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世界的なコンセンサスが高まる中でも、温室効果ガス排出量ネットゼロ達成への障壁は高い

エネルギー市場の世界的分断とウクライナでの戦争は、再生可能エネルギー普及の促進と温室効果ガス排出量ネットゼロに向けた推進力に弾みをつけた。一方で、エネルギー転換の必要性をめぐる世界的なコンセンサスが高まる中、転換への課題もまた明らかになってきている。

技術開発・導入のペースが不確かであることに加え、とりわけ際立っているのは次の4つの問題である。

各国でエネルギー安全保障が最優先項目として復活している点

経済的混乱を招く可能性があることから、どのくらい迅速にエネルギー転換を実現すべきか、実現できるかということに関するコンセンサスの欠如

エネルギー転換の優先事項に関して先進国と発展途上国との間に大きく広がる格差

ネットゼロの目標に向けて必要となる鉱物資源採掘の拡大とサプライチェーン構築への障壁

エネルギー安全保障の必要性は過去数年間にわたりほとんど薄れていた。エネルギーショック、それに続いて生じた経済的苦境、18か月前には想定できなかったかもしれないエネルギー価格の高騰、地政学的紛争、これらすべてが組み合わさって多くの政府機関が戦略を再評価することを余儀なくされた。この再評価は、エネルギー転換が、世論の支持を得て、悲惨な政治的結果を伴い得る経済的混乱を避けるために、(エネルギーが適切かつ合理的な設定価格で供給される)エネルギー安全保障を根幹に据えるべきことを明らかにする。

現在発生している世界的なエネルギー危機は、2022年2月に勃発したウクライナ侵攻で始まったものではない。それよりもむしろ、2021年の夏の終盤に始まったものである。新型コロナウイルス感染症拡大による世界的なロックダウンが解除されたことに伴う経済活動の再開によって、世界的なエネルギー消費が増えた。石油、天然ガス、石炭のすべての市場は2021年後半に逼迫し、価格を押し上げたが、これは供給が不十分であることが明白となったことを背景に需要が高まったためである。米国政府が戦略石油備蓄の最初の放出を発表したのは、ウクライナ侵攻の3か月前となる2021年11月であった。明らかになったことは、「過少な先制投資」が適正な石油・ガス資源の新たな開発を制約したことである。このような過少投資にはいくつかの理由があるが、政府の方針・規制、投資家による環境・社会・ガバナンス(ESG)への考慮、7年間で2回の価格崩壊によるリターンの低下、将来的な需要に関する不確実性といったことが挙げられる。投資不足は、石油・ガスに代る資源が今頃は既に十分に備わっているだろうという誤った想定ゆえの「先制的」なものであった。現在起きていることが、需要と供給の不均衡からくる「エネルギー転換期における初のエネルギー危機」であると評する意見もある。もしこれがまさに第1の危機に過ぎないと示されるならば、同様の将来的な危機は不確実性をもたらし、重大な経済的問題を引き起こして、エネルギー転換への世論の支持を揺るがすことになるであろう。

歴史を通じたエネルギー転換

最初は、18世紀に行われた木材から石炭へのエネルギー転換である。英国においては、木材価格が高騰したことから、石炭は早くも13世紀初めに利用されていたが、英国の製鉄業者、エイブラハム・ダービーが、石炭は木材よりも「製鉄には効果的手段である」ことを証明した1709年1月になってようやく代表的な工業燃料として浮上した。しかし同氏は、「多くの人が私のことを無鉄砲だと訝っている」と述べている。

一方でエネルギー転換は中々迅速には運ばなかった。19世紀は「石炭の世紀」として知られているが、エネルギー学者のバーツラフ・シュミル氏によれば、その世紀は依然として、「木材、木炭、石炭残渣」を燃料としていた。 1900年になって初めて石炭が世界のエネルギー需要の半分を供給することになった。

石油は1859年に米国で発見された。その後半世紀以上を経て、第一次世界大戦の前夜、海軍大臣であったウィンストン・チャーチルは、速度、融通性、燃料補給のしやすさ、石炭を掘削する人材の排除といった技術的な理由から、英国海軍に石炭から石油への転向をするよう命じた。しかし、石油が世界第一位のエネルギー源として石炭を追い抜いたのは、石油が発見されてから1世紀後の1960年代だった。

