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極端な格差が世界的な債務危機を悪化させている
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記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。
大恐慌の際、連邦準備制度理事会のマリナー・エクルズ元議長は、一般の人々の購買力が急減するのを見て、富裕層による過剰な貯蓄が需要を枯渇させ、景気後退を深刻化させていると警告した。エクルズは1933年、上院の証言で、「富裕層を、自らの愚かさが生み出した惨事から守るべく、消費者が消費 し、企業が利益を上げられるようにするために富裕層から富を十分に取るべきである」と述べた。
当時、米国の格差は非常に深刻だった。上位1%が、すべての富の約42%を有していた。しかし、10年以内に、状況は劇的に変化した。第二次世界大戦における生産体制の総動員と累進課税によって、格差が縮小し、支出と生産のバランスが回復した。米国経済が長期にわたる持続的で公平な成長期に突入するにつれて、エクルズが指摘した根本的な問題は人々の記憶から薄れていった。
しかし、1980年代以降、格差が再び拡大した。上位1%の富の割合が、1980年の約22%から、2010年には約35%に上昇した。より多くの所得が富裕層の上位に集中するにつれて、エクルズが警告した問題が再び見られるようになった。富裕層による大規模な貯蓄によって総購買力が低下した。しかし、予想された需要の減少はすぐには現れなかった。富裕層以下の家計の民間債務の増加によって支出が支えられたのだ。1980年代半ばから2000年代初めにかけて、家計債務が急速に増えたことが、富裕層の過剰貯蓄を吸収し、総需要を支えた。
2008年の世界金融危機によって、借金で賄われていた家計支出の時代が終わった。民間のバランスシートのレバレッジ解消により、エクルズが警告した根本的な不均衡が勢いよく戻ってきた。富裕層上位による過剰な貯蓄と、それ以下の層の広範な需要不足だ。FRBは金利をゼロに引き下げたが、金融政策はこのギャップを埋めることができなかった。財政政策は、深刻で長期の不況を受け入れるか、所得と雇用を安定させるために大規模な基礎的財政赤字を出すかという選択を迫られた。米国は後者を選んだ。
ケインズ派の見解では、赤字は景気後退時の回復を早めるのに役立つが、その必要性は一時的なものである。需要不足が構造的なものである場合(総所得の大部分を占める高所得世帯の貯蓄の多さが長引くことが原因)、財政赤字を抱える必要性が長期化する。アミール・スーフィーとルートヴィヒ・ストラウブと共に書いた最近の論文 「財政赤字のゴルディロックス理論」でわれわれは、格差が拡大すると、政府がより大きな継続的な赤字を計上することを余儀なくされる可能性を示した。財政赤字は、経済がゼロ金利制約(名目金利がゼロに達し、金融政策が有効でなくなること)に至らず、かつ景気後退を防ぐのに十分な大きさでなければならない。
過剰貯蓄が増大すると(すなわち高所得世帯における過剰貯蓄)、経済は総需要を維持するために借り入れに頼る支出にますます依存することを余儀なくされる。これは、2008年以前は、金融システムが家計の信用を拡大することを意味した。格差が拡大する中でも家計の信用の増加が消費を下支えした。米国の例で分かるように、金融危機の最中に民間の信用拡大が突然終わった際、信用を創出する負担が公的部門に移った。
図1を見ると、公的・民間の総信用が1980年代初頭から急上昇している。青と赤の線は全体を民間信用と公的信用に分け、危機前(1980年から2008年)と危機後(2008年以降)を示す。1980年から2008年にかけて、総信用の増加のほぼすべてが民間借り入れの急増を反映しており、公的債務は比較的安定している。
2008年以降、この傾向が逆転する。フェデラル・ファンド金利がゼロに近くても、民間部門はレバレッジをさらにかけることができない、もしくはかけなかった。そのため、需要を持続させるには公的部門が信用を拡大する必要があった。これが財政赤字の 「ゴルディロックス」見解の論理だ。民間のバランスシートが制約されている場合、公的の借り入れによって需要不足を補い、長期にわたる不況を回避することができる。この見解と一致する形で、2008年以降、総信用供与の対GDP比は、それ以前とほぼ同じペースで上昇し続けるが、公的債務が増加しているのが主な要因で、民間信用は対GDP比で概ね横ばいとなっている。
ゼロ金利制約がある中での過剰貯蓄を背景に、政府は債務と赤字を増やすことを余儀なくされるが、政府は将来の負債の持続可能性を考慮した予算制約にも直面している。赤字が行きすぎれば、そのうち公的債務の金利が上昇し、債務の持続可能性が失われる可能性がある。大きな格差と、その結果として生じる富裕層の過剰貯蓄は、財政政策にとってゴルディロックスの難問を突きつける。つまり、赤字は 、「冷え込みすぎる」(需要不足を補うには小さすぎる)または 「熱すぎる」(大きすぎて債務のダイナミクスを不安定にする)ことがあってはならない。データは、米国が2019年に、この範囲の上限付近で推移していたことを示唆しており、長期的に持続可能な赤字の限度に迫っていた。
