インタビュー・シリーズ「IMFで働く日本人」
世界が舞台、IMFで働こう!
世界191ヶ国が加盟するIMFでは、162ヶ国から集まった約3,100人の職員が多様な業務を行っています。日本人もエコノミストを始めとした様々な職務に就き幅広い分野で活躍しています。新シリーズ「IMFで働く日本人」では、日々奮闘する日本人のインタビューを掲載し、IMFにおける業務の内容、仕事の醍醐味、キャリアパスなど、彼らの生の声をお届けします。
シリーズ第1弾
本田 治朗 財政局財政業務Ⅱ課課長
各国の復興・発展のために尽力することに誇り
Q. まずは、自己紹介をお願いします。また、これまでのキャリアを教えてください。
A. 本田と申します。現在、財政局(FAD:Fiscal Affairs Department)財政業務Ⅱ課の課長を務めています。私のIMFでのキャリアは、2001年にエコノミスト(Fungible Economist)として中途採用されたことから始まりました。それ以前は、日本銀行で働いていました。ある国際会議に出席した際に、偶然隣に座っていたIMF職員との会話がIMFへの応募のきっかけとなりました。IMFでの勤務は、23年近くになります。この間、これまで3つの局で経験を積んできました。最初は、財務局(FIN:Finance Department)に所属し、その後、アフリカ局(AFR:African Department)に移り、そして、現在のFADに異動して8年ほどになります。
Q. FADにおいては、どのような仕事をされていますか。
A. 私が現在所属しているFADでは、財政政策に関わる政策提言、調査・研究、及び技術支援を行っています。私が担当している現在の財政業務Ⅱ課では、20人弱のエコノミストと共に、主に、各カントリーチームへのサポートに加え、財政政策に関わる調査・研究を行うことが主な業務になります。
カントリーチームに対しては、FADの知識に基づいて、カントリーチームが適切な政策提案を行うように、財政政策についての助言を行う役割を担っています。カントリーチームが各国の当局と政策協議を行う際には、事前にIMF内でその政策協議の内容について十分に議論しますが、そうした議論では、例えば、その国の財政政策の立場が正しいか、財政政策の予想が適切かといった点に加え、税制改革や社会保障制度改革などの構造改革についても、具体的なアドバイスを行います。また、私たちの部署のエコノミストは、財政政策の専門家としてカントリーチームに参加しています。
財政政策に関する調査は、広範囲に及びます。基本的には、財政政策についての政策的示唆があり、既存の文献と比較して付加価値があるものが調査の対象となります。こうした調査結果は、政策を考えるための有益な情報として扱われます。また、ワーキングペーパーやその他のペーパーとして公表され、財政政策に関する知識の蓄積に貢献しているはずです。私自身は、例えば、高齢化が財政政策の効果に与える影響、後進国における財政政策の乗数効果、財政政策が女性の労働参加に与える影響などについての調査を行ってきました。
こうした業務に加え、各局と協調して組織横断的に行う仕事もあります。例えば、男女平等促進に向けた政策提言や脆弱で紛争の影響を受けている国への対応など、IMF内の各局がそれぞれの専門知識を持ち寄り、協力して進める仕事です。私は、FADを代表して、ガバナンスについての仕事に関与してきました。各国が有効にガバナンス上の諸課題に対応するために、各局と協議した上で、カントリーチームと協調して進めています。
私がこれまで関わった財政政策に関する調査のペーパーは、例えば、以下のとおりです。
・ Aging Economies May Benefit Less from Fiscal Stimulus
・ Exploring the Output Effect of Fiscal Policy Shocks in Low Income Countries
・ The Role of Structural Fiscal Policy on Female Labor Force Participation in OECD Countries
・ Review of Implementation of The 2018 Framework for Enhanced Fund Engagement on Governance
Q. IMF内部においては、どのような異動があり、どのようにキャリアパスが決まって いきますか。
A. IMFには、各加盟国をそれぞれ担当する「地域」局(例えば、アジア太平洋局、アフリカ局など)の他に、マクロ経済政策を機能別に分け、それぞれを担当する所謂「機能」局(例えば、財政局、金融資本市場局)があります。
IMFのエコノミスト(とりわけFungible Economist)は、複数の局でエコノミストとしての経験を積み、キャリアアップを目指します。一つの局に長く留まることなく、一定期間を過ぎると次の局に異動することになります。こうしたIMF内部での人事異動は、基本的に各エコノミストが自主的に行うことになっており、この点は、日本の一般的な企業とは異なります。人員が不足した部署は、人材を募集し、当該部署に興味のあるエコノミストが各自応募していく形です。空きポストに応募した場合、採用に至る前に、インタビューを受けることになります。自分が就きたいポストに応募できますが、当然のことながら、うまく採用されることもあれば、うまく採用されないこともあります。うまくいかなかった場合には、現在のポストに留まり、次の機会を待つことになります。
Q. IMFでの仕事について、日々、どのようなことを感じていますか。
A. 多種多様な業務があり、それぞれの業務で国籍や文化的背景が異なるスタッフと共に仕事を進めていますが、コミュニケーションの重要性を強く感じています。英語を母国語としないスタッフも多く(私自身も含めて)、その中で誤解を生じさせないように、簡潔かつ的確なコミュニケーションを行うことに特に注意を払っています。また、IMFでは、個々が単独で行う仕事は殆どなく、大部分はチームによる仕事です。特定の仕事をチームで効率的に進めていくには、競争的ではなく協力的なチームワークが求められます。そのためにも、全員が一体となって円滑なコミュニケーションを取っていく大切さを感じています。
また、多くのIMFのエコノミストと同様に、私も各国の復興・発展のために尽力することに誇りを感じています。IMFでの仕事の魅力は、各国の政策に関与し、その結果が具体的な成果に結びついたときに感じる達成感です。また、共通の目標に向かって信頼できる仲間と仕事をする楽しさもあります。これまで、すべてが楽しい経験だったわけではありませんが、充実感を感じながら、様々な刺激的な経験をしています。
Q. IMFの仕事では、どのような時に、達成感がありますか。
A. IMFでの仕事の一つの魅力は、政策に関与することです。サーベイランス、プログラム、そして技術支援を通じて、各国の状況に応じた経済政策のアドバイスを行います。理論、分析、そしてこれまでの経験に基づいて、どのような政策を実施するかという経済学の実践的な側面に関与することが醍醐味です。そして、アドバイスに従って政策が実施され、それが目に見える結果につながったときに達成感を感じるような気がします。特に、カントリーチームは、経済政策の計画段階から、各国の当局と直接対話します。ミッションチーフ(カントリーチームのリーダー)としての仕事は困難も多いですが、その一方で、大きな達成感を感じる瞬間もあります。
Q. IMFのミッションチーフは、具体的に、どのような役割を担うのでしょうか。
A. 私は、いくつかのアフリカの国々のミッションチーフを務めてきました。ミッションチーフは、カントリーチームを統括し、IMFを代表して当該国の当局と協議します。また、IMF内の他局との話し合いや他の国際機関等との調整など、当該国に関する広範な業務を担当し、IMF理事会への報告などの役割も担うことになります。いくつかの国のミッションチーフを経験した中で、特に、レソト(南部アフリカの国)のミッションチーフとして、大きな達成感を感じたのを覚えています。その当時、レソトは、3年間にわたるIMFのプログラム融資を受けていました。年に2回、同国を訪れ、当局と面談し、厳しい議論を交わしながら、政策の実施状況を審査しました(その審査結果は理事会に報告され、同理事会の承認の下、IMFによる融資が実行されました)。この期間中、レソトを訪問する度に、当局関係者との面談を行いましたが、年次総会や春の総会の際には、レソト当局がワシントンDCを訪れ、カントリーチームと対話を行いました。こうした頻繁な交流を通じて、相互理解を深め、財務大臣や中央銀行総裁との信頼関係の構築につながっていきました。
このプログラムは成功裏に終了し、経済の安定化、構造改革の進展などの成果を達成しました。勿論、プログラムの成功は、当局側の多大な努力とカントリーチームのメンバーの貢献があったからです。そして、このプログラムが終了した際には、カントリーチームのメンバー全員が招待され、プログラムの成功を祝うパーティーが開催されました。財務大臣や中央銀行総裁をはじめとする多くの政府関係者が出席しましたが、当局とカントリーチームのメンバーはお互いに成果と貢献を称え合い、とても楽しそうでした。私は、何よりも、このプログラムに関与した、多くの人々が集まり、一緒に喜び、称賛する瞬間に、大きな達成感を感じました。
Q. 経済政策に限らず、紛争の影響を受けた国では、汚職など、様々な問題があると思いますが、どのように対峙していくのでしょか。
A. 途上国の仕事に携わると、経済政策を超えて、汚職が発展を妨げているケースに遭遇することがあります。汚職は許されない問題ですが、必ずしも明確な証拠が見つかるわけではなく、対応は非常に困難です。一方、対応を怠ると、経済政策の効果が低減し、経済発展が妨げられ、国民生活に大きな影響を及ぼすことになります。IMFのカントリーチームは、汚職が明らかになった場合には、断固として対応することが求められます。
私が以前担当していたA国は、まさにそのようなケースでした。同国は紛争直後で、現地の生活環境は劣悪だったため、私を含め、カントリーチームのメンバー全員が、できるだけ早く経済復興を実現させたいと願っていたと思います。そのような状況下で、同国の中央銀行において不正取引が行われていることが発覚しました。当局との協議の結果、その取引は取り消され、他の国際機関と協力して、広範囲にわたり、同国のガバナンスを強化するプログラムを実施することになりました。このプログラムの下で、同国のガバナンス体制は、大幅に強化され、目に見える成果となった時は、とても嬉しかったことを覚えています。
安東 宇 調査局エコノミスト
知的好奇心を満たし、政策提言を通して一国の経済運営にも寄与
Q. まずは、自己紹介とこれまでのキャリアを簡単に教えてください。
A. 2006年に京都大学総合人間学部に入学した当初は、漠然と国際機関に興味を持っている程度でした。その頃、世界金融危機でIMFの名前を頻繁に聞くうちに、目指すキャリアパスの解像度が上がり、2010年に京都大学経済学研究科、2012年には給付型のJapan-IMF奨学金(JISP:Japan-IMF Scholarship Program)を頂きながら、米国コロンビア大学博士課程に進学しました。2018年にIMFの新卒採用であるエコノミスト・プログラム(EP)で採用され、統計局、欧州局、調査局と経験してきました。
日本国内のニュースでIMFを耳にするのは、経済危機と世界経済の予測が発表された時くらいだと思いますが、IMFの業務には、国際収支ニーズが発生した国への融資、経済状況を監視するためのサーベイランス、政策能力向上のための能力開発等があり、IMFの公式ホームページでは、より詳細な情報が得られます。本日は、将来IMFをキャリアとして考えている方向けに、公式な情報を補完するものとして、IMFならではの業務という観点から、私自身の経験をお話ししたいと思います。
※ IMFの業務に関しては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・ IMFとは?
