2017年対日4条協議終了にあたっての声明

2017年6月19日

「協議終了にあたってのIMF代表団声明」は、IMFスタッフによる公式訪問(大半の場合は対加盟国ミッション)の終了に伴い発表されるもので、スタッフによる初期評価を示すものである。ミッションの派遣は、IMF協定第4条に基づき定期的に(通常は年に1回)行われる協議の一環として、IMF資金の利用(IMFからの借入)の要請に関連し、あるいは、スタッフ・モニタリング・プログラムの協議のため、さらには、その他スタッフによる経済情勢のモニタリングの一環として行われる。

各国当局はこの声明の公表に同意している。同声明における見解はIMFスタッフの見解を示すもので、必ずしもIMF理事会の見解を示すものではない。初期評価を基に、IMFスタッフは報告書を作成する。報告書はマネジメントの承認を受け、IMF理事会に協議や決定の参考資料として提出される。

2017年対日4条協議終了にあたっての声明

2017年6月19日

足元の日本経済のモメンタムは、成長とインフレの見通しを高め中期的なリスクを減じるような改革を加速する機会を提供している。潜在成長率を上回る成長や低い失業率によって、こうした追い風がなければ断行できないような改革を推進する余地が生じている。いくつかの要因がより強力なアプローチの必要性を示している。第一に、最近の成長は海外部門や一時的財政出動に基づいている。第二に、労働力不足はいまだに賃上げにはつながっておらず、インフレははっきりした上昇傾向を示していない。さらに、人口動態とかつてない高水準の公的債務残高は、中期的な重大な政策課題であり続ける。金融緩和と活用可能な財政余地を最大限活かすには、包括的な政策パッケージ ― マクロ経済にとって重要な構造改革と所得政策を中心に組み立てられたもの ― が必要となる。この政策パッケージには、段階的な調整に基づく信頼に足る中期的な財政健全化策と、低金利環境や人口動態に起因するリスクから金融の安定性を保つ政策が含まれるべきである。

背景:最近の経済動向と政策

アベノミクスは経済状況を改善し、構造改革を後押しした。アベノミクスは2012年の導入以来、金融状況の緩和、企業利益の増加、雇用と女性の労働参加率の引き上げに成功している。構造改革は、エネルギーと農業の自由化、貿易と投資の推進、コーポレート・ガバナンスの分野で進展が見られている。 国民経済計算の改定値は、主に民間投資と消費が比較的強かったことにより2013–15年のGDP成長率が改定前の値より高かったことを示している。

足元の経済動向は近年で最も好調である。 日本経済は過去5四半期連続で潜在成長率を上回る成長を遂げている。民間消費の伸びは2016年にプラスに転じ、民間投資も増加した。失業率は過去最低の水準に低下し、有効求人倍率が過去最高水準になっている。2016年下期に世界需要の拡大に伴って輸出が加速した一方、輸入が(エネルギーを主因として)減少した。これらは経常収支を改善させたが、日本の場合所得収支が主たる要因である(2016年の経常収支黒字の9割を所得収支が占めた)。前年と同様、2016年の経常収支は、中期的なファンダメンタルズと望ましい政策と整合的な水準をちょうど若干ながら上回った。この全体評価はIMFの対外バランス評価手法を、判断と更なる分析で補ったものである。実質実効為替レート(REER)は2015年から2016年の間に大幅に上昇し、中期的なファンダメンタルズと整合的な水準にまで動いた。輸出、民間消費、投資は2017年第1四半期も勢いを維持し、輸入は上向き始めた。

経済データが良好であるにもかかわらず、成長は脆弱で、主要政策目標は未だに達成できていない。

  • 足元の成長は対外環境の改善と財政出動に因るところが大きい。 国内の投資と消費は、自律的な成長モメンタムを維持するには弱すぎる。アベノミクスが動き出してから5年が経ったが、インフレと財政の目標と実績には依然として乖離がある。成長加速の恩恵は、家計収入の伸びには十分に及んでいない。中長期的な課題も残っており、マクロ経済と金融安定のリスクとなっている。人口動態の逆風は引き続き政策立案を難しくしており、公的債務残高がかつてない高水準にあることにも依然として懸念がある。

  • 金融政策の影響(パス・スルー)は弱く、インフレ率は低水準にとどまっている。 労働市場では人手不足が広がっているが、賃金の継続的な伸びと物価の上昇圧力を引き起こすことにはつながっていない。期待される賃金・物価のダイナミクスのボトルネックとしては、低い労働流動性、雇用安定を重視する労働者の姿勢、そして賃金が主に過去のインフレ率の実績によって決まることなどが挙げられる。

