アジア太平洋地域

アジア太平洋地域経済見通し要旨

2018年5月

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要旨

アジア太平洋地域の経済見通しは依然として力強く、この地域が世界経済において最も活力ある地域であり続ける。短期の見通しについては、2017年10月に公表した前回の「アジア太平洋地域経済見通し (アップデート)」よりも改善しており、上振れリスクと下振れリスクが現時点では概ね均衡している。しかし、中期的には下振れリスクが優勢であり、こうした下振れリスクの要因としては世界的な金融環境のタイト化、保護主義的な政策へのシフトのほか、地政学的な緊張が挙げられる。多くの不確実性があることから、慎重なマクロ経済政策が取られるべきで、こうした政策はバッファーを構築し、ショックに対する耐性を高めることを目指すべきである。また、少子高齢化や生産性上昇の鈍化といった中長期的な課題に取り組むため、またグローバル経済で進展するデジタル化の恩恵をアジアが全面的に享受できるようにするために、政策当局は構造改革を押し進めるべきである。

 

緩やかなインフレーションが予測される中、アジア経済は2018年、2019年ともに5.6%の経済成長を達成すると見込まれる。力強い経済成長が世界の広範囲に及んでいることが、アメリカの財政出動による景気刺激策とも相まって、アジアの輸出と投資を下支えし、加えて、緩和的な金融環境が内需を支えることになるだろう。中国では、当局による金融面や住宅面、財政面での引き締め策などの要因を反映し、成長率が6.6%へと鈍化すると予測される。日本の経済成長率はこれまで8四半期連続で潜在成長率を上回っているが、今年もその力強さは継続し、成長率が1.2%に達すると見込まれている。そして、インドでは、高額紙幣の廃止や物品・サービス税導入に関連した一時的な混乱が過ぎ去ったことを受け、成長率が7.4%に回復すると予測されている。

 

経済見通しのリスクについては、短期的には上振れリスクと下振れリスクが概ね均衡しているが、中期的には下振れリスクが優勢となっている。上振れリスクとしては、世界経済の回復が再び予想よりも力強いものになりうる。中でも、包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定 (CPTPP) や、債務の持続可能性とプロジェクトの質が保持された上での一帯一路構想の順調な実現が貿易や投資、経済成長を支える可能性がある。下振れリスクを考える上では、グローバルな金融環境の突然かつ急激な引き締めにアジア経済がいまだに脆弱であり、さらには緩和的な金融環境が過度に長く続くことでレバレッジが大きくなり、金融脆弱性がさらに蓄積される可能性があることに留意する必要がある。こうした脆弱性は過剰なリスクテイクや、ノンバンクに金融リスクが移ることによって悪化しうる。また、グローバル化のメリットは等しく分かち合われておらず、関税面での最近の行動や発表によってスポットライトが当たったように、内向きの政策へとさらに進む可能性がある。こうした下振れリスクは国際貿易や国際金融市場に混乱を起こしうる。加えて、地政学的な緊張も重要なリスク源であり続けている。最後に、サイバーセキュリティの侵害やサイバー攻撃の世界的な増加、気候変動や自然災害もアジアに大きな影響を与え続ける可能性がある。

 

アジア太平洋地域の長期的な成長見通しは、人口動態の推移や生産性上昇鈍化、デジタル経済の台頭の影響を受ける。重要な課題のひとつが少子高齢化である。域内で多くの国々が「豊かになる前に老いる」リスクに直面しており、高齢化が経済成長と財政状況にもたらす負の効果は大きなものになりうる。第二の課題は、生産性上昇の鈍化である。第三の課題は、世界経済の急速なデジタル化である。最近の情報技術の進歩の中には社会のあり方を根本から変えうるものがあるが、例えば働き方の将来など、同時に課題も発生する。アジアはデジタル革命を積極的に取り入れているが、域内の状況はばらつきが非常に大きい。

 

第2章では、力強い経済成長にもかかわらずインフレーションが低く抑えられている現象の要因と、この現象が今後どの程度継続するかを分析している。分析結果からは、まず、輸入インフレなど世界的な一時的要因が低インフレの主要因であったことが示された。実際に、コアインフレ率は低く、多くの国でインフレ目標を下回り続けている一方、過去数か月における石油価格の高まりに呼応して、アジア太平洋地域における総合インフレ率は上昇している。2点目として、インフレ期待はインフレ目標値がアンカーの役割を果たし概ねしっかりと安定しているが、インフレ期待が実際のインフレーションに与える影響力は弱まっており、インフレ形成プロセスがよりバックワード・ルッキング、すなわち過去の推移に影響を受けやすくなっている。3点目として、マクロ経済のスラック (需給の緩み) に対するインフレの感応度の低下、すなわちフィリップス曲線のフラット化を示唆する結果が得られている。

 

アメリカでの物価上昇や一次産品価格など世界的な要因が不利な状況に転じた場合、アジア太平洋地域ではインフレ率が高まる可能性があり、政策当局は迅速な行動を起こせるよう準備する必要がある。加えて、インフレ形成プロセスがよりバックワード・ルッキングになっていることを踏まえると、物価上昇率の高まりは長期化しうる。さらに、フィリップス曲線がフラット化する中、インフレを抑制するために必要となる総需要抑制の幅が大きくなっている可能性もある。したがって、政策当局はインフレ圧力の初期兆候が見られた際に反応できるよう目を光らせている必要がある。一次産品価格の上昇があった場合、インフレーションへの一次的な影響は許容したとしても、二次的な影響は防ぐ必要がある。金融政策の枠組みや中央銀行によるコミュニケーションを改善することで、インフレ期待が実際のインフレに及ぼす役割を強化し、より安定したインフレーションを実現できる可能性がある。また、為替相場の柔軟性を高めることは輸入インフレの影響を緩和しうる上、金融安定性リスクにはマクロ・プルーデンス政策が有効となりうる。

 

アジア太平洋地域の大半でGDPギャップが縮小しつつあり、財政による景気下支えを継続する必要性は小さくなってきている。そして、アジアの国々・地域の大半は、バッファーを強化し、ショックへの耐性を高め、持続性を確実にする方向に舵を切らなければならない。また、中には、インフラや社会的支出のための財政余地を生み出し、構造改革を支えるために、政府歳入の強化に注力すべき国々もある。経済見通しに力強さがある今、こうした改革に取り組むためにふさわしい機会が到来している。生産性を高め、投資を促進するために、また、労働参加における男女格差を解消するために、国・地域別に設計された施策が必要とされている。人口動態の変化や気候変動に対処するため、さらには、テクノロジーや国際貿易のシフトによって影響を被った人々を支えるためにも、国や地域ごとに合った施策が必要だ。そして、最後になるが、デジタル革命の恩恵を余すところなく享受するために、アジアは情報通信技術やインフラ、貿易、労働市場や教育をすべて網羅する包括的で統合的な政策対応を必要としている。