炭素排出量ネットゼロ達成に向けて

写真:Tamara Merion/IMF Photos

写真:Tamara Merion/IMF Photos

2021年7月22日

気候変動対策が勢いを強めつつある。各国は2015年の「パリ協定」以降、気候変動対策を強化し、炭素排出量を実質ゼロとする排出量ネットゼロを2050年までに達成することを公約とした国も多い。この公約は、炭素排出量がいくら増加しても、大気からの炭素排出量の除去によりそれを完全に相殺することを意味する。

しかし、カーボン・バジェット、すなわち、気温上昇幅が2°Cを大幅に下回る水準に地球温暖化を抑制する上で上限となる炭素排出量が急速に取り崩されつつある。この重要な目標が達成されない場合、災害の頻発化・深刻化や農業生産性の低下、海面上昇が一層日常化するばかりだろう。

気候政策について最近公表したG20バックグラウンドノートの中で、経済成長に配慮した形で炭素排出量ネットゼロを2050年までに達成するための政策に加え、極めて重要なことだが、今後5年から10年にかけて必要となる投資量を私たちは詳細に検討している。その戦略には3つの構成要素、すなわち、カーボンプライシング、グリーン投資計画、公正な移行のための措置がある。

カーボンプライシング:カーボンプライシングは、炭素税あるいは排出量取引の枠組み(または、各産業レベルの規制などそれと同等な措置)といった形態をとりうるが、脱炭素戦略の中核的な要素となる。グリーン投資やR&D支援だけでは、今世紀半ばまでにネットゼロを達成する上で十分だとは考えにくい。カーボンプライシングは、高炭素エネルギーのコストを引き上げることにより、よりクリーンな燃料への移行やエネルギー効率化への動きにインセンティブをつける。それとは対照的に、クリーンな燃料の供給を増加させるだけだと、エネルギーコストが低下する傾向を見せ、エネルギー効率化に大きなインセンティブを与えないので、排出量ネットゼロという目標の達成はより難しくなる。

私たちの分析によると、カーボンプライシングへの取り組みを10年遅らせると、今世紀半ばまでに排出量をネットゼロにするという目標達成は程遠いことになりそうだ。というのも、その時点において、こうした目標達成に必要な価格は支払うのが不可能なほど高くなっていると考えられるからだ。カーボンプライシングが直ちに導入される場合に比べると、そうした遅れは気温を上昇させ、気候や経済に不可逆的な打撃を与える可能性がある。IMF職員が最近提案したように、主要な炭素排出国が炭素の最低価格について合意し、発展段階に応じて価格を差別化した場合、カーボンプライシングの行動が促進されることになる。ある国が単独で行動するのであればエネルギー集約的で貿易依存型の部門で企業の競争力が阻害され、価格の低い国々に生産がシフトするのではないか、という懸念への対策になるためだ。

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グリーン投資:低炭素経済への移行を容易にし、カーボンプライシングへの対応を支援する上で、グリーン投資は極めて重要である。私たちのエネルギーシステムを根本的に変革する上では、スマートな電気ネットワークやエネルギー効率化策、運輸やビル、工業といった部門における電化のためだけでなく、化石燃料から再生可能エネルギーに移行する財源を調達するためにも、投資拡大の必要性が出てくる。移行期には、大規模な投資が必要となる。例えば、電気自動車の充電ステーションがもっと拡大されていれば、新車の購入を検討している人はガソリン車よりもバッテリーで起動する車の購入を望むようになるかもしれない。R&Dに対する投資も重要である。ネットゼロへの移行を実現可能にするためには、低炭素技術のさらなる進歩が必要となる。

多くの産業において、排出量削減のためには新たなインフラ創出に伴う初期投資が大きくなるが、燃料消費削減によって経常的な費用の削減がもたらされる。例えば、農村用に水ポンプの電源を供給するために太陽光パネルを設置しようとすると、当初は新たなコストが生じるが、太陽エネルギーは無料だ。エネルギー効率を改善するための投資も、同様の経路を辿ることになる。その結果、投資はこぶ型の形をとる。つまり、今後20年間は増加するが、その後これまでの平均的な水準に減少していく。