  • マクロ金融面の課題は続く。 金融機関は、低金利環境が収益性を圧迫しているため、より高い利回りの追求を余儀なくされる厳しい環境に直面しており、多くの銀行や保険会社は新しく、理解が浅いリスクに手を伸ばしている。信用の伸びは2016年第4四半期に加速し、海外投資や不動産関連の貸出は増加した。一方、国-金融間のつながりは依然として強い。企業の貯蓄・投資比率の改善は、経常収支黒字の増加とすでに高水準にある企業の現金保有の更なる蓄積につながった。

金融・財政政策は必要な需要下支えを行っている。 2016年9月にインフレ目標をオーバーシュートすることへのコミットを含む「イールド・カーブ・コントロール政策」が導入されて以来、金融政策はより持続可能な緩和スタンスを維持している。この政策のアップグレードはインフレ期待の押し上げと金融緩和に対するより強い覚悟を示すことを目的としていた。2016年半ばには、消費税率2%引き上げの(2019年10月への)延期と主に2017年の財政支出増につながるGDP1.5%相当の追加財政パッケージによって短期的な財政支援が拡大した。

アベノミクスの中では「第三の矢」である構造改革が引き続き遅れている。 しかしながら、労働市場のボトルネックが低調な内需の主因であるため、政府が最近発表した「働き方改革」は重要な役割を果たす可能性がある。「同一労働同一賃金」の施策は、正規と非正規労働者間の賃金格差の解消を目指すものである。残業時間の上限規制は生産性と労働参加率を押し上げることが期待され、保育施設を増やすことは女性の労働市場参加の一段の促進につながる。しかしながら、計画の実施は長期にわたるもので、関連する法律や規制の起草はこれからである。また、この計画に不足している点もある。同一労働同一賃金が実現するには、職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)の導入が必要だ。保育施設の定員は、予想される需要を満たすことを目標とする必要がある。 税制や社会保障面から生じる常勤雇用に就くことのディスインセンティブを取り除く取り組みは、 配偶者控除の年収要件がわずかに変更されたのみで、まだ十分ではない。規制緩和やコーポレート・ガバナンス改革は、企図されたほど民間投資を増やすには至っていない。

先行き:見通しとリスク

経済成長のモメンタムは、2017年中は持続すると予想されるが、現在の予定通り財政刺激策が縮小されればモメンタムの弱化につながる。財政刺激策は消費と投資の増大を通して短期的に成長を支える一方で、金融緩和は貸出と経済成長の好循環を促すはずである。しかし、現行政策のもとでは2018年に財政刺激策が終了し、外需の伸びが小幅に留まる状況の中では、2018年の成長率は2017年の半分以下に落ち込むであろう。追加の財政出動がなければ、2019年10月に予定されている消費税率引き上げもともなって、2018–20年の財政スタンスは引き締めに転じる。外需拡大を背景にした財の貿易収支の改善によって、現行政策の組み合わせのもとでは、経常収支黒字は中期的に徐々に増大するとみられる。労働供給の縮小と生産性低下を通して、人口動態の逆風は潜在成長力の中長期的な重荷となる。

インフレ率は引き続き目標を下回る見込み。 2017年の平均インフレ率はエネルギー価格の上昇と需給ギャップの縮小に支えられ、0.7%に上昇するとみられる。 しかし、小幅な賃金上昇は、世帯収入や支出を押しとどめ、物価上昇圧力を抑制する。2018年の平均インフレ率は成長鈍化に伴って0.6%に低下する見通しである。労働市場の二重構造縮小や、雇用安定よりも名目賃金上昇に焦点を当てるための改革がなければ、賃金上昇による物価上昇圧力は労働市場の需給がひっ迫した状況下でも引き続き緩慢にとどまる。強固にバックワードルッキングな期待とあいまって、インフレ率は中期的にも2%目標を下回るとみられる。

経済見通しのリスクは下振れ方向に傾いている。 短期的な上振れリスクとしては、2018年に向けた補正予算と、予想を上回る世界需要による輸出増に関連したものがある。一方、下振れリスクは、国境を越えた市場統合の後退、地政学的な不安定による円急伸によるデフレ、国内政策への信頼喪失、株価下落や日本国債の利回り急上昇などの市場リスク、国際的に展開する地方銀行が外貨資金調達をする際の流動性リスク、中国の統制を欠いたリバランスの可能性と関係する。中期的には、財政の持続性に対する懸念がソブリンリスク・プレミアムの急激な上昇を招き、急な財政再建を強いられる可能性がある。低成長と低金利、及びその根底にある人口動態から来る逆風に由来する銀行の慢性的な収益性低下は、地方銀行や信用金庫のソルベンシー問題を引き起こす可能性がある。低金利が継続すれば生命保険会社もソルベンシー圧力に直面する可能性がある。

