アジアにおける金融改革・金融の安定性という課題

2016年7月11日

はじめに

おはようございます。本日皆様とこのようにお目にかかれ光栄です。サンフランシスコ連邦準備銀行及びシンガポール通貨監督庁の招待を受け、本日このシンポジウムで金融改革と金融の安定性の関係性についてお話をする機会を恵まれたことに感謝いたします。

このトピックについて今日、意見交換を進めることはアジアにとり極めて重要です。現在世界経済は、数週間前の「Brexit(脱EU)」に関するイギリスの国民投票の結果を含め多くの新たな試練に直面しています。ですから、我々は常に、アジアのダイナミズムを支えることができる、あるいはこれを弱体化させる、様々な力についての理解を調整していかねばなりません。我々の意見交換は、政策担当者、金融監視当局、投資家、企業幹部などが抱える経済の主な課題の一部に関連しています。

アジア太平洋地域には世界の他の地域のためになる教訓があり、また逆に同地域が他から学ぶことができる教訓もあります。世界金融危機の発生から8年が経過し、依然として強固かつ安定した持続可能な成長の実現過程にある世界経済が抱える試練に立ち向かおうとするならば、こうした教訓は不可欠です。

ここで私は、過去に異例とも言える成功と金融の不安定性を経験した地域に特に重要な、ひとつの教訓を述べたいと思います。つまり、金融の安定性も経済成長も何もせず立っているだけでは実現しないということです。常に警戒を怠らず改革を継続することで、はじめて成功を確約することができます。

Brexitをめぐる国民投票への世界の市場の反応は、予想外の展開を前に常に警戒することが引き続き必要であることを明確に示しています。金融の脆弱性及びリスクは、これらが安定性を脅かす前に対処しなければなりません。アジア太平洋地域は、より柔軟な為替制度やより強力な外貨準備ポジションを含めた政策枠組みも背景に、最近の金融の大きな変動の波に耐えてきました。また、バーゼルIIIのもとで行っている銀行の資本や流動性ポジションの強化など、金融の安定性を促進する改革も導入しています。

こうした改革は、金融機関がより耐性を高め包摂的成長の基礎を築く上で助けとなります。そして最終的には、国際社会の足かせになるのではなく、国際社会のために確実に機能するような国際金融システムの構築に寄与します。

ですから本日はいただいた時間のなかで、世界経済の現状に目を向けながら成長と金融の安定性について、そして金融部門の発展という課題、さらに、そこからIMFのアジア太平洋地域における役割について考えていきたいと思います。

世界見通し

それでは世界経済から見ていきましょう。

最新版が来週発表になるIMFの世界経済見通しは、抑制された回復が続いており多くのリスクを抱えているとしています。先進国・地域は、緩やかなペースで成長しています。しかし、その成長をより力強いものとするためには、特に欧州で危機の遺産という依然として未解決の問題に対処しなければなりません。

新興市場及び途上国・地域は、世界経済の成長において引き続き最も重要な貢献をしています。しかし、その成長も、世界貿易の減速、一次産品の低価格、そして市場のボラティリティとリスク回避の高まりによる金融環境のタイト化があいまって、減速しています。

アジアは引き続き世界経済の成長の主要な原動力ではありますが、中国の成長率が年率6%近くまで鈍化するなど減速しています。東南アジアは、内需が輸出の減速の相殺に一役買うなどASEAN諸国が比較的力強い勢いを維持しており、輝ける場所となっています。この内需は、有利な人口動態そして生活水準の向上を追求する社会の投資ニーズを反映しています。

中国経済のリバランス(再調整)の影響は、世界経済が抱える最も重要なリスクのひとつです。経済成長が予測以上に急激に減速した場合、中国経済と密接につながっている世界中の国々に影響を及ぼす可能性があります。この件につきましては後ほどお話ししたいと思います。