Q. 現在の調査局でのリサーチとは、どのようなものでしょうか。また、アカデミックなリサーチとは、何が違うのでしょうか。
A. 現在は、調査局の政府債務や資本フローを担当する課でエコノミストをしており、業務の一つとして世界経済見通しや学術雑誌に掲載するためのリサーチをしています。アカデミックな経済学者と比べて、用いる経済データや手法は共通で、外部の報告者によるセミナーや研究費があるのも似ていますが、政策を扱う組織であることに起因する相違点が2つあると感じています。
一つは、IMFで扱う問題の広さです。どうすれば政府債務のGDP比率を削減できるか、どのような時に為替介入が望ましいか、といったテーマについて、現在所属している課で扱っています。また、単発のプロジェクトとして、気候変動向け政府債券の市場を調べたり、国際金融セーフティーネットの改革や新興国における経済のドル化等、それまでは考えたことがないテーマがトップダウンで提案されることもあります。個人的には、経済予測に関心があり、IMFや政策機関で広く用いられているマクロフレームワークを系統立てて予測する手法を研究しています。このように政策的に重要なトピックであれば何でも担当する可能性があるため、世界経済の変化や有識者の関心に興味があり、新しいことを学ぶのが好きな人には飽きない環境だと思います。
もう一つは、問題に対する回答に政策的含意や有用性が求められることです。学生の頃は、綺麗に解ける経済モデルや不思議な経済現象を鑑賞するタイプの論文も読んでいましたが、IMFに入ってからは、それを前提にした上で、政策の余地はあるか、実務的にどう役に立つか、といった視点で考えるようになりました。組織としても政策的なメッセージを重要視しており、出版前に何層ものレビュープロセスをはさむことでクオリティーをコントロールしています。このような政策的に有用な刊行物には世界中の政策立案者が目を通すため、政策を通してインパクトを与えたい人には理想的な機会だと思います。
※ 政府債務の削減に関しては、「世界経済見通し(WEO:World Economic Outlook)2023年4月」のChapter3をご覧ください。
・ World Economic Outlook, April 2023: A Rocky Recovery
Q. 次に、欧州局やアジア太平洋地域局でのミッションは、どのような仕事でしょうか。ミッションの中では、どのような経験をすることになるのでしょうか。
A. 調査局に移る前には、欧州局でエストニアとラトビアを担当し、オランダやマカオチームにも単発的に参加しました。カントリーチームの業務としては、一国経済の定期健診にあたる4条協議のスタッフレポートの執筆に携わりました。数か月の分析期間をかけて準備した原稿を元に、2~3週間のミッションで関係者と協議し、修正したスタッフレポートを理事会に提出するという手順になりますが、醍醐味は実際に当事者と話せるところにあり、財務省や中央銀行といった省庁の他にも主要産業や各種経済団体と協議することで、データの背後にあるストーリーが学べます。
例えば、マカオミッションに参加したときには、主要省庁、主要産業であるカジノや不動産大手の経営陣、マカオ経済のレポートを定期的に出している香港のアナリスト等と協議しました。そこで得られた情報は、マクロ経済指標の変動を説明するストーリーとしてスタッフレポートに記載されたり、マカオ経済の予測として世界経済見通しのデーターベースに反映されます。カジノ一つをとっても、一国経済への影響という観点から見るため、観光客として訪れるのとは違った面白さがあります。
ラトビアミッションの際には、資金洗浄およびテロ資金供与に関する取り組みが重要なトピックであったため、管轄省庁、以前に問題が指摘された銀行、問題を指摘した米国財務省等との協議に多くの時間を割きました。資金洗浄の手口や銀行の対策、国家としての規制を当事者から聞くことで、教科書や論文には書かれないストーリーが聴けました。
このように、担当国によって重要なトピックは異なるため、190ヶ国が参加するIMFでは様々な問題を学ぶ機会があります。新たな問題を知ることでエコノミストとしての知的好奇心が満たされるだけでなく、分析した結果を当局者と議論する機会があり、政策提言を通して担当国の経済運営に寄与できるという点でやりがいの大きい職場だと思います。
※ ラトビア・マカオのミッションに関しては、以下をご覧ください。
・ Republic of Latvia: 2021 Article IV Consultation-Press Release; Staff Report; and Statement by the Executive Director for the Republic of Latvia
・ People’s Republic of China—Macao Special Administrative Region: 2019 Article IV Consultation Discussions-Press Release; Staff Report; and Statement by the Executive Director for Macao SAR
Q. 統計局でも、EPで働かれたと聞いていますが、どのようなトレーニングを受け、何が学べるのでしょうか。
A. 欧州局の前は、統計局で国際収支統計を担当する部署を経験しました。統計局には、マクロ経済統計を構成する実体経済・財政・金融・国際収支の4セクターすべてのエキスパートが勤務しており、私が配属された課は、国際収支統計のマニュアルの執筆を担当する部署でした。
業務としては、統計局が集めているデータを用いた分析や新たなデータベースの構築に携わりました。簡単なマニュアルの作成から、統計を作成する各国の担当者への研修や対応、統計データを外部と共有するITシステムの構築等、経済統計に関わる様々なプロセスを垣間見ました。IMFが執筆したマニュアルを元に、各国が統計を作成し、集計されたデータがIMFのウェブサイトで公開される流れを見ると、IMFが経済データの分野で重要な役割を担っていることが分かります。
新卒採用後初の配属でしたが、特にエコノミストとして成長できたと思ったのが研修でした。統計局が行う能力開発業務として、IMFスタッフ向けの内部研修のほか、各国の統計担当者をワシントンDCに招待して一つのトピックを2~3週間程かけて掘り下げる外部研修も、多数開催されています。外部向けの研修にも足を運び、教材片手に通訳室で聴講させてもらうことで、各種マクロ経済統計の基礎を学びました。
これらの過程で、膨大な数のデータベースを扱うスキルが身に付き、その後の業務が大幅に効率化されたと実感しています。今考えると、学生の頃は統計ソフトを使って大量のデータを分析するスキルは学びましたが、異なるデータベースの関係やメタデータの読み方について学んだことがなかったため、データベースの違いや数字の具体的な意味、作られた方法等が不安なままデータを扱っていたと思います。いつでもエキスパートに質問でき、体系的に学ぶ機会も多くあるため、マクロ経済を分析するデータサイエンティストに魅力を感じる方には、絶好の学びの場になると思います。
Q. IMFでのキャリアを考えている方へ、メッセージがあれば、宜しくお願いします。
A. すでに経済学の博士号を持っていて、経済政策に興味がある方は、ぜひご応募ください。具体的な進路が未定でも、IMFでのキャリアに興味がある学生の方は、博士課程に進学する際に、JISPに応募すると、給付型の奨学金と同時にIMFでのインターンもついてきますので、必要な資金と情報を集めるための手段としてご活用頂ければと思います。
※ JISPに関しては、IMFのウェブページをご覧ください。
・ JAPAN-IMFスカラシップ・プログラム(Japan-IMF奨学金)とは
武部 美佐 戦略政策審査局シニアエコノミスト
国際通貨制度の安定性確保に直接携われることは、貴重な経験
Q. まずは、自己紹介をお願いします。
A. 私は、日本の大学で経済学の学士号を取得後、資産運用会社に5年間、エコノミスト、ストラテジストとして勤務しました。その後、英国の大学で金融学の修士号を取得し、米国の大学での経済学の博士課程を経て、ミッドキャリアプログラム(職務経験者向けの中途採用)でIMFに就職しました。IMFでは、独立評価機関、アフリカ局を経て、現在は、戦略政策審査局(SPR:Strategy, Policy and Review Department)に勤務しています。IMFに就職した後に、香港の中央銀行にあたるHong Kong Monetary Authorityと、日本の財務省への出向も経験しています。
Q. IMFを志望された動機は、何でしょうか。
A. 大学卒業後、金融市場で働いていた私は、国際金融市場の優秀な実務家エコノミストの多くが、IMFや世界銀行の出身者であることを知りました。そのため、一流の実務家エコノミストとして活躍するためには、IMFや世界銀行の経験が必要なのではないかと思ったのがきっかけです。調べていくうちに、IMFの職員が非常に高い専門性(特にマクロ経済学)を持っていること、ほぼ全世界の国が加盟国であるため、国際的かつ横断的な政策課題に取り組んでいること、また金融市場や政策当局の出身者も多く、深い実務的な知見があることを知り、IMFへの就職を志望するようになりました。
