投資家はニュースにどのように反応するのだろうか。過去何十年間か、この問いが金融研究の中核をなしてきた。今、ふたつの力がこの問いの緊急性をさらに高めている。
第一に、ITの技術革新によって、金融・経済のニュースが届く範囲の拡大と伝達速度の向上が劇的に進んだ。ロイターやブルームバーグといった通信社によるニュースのオンライン即時配信が情報を生み出し、ますます多くの市場参加者のもとへ、ほぼ瞬間的に届けている。
第二に、新興市場国を中心に自国の金融市場を世界に対して開放する国が増えてきている。この結果、外国のニュースが国内の市場環境によりかなり直接的に影響を及ぼせることになっている。
しかし、ニュースが投資家の行動や資産価値に及ぼす影響を調べることは長い間、気が重くなる作業であり続けてきた。ニュースとは一体、何だろうか。何を取り上げているのだろうか。どのようにすれば、良いニュース(もしくは悪いニュース)を体系的に特定できるのだろうか。
幸いなことに、過去10年間に自然言語処理技術が大きく進歩し、大量のテキスト情報を検索・分析し、話題や論調など重要な要素を抽出できるようになった。以後、経済学や金融の分野では、伝統的なニュース媒体だけでなくSNSのコンテンツも利用したテキストマイニング活用の成功事例が出てきている。
最新技術を活用して私たちが行ったIMFの研究プロジェクトは、ロイター社が1991〜2015年に世界中で発表した経済、金融、企業、政治の記事400万本超を用いて、ニュースが国際資産価格に対して果たしている役割を評価した。この研究プロジェクトは、記事それぞれの論調が先行きを楽観視しているか悲観しているかをテキストマイニングの技法を使って評価している。「益」「回復」「信頼」といった前向きな単語、また、「危機」「損失」「低下」といったネガティブな単語がテキストマイニングによって特定されている。このデータを用い、先進国と新興市場国の両方について、ニュースをもとにした日毎の心理指数を私たちは開発した。その上で、今日のニュースで見られた楽観的な論調(または悲観的な論調)が将来的な資産価格の変化の予測に役立つだろうかを検討した。
ニュースのセンチメントが突然変わると世界的な資産価格に大きな影響があった点を私たちは確認し、投資家のセンチメントを測る上で、メディアの論調が一般的に優れた代替指標となることが裏付けられた。また、国内の資産価格に影響を及ぼす上で、国内ニュース(そして、国内投資家)よりも国外のニュース(そして、外国投資家)が果たしている役割にも光が当てられた(ここで「国外のニュース」として私たちが言及しているものは、ある特定の国1か国だけを取り上げた国内ニュースではなく、複数の国とそれら国々の相互関係性が絡んだニュースのことである)。
世界的なニュースのセンチメントが突然楽観的になった場合に世界中の資産価格に生じる影響は大きく、また、持続的なものである。一方で、国内ニュースが楽観的な論調であっても、その影響は控え目かつ一時的である。技術的な観点から見ると、本研究は経済学・金融の分野における最先端の研究でテキストが有力なデータとなることを示す新たな事例となっている。
重要な点としては、ビッグデータやテキストマイニングという新しい技術が諸機関の日常業務にどのように貢献できるかもこの研究は示している。例えば、世界中で毎日発表されているニュースに見られる心理(「世界ニュース心理指数」と呼ばれる)は、CBOEボラティリティ指数(VIX)など世界的なリスク回避を示す他の人気の高い指数と瓜二つになることもある。VIXは今後30日間のボラティリティの市場期待を示すもので恐怖指数と呼ばれることも多い。しかし、国際資産価格の将来的な動きを予測する材料としては、ニュースに基づく指数の方が最終的にはVIXよりも優れている。
ニュースのセンチメントがこれほどまで重要な理由は何か、また、広く活用されている他の市場ベースの指標よりも投資家心理の情報をより多く捉えられているように思われる理由は何かを私たちはまだ理解しようとしている途中である。しかし、この研究プロジェクトはニュースの論調をリアルタイムにモニタリングすることが、これ以外の方法では把握できない投資家心理の突然の変化を捉える上で非常に効果的である点をすでに示している。こうした把握が金融サーベイランスの鍵なのだ。