これまで、エネルギー転換は長い年月をかけて行われてきた(F&D本号の「Picture This」を参照のこと)。これらはまた、実質的に転換というよりむしろエネルギー源の追加であった。石油が世界第一位のエネルギー源として石炭を追い抜いてから60年の間に、世界の石炭消費量はおよそ3倍に増加した。

現在の気候変動によるエネルギー転換はわずか四半世紀あまりで実現するものとされている。またそれは変革をもたらすことが企図されている。石炭は姿を消し、欧州連合は2050年までに水素が全エネルギーの20~25%を供給することになると予想している。水素は、ますます集中的な取り組みと野心の中心であるが、現在のエネルギー供給量は2%に満たない。

今回の転換の目的は、単に新たなエネルギー 源を見出すだけではなく、100兆ドル規模と いう今日の世界経済のエネルギー基盤を完 全に変化させるとういものである。
エネルギー転換のスピード

エネルギー安全保障が転換への最初の課題だとすれば、2番目の課題はタイミングである。どれだけ迅速に進展すべきか、進展は可能なのか。2030年に向け、2050年温室効果ガス排出量目標のかなりの部分を加速させなければならないことへの重圧がのしかかっている。しかし時として取り組みの規模が過小評価されているように思われる。

私は著書『The New Map』(2021年)で、過去のエネルギー転換について考察したが、今回の転換が他とは異なることは明らかである。過去の転換はどれもが、政策によるものではなく、大半が経済的および技術的なメリットによってもたらされたものであるが、今回それを主導するのは政策である。これまでのエネルギー転換はそれぞれ一世紀あるいはそれ以上にわたって展開したが、そのいずれも現在構想されている転換とは種類が異なる。今回の転換の目的は、単に新たなエネルギー源を見出すだけではなく、100兆ドル規模という今日の世界経済のエネルギー基盤を完全に、それもわずか四半世紀あまりで変化させるというものである。これはたいへんに野心的であり、かつてこれまでこのような規模での試みがなされたことはない。

転換の対象規模がこのように大きく、広範囲に及ぶことから、もっと綿密なマクロ経済的影響の分析が必要だと警告を発する向きもある。欧州の大手経済シンクタンク、ブリューゲル研究所の共同創設者であるジャン・ピサニ・フェリー氏は、温室効果ガス排出量削減をあまりに果敢に加速すれば、一般的に予想されるよりももっと大きな経済的混乱、その言葉を借りれば「まさに1970年代のショックのような、有害な供給ショック」を招きかねないと述べている。ピサニ・フェリー氏は、今日のエネルギー危機が始まる直前の2021年に、そのような転換は「平坦なものではなく、政策当局者は難しい選択に備えるべきである」という予見を書き記した。同氏は、続いて2022年に次のように述べている。「気候変動対策は主要なマクロ経済的課題となったが、気候変動対策のマクロ経済学は、公の議論に健全な基盤を提供し政策当局者を適切に導くために必要な厳格かつ的確な水準からはかけ離れている。無理からぬ理由によるものであるが、アドボカシーは往々にして分析に勝ってきた。しかしながら、議論のこの段階において、自己満足のシナリオは非生産的なものとなっている。政策議論には、対策の代替プランにかかる潜在的な費用と便益について、綿密かつ同輩の検証を経た評価が必要とされる」と。

南北問題

3つ目の課題は、新たに勃発した南北問題、つまり、転換をどのように進めるべきかということに関して、先進国と発展途上国との間に大きく広がる隔たりである。1970年代の元々の南北問題とは、先進国と発展途上国との間の富の分配、とりわけ商品や原材料の価格設定をめぐる軋轢であった。その分断は、グローバル化とテクノロジーの進展により解消された。これは「新興国」と称される市場への移行に反映されている。

排出量削減に唯一の重点が置かれてい るようだが、発展途上国は健康や貧困、 経済成長といったその他喫緊の優先課 題とバランスを取らなければならない。

新たな南北問題は、気候・転換政策、経済発展へのそれらの影響、累積排出量・新たな排出量に誰が責任を負うか、誰が金を払うかといったことをめぐる意見の相違である。ウクライナでの戦争によりもたらされた世界的な商品市場ショック、金利の上昇とそれに続く通貨安は、発展途上国への重圧を強めただけであった。