それ以降の財政赤字の規模拡大により、米国の債務ダイナミクスは持続可能でない方向に進んでいる可能性がある。米国が直面する財政のひっ迫は、近代史では類を見ない規模だ。GDPに占める連邦政府の債務と純利息のコストは、史上最高水準に迫っている。財政赤字は対GDP比で約6%になると予測されており、そうなれば債務は経済成長を上回るペースで増え続け、持続可能性が脅かされることになる。

過剰貯蓄は至る所で拡大している。富裕層上位1%の所得が占める割合は世界的に高まっている。企業は富裕層にとって税金面で有利な貯蓄手段であるため、世界の企業の貯蓄が過去数十年で大幅に増加している。裕福国は、中央銀行や政府系投資ファンドを通じて貯蓄をますます増やしている。しかし、世界的な投資が追いつかず、貯蓄が過剰に積み上がり、消費需要を維持するために新たな、かつ非生産的な信用供与が必要となる。多くの主要経済国は米国の苦境と似た状態にある。つまり、民間家計債務を通じて、次に政府債務を通じて、需要を生み出すための債務への依存度が高まっている。
例えばイギリスでは、1980年代に総債務が急増し始めた。2008年までは民間の借り入れが中心で、その後は公的債務が増えた。日本も同様の道をたどったが、イギリスより早く始まった。民間の信用ブームは1990年代初頭に終わり、その後は公的債務が調整する役割を果たした。ユーロ圏では、1999年のユーロ導入と同時に民間信用が急速に増加し、2008年の危機に至った。それ以降、民間のレバレッジ解消に伴い、公的債務が増加した。
中国も、需要を下支えするために債務にますます依存するようになった。しかし、大半の主要経済国と異なり、中国は当初、過剰貯蓄を海外へ向けた。巨額の経常収支黒字を通じて、世界の対中国純債務が増加した。中国以外の国の借り入れは、中国製品を購入するための資金としても使われた。
2000年代の大半において、中国のGDPが驚異的なペースで拡大する中でも同国の経常収支黒字は対GDP比で急拡大した(図2)。2008年の金融危機の前夜には経常黒字が対GDP比10%に迫り、主要経済国としては異例の高水準に達した。このような大きな対外不均衡は持続可能でない可能性が高かった。
先進国は、特に2008年以降、持続的な民間信用の拡大では需要を維持できなくなったため、過剰貯蓄を海外に向けるという中国の以前の戦略には限界があった。大規模な貿易黒字を維持する要因となる海外での純貸出の継続的な拡大は、ますます困難になった。中国もそれ以外の国も、債務を新たな方法で生み出すことで調整した。先進国は財政赤字へますます依存するようになり、中国は自国の過剰貯蓄に直面する中、需要を下支えするために国内の信用拡大に転換した。
2008年以降、中国の対外黒字がより緩やかな水準に後退するにつれて、GDPに対する国内債務が急激に増加した。この増加は、企業や地方政府の借り入れにとどまらず、家計債務の急激な増加も含み、広範に及んだ。国内レバレッジの蓄積ペースは、主要国の中で観察されたものの中で最も速いペースの一例である。

なぜ金融市場は豊富な資金を生産的な投資に振り向けなかったのか。債務の対GDP比は増加しているにもかかわらず、主要国の投資は概ね横ばいで推移しており、時には減少している。これは、金融システムが長期的かつ持続的な融資を助長しないためなのか。それとも、規制やその他の供給サイドの制約が投資を阻害しているのか。
過剰貯蓄が、投資ではなく消費を支える非生産的な貸し出しに使われると、借りた人たちは新しい借金を返すための追加の収入を作り出せなくなる。その結果、債務の対GDP比が持続的に拡大し、債務を持続可能な水準に保つために金利に下方圧力がかかる。以前の研究では、このダイナミクスを 「負債需要」と称した。基本的な購買力が不十分であるため、借り入れによって成長が持続している状態だ。
負債需要に依存することの主なリスクは、それが本質的に脆弱であることだ。2008年のように民間の借り手が借り入れの上限に達した暁には、需要を維持するために、より大規模で持続的な財政の安全策(バックストップ)が必要となり、それが危機後の公的赤字と公的債務の拡大の原因となっている。よって、今日の世界的な財政の脆弱性は、孤立した政策選択から生じたものではなく、経済システムが潤沢な貯蓄を生産的な投資に転換できなかったことの結末である。
今日問うべきことは、市場が不安定になった場合に米国政府が財政支出を抑制できるかどうかだ。政治的分極化と議会の膠着状態を踏まえると、市場や投資家の信頼は限定的だ。しかし、より大きな教訓は、富裕層の過剰貯蓄に根ざした構造的不均衡が、経済をそのようなリスクにさらす条件そのものを作り出すということだ。政策当局者が赤字を永遠にゴルディロックスの範囲にとどめることを期待するのは非現実的だ。格差が需要を抑制するとき、エクルズの時代のように、政府は足りない程度の支援にとどまる可能性がある。一方、多くの者が現在起こっていることとして懸念しているのは、あまりにも長期間、大きすぎる赤字を抱えていることだ。
われわれはしばしば、道徳的な観点から格差を議論するが、マクロ経済の教訓はより明確だ。上位層に所得が集中しすぎると、需要が弱まり、赤字が長引き、債務への依存によってわれわれ全員が脆弱になる。エクルズは1933年にその集合的な論理を捉えた。消費者が消費し、企業が利益を上げられるようにするため、最も裕福な人々から余剰の富の一部を取るという彼の提言は、当時と同じくらい今日にも当てはまる。エクルズが 述べたように、「金持ちを『締め上げる』のではなく、金持ちを『救う』のだ。」