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気候変動 アジア太平洋という巨大なドミノ

アジア太平洋地域の気候問題は多くの面で最大級だ。アジアの地球温暖化対策の影響は誇張なしに世界中に及ぶであろう。

北京の1匹の蝶の羽ばたきがニューヨーク市のセントラルパークに雨を降らす、などと詩的なことを言っている場合ではない。アジア太平洋地域の気候問題は多くの面で最大級だ。同地域は世界最大の人口を抱える。二酸化炭素排出量が最も多い3か国のうち2か国が域内にあり、全世界の排出量に占める割合も最も大きいし、最も異常気象事象にさらされている上に、最も小さくかつ最も脆弱な国々のいくつかはアジア太平洋地域にある。また、世界経済の中で成長が最速の地域でもあり、環境保全技術のリーダーも数多く擁している。アジアの地球温暖化対策の影響は誇張なしに世界中に及ぶであろうことは想像に難くない。

コロナ禍の直後にグリーンな復興を目指すのは困難に思えるかもしれないが、実のところこれは、復興費用を持続可能な雇用や経済成長の促進に向ける絶好の機会なのだ。

グリーン投資は、通常の投資と比較すると、概してより労働集約的だ。短期的には、追加支出や雇用増加が経済を強くするはずだ。長期的に見れば、アジア諸国はより持続可能かつ強靭になるだろう。また、新たに登場している環境保全技術の多くにおけるアジアの優位を活かすこともできる。

どのような政策が必要とされるのだろうか。新たに発表されたIMFのスタッフペーパーでは、3分野について提言を行っている。

炭素税と補償をより積極的に活用する

人口が世界最大で成長も世界最速の諸国を擁するアジア太平洋地域は、温室効果ガスの排出量も最大で、世界の二酸化炭素の約半分を排出している。地球温暖化に伴う気温上昇幅を産業革命前と比べて1.5~2℃というパリ協定の目標水準に抑えようとするのであれば、排出量が世界第1位の中国と第3位のインド(第2位は米国)や排出量の多いその他の国は、排出量削減の取り組みを強化する必要がある。

化石燃料を燃やすときに放出される二酸化炭素への課税は、排出量削減にとても有効な手段だが、アジア太平洋地域ではほとんど活用されていない。比較的控えめな1トンあたり25ドルの炭素税を段階的に導入した場合でも、パリ協定におけるアジア太平洋地域の全体目標を達成できるだろう。ただし、アジアにとってのパリ協定の目標は、他の地域と同様に、必要な水準を大きく下回る。複数のモデルが示すところによれば、気温上昇を2℃未満に抑えるためには世界全体で1トンあたり50ドルから100ドルの炭素税が必要だとされている。

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すべての排出に課税するよりも、最も汚染度の高い燃料に的を絞ることで成し遂げられることもたくさんあるばずだ。これは、他の化石燃料よりもはるかに汚染度の高い石炭に大きく依存している中国、インド、モンゴルでは極めて有効だろう。またこれには大気汚染の軽減という付加的利益もあって、2030年までに中国だけでも300万人の命を救える可能性がある。

もちろん一部の世帯、労働者、企業は炭素税に伴うエネルギーの値上がりによって特に大きな影響を受ける。そうした層を特定して補償する必要があり、その補償は一律給付でもよいが、的を絞った給付とするのが理想的である。例えば、中国では、炭素税の税収を使って最低所得保障スキームを増大させたり、グリーン投資の資金源にしたり、他の税を減らしたりすることが可能だろう。

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他の政策も役に立つ。例えば、政府が全体排出量の上限を設定し、取引価格は市場に決めさせる排出権取引制度に含めるセクターを増やせる。電気自動車などの大気汚染度の低い代替物の使用に対して金銭的インセンティブを与えれば、エネルギー価格引き上げの必要性は減る。大気質規制の厳格化も脱炭素の取り組みを後押しできる。

気候変動への適応能力を強化する

考えうる最善の状況になったとしても、これまでの排出量を踏まえれば、ある程度の温暖化と気候変動は不可避だ。異常気象事象は激化の一途をたどると考えられるため、気候変動への適応は喫緊の課題である。海面上昇だけをとっても、今世紀半ばまでに10億人が直接的影響を受けかねず、多くの都市が浸水し、国全体が消滅してしまうおそれもある。