Q. IMFの職務において必要となるスキルや経験は、どのようなものでしょうか。A. IMFのエコノミストとしての業務には、大きく分けると、加盟国の経済政策全般に関する業務と、金融政策、財政政策、金融監督政策等を専門的に担当する業務があります。どちらの業務でも、マクロ経済学の理論と経済政策全般、定量分析に精通していることが求められます。また、IMFでは、英語が標準語ですので、理事会に提出する報告書等を簡潔かつ明瞭に英語で書く力が要求されます。そして、業務上、様々な国の人々と働くことになるため、そうした環境の中でも働ける柔軟性も必要となると思います。
Q. IMFのSPRは、IMFの戦略を決めていく中核となる部局の1つですが、どのような仕事をされているのでしょうか。
A. 現在、私が所属しているIMFのSPRは、その名の通り、IMFの戦略的な方向性に関する業務 (Strategy)、その方向性に基づいたIMFの政策方針の設計 (Policy)、そして実行、評価 (Review) を担当する部署です。私が所属する戦略室(Strategy Unit)は、戦略立案の部分を担当しており、IMFとその加盟国が今後進めていくべき様々な政策を提案する「グローバル政策アジェンダ」の作成、IMF国際通貨金融委員会(IMFC:International Monetary and Financial Committee)やG7、G20との戦略的な連携、特別引出権(SDR:Special Drawing Rights)やクォータを含めた国際通貨システムに関する分析等を行っています。
また、SPRのエコノミストは、所属する課の業務以外に、IMFから融資を受けている国の担当も受け持ちます。この業務では、地域局の各国チームに所属し、IMFの政策方針と齟齬はないかなどを含めて、地域局と戦略政策審査局との連携の役割を担います。私の場合、SPRのエコノミストとして、スリランカの拡大信用供与プログラム(EFF:Extended Fund Facility)とメキシコの柔軟与信枠(FCL:FLEXIBLE CREDIT LINE)を担当しました。
※ グローバル政策アジェンダ、IMFC、SDR、クォータ、EFF、FCLに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ Managing Director's Global Policy Agenda List
・ 委員会、グループ、クラブに関するガイド
・ 特別引出権(SDR)
・ IMF クォータ
・ The Extended Fund Facility (EFF)
・ 柔軟与信枠(FCL)
Q. その中で、印象に残っている業務は、どのような業務でしょうか。
A. 2021年に行われたIMF史上最大規模の6,500億ドル相当のSDRの一般配分にテクニカル・チームのリーダーとして貢献したことが、今までで一番印象に残った業務です。
SDRは、各国の通貨が金の価格に連動していた1969年に、補完的な国際準備資産として創設され、保有国が必要に応じて国際準備通貨と交換できる資産です。SDRの一般配分は、過去に4度行われており、直近の2021年の一般配分は、コロナ渦に見舞われた世界経済システムに追加的な流動性を供給し、各国の外貨準備を補充することを目的として行われました。また、対外ポジションが強固な国は、自国に配分されたSDRの一部を低所得国向けの「貧困削減・成長トラスト(PRGT:Poverty Reduction and Growth Trust)」や新設された「強靭性・持続可能性トラスト(RST:Resilience and Sustainability Trust)」などに振り分けることが推奨され、これまでに、1000億ドル程度のSDRが振り分けられました。こうして、IMFの一番重要な役割である国際通貨制度の安定性の確保に直接携われたことは、IMFの職員として大変貴重な機会だったと思います。
※ SDRの一般配分、PRGT、RST、SDRの振り分けに関しては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・ IMF総務会、6,500億ドル規模という特別引出権の歴史的な配分を承認
・ Poverty Reduction and Growth Trust (PRGT)
・ IMF Resilience and Sustainability Trust
・ How Channeling SDRs is Supporting Vulnerable Economies
Q. IMFでのキャリアの中では、IMFの本部以外において、勤務することはあるのでしょうか。また、出向・休職もできるのでしょうか。日本の財務省でも、働かれた経験があると聞いていますが、どうでしたか。
A. IMF職員の大半は、米ワシントンDCにある本部で勤務していますが、本部以外にも世界17ヶ所に置かれた地域能力開発センターや、東京、パリ、ジュネーブ、ニューヨークなどの地域事務所や他の国際機関との連携事務所、約100ヶ国に置かれている駐在代表事務所でも働くこともできます。また、休職・出向制度等を活用して、IMFに在籍しながら、IMFの外の機関で働くこともできます。私の場合、そうした制度を使って、香港の中央銀行にあたるHong Kong Monetary Authorityの調査局にて、4年弱、日本の財務省の国際局にて2年ほど働きました。
特に、日本の財務省では、G7・G20財務トラックの政策企画事務局に所属し、日本議長国の企画、運営に携わる機会を得ることができました。世界経済・政治が揺れ動く中、1986年に設立されたG7と1999年に設立されたG20は、それぞれの役割が大きく変化しており、そうした中で、日本が議長国として何を世界に提議し、まとめていくかといった議論に参加することができたことは、大変光栄でした。また、これまでのIMFでの仕事に比べると、非常に政治的な意味合いも大きく、エコノミストとして、一回り大きく成長する機会であったと思います。
※ 地域能力開発センター、駐在代表事務所に関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ Regional Technical Assistance Centers: IMF Key Issues
・ IMF Resident Representative Offices
Q. 少し話題は逸れますが、ワシントンDCでの生活も、教えてもらえないでしょうか。
A. ワシントンDCには、近現代史を彩る様々な歴史的建造物や多くの博物館、美術館があります。また、世界の政治、外交の中心地ともいえるワシントンDCでは、政治、外交、経済に関する様々な研究機関がそろっており、毎日のように多彩なセミナーが開かれています。一方、地下鉄、車で30分も走れば、緑あふれる地域が広がっており、ニューヨークなどの世界的な大都市に比べれば、通勤時間も比較的短く、閑静な住宅街で暮らすことができるのも、ワシントンDCの魅力の一つと言えると思います。
Q. 最後に、IMFへの就職を考えている方へのメッセージがあれば、宜しくお願いします。
A. マクロ経済や国際金融を専門とするエコノミストを将来の職業と考えている方には、ぜひIMFを選択肢に加えて下さい。IMFそのものが、マクロエコノミストの専門家集団であることに加え、各国の実務家や研究者が、セミナーなどで頻繁にIMFを訪れたり、IMFと共同研究を行ったりしており、IMFでの業務を通じて、世界第一線の非常に活発な政策議論、政策提言、研究に様々な形で関わることができます。
中谷 恵一 西半球局シニアエコノミスト
コロナ禍で重要な政策を矢継ぎ早やに打ち出す国際社会の力に感銘
Q. まずは、自己紹介も兼ねて、IMFで、どのような仕事をされてきたのか、戦略政策審査局(SPR:Strategy, Policy and Review Department)における債務問題への対応から振り返って、教えて頂けないでしょうか。
A. 西半球局(WHD:Western Hemisphere Department)の中谷恵一と申します。WHDは、地域局の一つで、メンバー国のうち北中南米の国々を担当するカントリーチームが置かれており、西半球に位置する国・地域を担当しています。現在は、その中で、バルバドスというカリブ海の国の担当エコノミストをしています。
私は、2010年にIMFに入社してから、長らくSPRというIMFの政策全般を策定する局において、公的債務関連の政策を考案する仕事に従事してきました。
G20など国際的な経済課題についての議論の場において、低中所得国の公的債務の透明性強化や持続可能性を巡る議論は、常に最重要課題の一つです。SPRでは、IMFの債務関連政策を考案するとともに、G20を中心とした国際的な議論に触れ、公的債務のモニタリング強化のための枠組みの整備に関わりました。これらは、国際社会の課題設定や問題解決のプロセスについて理解する貴重な機会でした。
2010年代初頭、多くの低所得国では、重債務貧困国(HIPC:Heavily Indebted Poor Countries)イニシアチブという包括的な債務削減が完了し、公的債務が比較的低水準にありました。低水準の債務は、これらの国々にとっては、新しく生み出された「借入余力」にもなっていました。他方、そこにはインフラ整備や教育・保険衛生分野等の開発ニーズに関連した膨大な資金需要がありました。大規模な債務削減の後で、日米欧などの伝統的な債権国が新規融資に慎重な姿勢を見せる中、こうした資金需要に対応したのが、中国やアラブ諸国等の新興の国々と民間の金融機関や投資家たちでした。しかし、多様な資金拠出者から、多様な借入様式(天然資源収入を担保にした借入やユーロボンド等)による債務の借入が増加したことで、こうした国々の債務水準は、2010年代後半には、HIPCイニシアチブ以前の水準に肉薄し、債務状況の実態が掴みにくくなっていたのです。