先行き:経済政策の優先課題

足元の良好な経済環境は改革加速の好機である。 ミッションは、構造改革の加速、協調のとれた金融・財政支援、金融セクターにおける政策の強化からなる、包括的で相互に強化し合うパッケージを提言する。成長力を高め、中期的なリスクを低減するために必要な施策の多くはが既に政府の改革・成長戦略の中で特定されている。こうした措置には、労働市場における賃金などの格差解消、より包括的な労働力活用の推進、民間投資の促進、財政政策策定の向上、金融監督・コーポレート・ガバナンス強化を通じたマクロ金融面の脆弱性への対応が含まれる。日銀による継続的な緩和スタンスは経済のリフレーションという目的と整合的であるが、大胆な構造改革と信頼に足る具体的な中期的な財政健全化計画を伴う必要があり、これは対外ポジションを中期的なファンダメンタルと整合的な水準へと導く。低金利環境に伴うリスクに対応するための金融セクターにおける政策の強化と、人口動態の逆風への金融セクターの適応は中心的な政策分野である。明確なコミュニケーションと一貫した政策の実施は不確実性を低減し、経済の改善に寄与する。

構造改革

改革プランは、リフレ促進を目標とした政策を最優先とし、潜在成長率を引き上げる政策がこれに切れ目なく続くべきである。 改革のアジェンダは、改革相互のトレードオフやシナジーを考慮するとともに、適切な金融・財政支援によって下支えされる必要がある:

  • 第一優先課題:労働市場改革による生産性向上と賃上げ。 政府の新たな働き方改革はこの分野で幅広い改革努力が必要であることを認識している。正規と非正規労働者の間に存在する雇用保護の格差は、雇用安定と賃金上昇とをより良くバランスさせる「中間的」な雇用契約の促進によって縮小することが可能である。 生産性と賃上げ圧力を強化するためには、企業間の労働移動を高める必要がある。職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)を導入し「同一労働同一賃金」を加速することで、賃金格差の解消と全体的な賃金上昇を一層推進することできる。

  • 第二優先課題:民間投資と長期的成長力を増大させる改革。 参入障壁(通信とガス)の撤廃や専門職サービス分野における規制緩和を含む、生産・サービス市場の更なる改革が必要である。より踏み込んだ社外取締役に関する規定、株式持ち合いの明確な制限などのコーポレート・ガバナンス改革の更なる推進は、保有する現金の活用と投資拡大に資する。貿易・直接投資の促進と経済特区による規制緩和推進もカギを握る。金融セクターにおける政策は、中小企業の資金調達の制約を軽減し、生産性と投資を促進することを目指すべきであり、銀行がリスクベースの貸出へ移行するよう促すことや、公的信用保証の範囲を縮小することが含まれる。

  • 第三優先事項:労働供給の多様化と増大促進策。 女性と高齢者の労働参加率をさらに高め、外国人労働者の活用を拡大することは長期的成長につながる。税制や社会保障面から生じる常勤雇用に就くことのディスインセンティブの排除、育児・介護施設の増設、過剰残業の軽減、業績に基づく労務管理に対する支援は、労働参加率を向上させる。また、企業が義務的な定年規定を設けないように促すべきである。

財政・金融支援の協調

効果的で協調のとれた金融・財政政策による短期的支援と賃金・物価のダイナミクスを促進する所得政策が経済のリフレーションのために必要である。

金融政策は持続的な緩和スタンスを維持すべきである。 日銀は、下振れリスクが顕在化して追加金融緩和を実施する際には、イールド・カーブ・コントロール政策を注意深く調節すべきである。新たな金融政策の枠組みの信頼性を維持することが成功のためには肝要となる。このため、日銀は、スタッフのインフレ予測を公表することや、年間の国債買入れ額への言及をやめていくこと等を通じて、コミュニケーションの枠組みを一層強化しなければならない。こうした金融政策に対する理解を改善するような取り組みは不確実性を低減し、政策への信認を確保することに資する。