排出量削減に唯一の重点が置かれているようだが、発展途上国は健康や貧困、経済成長といったその他喫緊の優先課題とバランスを取らなければならない。何十億もの人々がいまだに薪や廃材で調理をしており、室内汚染や健康被害に直面している。これらの諸国の多くは、生活水準を向上させるために不可欠なものとして炭化水素の利用拡大を模索している。インドの元石油・天然ガス相のダルメンドラ・プラダン氏が述べたように、エネルギー転換に向けての道筋は複数存在する。インドは、再生可能エネルギーの活用を公約したことに加え、600億ドルを投じて天然ガス供給網を建設している。発展途上国は、屋内汚染を削減し、経済発展と雇用の創出を促進し、そして多くの場合において石炭・バイオマスの燃焼から発生する温室効果ガス排出量・汚染を除去するために、天然ガスの利用を開始、拡大することを模索している。

先進国の中にはこのような南北問題を認めない傾向があるかもしれないが、現実が明らかに捉えられたのは2022年9月に、欧州議会がタンザニア経由でウガンダからインド洋を結ぶ石油パイプライン建設計画に対し、異例の治外法権を表明する形で非難決議を採択したことである。議会はプロジェクトを糾弾したが、議会が述べたその理由は、パイプラインが及ぼす気候、環境そして「人権」への有害な影響である。議会本部はフランスとベルギーにあり、両国の国民ひとり当たりの総所得はウガンダの約20倍である。ウガンダではパイプライン建設が経済発展のために極めて重要とみなされており、予想に反することなく、この非難決議はウガンダ国内での激しい反発を引き起こした。ウガンダ議会の副議長は、欧州の決議を「ウガンダとタンザニアの主権に対する最たる新植民地主義および帝国主義」として非難した。エネルギー相は、「アフリカはグリーンであったが、人々は貧困のために木を伐採しているのである」と付け加えている。ウガンダの国民学生連合は街頭に繰り出し、学生代表のひとりは、「欧州諸国に道徳的優位性があるわけではない」と発言するなど欧州議会に対してデモを行った。固有の問題がどのようなものであれ、視点に明らかな隔たりがあることを否定することは難しい。

融資に関して言えば分断はとりわけ鮮明である。西側諸国の銀行および多国間にまたがる金融機関は、パイプラインに加え、炭化水素開発に関連する港湾やその他インフラ施設への融資を停止した。某アフリカのエネルギー相は、融資へのアクセス拒絶の影響について、「梯子を外し、跳び上がるか飛ぶかしろと求める」ようなものだと言い表した。世界の人口の80%が暮らす発展途上国地域、および西ヨーロッパ・北米、両視点のバランスを見出すことが、さらに緊急性を帯びることになるであろう。

融資の遮断

4つ目の課題は、ネットゼロに向けた新たなサプライチェーンを確保することである。再生可能エネルギー源への大規模なインセンティブと補助金を投じることを盛り込んだ米国で可決された「インフレ抑制法」と、欧州の「リパワーEU(REPower EU)」計画、および他の地域での同様の取り組みにより、とりわけ風力タービン、電気自動車、太陽光パネルを必要とする再生可能エネルギーへの移行のための原材料である鉱物への需要が加速するであろう。IMFや世界銀行、国際エネルギー機関(IEA)、米国政府、欧州連合、日本政府など一連の機関はすべて、それらのサプライチェーンの緊急性についての調査結果を公表している。IEAは、世界経済は「燃料集約型から鉱物集約型システム」へと移行し、「重要鉱物への需要を加熱させる」であろうと予測している。著書『The New Map』で、私はこのことを「ビッグオイル」から「ビッグショベル」への移行と総括している。