COVID-19危機は、そうした中で勃発し、債務状況を世界的に悪化させました。俄かに発生した保健衛生上の資金ニーズに対応しつつ、債務持続可能性を維持するために、G20 とIMF/世界銀行の主導で、債務を一時的に猶予する「債務支払猶予イニシアティブ(DSSI:Debt Service Suspension Initiative)」や債務再編の枠組みが提案されました。コロナ禍で目まぐるしく変化する経済・社会情勢を受けた危機対応の実務は、ハードシップの高いものでしたが、こうした重要な政策を矢継ぎ早やに打ち出す国際社会の姿に感銘を受けたことを覚えています。
SPRで手掛けた具体的なプロジェクトの中で思い出深い仕事に、低所得国向け債務持続可能性分析(DSA:Debt Sustainability Analysis)の作成があります。DSAは、IMFのフラッグシップの分析ツールの一つです。これは、今後予想される経済政策やマクロ経済見通しを前提とした場合に、メンバー国が投資等の必要な支出を賄いつつ、債務返済を続けて行くことができるかどうかを評価するためのツールです。私は、低所得国用に広く利用されているDSAの作成に関わり、分析用のツールキットや運用ルールを定めるチームの主担当を任されることになりました。低所得国向けDSAは、IMFプログラムの設計や、世銀やアジア開発銀行など開発金融機関の支援方針に大きく影響するツールであるため、公正かつ、効果的に機能するツールとルールを整備する必要があります。当時は、責任の重さに圧し潰されそうにもなりましたが、あの時の経験が自分を大きく成長させ、世界的な人材と伍していく覚悟を形成してくれたような気がしています。
その後、2020年に、WHDに異動して、バルバドスという国とIMFとの窓口となり、マクロ経済状況を確認しつつ、経済政策についての相談を受けたり、マクロ分析を実施しています。バルバドスは、人口約30万人程度のカリブ海の小国で、気候変動の影響を著しく受ける島嶼国経済です。2018年に就任したミア・モトリー首相は、就任するやいなや、抜本的な債務再編を含むマクロ経済安定化・成長促進のプログラムを打ち出し、同時にIMF支援プログラムを要請しました。債務再編や構造改革の甲斐があって、COVID-19危機も見事に切り抜け、今は後継のIMFプログラムの下で、さらに構造改革を進めています。バルバドスの場合、マクロ構造改革政策の大きな柱は、当然に気候変動対策への取り組みです。国内でのリーダーシップに加え、同首相は世界の気候変動対策への取組みにおけるオピニオンリーダーとして、世界の首脳たちと共同で多くのイニシアチブを打ち出しています。IMFは、2022年から、気候変動対策などを目的に、強靭性・持続可能性ファシリティー(RSF:Resilience and Sustainability Facility)という新しいプログラムを運用しています。バルバドスは、RSFについての最初のプログラム合意国となりました。世界的なオピニオンリーダーが世界的な議論をけん引する姿を近くで眺め、そのお手伝いに関わることができたことは、かけがえのない経験です。
※ DSSI、債務問題、債務持続可能性枠組み(DSF:Debt Sustainability Framework)、バルバドス、RSFに関しては、IMF、世銀のウェブサイトをご覧ください。
・ Debt Service Suspension Initiative
・ The Debt Sustainability Framework for Low-income Countries -- Introduction
・ Questions and Answers on Sovereign Debt Issues
・ Barbados and the IMF
・ The Resilience and Sustainability Facility (RSF)
Q. IMFでの勤務を希望されるに至った経緯について、教えて頂けないでしょうか。また、IMFで働くために必要な準備とは、どのようなものでしょうか。
A. 私は、日本で大学を卒業後、国際協力銀行(JBIC:Japan Bank for International Cooperation)という日本の政府系金融機関で勤務していました。JBICでは、融資先国のマクロ経済状況やクレジットリスクを評価するエコノミストの業務や、プロジェクトファイナンスの業務に従事することが多かったです。さらに、日米欧などの伝統的な主要債権国が保有する新興・途上国向けの債務について、返済条件の再編や、債務削減を協議する場であるパリクラブという債権国会議の実務にも従事していました。
私のようにミッドキャリア(職務経験者向けの中途採用)でIMFに入社する場合、その道筋は多種多様です。私のケースでは、2010年にJBICからIMFに出向の機会を頂いたことが、現在に至るIMFでのキャリアに繋がっています。3年間の出向の後、暫く日本に帰国していましたが、ご縁があって2014年に本格的にIMFに移籍しました。IMF出向中は、自身がそれまでのキャリアで得た国際的なプロジェクト融資や債務再編に関する知見や経験をできる限り活かすことで、付加価値を生み出しつつ、IMFの政策や分析の枠組みについての理解と、英語力の涵養に努めました。IMF移籍に当たっては、こうした実務的な知見と、段取りや丁寧な調整、熱心な自己学習の姿勢などが評価されたのではないかと考えています。
IMFの共通言語は、経済学です。必ずしも経済学の博士号がないと業務において太刀打ちできないということはありません。しかし、一通りの経済分析や理論、経済勘定や統計の考え方について理解していて、そうしたものを使って議論する力は最低限必要となります。IMFは、経済研究そのものを目的としている機関ではありませんが、各種の経済問題について、経済理論や実証を用いて分析し、説得力のある政策を提案することも求められます。また、政策を検討する際には、各種マクロ政策についてIMF的な思想や考え方があるので、世界経済見通し(WEO:World Economic Outlook)をはじめとするIMFの各種の発信を通じて、それらをよく理解していることが望まれます。
一方、IMFでは、担当国の財務大臣や中銀総裁、政府の高官と政策について協議・調整の上、合意された政策を経済状況の推移に合わせて遂行していく必要があります。世界では、地政学的な対立や分断が進み、国際協調や多国間主義が重要な岐路を迎えています。対立の時代には、合意形成がより難しくなり、相手の言い分を理解しつつ、議論を尽くして、自分の考えを説得力をもって伝える力が必要とされます。このため、コミュニケーションや調整能力、所謂「落としどころ」を探るといった能力が、以前にもまして重要な素養となります。外国語のコミュニケーションは、私を含め帰国子女でない日本人にとっては、不利となるケースが多いですが、きちんと段取りを考えて成果を纏めたり、相手の主張に配慮しながら合意形成を行うというような点については、日本人が得意なことも多い気がしています。
実際に、IMFでは、その時々の世界経済や担当国の重要課題について、適切なマクロ経済分析の手法を用いて分析の上、政策的処方箋を描く能力、その一方で、IMFプログラムなどの実務を円滑に実施するための実務・調整能力を、バランスよく兼ね揃えている人が活躍されている気がします。
※ WEOに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ World Economic Outlook
A. 世界経済の潮流における中心的な場所で、経済課題について考えて、世界の政治的リーダーやオピニオンリーダー、政府の方々と議論し、政策提言ができる機会はなかなかありません。有能なエコノミストが世界から集い、切磋琢磨する経験は、相応にチャレンジングですが、とてつもない成長の機会を提供してくれます。私も、IMFへの挑戦にあたって、十分な自信があった訳ではありません。おそらく、多くの同僚たちもそうだったのではないかと思います。少し背伸びして、Learning by doingを覚悟して思い切って飛び込んでみては如何でしょう。自己の成長にコミットして、強い仲間たちと切磋琢磨していれば、きっと数年後には自分が踏んだ大きなステップに驚かされることになると思います。国際金融やマクロ経済分析の分野でキャリアを積みたいと思っている方々には、ぜひ挑戦して頂いて、世界的な舞台で、ご自身の潜在力を解放して頂きたいと存じます。地政学的な対立が深まり、不確実性が高まるこの世界にあって、そうした日本人の方々が増えることは、世界と日本の両方にとって、とても意義があることだと思います。
グリフィン 尚美 金融資本市場局マクロ金融政策監視レビュー課課長
一見遠回りでも様々な経歴がIMFという特殊な国際機関の職務に役立つ
Q. まずは、自己紹介と、これまでのキャリアを教えて頂けないでしょうか。
