統計で信頼を築く

ベルト・クルーセ

写真: Chantal Jahchan

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強力で独立した国家統計機関がデータの完全性を守り、健全な政策を支える

2000年代半ば、かつて信頼されていたアルゼンチンのインフレ統計を巡り、論争が勃発した。公式の数値が、民間の推計値から逸脱し始めたのだ。最初は、小幅なずれだった。それからどんどん大きくなっていった。2007年までに、民間アナリストの予測は、公式に報告された水準の最大3倍もの数値となった。そしてアルゼンチンの国家統計局の信頼性が崩壊した。投資家は信頼を失い、資金を引き上げた。政策当局者は、指針となる正確な統計がないことから意思決定が難しくなり、経済の課題が複雑化した。

水面下には、より深刻な問題があった:慢性的な資金不足と政治的干渉によって弱体化した統計機関だ。経済データは、それを集計する機関の独立性と十分なリソースがなければ、データの完全性(そしてそれに基づく意思決定)の健全性が損なわれてしまう。

データが氾濫する今日の世界では、国家統計局(NSO)の役割がかつてないほど重要になっている。NSOは、公的統計を提供する信頼できる機関として、証拠に基づく政策立案にとって、なくてはならない存在だ。しかし、経済的・社会的な複雑さが増していることや、信憑性を確認できないデータソースが出てきていることなど、機能を果たすための力が圧迫されている。

データ改ざんも良くないが、統計の質を怠ると、他の深刻な結果も招く恐れがある。GDPとインフレの統計は、有用であり続けるために、頻繁に基準年を変更しなければならない。ナイジェリアは国民経済計算の基準年の変更を20年間行わなかった後、2010年に、経済が以前の推定よりもほぼ60%大きくなったと発表した。このような修正は、経済の全体像を完全に書き換えることになる。

NSOが効果を発揮するには、独立性と、データへのアクセス、十分な資金が必要だ。革新し、適応し、質の高い統計を公表できなければならないのだ。

 

より複雑な環境

データはいたるところにある。ソーシャルメディアのプラットフォームからスマートデバイスまで、情報がかつてない規模で生み出されている。処理能力と人工知能の急増によって、データから洞察を得られるようになったが、これらのツールは誤解を招く結果や完全に捏造された結果を生成することもある。

大規模言語モデルはまだハルシネーション(幻覚)を起こす。例えば、最先端のモデルでも、最新のIMF世界経済見通しを用いて経済成長率の表を作成するよう指示した際、資料を提供しても、正確な数値を生成することに一貫して失敗する。ほとんどの数値が近いものの正しくない。これは大きく間違っているよりも危険である。もっともらしい数字は、間違いが見つけずらく、誤解を招く可能性が高い。

対照的に、NSOは、国際的に調整された概念と方法論でデータを根拠付ける。透明性に対するNSOのコミットメントは信頼を築く。NSOは、他のデータソースを測定できるベンチマークを提供する。間違った情報が急速に拡散し、データ操作がかつてないほど容易となった今の世の中では、公的統計の完全性が不可欠である。

さらに、今日の世界経済の複雑さと相互連関性を踏まえると、明確に定義された統合的データが求められる。インフレの追跡であれ、失業率の測定であれ、経済成長の評価であれ、政策当局者は各国間で比較可能な正確な統計が必要だ。グローバルに統一された基準とNSOによって、データが政策議論の信頼できる土台として機能する。そうすることで、議論は、基礎となる数値の妥当性を判断するために時間を割くのではなく、政策自体に焦点を当てられる。

 

山積する課題 

NSOは、その重要性にもかかわらず、課題が山積している。最も差し迫った課題のひとつが、従来の調査に対する回答率の低さである。英国の「労働力調査」への回答率は2023年に15%を下回り、雇用推計の基となる公式な数値が一時的に発表されなくなった。人々が個人情報を共有することをますます警戒するようになるにつれて、あるいは単に忙しすぎて参加できないようになるにつれて、データ収集がより困難で費用がかかるようになっている。同時に、経済は急速に進化しており、ギグエコノミーやデジタルサービスなどの新しい部門では、測定に関する新しいアプローチが必要とされる。