世界の経済や金融の状況が第2のリスクをもたらしています。アジアの貿易と金融の連関性により、シクリカルな変化やセンチメントの変化に特に敏感になっています。一次産品価格の急落と輸出の鈍化により、新興市場国・地域全体で企業及び政府の脆弱性が高まっています。こうした状況は、アジアを含め新興市場国・地域が急速な与信の拡大に頼るなか世界金融危機から醸成されてきました。結果、多くの国で民間部門及び家計のレバレッジが急激に拡大しました。

同時に、企業の収益性が落ち始め債務返済能力が限界に達し企業が脆弱な状況に陥りました。借換圧力は、とくに一次産品輸出国や一次産品関連部門で一段と深刻になるかもしれません。これまで1年間、こうした状況がスプレッドの拡大と資本流出の拡大で悪化しました。

企業の問題は中国で最も顕著であり、昨年中国市場の混乱から学んだように、地域レベル・世界レベルで波及的影響を及ぼす可能性が一段と高くなっています。利払いのための利益を確保できない企業の有する債務の総債務に占める割合が増加しています。最新のIMFの「国際金融安定性報告書」は、「高リスク債務(debt at risk)」は全上場企業の債務の14%と、2010年の4%から上昇しています。

とは言うものの、当局がこの問題の対応で迅速に行動するならば、我々は中国の企業の債務問題は管理可能だと確信しています。これは、現在の問題に対処し再発を万全に防ぐ措置を意味します。こうすることで、当局はリバランスに伴うリスクを低減することができます。

金融の安定性を確保する

これまでアジアは、予期せぬ状況に対応できることを示してきました。その大半がアジア危機以降に導入した政策及び改革を反映しています。中央銀行や規制当局は、脆弱性を抑制し防御を強化するという点で優れた働きをしてきました。企業はレバレッジと為替のエクスポージャーに関する多くの教訓を吸収しています。

しかし、金融の安定性の確保とは自己満足の余地すら残さないことを意味します。今こそ、アジアは耐性と金融の安定性へのコミットメントを強化すべきです。国と企業は、市場のセンチメント及び資本フローの急激な反転に備える必要があります。

またこれは、世界危機以後アジアを十分に支えてきた強力なマクロ経済政策を継続することを意味します。さらに、内需を支え生産性を向上させる構造改革が必要です。こうした構造改革は、経済の発展を妨げている政策や制度の弱さとともにインフラ及び教育のギャップに対処しなければなりません。またこれらにより、開発の次の段階のためにさらなる資金を生み出すうえで必要な、財政の余力を作り出すこともできます。

しかし、この進展も、金融部門の深化、すなわち、耐性及び金融の安定性を高め、持続可能かつ長期的な現代の経済の発展を促す、政府・市場双方の面の改革次第です。

金融部門の深化

深化とは、伝統的な銀行慣行-対消費者、対企業含め-を超えて、生産性を引き上げ持続可能な成長を促すことができる金融商品と機会を創出することを意味します。国境を越え、金融部門の発展は、新たな貿易の結びつきを生み出すとともに、サービス部門での相乗効果を高め、かつ資本市場に変化をもたらすことができます。

インフラ開発において政府資金は必ず民間部門の投資を伴わなければならないという現在のコンセンサスを踏まえると、資金調達はインフラ開発の主要な課題です。これは、長期的な資金調達経路を生み出すための資本市場の発展を意味します。

インフラプロジェクトは、国内外全ての可能なソースから官民パートナーシップを含めた投資の支援を促すマクロ経済政策の枠組み内で行われることが極めて重要です。これにより、現地通貨建て債券市場の発展が可能となり、外貨建て借入への過度の依存を避けることができるのです。プロジェクトには、煩わしい形式的な手続きなくそのニーズを満たすことができる金融商品へのアクセスが与えられるべきです。