A. 私は、IMFの金融資本市場局(MCM:Monetary and Capital Markets Department)、マクロ金融政策監視レビュー課の課長を務めています。IMFには、2011年に、ミッドキャリア(職務経験者向けの中途採用)のエコノミストとして入社しましたが、2004年にも、調査局(RES:Research Department)でリサーチアシスタントを務めた経歴があります。MCMに所属する以前は、西半球局(WHD:Western Hemisphere Department)で、アルゼンチンやコロンビアなどの国を担当していました。IMFに入社する2011年以前は、米議会予算局(CBO:Congressional Budget Office)のマクロ経済分析課でエコノミストを務めていました。2005年にメリーランド大学カレッジパーク校で経済学博士号、2000年にジョンズ・ホプキンズ大学の高等国際関係大学院(SAIS:Paul H. Nitze School of Advanced International Studies)で国際関係学の修士号、1997年に立命館大学の英米文学の学士号を取得しています。
Q. MCMにおいて、マクロ金融政策の政策提言等を担当されていますが、現在の仕事の内容を、教えて頂けないでしょうか。
A. マクロ金融政策監視レビュー課の主な仕事は、IMFの4条協議や金融支援に関わる報告書のレビューを通じて、金融セクターに関するIMFの政策アドバイスの質を保つこと、また、各国チームのマクロ金融に関する分析の質の向上をサポートすることなどです。IMFは、サーベイランス(政策監視)という制度を通じて、国際通貨・金融制度の安定を維持し、危機を防ぎます。各国チームは、当局と政策対話する前に、まずは様々な政策案をまとめたポリシー・ノートと呼ばれる報告書について、組織内のレビューに提出しなければなりません。レビューを求められた局は、関連する分野の政策案、それに辿り着いた分析等を吟味してコメントを提出し、政策会合に出席して討論に参加します。各局チームは、その討論の結果に基づいて政策案を調整し、政策会合で話し合った内容の要約と共に、報告書を専務理事・副専務理事に提出します。専務理事・副専務理事が、その報告書をクリアした後、各国チームは、当局との政策対話を始めることができます。IMFの組織内のレビュープロセスは、その政策アドバイスの質の高さと誠実さを維持する重要な役割を担っています。それ以外にも、私の課に所属するエコノミスト達は、各国チームが政策監視に使用できるマクロ金融ツールの開発や維持に関わる仕事をしています。例えば、現在の金融情勢を基に将来の実質GDP成長率のテールリスクを計測するGrowth-at-Riskと呼ばれるツール、金融・信用サイクルを計測するツール、開発国の政策監視に使われる金融包摂の度合いを推定するツール、銀行とその本国の政府の間の関係の強さを指標するツール等があります。
※ IMFの 4 条協議に基づくサーベイランスに関するガイダンスノートはIMFのウェブサイトをご覧ください。
・Guidance Note for Surveillance Under Article IV Consultations
Q. これまでのキャリアパス について、教えて頂けないでしょうか。
A. マクロ金融に対する私の関心は、2007 年から 2008 年にかけての世界金融危機(Global Financial Crisis)の時期に CBOでエコノミストとして働いていた時に始まりました。当時、私は、 CBO で米国のマクロ経済を予測するチームに所属し、主に住宅と労働市場の分析を担当していました。また、CBOが年に2回出版する「経済・予算見通し」報告書の主執筆者の 1人でありました。世界金融危機を通じて、当時の経済予測モデルが、住宅価格の急落が労働市場に与える影響や、景気後退・債務不履行の上昇による信用引き締めが実質経済に波及するメカニズムを欠いているということを実感しました。その経験により、マクロ金融の連動性を理解する重要性を学び、この分野に大変興味を持つようになりました。
Q. これまでのIMFでの仕事の中で、金融分野では、どのような仕事をされているのでしょうか。
A. IMFに入社してからは、様々な金融セクター評価プログラム(FSAP:Financial Sector Assessment Program)に参加しました。FSAPは、将来のリスクを考慮に入れて行う大変包括的なプログラムであり、当局の取組みを補完し、将来の金融危機を防ぐ目的があることから、高く評価されています。2017年には、中国のFSAPチームに参加し、システミックリスク分析、銀行のストレス・テスト等を担当しました。特に、建設業や不動産業などへの融資の過熱、理財商品等の急速な拡大による監視の複雑性、政府の暗黙の保証によるリスクの過小評価とその影響等が評価の焦点となりました。最近は、オランダのFSAPをミッションチーフとして引率しました。気候変動による洪水の強度・頻度の増加が金融セクターへ及ぼす影響の分析、また、気候変動に関わるリスクの規制を基にした金融システムの監督の体制が評価の焦点の一つとなりました。
また、発展途上国の金融セクターに関しては、各国当局の能力開発を目的とした様々なプロジェクトも引率しました。その中でも印象に残っているのは、2017年から2020年にかけて担当させて頂いたミャンマーとカンボジアの中央銀行の能力開発のプロジェクトです。途上国では、非常に限られた能力と人材により金融・為替政策のオペレーションや銀行の監督が担われています。能力開発プロジェクトに携わったことで、データやモデルでは学べない、現場での様々な厳しい課題を学ぶことができました。また、長期にかけて日本政府がアジアなどの途上国に融資してきた能力開発プログラムの成果も目にすることができました。
※ FSAP、MCMの能力開発プロジェクトに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・Financial Sector Assessment Program
・People’s Republic of China: Financial System Stability Assessment
・Kingdom of the Netherlands: Financial System Stability Assessment
・MCM Technical Assistance Annual Reports
Q. IMFを志望された動機と併せて、IMFで働くために、職務や大学において、どのような準備をされてきたのでしょうか。
A. 大学時代は、経済学とは程遠い分野を専門としていました。大学時代の恩師が京都被爆者の会の会長であったこともあり、被爆者のドキュメンタリーの制作に関わった経験から、何らかの形で各国間での協力と国際秩序の安定に貢献できる仕事に就きたいと願うようになりました。その後、国際関係という分野に惹かれ、ワシントンDCにあるジョンズホプキンズ大学のSAISの学士課程で、国際経済と南米研究を専攻しました。やはり、ワシントンDCという土地がらもあり、世界銀行やIMFという国際機関を大変身近に感じるようになりました。また、SAISで国際経済学を教えていた教授に経済学の博士課程に進んではどうかと勧められ、その後、ワシントンDC郊外のメリーランド大学の博士課程に進みました。その最中に、IMFのRESでリサーチアシスタントをする機会もあり、ますますIMFという組織に興味を持つようになりました。しかし、正社員として入社するのは、その後、CBOで6年間仕事をした後となります。
私が辿った経歴は、一見遠回りのように感じられるかもしれません。しかし、英米文学を含む人文科学、英語以外の語学(スペイン語やフランス語)、国際関係学、政治経済学、マクロ経済や労働経済学等、様々な分野の専門分野を勉強、研究したことが、現在、IMFの様な特殊な国際機関での職務に大変役立っています。IMFの日常の職務では、マクロ経済・金融・為替・財務政策に関する高いレベルでのテクニカルな知識が要求されるだけではなく、口頭や書面による明確なコミュニケーション能力、世界中の各国当局間の信頼関係を構築する能力、多様な背景を持つ国際的な専門家やエコノミストを含むチームを引率する能力など、様々なスキルが必要とされるからです。
Q. IMFでの仕事のやりがい等、将来の方に向けて、メッセージをお願いします。
A. IMFで仕事するやりがいの一つは、世界中の人々と仕事を通じて関われることです。IMFのメンバー当局の経済・金融政策に助言をしたり、能力開発に貢献できることは、メンバー諸国の国民に間接的に奉仕する仕事であり、大変やりがいのある仕事です。また、IMFで働く人たちは世界中から集まっていて、それぞれ異なったバックグラウンドを持っています。しかし、世界の経済・金融システムの安定や、国際収支危機や債務危機に陥った国のサポートといった共通の目標(ミッション)の達成を目指して、そうした職員の方と共に仕事をしています。難しい課題に見解の違いがあることは日常茶飯事ですが、討論を通じて見解の相違を解決します。また、IMFで働く職員は、多様性を重視し、無意識や意識の偏見に気づくように努め、常に自身の視野や職務経験を広くする努力をすることが大切とされています。この様な国際機関で様々な国を相手にした任務に着手できることは、大変な光栄であり、今後、更に多くの日本人職員がIMFで活躍してくれることを期待してます。
ヴォーン 亜仁香 コーポレートサービス局クリエイティブ・ソリューション課副課長
事業変換の現場に巡り合えマネージャーとして成長
Q. まずは、自己紹介をお願いします。
A. 私は、IMFに入社して12年目になります。現在は、コーポレートサービス局(CSF:Corporate Services and Facilities Department)のクリエイティブソリューション課という、社内クリエイティブエージェンシー(代理店)で、副課長を務めています。