低所得国や太平洋島嶼諸国はとりわけ脆弱性が高いため、インフラ保全に投資し、水資源をより強靭化し、乾燥地農業に順応し、マングローブ林を再生し、自然災害の早期警報システムを改善する必要がある。

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しかし最も脆弱な国の一部は態勢を整えるためのリソースが最も乏しい国でもあるのだ。気候変動への適応には、平均で毎年対GDP比約3%の公共投資強化が必要となる。最も小さく、また最も排出量の少ない国々にとっては、これは大きな費用負担である。IMFと世界銀行による最近の評価では、トンガは10年間にわたり毎年6,700万ドルを気候変動への適応に支出しなければならないだろうと結論づけている。大した額には見えないかもしれないが、これは同国のGDPの14%に相当することを考えれば、こうした国々に対する一層の国際協力の必要性が際立つ。

コロナ禍からのグリーンな復興

コロナ禍が気候危機を変えることはないが、それに取り組む機会を生み出してはいる。どうすればこれを好機とすることができるのか。コロナ禍からの復興に向けられる多額の費用のできるだけ多くを、より環境に配慮した活動に確実に配分していくことで、コロナ禍が気候変動に取り組む機会となるのだ。韓国のグリーン・ニューディールなど、これを既に実施している国もある。しかしパンデミック対応が危機の封じ込めから復興へと移行していくにつれ、まだまだできることはあるはずだ。

カーボンニュートラルへの移行を加速させようとする国は、再生可能エネルギー、建物の改修、送電網の改良、電気自動車の推進、研究の奨励などに投資することができる。適応が主な課題の場合は、インフラ事業を改良したり、既存の資産を改修したり、海岸保全を推進したりできるだろう。多くの国では、両者を組み合わせた取り組みになると思われる。

環境分野での技術移転を推進したり、そのために資金を供給したりする上での国際的な努力や、気候変動対策のための多国間基金の拡大がより強力に進められる必要がある。IMFでは、毎年実施している各国の経済評価に気候を織り込み、能力開発を強化して政府職員がこれらの複雑な課題に対処するのに必要なスキルを確実に備えられるよう支援している。

それでも蝶は重要なのだ

米国のSF作家レイ・ブラッドベリが1952年に発表した短編小説では、2055年から過去へタイムトラベルした男がうっかり1匹の蝶を踏んでしまったことで、彼が元いた時代の大統領選挙の結果が変わってしまう。それは「些細なこと」だった、とブラッドベリは書いている。その些細なことが「バランスを乱して一連の小さなドミノを倒し、そして大きなドミノを倒し、やがて巨大なドミノを倒すことがありうる」のだ。世界が気候変動に立ち向かう中で、アジア太平洋地域は決して倒れることがあってはならない巨大なドミノなのだ。世界がコロナ禍から復興していく今こそ、より良い未来を実現できるようにするチャンスなのである。

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ヴィトール・ガスパールは、ポルトガル国籍でIMF財政局長。IMFで勤務する前には、ポルトガル銀行で特別顧問など政策関連の要職を歴任。2011~2013年にはポルトガル政府の財務大臣。2007~2010年に欧州委員会の欧州政策顧問局長、1998~2004年に欧州中央銀行の調査局長を務めた。ノーバ・デ・リスボン大学で経済学博士号とポスト・ドクター学位を取得。また、ポルトガル・カトリカ大学でも学んだ。

李昌鏞(イ・チャンヨン)はIMFアジア太平洋局長。IMFでの勤務前にはアジア開発銀行でチーフエコノミストを務めた。アジア開発銀行では、経済動向や開発トレンドについての情報発信を担当するとともに経済調査局を統括した。韓国の大統領直属G20首脳会議準備委員会企画調整団長も務めた。金融委員会への任命前には、ソウル大学の経済学教授、ロチェスター大学の准教授。また、青瓦台(大統領府)、財政経済部、韓国銀行、証券保管振替機構、韓国開発研究院などで、韓国政府の政策アドバイザーとして活躍。主要な関心分野はマクロ経済学、金融経済学、韓国経済。こうした分野で幅広く論文を発表してきた。ハーバード大学で経済学博士号を取得。ソウル大学で経済学士号取得。