財政の先行きを見極めるには背景を踏まえなければならない
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記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。
日本は長年にわたり、停滞の象徴として語られてきた。慢性的な低インフレ、伸び悩む賃金、力強さを欠く経済成長、そしてゼロ近辺の金利。また、人口減少と高齢化が進むなかで、日本経済の長期的な展望を不安視する声が絶えなかった。
しかし、日本経済はそうした状況に適応し続けてきた。日本は世界で最も高齢化が進んだ国であり、出生率も低い状態が続いているなど、人口動態面で極めて大きな課題を抱えている。それにもかかわらず、自動化やテクノロジーの採用、労働市場の変化を背景に、生産性の伸びは強まってきた。その結果、1時間当たりの労働生産性の伸びは、主要国を上回るペースとなっている。また、女性や高齢者を中心とする労働参加率が上昇したことも、人口動態による成長への下押し圧力を和らげる一因となっている。
今の日本は、以前と著しく異なる。インフレ率は今年に入って鈍化したものの、それまで3年間にわたり日本銀行の2%目標を上回って推移した。賃金上昇率も高まり、インフレ期待は日銀の目標水準へと収れんしつつある。こうしたことから、日本銀行は一世代ぶりの利上げに踏み切った。これは財政にも大きな影響を及ぼすことになる。
こうした経済環境の変化は、世界でも特に注目される財政課題のひとつである日本の政府債務をめぐって、新たな議論を呼んでいる。何十年もの間、ほぼゼロに近い金利のおかげで、日本は巨額の債務を比較的低いコストで賄うことができた。しかし、その環境は変わりつつある。日本の公的債務比率は対GDP比で約207%と、先進国の中で最も高い水準にあり、G7平均のおよそ2倍に達している。金利が上昇すれば、いずれ債務の利払い負担も増加することになる。
しかし、こうした経済環境の移行は、より大きな流れの中で起きている。公的債務は、長期的に借り入れを維持する経済の力にも左右されるのだ。そのため、表面的な債務残高の数字だけでは、実態を見誤るおそれがある。日本の財政をめぐる状況は、一般に考えられているほど単純ではない。
この経済の移行期は、偶然にも、近年の日本財政の著しい改善と重なった。実際、日本はコロナ禍で大規模な財政出動を行った後、基礎的財政赤字が2021年の対GDP比8%から2025年には1%にまで縮小した。これはG7の中でも低い水準である。
これには3つの要因があった。第1に、日本の政府債務は、非常に低い金利と長い償還期間で固定されていた。国債の平均償還期間は約9年であり、市場金利の上昇が財政に反映されるまでには時間がかかる。その結果、昨年の政府債務の実効金利はわずか0.7%にとどまる一方、経済は4.5%成長した。第2に、インフレと名目賃金が再び伸び始めたことで、税収が上がった。長年にわたり名目成長率が低迷していたが、賃金と物価の上昇によって、大幅な増税を必要とせずに政府歳入が増加した。第3に、生活費の上昇による家計への負担を和らげるための支援策を講じるなかでも、歳出抑制も進めたことから、財政赤字の拡大が抑えられた。
こうした要因が重なった結果、高債務国ではまれな好条件が生まれた。名目GDP成長率が政府債務の実効金利を大幅に上回ったのである。この組み合わせにより、大幅な基礎的財政黒字がなくても、債務比率を引き下げることができる。
その結果、日本の公的債務比率は今後も低下し続けると見込まれている。現在の政策が維持されれば、2030年代半ばにはGDP比約190%まで低下すると予想される。その後は、高齢化や金利上昇による圧力が再び強まる見通しだ。
日本の財政をめぐる議論では、しばしば債務ばかりに注目が集まる。しかし、債務はバランスシートの片側にすぎない。
日本の公的部門は長年にわたり、多額の資産を積み上げてきた。セントルイス連邦準備銀行のイーリー・チエンらの研究が示すように、その内訳には現金、貸付金、有価証券が含まれる。そのほかにも、株式保有や公的部門による投資資産がある。なかでも、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は世界最大級の機関投資家のひとつであり、とりわけ大きな存在感を持つ。