Q. どのようなチームで、どのような仕事をされていますか。
A. クリエイティブソリューション課は、50人以上のスタッフを抱える大所帯で、定期記者会見に使うテレビ局顔負けの放送スタジオの管理運営から、春季・秋季総会のイベントの総合プロデュース、ソーシャルメディア向けのビデオや写真撮影、そして、広報・情報ポータルのウェブデザインなど、多岐にわたるメディア・クリエイティブのスタッフが活躍しています。
私の課では、その半数がIMFの職員であり、残りは派遣会社の職員で専門分野のプロやエキスパートの方が働いています。以前、チームメンバーがどんな経歴を持っているのか、アンケートで聴いてみたら、ディズニー、ホワイトハウス、BBC、SKYニュースなど、本当に多彩で驚きました。また、チームには、フルタイムのフォトグラファー、ビデオ編集員、3Dのグラフィックアートを手掛けるアーティストからプロジェクトマネージャーまで、多岐にわたる専門家がいます。私の主な仕事は、課の人事や予算の管理、IMF理事会や加盟国関連の調整を行い、春季・秋季総会を手掛ける事務局や広報局の同僚との、クリエイティブ・ソリューション課が請け負う仕事(マルチメディア制作案件、イベント設営など)の調整、また、大きいプロジェクトを回したり、多岐にわたっていて、ありがたいことに毎日刺激に満ちています。
Q. IMFの仕事では、時代に合わせて、どのようにメディアのイノベーションを進めているのでしょうか。
A. 数年前に、IMF全体がイノベーション戦略に力を入れ始めた際、私たちの部署でもイノベーションを活かした効果的で実験的なプロジェクトを進めるべく、行動心理学を活用したり、付箋紙にアイディアをどんどん記していく創発的なファシリテーション手法を取り入れるクリエイティブラボを立ち上げました。最初は、私と同僚の2人チームで試行錯誤の日々でしたが、業界で賞を受賞するようなプロジェクトをこなすうちに、社内の様々な部署から案件が回ってくるようになりました。最近、ANTHEM AWARDという賞を受賞したことで話題になった、気候変動に関する情報ポータルも、私のチームが作ったものです。
更に、クリエイティブラボチームは、最近、オックスフォード大学とコラボしたポートウォッチという地政学リスクモデルを使って、サプライチェーンへのショックインパクトを予測する分析ツールの開発や、日本が資金援助するデジタル通貨のプロジェクトで民俗学的な研究手法を取り入れて「使ってもらえる」中央銀行デジタル通貨をデザインするプロジェクトなど、ますます先端的な仕事が増えてきています。 このクリエイティブラボ立ち上げプロジェクトは、IMF内外でも注目を集めていて、国連のイノベーションネットワークでケーススタディを発表したり、他の国際機関でも似たようなチームを立ち上げたいと関心を寄せる組織から講演を頼まれたり、内外の様々な場面で仕事の成果を紹介するチャンスにつながり、ネットワークも広がり、大変やりがいがありました。「IMFでもこんな斬新なことをやっているの?」と驚かれることが多かったのも過去の話、今ではIMFはイノベーションの最先端をいく仕事をしている組織として認知度が上がってきています。
※ 気候変動に関する情報ポータル、ポートウォッチに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・Climate Change Indicators Dashboard
・PortWatch
Q. IMFに加わる前は、どのような仕事をされていたのでしょうか。また、どのようなきっかけで、IMFに加わることになったのでしょうか。
A. 今では、イスラエル、シンガポール、ブラジルなど世界20ヶ国以上の職員がいる国際的なチームで働いていますが、私自身のキャリアは、かなりドメスティックに日本のマスコミでスタートしました。慶応大学の湘南藤沢キャンパスで総合政策学を専攻しましたが、在学中、企業の社会責任や倫理的投資に興味を持ち、奨学金を得て、アメリカなど海外に出て、取材研究もさせて頂きました。お金の流れを変えようと、投資銀行でインターンをしてみたり、政策のプロセスをみたいと思い、永田町で政治家のインターンもしました。色々と考えた結果、世の中を変えていくならジャーナリストだろうと思い、日本テレビに記者として入社しました。日本テレビでは、経済部の記者として、金融庁や企業の統廃合などのニュースをカバーしましたが、夜討ち朝駆けの新人記者の生活は、思ったよりも理想からかけ離れていて、もっと世界が見てみたいと思い、退社しました。そして、母の祖国であるフィンランドにMBA留学をしました。そこで会った今の夫が、ドバイに転職したのに同伴して、2005年、ちょうどドバイが不動産ブームに差し掛かるというタイミングで引っ越しました。ドバイでは、日系金融機関やドバイの政府系投資会社でIR(Investor Relations)や企業広報の仕事に就いていたのですが、バブリーな投資家と途上国出身の建設労働者の格差を目の当たりにして、学生時代に思い描いていた社会を変えたいという初心から、自分のキャリアがどんどんと遠ざかっているのではないかと焦りを感じていた時期でした。そんな折、たまたま知り合いの紹介で、国連で物資供給をするエキスパートの方と話す機会があり、「メディア経験があるなら国連で広報をやってみては?」と助言されたのがきっかけで、国際機関でのキャリア構築に目覚めました。とはいえ、どこから手を付けていいのか全く分からず、日本にいる親に「国際機関で働くには」という単行本を送ってもらい、隅から隅まで読んだ結果、民間企業から国際機関に転職するには、外務省のJPO派遣制度(JPO:Junior Professional Officer)が良いと知り、応募しました。この時、二児の母で、ちょうど産休中だったのですが、選ばれた時には、どの任地に派遣されるかわからないにも関わらず、「どこに派遣になっても同伴してサポートするよ」と、夫の応援がなければ、なかなか踏み切れる決断ではなかったように思います。
JPOは、2年間、外務省がスポンサーとなって、日本人職員を国連機関に派遣し、正規職員のポスト獲得につなげるという戦略的なプログラムです。私は、いくつか希望を出していた中から、ローマにある食糧農業機関(FAO:Food and Agriculture Organization of the United Nations)の広報局に派遣されました。若者向けの広報キャンペーンや、その当時は、まだ新しかったソーシャルメディアを使った広報戦略を展開したり、プロジェクトのPRビデオ撮影のために途上国の農村にミッションに行ったり、やりがいはありましたが、在任中に組織が採用凍結に踏み切り、かなり焦りました。「他の国際機関も当たらないと、就職浪人してしまうぞ」と思っていた矢先、IMFの日本人の人事局(HRD:Human Resources Department)職員がメーリングリストに流していたIMFの空席情報を見つけて応募し、とんとん拍子に話が進み、12年前にメディアオフィサーとしてIMFに入社しました。
当時、私が入ったチームは、今と同じですが、課ではなく、セクションという小さなチームでした。主にIMFの出版物のカバーデザイン、職員のミッションビザ申請用の写真撮影などをメインに行っていたのですが、ビデオチームがちょうど設立されて、これから大きく飛躍をする可能性を感じたのを覚えています。Fit For The Futureという、チームの位置づけを変えるリストラプロジェクトに、職員みんなが参加して、みんなでうちのチームはどうやったらIMFにもっと貢献できる、新しいチームになれるのだろうか、と知恵を出し合い、新チームの部署名、新しい仕事のやり方、これから作っていきたい広報・マーケティングプロダクトなどをブレストして、数年かけて改革をしていきました。この再編成プロジェクトを通して、様々なイノベーション手法を学ぶきっかけができたこともさることながら、こうした事業変換の現場に巡り合え、そこでマネージャーとして成長するチャンスが得られたのは、本当に幸運だったなと振り返って思います。また、IMFはワークライフバランスにも力をいれている職場なので、こうして面白い仕事をさせてもらいながらも、ちゃんと家に戻って夕食を子供たちと食べたり、学校行事がある際にはお休みを取ったり、テレワークなどのフレキシブルな仕事のやり方も、コロナ禍前から導入していて、育児とキャリアを両立できたのも良かったです。
※ JPOに関しては、外務省国際機関人事センターのウェブサイトをご覧ください。
・JPO試験|外務省 国際機関人事センター
Q. エコノミストの方以外にも、IMFのキャリアを通じて、メッセージがあれば、宜しくお願いします。