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気候変動を緩和するためには、今後10年間に官民合わせて6兆ドルから10兆ドルの追加投資が世界全体で求められる。これは、世界全体の年間GDPに対して累計で6%から10%に相当する。

国際エネルギー機関によると、世界全体で平均すると追加的投資の約30%は公的な財源から調達される見込みである。これは、2021年から2030年までの10年間における年間GDPに対して累計で23%に相当する。残りの70%は、民間資金となる。

公的な面では、コロナ禍からの景気回復を支えるために各国政府が講じる財政政策は、低炭素経済への移行に投資する上でまたとない機会となっている。そして、復興の先を見ると、各国政府は環境配慮型予算のさらに包括的な仕組みに向けて前進する必要も出てくる。そこでは、予算によって生じている「ブラウン(環境に良くない)」および「グリーン(環境に配慮)」な方向に向かうインセンティブが双方ともに吟味されると同時に、予算を「国が決定する貢献(NDC)」や「パリ協定」の目標に合致したものになるように後押しすることになる。

各国政府は民間部門の資本が利用されるようにも促進できる。このための手段としては、投資枠組みの改善や、銀行が融資可能なプロジェクト候補の創出がある。また、国際的な公的融資を有効活用することで想定リスクを削減して、高い資本コストを引き下げることも新興市場国や発展途上国において特に重要となる。気候関連リスクの情報開示を求め、何がグリーン資産・ブラウン資産にあたるかを決める共通の分類方法を設定するなど、金融部門の政策も持続可能な投資に資金が流れるようにする上で極めて重要となるだろう。

公正な移行:公正な移行には、国内・国際両方の次元がある。国内面では、基礎的な生活必需品の購入に現時点でも苦慮している世帯が価格上昇後のエネルギー代を支払えるように支援する方策が各国政府に求められる。そうした方策は、炭鉱労働者や生活のために高炭素部門に依存しているその他の労働者や地域にも拡大しなければならない。国際面では、発展途上国に対する経済的な支援が必要となる。そうした国々が支払うことになる移行コストが大きくなると考えられるが、それを支払う手段はほとんど用意されていない。

中国やEU、日本、韓国、米国といった主要な炭素排出国・地域は、今世紀半ばまでに排出量ネットゼロを達成すると公約している。これによって、世界全体の炭素排出量のうち大きな部分が削減されるだけでなく、ほかの国々にとって、より容易で導入しやすい技術や政策面での解決策も提供できることになる。しかし、グローバルな気候変動対策がなければ、現在は低排出国であっても、人口や所得が増加するにつれて主要な排出国になっていく。さらに、こうした国は気候変動の影響からより大きな打撃を受け、こうした被害に伴う移行コストを捻出することが他よりも困難な国でもある。こうした国でエネルギー需要が急速に高まっており、また、グリーン投資を行うための資金を調達する上で予算面の制約が厳しいためだ。

気候ファイナンス、すなわち発展途上国における炭素排出量削減投資のための資金調達は、より公平な費用分担を可能にし、世界経済が排出量ネットゼロに近づくことに貢献する。気候ファイナンスを受けることができれば、NDCをさらに強化する用意がある国々は多い。さらに、気候変動を緩和する上で世界的にコストが最小となる機会はその多くが新興市場国や発展途上国に存在している。したがって、これらの機会を確実に追求することは世界全体の利益に適うのだ。

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フロランス・ジョーモットIMF調査局の課長補佐。調査局の多国間政策監視課、世界経済研究課で勤務したほか、国別チームの一員としても活動してきた。労働市場機構・政策、所得格差、開放経済下のマクロ経済学を中心に研究してきた。以前にはパリにある経済協力開発機構(OECD)の経済局に務めた。ハーバード大学の経済学博士号を取得。

グレゴー・シュヴェルホフIMF調査局多国間政策監視課のエコノミスト。研究では、カーボンプライシングの厚生面での意味合いに特に焦点を当てて気候政策の様々な側面を取り上げている。2020年にIMFでの勤務を開始。前職は世界銀行。ドイツのボン大学で博士号を取得。