第二の分かれ道:所得格差
過去40年間にわたって個々の労働者間の所得格差が拡大していることは、大きな懸念材料である。労働経済学の多くの実証研究は、コンピューターやその他の情報技術によって中間所得層の定型的な仕事が自動化され、労働力が高所得層と低所得層に二極化したことが、所得格差の一因であることを示唆する。CEOや用務員にはやれる仕事が残っているにしても、オフィスワーカーの中間層のなかにはコンピューターに代替された人たちもいる(Autor、Levy、Murnane 2003)。AIが所得格差に及ぼす影響についてふたつのシナリオを考えてみたい。
格差が拡大する未来
最初のシナリオでは、AIが所得格差を拡大する。技術者がさまざまな種類の人的労働を直接代替するAIを設計し、経営者が導入することで、多くの労働者の賃金が下がる。さらに悪いことに、生成AIは、以前は非定型的で、創造的とさえ考えられていた言葉、画像、音声を生産し始める。こうして機械が顧客と対話し、マーケティング・キャンペーンのコンテンツを作成することだって可能になっていく。AIとの競争によって脅かされる仕事の数は、最終的には想像をはるかに超えていく。産業全体が根底から覆され、仕事はますます代替されていくことになる(労働への脅威を予兆するものとして、米国の脚本家と俳優らが最近、映画や番組制作のスタジオにAIの使用を制限するよう要求するストライキを起こした)。
これは大量失業の未来を意味するということではない。しかし、このような格差が拡大した未来では、AIが高賃金または適正な賃金の仕事を代替するため、ますます多くの労働者が低賃金のサービス業(接客業、ベビーシッター、ドアマンなど)に追いやられることになる。そこでは、人手を要することがその仕事本来の要素としてみられており、かなりの低賃金で働き手を雇えるため、企業にとって彼らを置き換えるために大規模な技術投資をするだけのメリットがない。純然たる人的労働が最後に生き残るのは、このような肉体労働かもしれない。このシナリオでは、労働市場が少数の高技能エリート層と、低賃金のサービス労働者からなる大規模な低所得者層に二極化し、所得格差が拡大する。
格差が縮小する未来
しかし、ふたつ目のシナリオでは、AIは所得格差を縮小する。AIが労働市場に与える影響は主として、経験の浅い労働者や知識の乏しい労働者が仕事のやり方を改善できるように支援するというものだ。たとえば、ソフトウェアコーダーは昨今、他者のコーディングのベストプラクティスを効果的に活用するCopilot(コパイロット)のようなAIモデルに助けられている。経験の浅い、または能力が劣るコーダーであってもCopilotを使用すると、同じようにAIにアクセスできる優秀なコーダーと比べても大きく見劣りしないようになる。コールセンターで複雑な顧客対応の仕事をしている5,000人の従業員を対象にした調査では、AIアシスタントのサポートを受けた従業員のなかで、スキルが低い労働者や新人労働者が最も高い生産性の伸びを記録したことがわかった(Brynjolfsson、Li、Raymond 2023)。雇用主がこうした成果を従業員と分かち合うようにすれば、所得の分配はより平等になるだろう。
AIは所得格差を縮小するほかに、労働者を助けるかもしれない。AIが最も決まりきった定型的な作業の代替になるのであれば、退屈な繰り返し作業をAIに割り当て、人間は純粋に創造的で興味深い作業を、AIに補完してもらいながらできる。そうすることで仕事の基本的な精神的満足度やアウトプットの質を向上できるかもしれない。これは所得格差縮小よりも目立たない効果ではあるが、大きな意味合いを持つ。実際、コールセンターの研究では、生産性の向上だけでなく、AIアシスタントを利用することで従業員の離職率が低下し、顧客満足度も向上したことがわかった。
第3の分かれ道:産業集中
1980年代初頭以来、米国をはじめとする多くの先進国では、産業集中(あるセクターにおける最大手企業の市場占有率を合わせたもの)が劇的に上昇している。こうした大規模でスーパースター的な企業は、中小規模の同業他社に比べ、はるかに資本集約的で技術的に洗練されていることが多い。
