財政モニター

財政モニター 要旨

2018年10月

要旨

公的部門のバランスシートは、「公的部門の富(本報告書では「公的部門の正味資産」と同義とする)」を最も包括的に示すものである。公的企業、天然資源、年金債務も含め、政府が管理する蓄積された資産と負債の全てが、バランスシートにはまとめられている。したがって、国家が所有するものと借りているものの全体が表され、債務と赤字のみでなく、より広範な財政状況が把握できる。大半の国の政府は、このような透明性を実践して今以上の精査を受けることを避けている。バランスシートのより適切な管理は、各国が歳入を増やすと同時にリスクを減らし、財政政策の立案を改善することにつながる。金融市場が政府のバランスシート全体により多くの注意を払うようになっていること、そして堅固なバランスシートが経済の強靭性を高めることは、いくつかの経験的証拠によって裏付けられている。今号の「財政モニター」では、世界経済の61%を占める31か国という広範なサンプルを対象に、公的部門の全体的な資産と負債の推定値を示す新しいデータベースを紹介するとともに、公的部門の富を分析・管理するためのツールを提示している。


公的部門の富の推定値からは、公的資産・負債の全体規模が明らかとなる。資産は合計101兆ドルで、サンプル諸国のGDPの219%に相当する。この中には、GDPの120%に相当する公的企業の資産や、主要な天然資源産出国では平均してGDPの110%となる天然資源も含まれる。これらの資産が特定されたからといって、一般政府債務の標準測定値に伴う脆弱性が否定されるわけではない。サンプル国では、一般政府債務はGDPの94%に相当する。これはGDPの198%に相当する公的部門の負債全体の半分に過ぎず、こうした公的部門の負債にはすでに発生済みの年金債務も含まれており、これはGDPの46%に相当する。


資産と負債の差額である正味資産は、G7構成国の大半も含め、サンプル諸国の約3分の1でマイナス域にあるにもかかわらず、全体の平均ではプラスである。しかし正味資産には各国がどれほどの徴税能力を今後発揮できるかが反映されていないため、現在の財産を将来の歳入・支出と照らし合わせて考慮できるバランスシートの異時点間分析が重要となる。しかしながら、堅固なバランスシートはそれ自体が目的なのではなく、むしろ公共政策の目標達成を支援するツールである。バランスシートの推定値には、多くの資産と負債の測定・評価における課題とともに、様々なデータ品質に関する問題が付随するため、公的部門の会計基準の改善が重要である。


世界金融危機の傷跡は、危機から10年経った今もなお、公的部門の富にはっきりと表れている。少なくとも、危機の打撃が最も大きかった先進国では赤字が縮小したとはいえ、時系列データが有効な17のサンプル国の正味金融資産は、危機前と比べて11兆ドル、すなわち対GDP比では28%ポイント減少したままである。バランスシート・アプローチでは、赤字と債務のみから捉えるよりも、より微妙な差異が反映された全体像が見えてくる。このアプローチでは、公共投資が資産を生み出すことが認識され、また資産側で特に大きくなる時価評価効果も考慮されている。危機の傷跡からは、各国の政府が債務の削減と質の高い資産への投資を通じて、バランスシートを再構築することの重要性が、改めてはっきりと示されている。


本報告書では、公共財政の強靭性を包括的に分析するために活用できるツールを紹介している。政府はこれらのツールを用い、バランスシートの両側を審査することによって不均衡やミスマッチを特定するとともに、財政ストレステストを通じて世界金融危機のようなテールリスクのショックに対する公共財政の強靭性を測ることができる。これらのテストは、データが入手可能な場合には、公共部門のバランスシート全体について行うのが望ましい。バランスシート上でリスクを特定することで、政府は問題が起きてからその結果に対処するのではなく、早い段階で措置を講じてこれらのリスクを制御、緩和することができる。


政府が公的資産の規模と性質を理解したならば、そのより効果的な管理に着手することができる。資産管理の改善がもたらすであろう成果は大きい。公的非金融企業と政府の金融資産からだけでも、1年あたり最大でGDPの3%もの収入の増加が見込まれ、これは先進国全体で1年間に徴収される法人税の額に等しい。さらに、政府の非金融資産からも著しい利益が生み出される可能性がある。オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、ウルグアイでの実際の経験から、バランスシートの両側のリスクを減少させながら、資産の効率性と収益性を高める方法を各国は学べるだろう。