財政政策は短期的な需要下支えと、高水準の公的債務残高への中期的な対処との間で、バランスをとる必要がある。 短期的には、2018年の財政スタンスを少なくとも概ね中立に維持し、予定されている財政刺激の減退を防ぐ必要がある。拡張的な財政スタンスは、改革の野心、マクロ経済状況、中期的財政枠組みの信頼性次第では検討しうる。後者について、2018年に予定されている経済・財政一体改革の中間評価は、補正予算の利用制限や、より独立で現実的な成長前提の使用等を通じて、財政枠組みを強化する好機である。成長の確保と債務の軌道の安定化という目標のバランスをとるため、中期的な財政健全化計画は、漸進的なアプローチをとり、構造的プライマリーバランスを経済状況に応じて対GDP比で年平均0.5%改善させるべきである。同計画は消費税率の段階的、かつ事前に公表された引き上げに重きをおき(0.5%または1%の幅で定期的に、可能な限り早く開始し、少なくとも15%に達するまで)、単一税率を維持するべきである。社会保障費の急増が財政の持続性に深刻な圧力をもたらすことを避けるため、抜本的な改革を通じて社会保障費を抑制するべきである。

金融政策、財政政策、所得政策、及び構造改革のシナジーを最大限活用することが極めて重要である。 所得政策は金融・財政政策を補完し、増幅するために活用されるべきである。例えば、公定賃金をインフレ目標に整合的に引き上げるとともに、黒字企業が毎年最低3%賃金を引き上げるよう更に奨励することは、賃金・物価のダイナミクスを促進することに資する。中間的な雇用契約促進のための財政インセンティブ強化、労働流動性を支援するための積極的労働市場政策、育児施設の増設を目的とした追加的施策は構造改革を支援する。労働参加を促進するための構造改革がデフレ圧力を生み出すことがないようにするためにも、需要下支えは重要である。

スピルオーバーと強靭性

スピルオーバーの軽減にはより大胆な国内政策が必要。 構造改革の加速と信頼に足る中期的な財政健全化計画は、成長と内需、輸入、物価を支える――対外バランスの増加につながりうる外部環境の変化による国内へのスピルオーバーを緩和する。望ましい政策は、国境を越えた市場統合の後退、地政学的な不安定による円急伸、中国の統制を欠いたリバランスの可能性などによる影響も軽減する。イールド・カーブ・コントロール政策は他国の金融状況に大きな影響を及ぼしていない。資本流出は、2016年、ほぼ年間を通じて継続したが、これは機関投資家が海外への分散投資戦略を維持した一方で、対外直接投資が続いたためで、こうした傾向が大幅に変化することは予想されていない。

金融安定性を守るための政策

金融監督の強化はリスクの抑制につながる。 完全にリスクに基づくプルーデンス監督を支援するため内部プロセスを一層強化し、銀行・保険業界でもコーポレート・ガバナンスを強化する必要がある。更に、資本要件は各銀行のリスク特性をさらに反映した内容にすべきである。保険業界に経済価値に基づいたソルベンシー評価制度を導入するため追加的な取り組みが必要であり、将来導入される制度に確実性を有することは、各企業の事業や投資戦略の調整に資する。金融庁・日本銀行連絡会(CCFS)のマンデートを更に明確化し、マクロ・プルーデンスの政策手段を積極的に拡充することで、マクロ・プルーデンスの枠組みを一層強化しうる。

マクロ経済や人口動態のトレンドの影響について引き続き金融機関とエンゲージし、存続可能性に関する懸念が見つかった場合には迅速に対応しなければならない。 当局は、①銀行の取締役会や経営幹部との連携を一層強め、経済や人口動態が将来の経営状況に与える意味合いを完全に理解するとともに、存続不能に陥った企業が円滑に市場を撤退できるよう迅速に行動することを促し、②地方銀行が手数料収入を増やすよう促すべきである。 地方金融機関の再編は規模の経済を向上させるであろうが、一連の課題に対応する上では再編だけでは不十分であろう。

危機管理・破綻処理の枠組みはさらに強化できる。 枠組みの複雑さや、状況次第で異なる制度が活用されるといった曖昧さによって、破綻処理の実施が困難となる可能性があり、公的支援への期待に拍車をかけかねない。監督権限が遅滞なく行使されることを可能とする更なる取り組みが、当局の早期介入のための枠組みに組み込まれるべきである。破綻処理手段の拡充や法的枠組みの強化と明確化(中央清算機関への適用拡大を含む)、運営面の改善は当局の準備態勢を向上させ、市場の期待とインセンティブを誘導することに貢献する。

この声明は、 IMFが2016年9月から2017年4月にわたり実施した金融セクター評価プログラム(FSAP)の結果も反映している。日本のように金融セクターがシステム上重要とされる国については、この評価プログラムを5年おきに行うことが義務付けられている。

IMF代表団は、日本当局及び協議参加者の歓待と率直かつオープンな協議に感謝する。


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プレスオフィサー: Tomomi Sekioka

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