AIの影響については、またしても非常に異なったふたつのシナリオがある。
産業集中度の高い未来
最初のシナリオでは、産業集中が進み、最大手企業のみが自社の中核事業でAIを集中的に活用する。AIによって、これらの企業は競合他社よりも生産性、収益性、規模が向上する。AIモデルの開発には、CPUの演算処理能力という点で、ますますコストがかかるようになっており、その巨額の初期費用は最大手企業のみが負担できる。加えて、膨大なデータセットでAIに学習させることが必要になる。この点、最大手企業はすでに多くの顧客から得ているデータを活用できるが、中小企業にはそれがない。さらに、AIモデルに学習させ、それを完成した後、運用するにもコストがかかる。たとえば、GPT-4モデルの初期開発時の学習には1億ドル以上の費用がかかり、運用にも1日当たり約70万ドルの費用がかかる。大規模なAIモデルの一般的な開発コストは、近いうちに数十億ドル規模になるかもしれない。大手AI企業の幹部は、学習コストの増加とパフォーマンスの向上との間に強い関係があることを示すスケーリング則が当面続くと予測している。もしそうであれば巨額の予算と大規模なデータセットを利用できる企業が有利になる。
そうなると、独自のAIを開発するのは最大手企業とそのビジネス・パートナーだけということになるかもしれない。アルファベット、マイクロソフト、OpenAIなどの企業がすでにAIを開発している一方、中小企業は開発していないのを見ればそれがわかる。そうやって大企業はさらに大きくなっていく。
独自のAIを開発するのに最大手企業しか負担できない多額の固定費がかからないとしても、AIが、小規模かつシンプルな企業にはないような、巨大企業内部の複雑な事業運営を巧妙に調整することとなれば、やはり最大手企業だけに圧倒的な巨利をもたらす可能性がある。この方が分かりにくい影響ではあるが、もっと深刻な影響がある。最大手企業内部のリソースを管理する幹部トップの「見える手」がいまやAIに支えられるようになり、企業の効率はさらに向上する。これは、中小企業が分散化された市場で、地元に根付いた知識があるという優位性を唱えるハイエク思想に挑むものだ。
産業集中の低い未来
しかし、産業集中度の低い未来においては、オープンソースのAIモデル(メタのLLaMAやバークレーAI研究所のKoalaなど)が広く利用できるようになる。営利企業、非営利団体、学術関係者、個々のソフト開発者が連携することで、開発されたAIモデルに広くアクセスできる活気あるオープンソースAIのエコシステムが構築される。これによって中小企業は、これまで利用できなかった業界最先端の生産技術にアクセスできるようになる。
2023年5月にグーグルから流出した内部メモは、このようなことを予見していた。そのメモの中で、ある研究者が述べている。プロプライエタリ・モデルよりも「オープンソースモデルは演算が速く、カスタマイズがもっと柔軟にできて、もっと内輪で、パウンド・フォー・パウンド(ボクシングで異なる階級の選手を比較・対比する方法)で比べてもずっと有能だ」と。この研究者は、小規模なオープンソースモデルのプロセスは、多くの人が素早く繰り返すことができ、単一のチームによってゆっくりと反復される大規模な民営モデルよりも優れたものに仕上がるとし、また、オープンソースモデルはより安価に学習できると述べている。このグーグルの研究者の見解に従えば、オープンソースのAIは、高価なプロプライエタリ・モデルを凌駕することになるかもしれない。
また、AIは、ひとつの大企業内よりも、多くの中小企業にまたがって花開くような、広範で分散化されたイノベーションを促進するかもしれない。企業規模は、一連のトレードオフの結果である。つまり、AIを援用するイノベーターが自分の仕事に対する支配力を残したいと思えば、大企業の従業員であるよりも小企業のオーナーになりたいと考えるかもしれない。
その結果、一部の機敏な中小企業が、大企業との技術格差を縮め、あるいは逆転し、より多くの市場シェアを取り戻す中、長きにわたって積み重ねられた産業集中が崩壊し始める。