信頼できるバランスシートの収集には多くの課題が存在する一方で、基本的なバランスシート分析の利点は、品質の高いデータを有する先進国に限らず、多くの国々の手の届くところにある。現在、公的部門のバランスシート・アプローチは、ごく一部の国のみが導入している。しかしながらバランスシートの推定値は、ガンビアのようにデータが制限される環境であっても、インドネシアといった複雑な新興市場国であっても、策定が可能である。会計と統計の基準適用には大きなばらつきがあることから、推定値は慎重に扱う必要がある。


政府が一度これらの推定値を作成してしまえば、バランスシートの分析、評価、将来予測は、使いやすいフレームワークを活用して比較的容易に行える。
本報告書では、進行中の研究プログラムの第一歩として、様々なケーススタディを通じてバランスシートの分析を行っている。以下にその結果の一部を紹介しよう。


連邦準備制度が銀行に用いるものと同じストレステストを適用した場合、バランスシート上の年金基金と非金融資産に損失が生じることが主な原因となって、米国の公的部門の正味資産は対GDP比で26%減少するとみられる。
新たな推定値では、中国の一般政府の正味金融資産は対GDP比で約8%まで減少したことが示されており、その主な理由として地方自治体の借り入れと、公的企業の業績不振が挙げられる。予算外の債務と公的企業の業績の低迷は双方とも、将来的にリスクを伴うものである。
インドネシアでは、急増した歳入を財源とする公共投資の拡大によって、公的部門の富が増加すると予想される。新たなインフラ資産と、生産の増加がもたらす将来の収入が組み合わさった結果、公的部門の富は対GDP比で6.5%増加することが見込まれ、インフラ投資の効率性向上によって、さらに大きく伸びる可能性もある。
ノルウェーの財政状態は非常に堅調であるにもかかわらず、長期的な支出圧力によって、膨大な資産高に比べて異時点間の正味資産は著しく減少する。それとは対照的にフィンランドでは、最近の計画的な改革の結果、人口の高齢化にも関わらず将来のプライマリーバランスはプラスとなり、異時点間の正味資産が増加する。
ガンビアのバランスシートからは、公的部門全体での大規模な脆弱資産の持ち合いが明らかになっており、自然災害が起きた場合には雪だるま式に損失が生じ、持続不可能な政府資金調達ニーズが生じる可能性がある。
バランスシート効果によって、資源大国であるカザフスタンに対する2014年の石油価格の半減の衝撃は軽減された。この背景には、外貨建て流動資産に計上されている石油収益金の貯蓄に対する、為替レートの持続的なプラス効果があった。この貯蓄に支えられ、政府は大規模な景気刺激策も実施することができた。


これらのケーススタディからは、より広範に適用できるいくつかの教訓が引き出される。第一に、バランスシートは資産と負債の双方が重要だという点である。政府は政策の影響を検討するうえで、債務に加え、資産と非債務性負債も対象として考える必要がある。この教訓は、評価の変動が大きな資産効果をもたらしうる場合には、リスク管理にも当てはまる。第二の教訓は、多くの財政活動が一般政府外で行われているという点である。財政リスクをより効果的に評価し、管理するためには、財政分析に公的企業を含めることが必要である。第三の点として、公的部門の富の現水準を長期財政予想と比較すると、高齢化が急速に進行する中で、政府が現在どれだけ人口圧力の高まりに準備できているかが明らかになる。


これらの所見に加え、バランスシートの分析は、それを通じて公的部門の富全体に焦点が当てられることで、より充実した政策論議が可能になる。公的資産は重要なリソースであり、政府がこれをどう利用し、どう報告するかは、財政的な理由からだけではなくサービス提供の改善と、透明性の欠如に起因することが多い資金悪用の予防の観点からも重要である。イギリス政府による財政リスク報告書への対応措置に加え、最近のニュージーランドの議会討論も、この点を例証している。バランスシートの情報を公表することで、国の経済・社会目標の達成に向けて公的財産をいかに適切に使っていくかを問い、政策議論をさらに充実させられることが、こうした例によって示されている。