A. この12年の間に、チームの成長に伴って、自分自身のキャリアも伸びました。駆け出しの頃、アフリカに同僚と取材ミッションに行って、IMFの仕事が加盟国の経済発展にどう寄与しているのかを目の当たりにできたこと、また、IMFビルの改装プロジェクトの際に、ロビーに巨大なビデオスクリーンを建設して、そこで流すコンテンツをプロデュースしたり、苦労したプロジェクトほど思い出深いです。こうして多くの才能ある同僚たちと切磋琢磨しながら新しい学びや発見が毎日ある充実した日々を過ごしています。 最近では、自分の部署の仕事もさることながら、職員のキャリア構築の応援、また、職員採用の際にもっと多様な国の人材を採用する働きかけを行うDiversity Recruitmentなどのプロジェクトにも関わっています。自分自身が国際機関に入ろうと決めてから、定職を得るまで苦労したことがあるからこそ、将来IMFに入りたいと頑張っている、若い人の応援のために、仕事時間外でメンターとしてサポートしたり、就職相談などにも乗るようにしています。最近では、中東地域からの採用を増やすというプロジェクトで、HRDのシニアスタッフとともに、IT/CSFジョイントでの採用ミッションにも参加させていただき、地域の大学の進路相談室のチームと意見交換をしたり、クリエイティブ以外の分野でもIMFに貢献することができて、うれしい限りです。そのミッションでも、多くの方から聞いたフィードバックの一つに、IMFの非エコノミスト専門職の認知度が低いというのがあります。どうしても IMFというと、エコノミスト職という印象が強いのですが、コーポレートサービス局には、調達、警備、不動産管理運営、更には、多言語組織ゆえに翻訳通訳の専門部署もあります。民間の会社や政府機関で専門職として働いてきた方、また、今後の進路を考えている学生さんたちに幅広く、こういうキャリアオプションもあると知ってもらい、IMFを通して国際貢献する道も視野に入れてもらいたいです。
野崎 仁宏 アジア太平洋局ASEAN第3課長
深い絆と信頼関係でスリランカの経済危機対応にも充実した日々
Q. まずは、自己紹介をお願いします。
A. 私は、東京大学経済学部を卒業後、経済産業省での勤務、米国ブラウン大学での経済学博士号の取得を経て、2003年にエコノミスト・プログラム(EP)という制度でエコノミストとしてIMFに採用されました。早いもので20年が過ぎましたが、刺激のある環境でやりがいを感じつつ、毎日仕事をしています。
※ EPに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・Economist Program
Q. IMFでの仕事はどのようなもので、その魅力はどこにありますか。
A. IMFで働くことの大きな魅力は、ワシントンDCにあるIMF本部で、世界各国から来た様々な文化やバックグラウンドを持つ人たちと、一緒に仕事ができることです。でも、それ以上に面白いのは、IMFスタッフのチームの一員となり、色々な国を訪れて、中央銀行や財務省のスタッフとface to faceで議論したり、その国の文化、制度、人々の暮らしを自分の目で体験することができることです。IMFでは、通常3人から5人程度のチームを組み、担当する国を実際に訪れて、情報収集・意見交換を行うことが仕事をする上で、とても重要視されています。こうした現地を訪問する活動を「ミッション」と呼んでいます。
IMFには、全ての加盟国(現時点で190ヶ国)についてカントリーチームがあり、それに所属するスタッフは、通常1年に2回ミッションに参加します。ミッションでは、2週間程度、現地に滞在し、その国の財務大臣や中央銀行総裁をヘッドとする政策当局と議論を交わし、経済政策の提言を行います。コロナによるパンデミックの時は、ミッションができなくなり、バーチャル・ミーティングが主な対話の手段となりましたが、やはり現地を訪れて直接対話することには代えがたく、現在はコロナ以前のミッション中心の形に戻っています。
ちなみに、私がミッションで訪問した国を数えてみたら、16ヶ国ありました。オーストラリア、バハマ、ベリーズ、コスタリカ、東ティモール、ガイアナ、インドネシア、ジャマイカ、ラオス、ミクロネシア連邦、モルドバ、フィリピン、シンガポール、スリランカ、スリナム、トリニダードトバゴです。世界にある国のだいたい1割弱の国に行ったことになります。今は、シンガポールのカントリーチームのヘッドを任されています。
※ IMFの概要に関しては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・IMFとは?
Q. IMFで勤務してみたいと考えたのは、どのような動機によるものですか。
A. 大学ではマクロ経済学を主に学びましたが、研究よりも政策立案に興味がありました。私が大学を卒業し経済産業省で勤務していたのは、1990年代中頃で、日本のバブル経済崩壊が明らかになり、金融危機が進行していった時期でした。加えて、1990年代には、中南米やアジアの経済危機がありました。大学院で経済学を深く学んでいく中で、なぜ経済危機は起こるのか、どうしたら防ぐことができるのかというテーマに関心を持ちました。その中で、IMFが経済危機に陥った国に政策提言と金融支援をする組織であり、特に途上国の危機の解決に大きな役割を果たしていることを知りました。これが、私がIMFで勤務してみたいと思った主な動機です。 ちなみに、2010年代のユーロ圏経済危機の際、IMFはギリシャ、ポルトガル、アイルランドといった先進国に金融支援をしており、支援の対象は途上国に限られているわけではありません。
※ アジア・中南米・ユーロ圏経済危機に関しては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・Finance & Development June 1998 -The Asian Crisis: Causes and Cures
・The Role of the IMF in Argentina, 1991-2002, Issues Paper/Terms of Reference for an Evaluation by the Independent Evaluation Office (IEO), July 2003
・The IMF and the European Debt Crisis
Q. IMFの役割として、経済危機への対応ということがありますが、どのようなことをされているのでしょうか。
A. 経済危機の元凶は、財政政策であるとよく言われます。(IMFはInternational Monetary Fundの略ではなくて、It’s Mostly Fiscalの略だ、と言う人もいます。)各国の財政制度は様々ですが、各国の財政当局は望ましい財政バランス、税制、補助金制度、医療・年金制度は何か、といった共通の問題を抱えており、IMFの財政局(FAD:Fiscal Affairs Department)には、これらの分野のエキスパートがおり、IMF が財政政策の政策提言をする際に理論や実践を踏まえた知見を提供しています。私は、FADで2010年から2016年まで勤務し、フィリピンの税制改革、インドネシアの石油補助金改革、コスタリカとジャマイカの歳出削減パッケージに携わりました。その際、FADのエキスパートから、多くのことを学んだことが、私の大きな財産になっています。
※ 財政政策に関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・Fiscal Policy: Taking and Giving Away
Q. IMFは、経済危機対応において、そのミッション等を通じて、具体的にはどのようなことをするのでしょうか。
A. ミッションとIMFの経済危機対応というお話をしたので、私が2020年から3年間携わったスリランカについて、掘り下げてお話しようと思います。
スリランカは、2022年に深刻な経済危機に陥りました。その原因は、コロナ以前の放漫な経済政策と度重なる経済的ショックと考えられています。膨張した政府債務と不十分な外貨準備にも関わらず、2019年の大統領選挙で勝利したラージャパクサ大統領は、経済の活性化と生活費の削減を目的として大幅な所得税と消費税の減税などを行ったため、財政は悪化し、債務と外貨準備の問題は解消されないまま、コロナ・パンデミックを迎えることとなりました。スリランカは、2020年春以降、国際資本市場へのアクセスを失い、対外債務返済と経常収支赤字のため、外貨準備は、2021年末には16億ドル(輸入の1か月未満)に激減しました。その後、2022年初めのウクライナ戦争を契機とする国際エネルギー価格の高騰を受け、外貨準備が実質的に枯渇しました。スリランカ政府は、2022年4月に対外債務支払いを停止し、IMF融資を要請しました。その結果、ルピーは1ドルあたり200ルピーから約400ルピーに下落し、経済は急激に収縮、インフレは急上昇しました。石油を十分に輸入できなくなったため、ガソリンスタンドには行列ができ、全国で深刻な電力不足と停電が発生しました。大規模な市民デモの後、ラージャパクサ大統領は、7月に退陣に追い込まれました。大統領府になだれ込む群衆の映像を日本のニュースで見た方もいるかもしれません。
こうした状況の中で、約1年間の交渉を経た後、総額約30億ドルの4年間のIMF融資プログラムが、2023年3月にIMF理事会で承認されました。経済再建プログラムでは、税制改革を通じた財政再建、外貨準備の積み増し、金融引き締めの実施を行うことを政府が約束し、それに加えて、弱者への影響を最小限に抑えるためのセーフティネットの確立や汚職撲滅に向けた努力を行っていきます。IMF融資の実施は半年毎に行われ、政府が経済改革を実施していることが条件となります。このように、IMFが経済政策に対していわゆる「お墨付き」を与えることで、スリランカへの国内外の信用を確保し、危機からの着実な脱却、経済の回復を図ります。