これらの課題に対処するには、NSOが革新しなければならない。つまり、行政記録や衛星画像、民間部門のデータといった代替的なデータソースを統計システムに統合する。NSOは、ビッグデータとAI技術でこれを実現できる。また、最新のツールやプラットフォームで情報を簡単に見つけて使用できるように、適切に構造化されたメタデータとアプリケーション・プログラミング・インターフェイスへのアクセスを整備するなど、データがAIに対応していなければならない。AI開発者と協力することで、統計を求める人々が公的統計のデータを見つけやすくなるだろう。

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基本原則

NSOへの支援はまず、NSOの有効性を保証するための基本的な原則のひとつである独立性を確保することから始まる。統計は政治的な目的ではなく、現実を反映するものであるべきだ。法的枠組みは、NSOを外部からの干渉から保護し、NSOが専門的な判断に基づいて方法論を選択し、調査結果を公表できるようにしなければならない。経営陣は、統計の専門知識に基づいて決定を下す権限を与えられるべきであり、職員は、機密データの保護や統計目的でのみのデータ使用など、最高の倫理基準を遵守する必要がある。

支援のもうひとつの基盤を成すのが資金だ。残念なことに、公的統計という分野は目立ちにくく、特に財政が試練に直面している時期は、優先されることがめったにない。ある推計では、金融政策の主要な参考資料となる雇用とインフレのデータを作成する米労働統計局の予算が、2010年以降22%減少(インフレ調整後)した。

NSOは、その重要性を保つために、優れた人材を追求し、テクノロジーに投資し、データに関する新たな課題について調査しなければならない。具体的には、回答率の分析と対策、新しい調査手法の開発、革新的なデータソースの探索などだ。さらに、政策立案に必要なコア統計の作成と、統計の質の保護という日々の業務を継続することも重要だ。統計能力への投資を増やすことは、データの質と関連性を維持するために不可欠だ。

公的および民間のデータへのアクセスは非常に重要だ。各国政府はNSOとの行政データの共有を促すべきであり、また、中央銀行など、公的統計を作成する他の機関とNSOとの間で機密性の高いデータを安全に共有できるようにする法的枠組みを設けるべきだ。ベストプラクティスは、統計ガバナンスを監督し、協力を促進するための国家調整委員会の設置などである。

 

完全性を守る機関

より強力なNSOは戦略的に不可欠な存在だ。効果的なガバナンスや経済計画、公的説明責任のためには、信頼できる統計が欠かせない。NSOは、現代の複雑なデータ環境で舵をとれる強力で革新的で独立した経営陣が必要だ。

NSOは、知識を共有し、方法論を調整し、能力を構築するために、他の公的統計機関や、学術機関、そしてIMFなどの国際機関と、協力するべきだ。データプロバイダーとして、また統計を普及させる一経路として、テクノロジー企業とのパートナーシップが役立ち得る。

改善し得るもうひとつの分野がコミュニケーションである。高品質のデータを生成することは、NSOの取り組みの一部に過ぎない。アクセス可能で理解しやすいものにすることも同様に重要だ。NSOは、多様な人々へ情報発信するために、データの視覚化、インタラクティブなダッシュボード、分かりやすい要約に注力しなければならない。オープンデータの取り組みを積極的に進めるほか、一般の人々と関わり、誤った情報の拡散に対処するために、ソーシャルメディアやデータポータルなどの最新のコミュニケーション手段を活用する必要がある。

そうすることで、可視性が向上し、一般の信頼が構築され、調査の回答率が向上する。人々がNSOの役割を理解し、データ処理慣行を信頼するようになると、調査に参加する可能性が高くなる。

国の統計局は、データの完全性を守る機関であり、情報に基づいた意思決定を行う上での支え柱である。独立性と、十分な資金、革新する能力を確保することは、優れたガバナンスと効果的な政策立案に欠かせない。強力な統計機関がなければ、経済データに対する信頼が崩壊し、それとともに健全な政策の基盤も崩壊してしまう。

ベルト・クルーセはIMFの主席統計官兼統計局長。

記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。