地政学的な対立があっても、貿易における協力の必要性がなくなるわけではないが、多国間体制は順応しなければならない
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記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。
世界経済は何十年にもわたり、地政学的な相違があろうとも国際貿易は有益であるという前提で成り立っていた。1947年の「関税および貿易に関する一般協定(GATT)」によって確立され、1995年に世界貿易機関(WTO)に引き継がれた多国間貿易体制のルールは、各国政府が地政学的な目標を達成するために貿易を利用することがほとんどなかった時代を想定して策定された。その世界は今、危機に瀕している。
貿易統合を拡大してきた米中両国は、過去30年間のグローバル化を形作ってきたが、ここに来て、互いをしばしば「地政学的なライバル」と呼ぶようになっている。両国は、技術移転の制限、重要製品の輸出規制、国家安全保障上の目的の追求など、戦略的目標を推進するために貿易政策をますます活用している。多くの識者は、地政学的対立の再燃が世界経済を分断し、数十年にわたる統合の成果を台無しにしてしまうのではないかと懸念している。
しかし、このような悲観的な結末は避けられないわけではない。われわれの研究によれば、戦略的競争関係にある国同士であっても、貿易で協力することから恩恵を得られる。問題は、地政学的緊張が再び高まっていることが、別の時代を想定して設計された既存の制度的枠組みと相容れない点である。貿易体制を存続させるためには、各国が地政学的な目的を達成するために貿易政策を活用する世界に順応させなければならない。
標準的な経済モデルは、政府が国民の福祉の向上に努めると仮定している。このモデルの下、一国は、交易条件(輸出価格と輸入価格の比率)を改善することで、貿易相手国を犠牲にして自国の実質所得を増やすべく、関税を引き上げる。すべての国に同じ動機があるため、関税政策の調整が取れていないと、各国は、非効率的な高関税・低福祉という状況に陥ってしまう。貿易協定は、協調的に関税を引き下げることで、この状況を回避するために存在する。
地政学的な対立があると、状況が一変し、貿易協力の持続可能性に陰りが出てくる。国際関係論におけるリアリズム(現実主義)に基づき、対立する政府は単に自国の利益だけでなく、相手との力関係、すなわち敵対勢力と比べてどの位置にいるかについても関心を持っているとわれわれは仮定する。政策決定は、経済的利益と戦略的優位性の両方に左右される。
半導体産業で支配的地位を確立しようとしている政府を想定してみよう。同国は、自国の半導体産業を拡大するだけでなく、競合国の産業を縮小させるように貿易政策を策定するだろう。関税は、国外の競合企業に打撃を与えるための魅力的な手段となり、貿易政策が、経済の舵を取る手段から戦略的競争のツールへと変貌する。各国が地政学的な目標を抱える現代の世界において、貿易政策の目的は、もはや交易条件の操作だけではない。
国際関係学者のジョン・ミアシャイマーは、自身の名著「大国政治の悲劇」の中で、この論理を的確に捉えている。ミアシャイマー氏は、相対的な勢力バランスを気にする国家は、たとえ自国の勢力が大幅に増大するとしても、それが競合国の勢力をさらに強めることになるのであれば、その増大を見送る傾向にあると述べている。この論理は、通商政策にとって重要な意味を持つ。すなわち、ある国は、たとえ非常に有利な貿易協定であっても、それが競合国をさらに強大にするのであれば、協定に同意しないかもしれないし、あるいは、競合国にとってさらに大きな打撃となるという理由で、自国にとって不利益な貿易措置を講じるかもしれない。
これは、貿易協力が破綻するということなのか。必ずしもそうとは限らない。政府が自国の相対的な地政学的勢力に関心を寄せるモデルにおいてさえ、貿易協力による成果は、いわゆる「現実主義者」の多くが想定する内容よりも明るい。
確かに、地政学的な対立が生じると、非協力的な状況下で関税が上がることになる。競合国に打撃を与えることが目的の一部であるならば、たとえ収入が減るとしても、保護主義的な措置が魅力的な選択肢となる。その結果、非協力的な均衡(ゲーム理論ではナッシュ均衡)が成立することになる。この状況下では、両国政府が貿易政策を利用して相手国に打撃を与えようとするため、競争が存在しない場合と比べて関税が高く、貿易量が少なくなる。
とはいえ、地政学的な対立があっても、経済効率が依然として重要であるという事実は変わらない。国民の福祉を多少なりとも気にかけている限り、当初は非協力的な姿勢をとっていた政府であっても、両国にとってより良い結果をもたらす政策を採用しうる。対立が極度に激化し、政府が競合国に勝ることのみを目的とするようにならない限り、各国政府は依然として、経済効率を上げ、ひいては国民の福祉を向上させるために、互いに交渉するだろう。戦後の貿易自由化を推進した概念「啓発された自己利益」は、戦略的競争関係にある国同士にとっても、依然として協力の確固たる基盤となりうる。
