会議で、私は―とりわけ―企業の行動と文化を改善する必要性についてお話ししました。私の論点のうちのひとつは、リーダーは評価と同じ程度に価値観について本腰を入れ、資本と同程度に文化にも情熱を注がなければいけないということでした。

実際、厳格な規制が不可欠ですが、リーダー自身も反倫理的な行動に対処する取り組みを強化しなければなりません。これはある程度責任の問題ですが―結局はトップが責任を取るのです。これは実効性の問題でもあります。調査によると、例えば、ある銀行の経営陣自ら模範的な振る舞いを示せば、その銀行には倫理的な文化が育まれる可能性がより高くなります。 [4]

責任ある企業の報酬は不可欠な要素です。IMFの調査によると、役員報酬水準 は銀行のリスク・テイクに一概に関連しませんが、報酬構造 は関連しています。 [5] 報酬を短期の成果ではなく、長期の成果と関連付けると、リスクを減らすことができます。

信頼を取り戻すのに重要な要素は、より責任を伴う報酬によってリスク・テイキングを減らすことに加え、納税忌避を根絶することです。パナマ文書とバハマ文書の暴露について傍観しているだけでも、税を逃れる取り組みは信用を失墜させるだけではなく、社会を不公平に扱うことがわかります。

パナマ文書で詳細に語られている―精巧な計画により合法的に、及び納税忌避により違法に―口座を通じて免れた税収総額は確実に見積もることができません。ただし、こうした暴露により両者による脱税は莫大な金額に達することは明白です。その結果生じる税収の損失は、社会、そして教育、健康、環境といった成長を支える投資機会の損失です。効率的で公正な税制は、再投資循環の不可欠な要素です。

さらに一般的に見れば、多くの国では民間セクターが公的セクターの腐敗に対処する不可欠な役割を果たしています。結局、公務員が受け取るどの賄賂にも、民間セクターが支払う賄賂が存在します。自らをこの方程式から取り除くことで、企業は国内外で公務員による堕落した振る舞いを食い止めるのに役立ちます。そして腐敗に対処することは、世界の非常に多くの地域で現在も続いている貧困と過剰な不平等との戦いに重要です。

その対極にある、悪行を避けたいだけではなく、前向きな社会の変化に貢献したい人々は、私が少し前にお話しした慈善事業にひきつけられるのです。確かに、この一部は宣伝行為です。しかし、不運な人々に成功を還元し分かち合う責任でもあることも確かです。

リーダーシップレベルでは、ゲイツ財団の「ギビング・プレッジ(寄付誓約宣言)」もこの優れた一例です。2010年以降、情報技術から教育、ヘルス分野に至るまで様々な分野に属する富裕層の139人が3,650億ドル以上の寄付を誓約しました。多くの企業も慈善寄付の実施において従業員を極めて適切に支援しており、困っている人々を支援し、信頼を回復し、自社のスタッフに投資しています。

それでは、包摂性を推進する企業の2番目の重要な役割、雇用者としてに移ります。

2. 雇用者

雇用を創出し―持続させる―企業の可能性は、極めて多くの人々が仕事から締め出されている時期には特に重要です。一部の先進国・地域では雇用状況が改善しているものの、国際労働機関(ILO)の推計によると、今年の失業者は世界全体で1億9,940万人、来年は2億人以上に増加します。[6]

失業の苦難は、地域、セクター、ジェンダー、年齢を超えて拡大しています。ここで2つの特定のグループ、女性と若年層について説明したいと思います。

悲しい現実ですが、女性の雇用率と賃金は両方共、男性と比較して低くなっています。その一方で、IMFやその他機関の調査によると、女性のエンパワーメントにより複数のマクロ経済的な恩恵を受けられることが明らかになりました。

ジャンダーギャップを埋めると、経済成長や多様化を支えます。これは、所得の不平等の改善に関連しています。また、利益を押し上げます。IMFスタッフの調査によると、取締役会に女性を一人加えると、純資産利益率が8~13ベーシス・ポイント上昇することがわかりました。 [7]

IMFでは、ジェンダー問題に関する政策助言を多くの加盟国当局との協議に組み入れており、また、エジプトなどでは最近実施しているIMFプログラムにも採り入れています。支持者であり雇用者である皆さんに、私は何を申し上げればよいでしょうか?

支持者として、スマートな公共政策に対する支援をお願いしたいと思います。新興市場国・地域と開発途上国では、少女の教育への投資、融資へのアクセスの拡大、インフラの強化などがあります。先進国・地域では、2番目の稼ぎ手への税による労働意欲の阻害要因の撤廃、妥当な価格の質の高い託児所の提供、有給の育児休暇への資金供給などがあります。女性の経済参加への法的障害―驚くことに加盟国の90パーセントに存在します―を取り除くことも妥当な措置です。

好ましい知らせは、雇用主である皆さんは女性のエンパワーメントに対してかなり行動の余地を持っていることです。職場での柔軟な育児休暇に対して支援する姿勢があれば、女性は仕事と家庭の運営を一層両立できるようになります。託児所の手配を進める取り組みも、両立につながります。女性のロールモデルによるメンタリングやコーチングは、女性が活躍し、昇進するのに役立ちます。

女性に加えて、若者にも焦点を当てるべきです。残念ながら、若年層の失業者数は今年全世界で50万人増加し、合計7,100万人にのぼる見込みです。 [8]

ご存知のように、若年層の高失業率という難題に対処するには、さまざまな取り組みを必要としますが、ひとつだけ強調したいと思います。それはスキル開発です。

若年層を成功させるのに役立つ基本要素は、グローバル化され、急速に変化する世界経済に対応できる正しいスキルを身に着けさせることです。しかし、若年層が持つスキルと彼らに必要なスキルが食い違っていることが頻繁にあります。