こうした資産に目を向けると、日本の財政はまた違った姿を見せる。公的債務総額はGDPの200%を超えているが、政府は相当額の金融資産も保有しているため、純債務は大幅に小さくなる。その水準は、どの資産を計算に含めるかによって異なる。
現金や預金など流動性の最も高い資産だけを差し引く狭義の指標では、公的債務はGDP比約186%に低下するにとどまる。一方、融資や債務証券を含む政府が保有する債権全体を含めて差し引くより広義の指標では、純債務はGDP比約137%まで低下する。さらに、政府が保有する多額の株式や投資基金の持ち分まで加味した最も広い指標では、その比率はおよそ89%まで下がる。この基準で見ても日本の債務水準は依然として高いが、他のG7諸国と近い水準となる。
もっとも、これらの資産を債務返済に自由に充てられるわけではない。公的部門が保有する資産のかなりの部分は、法律や制度によって特定の目的に充当することが定められている。例えば年金資産は、将来の年金給付に対応するためのものだ。それらは確かに公的な資産ではあるが、現在の政府支出を賄うために自由に使えるわけではない。
この点を考える上で参考になるのが、多額の住宅ローンを抱える一方で、年金をかなり積み上げている家計の例だ。住宅ローンだけを見ると、この家計の経済的脆弱性が誇張される。逆に年金口座だけを見ると、将来負うべき債務を見落としてしまう。正しく評価するには、バランスシートの両面に目を向けなければならない。日本についても同じことが言える。
長い年月をかけて積み上がる財政圧力を考える上で、公的資産は重要な役割を果たし得る。場合によっては、資産運用の改善や資産売却によって、高齢化社会で求められる公共サービスの財源を賄うために追加的な債務を積み増す必要性を減らせるかもしれない。とはいえ、資産は財政健全化に向けた取り組みに取って代わるものではない。むしろ、公的部門の財務状況を評価する際のひとつの要素と位置付けるべきだ。
こうしたバランスシートの視点は、日本がなぜ多くの識者が予想したような財政ストレスに陥ることなく、これほど巨額の債務を維持できてきたのかを理解するのに役立つ。また、財政リスクを評価する上で、公的債務総額だけでは全体像の一部しか見えないことも示す。
インフレ率と金利の上昇は、日本の公的部門のバランスシートを大きく変えていくことになる。国債利回りが市場動向によって左右される度合いが高まるにつれ、資産と負債の双方が金利変動の影響を受けやすくなる。日本は海外資産を大量に保有しているため、為替相場の変動も影響する。インフレは名目債務の実質価値を低下させる一方で、名目ベースの資産価値を押し上げる可能性がある。また、高齢化の進展は貯蓄や投資のパターンを徐々に変えていく。つまり、日本の財政を考える上で、バランスシートは所与の前提ではなく、絶えず変化する要因として捉える必要がある。これは、公的債務総額だけでなく、公的部門全体の財務状況に目を向ける必要性を改めて示す。
日本は近年、財政状況が改善し、公的部門が多額の資産を保有しているとはいえ、財政の課題が依然として大きい。何より、現在のような、債務動向にとって好ましい環境は、一時的なものである可能性が高い。その理由はふたつある。
ひとつ目は、利払い費の増加だ。国債の平均償還期間が長いため、市場金利の上昇が実際の借入コストに反映されるまでには時間がかかっていた。しかし、債務の借り換え金利が高いため、利払い費は2025年から2031年にかけておおむね倍増すると見られている。また、日本銀行のバランスシート縮小や海外投資家の市場参加の拡大を背景に、国債利回りがより市場動向を反映するようになれば、市場金利上昇の影響が借り入れコストに及ぶスピードも加速する可能性がある。これは市場機能の改善につながる一方で、借入コストがより速いペースで上昇する可能性もある。
ふたつ目は、人口動態の変化だ。高齢化が進むにつれ、医療や介護にかかる支出は増え続ける。日本では政府がそうした費用の多くを負担しているため、その増加分の大部分は財政の重荷となる。
