今こそ変革の時
Source details
- Canonical URL
- 今こそ変革の時
Other formats
Bibliographic details
- Authors: Masaaki Shirakawa
- Published: March 13, 2023
要旨・背景
- 先進国で最近のインフレ率は「40年ぶりの水準に急上昇」した。
- パンデミックとウクライナでの戦争による貿易と生産の混乱は供給サイドに由来するが、その影響は既存の金融情勢によって左右され、金融情勢は金融政策によって形成されるため、中央銀行は完全に免責されない。
- 中央銀行が現在の金融政策の枠組みとその裏付けとなる知的モデルを再考すべき時が来ている。
根拠のない懸念(デフレとゼロ金利制約の議論)
- パウエル議長の議論:インフレ期待が目標の「2%を下回れば、金利もそれに連れて低下する」ことで利下げ余地が狭まるという従来の懸念を引用。
- 日本の事例:
- 日本は早くからゼロ金利制約に到達したが、2000年から2012年までの一人当たりGDP成長率は「G7平均と一致」し、労働人口一人当たりのGDP伸び率は同期間「G7の中で最も高かった」。
- 2013年以降、日本銀行のバランスシートがGDP比「30%から120%に拡大」した非伝統的政策は、インフレには「わずかな影響しかなかった」。
- 非伝統的金融政策の評価:
- 効果がまったくないわけではなく、フォワードガイダンスのように「長期金利に影響を与える」強力なツールになり得る。
- 経済が予期せぬショックに見舞われると、フォワードガイダンスが「突如、景気を過熱させインフレを引き起こす可能性」がある。
政治的な未熟さ
- 柔軟な平均インフレターゲットを導入してインフレの一時超過を許容したことが、政策の早期引き締め失敗の一因。
- 中央銀行が民主的に選ばれていないため、インフレ的な財政支出を行う政府・議会に対して、その支出計画を切り詰めるよう求めることは困難であるとの指摘。
- 「グレートモデレーション(超安定期)」における成功は、幸運や供給サイドの好条件(発展途上国の参入、情報技術の進歩、比較的安定した地政学的環境)に依存していた可能性がある。
枠組みの再考 — 再評価すべき3つの課題
- 第1の課題:デフレの危険性とゼロ金利制約に引き続き焦点を当てるべきかの再評価。
- 一部のエコノミストは、米国のインフレ率がピークを過ぎる兆しがあることを受け、インフレターゲットの引上げと「十分な安全マージン」を保持するための引き締め度合い緩和を提案しているが、著者はこの見解に懐疑的。
- ボルカー元議長の考えを引用:「デフレは、金融システムの重大な崩壊によってもたらされる脅威である」。2008年は瀬戸際まで行ったが、崩壊は実際には起こらなかった。
- 利下げ余地があっても、金融の不均衡が資産バブルや金融危機として顕在化すれば無力であるため、中央銀行はマクロ経済(インフレや需給ギャップ)だけでなく「金融機関や金融市場で何が起きているか」にも注意を払う必要がある。
- 第2の課題:なぜ中央銀行が金融緩和の長期化に追い込まれ、その結果はどうだったのかの再検討。
- 日本が例として挙げられ、急速な高齢化と人口減少などの構造要因による成長停滞が「景気循環の谷として誤解」され、何十年にもわたり金融緩和が続いた。
- 金融緩和が10年以上継続すると、資源の配分ミスによる生産性の伸びへの悪影響が深刻化する。
- 金融政策は供給サイドに導かれるべきではないが、無視すべきでもない。
- 第3の課題:各国の制度や慣行の違いを踏まえた枠組み設計の必要性。
- 雇用慣行の違いは賃金の動きとインフレの動きに影響する。例として日本では「長期雇用」の慣行により賃金上昇が抑制され、物価上昇の加速は他の先進国に比べて「はるかに遅いペース」である。
- グローバル化の下でも社会契約や経済構造の違いは重要であり、単一の数値を全ての国に適用するインフレーションターゲット戦略の論拠を揺るがす。
- 通貨のアンカーは「金融引き締めによってインフレを抑制し、最後の貸し手になるという中央銀行の確固たるコミットメント」によってのみ確立されるものであり、「インフレ目標を設定するという単純な行為」によって確立されるものではない。
結論・勧告
- インフレーションターゲットは1970年代から1980年代初頭のスタグフレーションへの対策として画期的であったが、「変更不能だと考える根拠はない」。
- 過去30年間頼ってきた知的基盤の限界が明らかになった今、「金融政策の枠組みを刷新する時である」。
出典: 白川方明、ファイナンス&ディベロップメント、2023年3月