代替データと金融政策

クラウディア・サーム

2025年12月

写真: Greg Mably

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中央銀行、経済の全体像を把握するために、非伝統的なデータソースを活用

2020年の春、米連邦準備制度理事会は課題に直面した。新型コロナウイルスのパンデミックを受けた休業やソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)、不確実性の高まりによって日常生活が一変したが、FRBが金融政策の調整に用いた伝統的な経済統計はこうした変化のペースに追いつけず、パンデミック中の経済の新たな特徴を捉えきれなかった。しかし、FRBは当て推量で金融政策を進めたわけではない。給与処理やクレジットカード・デビットカードの取引など、それまでに開発した非伝統的なデータソースに軸足を移して、経済の急速な悪化を追跡することができた。     

 最も順調な時期でさえも、健全な金融政策を行う上では高品質でタイムリーなデータが不可欠である。例えば、インフレ率上昇の兆候が見られた場合、政策当局者は経済を冷やすために利上げを検討するかもしれない。一方、労働市場が悪化していると見られる場合には、経済活動を刺激するために利下げを検討するかもしらに。金利の変化による経済への影響が表れるまでには時間がかかるため、景気を的確に判断するスピードも効果的な政策にとって重要である。

 経済の動向をリアルタイムで把握するために、FRBは労働統計局(BLS)や商務省などの政府機関によって生成されたさまざまな統計に頼っている。これらの統計は通常、標本調査に基づいており、政策当局者や投資家、ビジネスリーダー、一般の人々はこれを絶対的基準と見なしている。しかし、FRBでは非伝統的なデータソースでそれらを補完する傾向が高まっており、多くの場合、非伝統的なデータソースは民間企業が提供している。これらの非伝統的な情報源の明確な特徴は、経済統計を作成する目的のデータではないことである。データは、ビジネスや政府のプログラムを進める過程で集まったもので、その後経済統計に再利用されたのだ。

 

ギャップを埋める

こうした非伝統的なデータは、よりタイムリーであるか、より細かい情報である場合が多いため、結果として政府統計のギャップを埋めることができる。また、雇用などの重要な経済的成果に関する、別の角度の視点を提供することもできる。最後に、従来のデータソースの品質を向上させるために使える。しかしながら、非伝統的な情報源は、政策に情報を提供する上で伝統的なデータを代替するものではなく、補完するものと見なすべきである。

 金融政策の中核的使命は景気の浮き沈みを安定化させることであることから、景気の動きを正確かつ迅速に見極めることが重要となる。こうした状況において、非伝統的なデータが特に役立つ。これは、失業率やインフレ率、経済成長などの主要変数に関する政府統計が、事後数週間から数か月後に発表されるためである。民間企業のデータの公開は、多くの場合、数週間または数日後であり、遅れが大幅に縮まる。

 代替データソースの適時性は、短く深刻な景気後退が起きたパンデミックの初期に特に有用だった。FRBのスタッフによるレビューによると、大規模な給与処理会社であるADPのデータに基づく FRBの週次雇用予測は、2020年3月下旬に大幅に減少した。これは、BLSが独自の月次雇用報告書で大幅減少を発表する1か月以上前のことだった。

 パンデミックによる景気後退は異例なペースだったが、より高頻度でタイムリーな雇用推計は幅広い用途がある。例えば、2025年に見られたように、BLSの月次の雇用推計値が急激に下方にシフトする場合には、それに対する週次ADP推計によって、この傾向が持続するか逆転するかを早期に把握することができる。さらに、予算をめぐる議会の行き詰まりで政府機関が閉鎖する際は公的なデータが入手できないことから、ADPの推計が非常に役に立つ。

 

インフレの追跡

代替データの粒度の高さも、貿易政策の変更が消費者物価に与える影響を評価しようとするFRBの政策当局者にとっての利点である。理論と経験上、輸入関税の引き上げは、価格水準の一時的な上昇につながり、それは一時的にインフレを押し上げるにすぎない。その場合、FRBは関税関連のインフレを「精査」すべきであり、利上げはすべきではない。しかし、FRBが参考にする主要統計では、原産国別に商品価格を示さないため、先の仮説を検証することは難しい。分析では幅広い項目の商品価格を、過去の輸入の平均シェアと比較しなければならない。