こうした点は、短期的な財政リスクと長期的な財政リスクを区別して考えることの重要性を示している。短期的には、日本には借換リスク、流動性リスク、為替リスクを抑えるいくつかの強みがある。国債市場の規模が大きく流動性も高い。債務の平均償還期間も長い。国債の発行はほぼすべて、主要な準備通貨である円建てである。さらに、公的部門が保有する資産も追加的なバッファーである。
一方、長期的な見通しはより厳しい。利払い費の増加と高齢化に伴う支出圧力はやがて、現在債務比率を押し下げている要因を上回るようになる。追加的な政策対応がなければ、債務比率は2030年代半ばに再び上昇へ転じると予想されている。
財政の持続可能性は、信認を数か月ではなく数十年にわたって維持できるかどうかにかかっている。こうした課題がゆっくりと進行することの利点は、深刻化する前に対処する余地が政策当局にあることだ。早い段階で講じる小幅な対策は、長期的には大きな効果をもたらし得る。
また、バランスシート全体を視野に入れることは、財政運営のあり方に影響する。公的債務総額の削減は引き続き重要だが、それだけでなく、公的部門全体のバランスシートを強化することにも政策の重点を置くべきである。そうした取り組みは財政の持続可能性の向上にもつながり得る。
なかでも重要なのは成長である。しかし、成長を重視するあまり、日本が抱える長期的な財政課題への対応がおろそかになってはならない。債務の動向は借り入れの規模だけで決まるのではなく、経済がどれだけ所得を生み出せるかにも左右される。成長を促す構造改革は、多くの場合、大きな財政負担を伴わずに、生活水準の向上と財政基盤の強化を同時に実現できる。重要なのは調整の規模ではなく、その中身である。質の高い公共投資への資源配分を進めるとともに、医療・年金制度改革や、対象がうまく絞られていない補助金の見直しを行えば、財政調整による短期的な成長への悪影響を抑えつつ、財政余力を拡大し、長期的な成長力を高めることができる。同時に、家計への支援策は財政中立的で、一時的かつ適切に的を絞ったものでなければならない。重要なのは、政策が長期的な財政の持続可能性や財政運営への信認を損なわないようにすることである。
日本の国債市場は世界でも最大級かつ最も厚みのある市場のひとつであり、金融市場が不安定化した局面では依然として重要な安全資産として機能している。日本の開放的な資本市場、多額の海外投資、投資信託やヘッジファンドを含む国外投資家の参加の増加と相まって、日本は世界の金融市場と強く結び付いている。そのため、米国やユーロ圏で生じたショックが日本やその他の国々へ波及するのと同様に、日本の国債市場で起きる変化が海外市場にも影響を及ぼし得る。例えば、IMFのヤン・キャリエール=スワローらの研究によれば、日本国債利回りの変動は世界の国債市場へ波及する傾向があり、その影響は日本の投資家が国内市場で果たす役割が大きいほど強まる。
だからこそ、日本の財政の先行きは、国内の政策当局者だけでなく、世界中の投資家や政府にとっても重要なのだ。
日本の事例が示す教訓は、債務を適切な文脈の中で捉えなければならないということだ。公的債務総額は重要な指標であるが、それだけで全てを語れるわけではない。保有資産、満期、投資家の属性、債務の通貨建て、市場構造、そして制度への信認など、さまざまな要因が財政の持続可能性を左右する。
日本の債務は依然として突出して高い水準にあり、高齢化や金利上昇がもたらす長期的な圧力もかなりある。しかし、単純な国際比較だけでは、日本経済が持つ強みが見えにくくなることがある。
では、われわれはどの程度懸念すべきなのだろうか。財政調整が必要であることを認識するには十分な程度に懸念すべきだ。しかし、公的債務比率という表面的な数字だけで財政全体を急いで判断してしまうほどではない。
日本の課題は、急激な財政ストレスを回避することよりも、金利上昇と高齢化が進む中での緩やかな移行を適切に管理することにある。そのためには、着実な政策調整、公的資産の慎重な活用、そして財政への信認を維持しながら成長を支える改革が求められる。