しかし、たとえ協力が可能であったとしても、ある均衡から別の均衡へ移行するのは、非常に困難である。第二次世界大戦中に形成された高関税の世界から、新たな低関税の時代へと移行した際は、GATT/WTOのルールに基づき数十年にわたり交渉が続いた。貿易体制のふたつの柱である「互恵性」と「無差別性」は、各国政府が非協力的な均衡状態から協力的な均衡状態へと移行するのを後押しし、貿易体制の健全な発展に寄与した。
今日の地政学的対立の激化は、貿易体制にどのような影響を及ぼすのか。相対的な力関係を重視する政府は、競合国に打撃を与えるために、関税を引き上げることを脅している。以前の取り決めは、もはや新たな現実を反映していない。新たな協力的な均衡が必要とされている。問題は、各国政府がどのようにしてその目標を達成できるかということだ。
ふたつの道が考えられる。ひとつ目が、いわゆる 「戦争と再建」だ。各国はこれまでの取り決めを破綻させることを容認する。その結果、関税を引き上げる貿易戦争が起こる。最終的には、各国政府が従来の互恵的な関税引き下げを通じて新たな協定を交渉する。この方法は経済的なコストが高く、長期にわたる交渉が必要となる可能性が高いが、既存の多国間貿易ルールの枠組みには適合している。
ふたつ目の方法はより効率的だが、制度的な革新が必要となる。各国は、経済の混乱を招かないよう、即時の移行を協議する。ただし、この調整は、想定しうる効率的フロンティアに沿って移動することになる(ボックス参照)。協調を維持するためには、地政学的ショックの影響が比較的小さい国が、現状に比べて自国の福祉を低下させるような譲歩することになる。これは、従来の見解の下では互恵的でもなければ、双方に利益をもたらすものでもなく、WTOの基礎となる互恵の原則には適合しない。
多国が絡み合う世界においては、課題がさらに深刻化する。互恵性と同様に、無差別原則もまた、調整を妨げる可能性がある。無差別原則の下、ある加盟国に与えられた貿易上の利益はすべての加盟国に拡大しなければならない。しかし、ふたつの競合国が互いに対象を絞って経済的利益を移転する必要がある場合、第三国はその過程に組み込まれず、結果として不利益を被ることになる。
この問題は、2020年に米国と中国の間で結ばれた第1段階の合意に如実に表れている。貿易摩擦を緩和することを目的としたこの合意には、中国が一定量の米国製品を購入するという約束が含まれていた。協定締結当時の世界銀行の調査は、事態がさらに悪化した場合と比較すれば両国とも利益を得られたはずだが、中国が欧州や中南米などからの輸入を米国へと移した場合、これらの地域の輸出業者は打撃を受けただろうと予測していた。この合意が多国間貿易ルールとは無関係に結ばれたという事実は、より根本的な問題を浮き彫りにしている:現在の体制では、地政学的な対立がある世界が求める調整に対応することができないのだ。
多国間貿易体制が時代についていくためには、第三国を保護しつつ、地政学的な調整の余地を確保しなければならない。本研究では、互恵性および無差別待遇という基本原則に地政学的例外を加えることを提案している。この状況下では、戦略的競争関係にある国は、厳格な条件の下で、差別化した関税調整を施すことができる。
このような差別化には前例がある。現在の貿易体制はすでに、ある種の差別化を容認している。例えば、加盟国が自由貿易圏などにおいて、特恵貿易協定を結ぶことを認めている。これらの協定は、厳格な条件を満たす限り、貿易自由化という目標の推進に寄与する。これらは加盟国間における「実質的にすべての貿易」を対象としており、非加盟国に対して障壁を設けるものではない。地政学的な例外措置の目的は異なる。すなわち、戦略的競争関係にある国同士の対立を容認しつつ、より広範な多国間システムへの悪影響を最小限に抑えることを目指すのだ。
この例外措置では、競合国間の差別的な調整が行われた場合でも、競合国と第三国間のグローバルレベルの価格が変更されないことが求められるため、貿易転換が抑制されることになる。このような規制を導入するのは、技術的に複雑であろう。しかし、その代わりとなる選択肢はさらに良くない:地政学的な調整が、多国間枠組みの外で行われ、既存の貿易ルールを損うほか、中立国に負担を強いるか、または調整がまったく行われず、世界が破壊的な貿易戦争の泥沼から抜け出せなくなるか、のいずれかである。
われわれの見解では、地政学的対立の再来は、協力することの経済的意義を否定するものではない。戦略的競争関係にある国であっても、交渉による合意から利益を得ることができる。貿易自由化を数十年にわたり支えてきた根本的な論理は、今もなお揺るぎない。しかし、戦略的競争関係にある国々が、破壊的な貿易戦争を引き起こしたり、第三国に過度な負担を強いたりすることなく、貿易関係を調整していくためには、新たな仕組みが必要である。
現在の貿易体制は、状況の変化に応じてこれまでも適応してきた。つまり、世界経済が変化するにつれ、交渉を繰り返し、新たな協定が追加されてきた。今日の課題は、地政学的現状に合わせて同様の順応を図り、貿易体制の中核的な機能を維持しつつ、変化した世界に合わせてそのルールを更新することである。われわれが提案する地政学的例外措置は、戦略的競争が存在する現実を認めつつ、多国間体制の健全性を維持するための安全策を講じることで、そうした仕組みを実現できる。
