自身の経済学を再考する
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- Authors: Angus Deaton
- Published: March 12, 2024
概要
- 著者: アンガス・ディートン
- 掲載: ファイナンス&ディベロップメント - セレクト記事、2024年3月
- 主題概要: 経済学の成果と限界を認めつつ、現代経済学が見落としてきた問題領域(権力、哲学・倫理、実証的方法の限界、謙虚さ)を再検討する必要性を論じる。
一般的な失敗と批判
- 経済学は多くを成し遂げてきたが、今日の経済学者は混乱している。
- 金融危機に関して:
- 「金融危機を予測できず、さらに、市場の有効性を過信するあまり金融危機を助長してしまった」可能性を指摘。
- 金融市場の構造や影響力についての理解が想定より不十分だったことを強調。
- 専門家同士の論争が激しく、合意点は「他者の間違い」に限られることが多い。
- 主流派経済学への一般的批判:
- 権力の軽視: 「価格や賃金の設定、技術革新の方向性の選択、ゲームのルールを変えるための政治的影響力における権力の重要性から目をそらしてしまうことがある。」
- 哲学と倫理の軽視: 現代の経済学者は「倫理や、人間の福祉とは何かについて考えることをほとんどやめてしまった」。
- 効率偏重: 多くの経済学者はライオネル・ロビンズの定義や「経済学者は効率性に焦点を当て、衡平性は政治家や行政に任せるべきである」という見解に賛同する傾向があるが、「効率性が利益を上方へ再分配することにつながる場合、経済学者の提言は略奪の許可証にすぎなくなってしまう」危険を指摘。
- 実証的方法の限界: 計量経済学の「信頼性革命」は局所的効果に焦点を当て過ぎ、「遅効性のメカニズム」や偶発性・多方向の因果関係を見落とす傾向がある。歴史家が提示する説明が、現代の応用経済学の基準を満たさなくても重要である場合がある。
- 謙虚さの欠如: 経済学者は「自分が正しいと思い込み過ぎている」とし、競合する説明が存在することを認識し、選択方法を学ぶ必要を主張。
主要な分析点(個別)
- 権力
- 市場の美点を強調するあまり、政治的影響力や賃金・価格設定における権力を過小評価してきた。
- 権力の分析なしには現代資本主義における不平等を理解しにくい。
- 哲学と倫理
- アダム・スミス、カール・マルクス、ジョン・メイナード・ケインズ、フリードリヒ・ハイエク、ミルトン・フリードマンらとの対照で、現代経済学者は福祉や倫理をほとんど扱わない。
- 「しばしば福祉をお金や消費と同一視し、人々にとって重要な多くのことを見逃してしまっている。」
- 家族やコミュニティにおける関係よりも個人が優先される傾向。
- 効率と公平の関係
- ケインズの見解を引用: 「経済学の問題は経済効率、社会正義、個人の自由を調和させることだ」と記述。
- 現代経済学は効率を得意とし、社会正義は後回しにされがちであると論じる。
- 実証的手法の限界
- 採用されている方法の例: ランダム化比較試験、差分の差分法、回帰不連続デザイン。
- これらは「局所的な効果に注目を集め、潜在的に重要ではあるが長く変動するラグを持って動作する遅効性のメカニズムから目をそらさせる」可能性がある。
- 謙虚さ
- 仮定に依存する手法の限界を認め、競合説明の存在を常に意識すべきと主張。
思い直す(個人的反省と見解の変化)
- 労働組合に関して:
- 長く「労働組合は経済的な効率を妨げる厄介者」とみなしていたが、考えが変化。
- 現状: 「大企業は労働条件や賃金、ワシントンの政策決定に対して圧倒的な力を持っており、労働組合は現在、企業のロビイストに比べてほとんど発言力がない。」
- 労働組合の衰退は、賃金シェアの低下、経営者と労働者の格差拡大、コミュニティ破壊、ポピュリズムの台頭の原因になっている。
- 技術革新の方向性は「だれが決定権を持つかに依存している」とのダロン・アセモグルとサイモン・ジョンソンの主張を支持し、労働組合は人工知能に関する意思決定に参画すべきと述べる。
- 自由貿易とグローバリゼーションに関して:
- 自由貿易がアメリカの労働者にもたらす恩恵について「非常に懐疑的」であり、過去に自身や他者が主張した「グローバリゼーションが過去30年間に世界の貧困を大幅に削減することに貢献した」という見解にも懐疑的。
- 「アメリカの労働者は世界の貧困層よりもはるかに恵まれているのだから、グローバリゼーションによってアメリカの労働者にもたらされた損害は、世界の貧困削減のために支払うべき妥当な代償であるという考えももはや擁護できない」と述べる。
- インドの貧困削減は「世界貿易とはほとんど関係がない」と考える。
- 中国の貧困削減については、中国が国民所得を蓄積するのではなく、製造業成長の多くを国内で吸収していれば、富裕国の労働者への被害はもっと少なくできた可能性を示唆。
- 移民に関して:
- 以前は「アメリカへの移民は良いことで、移民には多大な利益があり、国内の低技能労働者にはほとんど、あるいはまったく代償がない」という見解に賛同していたが、現在はそう考えていない。
- 計量経済学的デザインに基づく短期的結果に依存する見解ではなく、過去1世紀半の長期的分析では異なる結果が示されると主張。
- 歴史的観察: アメリカが開放的であった時代は不平等で格差が大きく、国境が閉鎖されたときには格差が大幅に小さくなった。ハート・セラー法(1965年移民法)以降、外国出生者の割合が金ぴか時代の水準に戻るにつれて再び拡大した。
- 「工場経営者が望んでいたヨーロッパ系移民を雇うことができていたら、南部の農村から北部の工場への何百万人ものアフリカ系アメリカ人の大移動は起こらなかっただろう」との見解を紹介。
方法論的示唆と提言(暗示的)
- 経済学は哲学、歴史学、社会学との対話を深めるべきである。
- 実証的手法の採用にあたっては、局所的効果と長期的・複合的メカニズムの両方を重視するバランスが必要である。
- 経済学者は効率のみに偏らず、社会正義や倫理、権力構造の分析を経済学の中心に据えるべきである。
- 労働組合やその他の社会的権力の再評価を行い、技術革新や移民・貿易政策における分配的影響を重視すること。
アンガス・ディートンは、プリンストン公共・国際問題大学院のドワイト・D・アイゼンハワー経済学・国際問題の名誉教授、プリンストン大学経済学部名誉教授。2015年ノーベル経済科学賞受賞。