市場の深化は、包摂的成長にも不可欠です。フォーマルな金融部門へのアクセスを欠く南アジア及びASEAN諸国の何百万という人々-特に女性-にまで金融サービスへのアクセスを拡大することが、極めて重要なゴールです。全ての人に経済面での権利を与えることで、全ての人が利益を得ることができるでしょう。これには新たなアプローチが必要です。ある国ではイスラム金融の拡大、またある国ではマイクロファイナンスの拡大、さらにはモバイルバンキングを含めた金融のテクノロジーの利用の拡大などです。

つまり、イノベーションが極めて重要です。しかし、イノベーションは、終わりなき警戒へのコミットメント、継続する与信拡大に対処するためのミクロ・プルーデンス政策手段・マクロプルーデンス政策手段の導入を伴う必要があります。過度の企業のレバレッジ及び銀行のエクスポージャーを監視すること、資産分類の慣行を改善することを意味します。モニタリングがいっそう困難になるデータギャップに対処し、監督者が新たなリスクに対応するための資源と権限を確実に備えているようにします。見通しの悪化により、不良債権が増加しているところでは、金融機関は引き当てを強化する必要があります。また、金融市場に透明性をもたらすことを意味します。

IMF の役割

こうした努力全てを支援するためにIMFは何をすることができるでしょうか。我々は4条協議報告書や国際的な分析を通し地域全体に助言を行い最善慣行を広めるなど、主治医としての役割を既に果たしています。また金融セクター評価プログラムを通し、脆弱性を特定し監督及び金融部門の発展を強化するための具体的な提言を行っています。

重要な課題について加盟国政府や他の利害関係者との対話を促進することができます。たとえば、我々は国際的なリスク回避が高まった結果であるコルレス銀行取引関係の解消というトレンドについて、現在進んでいる議論を促しています。これは、サービスが不十分な地域での草の根の金融機関の発展を抑制するという意図しなかった影響を及ぼしているようです。

最後に、IMFの技術支援及び研修プログラムが、金融部門の変化という課題に取り組む加盟国の具体的なニーズに応えるうえで有益です。

また、IMFは国際社会と協力し金融危機に対する地域レベル・世界レベルの防御の強化にも取り組んでいます。アジアには既にチェンマイ・イニシアチブがあります。最近強化されたこのイニシアチブを我々は、不安定化から守るうえで重要だと理解しています。我々の取り組みを補完する重要な役割を果たしています。

今日IMFは、先のクォータ資源の増額により、今までよりはるかに強力なセーフティネットを提供することができます。また我々は、より多くの柔軟な融資制度を提供するため、IMFの諸制度を拡大しました。さらに国際社会と協力し、国際的に不透明な状況が続くなかで守りを強化するための新たな方策を追求しています。これは、IMFが十分な資金を備えていることが重要であることを浮き彫りにしています。

総合すれば、我々は、アジアの加盟国と密接に協力するに良好な状況にあります。アジア加盟国は、最近承認されたガバナンス改革によりIMFの運営においてこれまでより大幅に発言権が強化されています。

しかし、他の有能な医者と同じように、特に世界情勢の変化に照らし、我々は常に活動の改善に努めなければなりません。警戒を続け改革を導入することは我々の義務でもあるのです。

最後に

こうした複合的な取り組み全てが、世界で最もダイナミックな地域の経済面のより大きな可能性を生み出すための改革の導入で、大きな役割を果たします。ますます相互連関性が高まっている現世界において、最も経済的に良好な国や地域でさえもショックから保護することは可能ではありません。しかし、適切な政策枠組みを構築し、その後これをショックから保護することが、継続的な進展を促すうえで効果的です。

アジアは全ての不確実性を排除することはできません。しかし、新たな脆弱性を浮き彫りにすることで、多くのリスクを予期することはできます。また我々は、回避不可能な事象に保険をかけるとともに予期せぬ事態への準備をより適切に進めることができます。IMFは、この取り組みの支援で-金融部門の深化と保護双方において-果たすべき役割があります。そして我々は、可能な限り最善の結果を確実にもたらすため、アジア太平洋地域の我々の加盟国と協力していきます。

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