 ここでは、代替データの粒度が関税による価格の影響を監視するためのより直接的な手法となる。ハーバード大学のアルベルト・カバロ教授と2人の共同研究者は、そのようなデータソースを提供する。彼らは、米国の大手小売業者5社のオンラインデータを使用して、原産国、関税率、35万商品の販売価格を含む日次物価指数を構築した。関税前のトレンドと比較して、輸入消費財の価格の方が国内で生産された財の価格よりも、急速に上昇していることが分かった。また、関税の価格への影響は、関税対象となっている輸入品と直接競合する国内品の方が、輸入品と競合しない商品より顕著だった。総じて、影響は比較的小さく、この発見は従来のデータソースを用いた研究と一致している。このような高頻度で詳細なデータは、物価水準の上昇傾向が完了したかを評価するのにも役立つ。

 よりきめ細かい代替データソースは、消費者と企業の行動を劇的に変化させたパンデミックの間、FRBや他の意思決定者にとっても有用であった。ソーシャル・ディスタンシングの間、消費者と企業の変化を監視するため、新型コロナの症例数に関する行政データとともに、物理的な動きに関する民間企業のデータが活用された。サプライチェーンのストレスを測定することも、インフレ圧力を測定する上で有用だった。購買担当者と出荷価格指数の調査に加えて、サプライチェーンへのストレスは、輸送コンテナの動きに関するリアルタイムデータで測定された。もちろん、従来型のデータソースも、政策担当者の経済に対する理解のギャップを埋める上で役立った。従来のデータの主要な情報源である国勢調査局は迅速に対応し、  パンデミックが世帯や中小企業に与える影響を測定するために短いオンライン調査を開始した。

 

精度の低下

代替データは、従来の統計の品質と費用対効果を維持し、さらには向上させ得る。政府機関は、調査対象の人々や企業が経済全体を代表するように設計された調査に大きく依存している。しかし、これらには欠点がある。ひとつには、人々や企業の調査への参加意欲が低下するにつれて、コストが増加している。もうひとつは、参加率の低下により、結果として得られる推定値の精度が低下している。

 このように精度が失われると、インフレや雇用をめぐる不確実性が生じ、タイムリーで適切な金融政策対応が妨げられる可能性がある。非伝統的なデータは潜在的な解決策となり得る。たとえば、BLSは現在、中古車の価格、航空券、携帯電話契約など、消費者物価指数のいくつかの要素について、調査の代わりに民間企業のデータを使用している。

 民間データのさらなる活用の余地はあるが、取得コストや信頼性に関する課題がある。民間企業がデータを共有しなくなるか、価格を大幅に引き上げる可能性があり、それによって政府統計の継続性が脅かされかねない。古いノイズを新しいノイズで代替するのではなく、非伝統的な情報源が推定値の精度を向上させるようにするためにも、統計機関での慎重な調査が必要だ。

 

開業申請 

従来型データの速報値の精度を高めることも、特に経済の転換期において、代替データが有用となりうる分野のひとつである。金融政策の決定はリアルタイムで行われるため、リアルタイムデータが可能な限り正確でなければならない。政府による給与計算の月次推計がその一例だ。それは事業の調査に基づいており、結果は事業が立ち上げられたり廃業したりするという事実に合わせて調整される。(調整は「生死モデル」と呼ばれるものに基づく)。パンデミック中およびパンデミック後の純開業数の変化と、データ入手までの遅れが相まって、モデルに重大な誤りが生じ、過去の雇用予測を毎年大幅に改訂することとなった研究者らは、雇用者識別番号の毎週の納税申告書が、その後の四半期の開業数の信頼できる予測値となることを示した。経済の状況が変化している際、生死モデルを、よりタイムリーな開業指標と一致させることで、雇用推計の速報値の精度を高めることができるだろう。