例えば、世界経済フォーラムでは、若年層の人的資本能力が活用されているのは、平均してわずか3分の2だということがわかりました。 [9] マッキンゼーが実施した別の報告では、若年層と雇用者の両グループの過半数は新卒者が新卒者向けの仕事をする準備ができているかどうか疑わしいという同じ考えを持っていることを示しています。 [10] この報告によると、教育機関と一層密に連携することで、雇用主は状況を大きく改善することができます。

IMFが加盟国と継続中のサーベイランスと分析作業の一環として、IMFはこの類の問題に触れています。例えば、ここ米国でIMFは、産業界と高等教育機関の連携を拡大するなど、より一層の職業教育を呼び掛けています。 [11] また、連邦の最低賃金の引き上げ―包摂性を支えるもう一つの重要な要素―も呼び掛けています。

阻害されていると感じている人々全員の可能性を引き出すにあたって、鍵となる要素のひとつは、デジタル時代に成功するようにスキルを身につけさせ、変化する仕事の世界への対応をサポートすることです。古代の中国の格言を引用すれば、「吹く風が変化すると、壁を築く者がいれば、風車を建設する者もいる。

3. イノベーター

それでは、企業の3番目の役割に移ります。技術革新を通じて包摂性を推進することです。

テクノロジーと包摂性の関係は、活発な議論の話題となります。いくつかの調査によると、技術革新は不平等を悪化させます。ロボットが労働者の賃金を引き下げるばかりか、仕事まで取り上げます。

こうした懸念は今に始まったことではありません。フランスでは19世紀のリヨンの絹職工の蜂起、英国ではラッダイト運動といった産業革命への反動とこれまでにもありました。今日、新しいテクノロジーに不安を抱いている人々は過去に生きている人だと見放されるケースが多くあります。これは公平とは言えないでしょう。こうした不安は真剣に対処しなければなりません。例えば、スキルやソーシャル・セーフティ・ネットへの投資などです。

ただし、我々は技術革新のプラスの側面も評価しなければなりません。技術革新を活用すれば、包摂性を支え、人々が経済に一段と参加し、さらに成果を得る機会を作り出します。例えば、「アプリ開発」あるいは「ギグ・エコノミー」と呼ばれている事象を考えてみましょう。決して完全にとは言えないまでも、こうした事象は従来通りの事業構造に対する信頼を多くの人々から奪っていますが、一方で何百万人もの個人が自分の可能性を実現する新たな機会を作り出しています。

私にとって―そしてIMFにとって―技術変化のひとつの形態は、金融包摂に関してかなり有望です。金融サービスへのアクセスを拡大すると、間違いなく経済発展を支えます。これは、ありきたりの文言ではなく、IMF独自の金融包摂グローバルデータベースである金融アクセスサーベイを含め、経験的証拠に基づいています。 [12]

これまで60を超える加盟国―インドからペルーまで―が金融包摂を拡大する戦略的計画を採用してきました。ただし、政府が実施可能な環境を作り出すことができても―消費者保護法の制定や金融教育の実施など―究極的にテクノロジーを活用しなければならないのは民間セクターです。

目覚ましい可能性を秘めたイノベーションのひとつは、デジタル・ファイナンスです。例えば、サブサハラ・アフリカの大半の地域では、銀行サービスは最寄りの町へ行くよりも電話で利用する方がずっと便利です。同地域の15の加盟国では、モバイルによる銀行口座数は、商業銀行にある預金者数を上回っています。ケニアのモバイル決済サービスM-PESAは、モバイルバンキングの主唱者としてよく知られています。民間の通信接続業者により運営されており、従来の銀行とは関係なく、国内全土をサービスの対象としています。そしてもうひとつ付け加えれば、このサービスは女性の資金調達機会を拡大しています。

金融サービスの拡大には、消費者の状況に合わせた商品が求められます。例えば、メキシコでは大規模な消費者向け小売業者が、特に銀行口座を持たない層を対象に2012年に銀行を設立しました。親会社のデータを分析し、銀行で口座を開設するために通常必要な書類数を減らしました。すると、数千人が銀行口座を開設しました。調査によると、雇用と収入の水準も上がりました。

チリでも、スーパーマーケット・チェーンが銀行口座を持たない顧客層に対して少しずつ信用記録を作成しています。少額の店舗クレジットから始めて、次第に返済に拡大していき、徐々にクレジットの利用を拡大しています。

これらは、ファイナンシャル・エンパワーメントを実行に移したほんの数例です。このように、そして他の方法でも、イノベーションと包摂性は連携し合うことができるのです。

まとめ

話をまとめると、我々は世界経済を私が呼ぶところの「新たな凡庸」から引き戻す方法を模索しながら、成長率を上げ、包摂性を支える取り組みが重要でこれらは相互補完的な優先事項となっています。強力な政策に加えて、企業の役割も鍵となります。企業はより一層の包摂性から恩恵を受けるだけではなく、リーダー、雇用、イノベーションと包摂を支える独自の位置にいます。

包摂的な資本主義に関して次のステップを講じるには、約束ではなく行動する断固とした措置が必要です。決定権は皆さんにあります。

それでは、ウッドロウ・ウィルソン元大統領の言葉で締めくくりたいと思います。

「あなた方は生計を立てるためだけにいるのではない。より壮大なビジョン、より優れた希望と達成の精神を持ち、世界をより豊かに生きるためにここにいる。あなた方は、世界を豊かにするためにここにいる。そしてこの使命を忘れれば、自分自身を貧しくする。」

ご清聴ありがとうございました。



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