私が副会長を務める金融・分析会社であるS&Pグローバルは、これらの調査結果に基づき、鉱物への「加熱する需要」がどの程度のものとなるか数量化することを試みた。S&Pグローバルの詳細分析、「The Future of Cop-per:Will the Looming Supply Gap Short-Circuit the Energy Transition?」(2022年)は、エネルギー転換の推力は電動化に向かっており、銅は「電動化に必要な金属」であることから、この金属に焦点を当てている。この分析調査は、米国政府と欧州連合が推進する2050年の達成目標の分類を取り上げ、これらの達成を実現するには、例えば、洋上風力発電や電気自動車のさまざまなコンポーネントなど、何が銅の特定的利用を必要とするかを評価した。例えば、電気自動車は従来型の内燃機関を備えた自動車よりも少なくとも2.5倍の銅を必要とする。この分析では、銅の需要が2030年代半ばまでに2倍に増加しない限り、2050年の目標は達成できないと結論付けている。

チョークポイントは供給である。現在の供給の拡大ペースでは、新たな鉱床、鉱山拡張と効率性の向上、リサイクリング、また入れ替えなどを含め、利用できる銅の量は必要とされる供給量に比べて著しく少ない。例えば、IEAは、新たな鉱床の発見から銅が最初に生産されるまでに16年かかると見積もっている。20年以上かかると言う採掘企業もある。世界各地で採掘権の認可と環境問題が主な制約となる。また、銅の産地は、謂わば、石油よりも集中している。石油は米国、サウジアラビア、ロシアの3か国が2021年の世界の生産量の40%を占めたのに対し、銅はチリとペルーのわずか2か国で38%を生産した。

銅は極めて重要な鉱物資源

銅の価格は今年の高値から約20%低下している。これは、その価格が経済の減速や後退の先行指標とされ、しばしば注目される「ドクター・カッパー(Dr. Copper)」としての役割を反映するものである。そして実際のところ、IMFは2022年の世界経済成長の急激な減速を確認しており、他の多くの予測機関と同様、2023年にはさらなる減速および後退の可能性を予想している。しかし、景気後退が終われば、エネルギー転換からの需要が押し寄せ、銅価格は再び上昇するであろう。過去のパターンがそうであったように、需要と価格の急上昇は、資源保有国と採掘企業との間に新たな緊張を生み出す可能性が高く、次に投資の進捗率に影響を及ぼすであろう。加えて、ネットゼロに向けた競争が激化するにつれ、鉱物資源開発競争が、中国と米国の「大国間競争」として知られるようになった争いに巻き込まれることになるリスクがある。

S&Pグローバルの銅に関する詳細分析は、エネルギー転換への物理的課題のより綿密な分析に資することを目的としたものである。風力発電産業には、12世紀の英国の風車推進派が「風力から自由に得られる便益」と称したものがある。太陽光発電産業には太陽から自由に得られる便益がある。しかし、風力や太陽光の動力化に用いられる物理的インプットは無償ではない。2030年に向け、2050年達成目標のかなりの部分を押し進めるには、多大な物理的制約と奮闘しなければならない可能性が高い。

これら4つの課題、つまり、エネルギー安全保障、マクロ経済的影響、南北問題、そして鉱物資源は、エネルギー転換がどのように展開するかということに関してそれぞれ重要な影響を持つ。取り組みはどれひとつとして容易なものではなく、またこれらは相互に作用し、それぞれの影響は複合する。しかしながら、これらを認識することが、問題についてのより深い理解と、エネルギー転換の実現に努めるに際しての必要な対応を促進することになるであろう。

ダニエル・ヤーギンはS&Pグローバルの副会長である。その最新の著書は、『The New Map: Energy, Climate, and the Clash of Nations』。 著書『The Prize: The Epic Quest for Oil, Money & Power』でピューリッツァー賞を受賞。

記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。

参考文献:

Pisani-Ferry, Jean. 2021. “Climate Policy Is Macroeconomic Policy, and the Implications Will Be Significant.” Peterson Institute for International Economics Policy Brief 21-20, Washington, DC.

Pisani-Ferry, Jean. 2022. “The Missing Macroeconomics in Climate Action.” In Greening Europe’s Post-Covid-19 Recovery, edited by S. Tagliapietra, G. Wolff, and G. Zachman, Brussels: Bruegel.

S&P Global. 2022. “The Future of Copper: Will the Looming Supply Gap Short-Circuit the Energy Transition?” New York.

Yergin, Daniel. 2021. The New Map: Energy, Climate, and the Clash of Nations. New York: Penguin.