 公的なデータでさえ、完全な国勢調査ではなく標本調査であることから、サンプリングエラーなど、エラーの影響を受ける可能性がある。したがって、複数の独立した推計を活かすと、公式の推計値の理解を深めることができる。たとえば、シカゴ連邦準備銀行の新しいイニシアティブは、労働市場に関する公的なデータと代替データを合わせて、月次の失業率の推定値を算出している。分析は、①求職者や採用担当者が使用するサイトであるIndeed、②労働市場分析のプロバイダーライトキャスト、③失業に関するグーグル検索のデータを取り入れる。ただし、同イニシアティブは初期段階にあり、信頼性を確立するには時間がかかる。

 

政策の効果

FRBの当局者は、金融政策を調整した後、その影響を評価しなければならない。非伝統的なデータはここでも役に立つ。例えば、家計レベルの信用、銀行口座、行政記録などの情報源が入手可能になるにつれ、金融政策による分配効果に関する研究が拡大している。金利が低下した新型コロナの危機の間、CoreLogicの固定資産税申告書と証書記録のデータを使用した研究では、黒人とヒスパニック系、低所得の借り手は、アジア人、白人、および高所得の借り手よりも借り換える可能性が低いことが示された。借り換えコストの体系的な違いが要因だった。米内国歳入庁の個人所得税記録を使用した別の研究では、金融政策の予期せぬ引き締めが、主に低所得者への打撃を反映して、所得格差の拡大につながることがわかった。一方、想定外の緩和によって、格差は縮小した。

 非伝統的なデータソースのすべての利点について、それらは従来のものに代わるものではない。実際、代替データの有用性はしばしば従来のデータに依存している。FRBの経済学者として私は、ファーストデータ(現在のFiserv)のクレジットカードとデビットカードの取引をから、州レベルの小売売上高の推計値を出すプロジェクトに取り組みだ。それは後に、連邦公開市場委員会(FOMC)にて、ハリケーンイルマとハービーの経済的影響をほぼリアルタイムで追跡するために使用された。

 しかし、この情報源には課題があった。未加工の取引データが示す売上高の伸びは、決済処理事業のための顧客の買収など、ファーストデータに固有の要因と、米国の個人消費の変化双方を反映していた。経済統計において、後者だけが必要である。この問題を解決するためのひとつの手段として、商務省の5か年経済国勢調査を使用して、同社のクライアントからのカード取引を米国企業を代表するように再調整した。このようなベンチマーキングは、非伝統的な情報源から経済統計を構築する場合によく使われる。私たちのプロジェクトは、季節調整を行うのに十分な長さの時系列データが不足していることや、異常値の調整など、代替データソースに共通する他の問題にも直面した。国勢調査局の全国の月間小売売上高の推計値と合わせることで、より詳細な民間データを政策判断に使用することに自信が持てた。

 非伝統的データのユーザーは誰でも課題に直面している。FRBにとって、一般公開されるそのようなデータが限られていることが、特別な課題となる。FRBの金融政策の戦略的枠組みは、透明性が説明責任に不可欠であり、金融政策の成果を向上させることを強調している。広くアクセスできないデータソースに頼ると、透明性が低下する。部外者はFRBの分析を検証することができず、有料の民間データへアクセスがある市場参加者しかFRBが参考にするデータを見ることができない。

 政策当局者がいかに代替データソースを用いて経済状況の全体像を把握し、より良い政策成果につなげ得るかを目の当たりにしてきた。データの質を向上させるには、政府統計機関と民間部門のデータプロバイダー、政府関係者、学界の強い協調が必要となる。非伝統的なデータは機会も課題ももたらすが、マクロ経済のダイナミクスを理解することが、非伝統的政府統計と公式政府統計の共通した目的である。

クラウディア・サームは、投資運用会社ニューセンチュリー・アドバイザーズの首席エコノミストで、米連邦準備制度理事会の元プリンシパルエコノミスト。

記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。