また、スリランカは、国として対外債務の支払いが不可能となり、債権者との間で債務再編(debt restructuring)を進めています。企業であれば破産申請をして裁判所を通じて清算をすることができますが、国が債務者である場合そういうわけにはいきません。ここで、IMFは、極めて重要な役割を果たします。国の債務再編に当たっては、その国が、財政再建などを通じて、どれだけ自助努力で債務を返済するかと、債権者がどれだけ債務の繰り延べや削減を行うか、という二つの問題が生じます。IMFによる債務持続性分析(DSA:Debt Sustainability Analysis)は、IMFプログラムの下で政府がコミットする政策に基づく最大限の自助努力を明らかにし、その前提でどれだけ債務削減が必要かを客観的に提示することで、上記の二つの問題に答えを提供します。また、上記のIMFによる改革の「お墨付き」は、債務削減が経済再建に資するという安心を債権者に与え、債務削減の早期の妥結をサポートします。現状では、このような役割を担うことのできる国際機関は、IMF以外にありません。
私が参加した2023年5月、6月、8月の3回のミッションでは、スリランカ大統領、財務省、中央銀行その他政府関係者との間で、IMFプログラムで実施される具体的な政策や財政赤字削減や外貨準備積み増しの数値目標など息の詰まる交渉を行い、その結果、2023年9月にスタッフレベルでのIMFプログラムの合意に至りました。その後、世界銀行・アジア開発銀行との協調融資に関する協議を行い、また、パリクラブ、インド、中国などの債権者から債務削減への基本的了解を取り付けた後、2023年3月にIMF 理事会で承認され、IMF融資が実行されました。この間、経済状況が悪化の一途をたどる中、経済団体、労働組合、市民団体と直接対話を行い、経済改革の必要性を理解してもらうことも極めて重要でした。今、思い返すと体力的にも精神的にも極めてタフな毎日でしたが、チームメンバーとの深い絆と信頼関係の中、とても充実した時間を過ごすことができたと思っています。
※ スリランカに関するレポート、債務等に関しては、以下のウェブサイトをご覧く ださい。
・2021 Article IV Consultation-Press Release; Staff Report; and Statement by the Executive Director for Sri Lanka
・Request for an Extended Arrangement Under the Extended Fund Facility-Press Release; Staff Report; and Statement by the Executive Director for Sri Lanka
・Sovereign Debt
・IMF Videos - Analyze This! Sovereign Debt Restructuring
・IMF Videos - Analyze This! Debt Sustainability
Q. 最後に、読者の方にメッセージがあれば、宜しくお願いします。
A. 世界情勢が不安定化していく中で、世界経済は様々な問題に直面しています。IMFは、これからも重要な役割を担うこととなりますが、諸問題に明確な答えはなく、試行錯誤しながら対処していくほかはありません。このような環境で、ぜひIMFで一緒に仕事をしてみませんか。お待ちしています。
田中 美帆 法務局Externally Financed Appointee
金融庁からIMF法務局へ 現場感覚の重要性を再認識
Q. まずは、自己紹介をお願いします。また、IMFの法務局は、融資や4条協議等をはじめ、IMFの業務全般に関する法務のほか、中央銀行法・財政法、腐敗対策、マネーロンダリング・テロ資金供与対策(AML/CFT:Anti-Money Laundering and Countering Financing of Terrorism)といった具体的な政策分野も扱っていますが、本日は、AML/CFTを中心にお話し頂けますか。
A. 私は、現在、加盟国の政府職員向けの制度であるExternally Financed Appointee (EFA)プログラムを利用し、日本の金融庁から、IMF法務局・Financial Integrity Divisionに出向しています。
IMF法務局は、加盟国各国におけるマクロ経済と金融の安定の実現に向け、法的・政策的な側面から、IMFの業務を担っています。法務局には、IMFの業務に関する法的論点の整理や個別国の対応等、IMF LawyerやCountry Lawyerとしての業務を行う部署に加え、中央銀行法・財政法、腐敗対策、AML/CFTといった個別政策分野を扱う部署によって構成されており、法務局全体では、現在、170名前後の職員が在籍しています。そのうち、日本人職員は、4名です。
私が現在所属しているFinancial Integrity Divisionには40名前後が在籍し、AML/CFTの観点から、4条協議や金融セクター評価プログラム(FSAP:Financial Sector Assessment Program)、融資、能力開発といったIMFの業務に携わっています。具体的には、①4条協議やFSAPを通じた、加盟国各国のマネロン・テロ資金対策状況のモニタリング、②IMFから加盟国に融資を行う際、AML/CFTに関連する融資条件の設定や履行状況のモニタリング(例:法人の実質的支配者情報の収集・公表)、③能力開発(例:AML/CFT関連の法整備支援、監督態勢の構築支援)等を行っています。特に、AML/CFT関連の能力開発は、日本を含む10ヶ国が資金を提供するThematic Fundを通じて行われており、日本の貢献が目に見えるインパクトをもたらす分野でもあります。
また、④国際機関等との連携も重要な業務の一環です。例えば、AML/CFT関連の国際機関としては金融活動作業部会(FATF:Financial Action Task Force)が有名です。FATFは、AML/CFTに関する国際基準(FATF基準)の策定・見直しのほか、定期的に、加盟国におけるFATF基準の実施状況、AML/CFT態勢の有効性に関する相互審査を行っています。IMFにおいても、こうした相互審査や審査員のトレーニングをFATF等と分担して実施しています。また、IMFは、FATFのオブザーバーとして、FATF基準及びガイダンスの改訂作業やベスト・プラクティスの収集等にも貢献しているほか、国連等との連携も強化しています。
マクロ経済政策を扱うIMFにおいて、何故AML/CFTが議論に上るのか、不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれません。IMFでは、金融犯罪やテロ活動、各国のAML/CFT態勢の不備がマクロ経済や金融の安定に影響しうると考えています。例えば、汚職、脱税、詐欺等の前提犯罪によって得られた収益がロンダリングされ、国外に流出した場合、流出元における税収減や流入先での不動産バブル等につながりうると考えられています。また、マネーロンダリングが摘発された金融機関において、株価の下落や預金流出等が起こり、それらが他の金融機関にも波及しうるとの調査結果も出ています。更に、AML/CFT態勢の不備によりFATFのグレーリストに掲載された国においては、平均してGDPの7.6%にも及ぶ資金流入の減少が起こるとの調査もあります。これらの観点から、IMFにおいては、4条協議やFSAP、融資、能力開発等を通じ、加盟国のAML/CFT態勢強化に務めています。また、最近では、ガバナンス・汚職対策、フィンテック、税制、気候変動等、関連する政策分野との連携も重視しています。詳しくは、IMFのAML/CFT関連業務紹介ページをご覧いただければ幸いです。
※ IMFのAML/CFT関連業務に関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・IMFと資金洗浄・テロ資金供与対策
Q. 法務局での業務の中で、印象に残った業務について、教えて頂けないでしょうか。
A. まず、5年に1度行われる中長期計画(AML/CFTストラテジー)の見直し業務です。これは、直近5年間の業務を振り返るとともに、今後の大局的な方針を策定し、理事会での審議を経て公表するというものです。私は、プロジェクトの一員として、調査や執筆、各国当局や理事会メンバーを含む関係者との調整等に一貫して関わることができました。その成果として、ストラテジーをまとめたレポートや個別のトピックに関するバックグラウンドペーパー、ブログ記事はIMFウェブサイト上に公表されています。
また、4条協議や融資条件の設定等を通じ、加盟国のAML/CFT態勢整備をサポートする業務にもやりがいを感じています。例えば、複数の加盟国に対する融資条件の設定を通じ、法人の実質的支配者情報の収集や公表に向けた取り組みを促すことができました。法人や信託等は脱税やマネーロンダリングの温床になりやすく、その実質的支配者の透明性向上が全世界的な課題となっており、IMFでは、4条協議におけるモニタリング、融資条件の設定や能力開発等を通じ、加盟国の取り組みを支援しているほか、FATF等での議論にも積極的に参加しています。
更に、4条協議では、ヨーロッパのある国のAML/CFT担当当局との面会が印象に残っています。この国では、犯罪収益の没収に関する省庁間連携が緊密に行われ、FATFの相互審査でも制度の有効性が高く評価されています。面会では、こうした財産回復の取り組みに加え、当局が金融監督に割くことができるリソースの制約等の課題についても率直な対話ができ、4条協議レポートにおいても効果的に取り上げることができたと感じています。
※ AML/CFTストラテジーに関しては、IMFのウェブサイトをご覧くだ さい。
・2023 Review of The Fund’s Anti-Money Laundering and Combating The Financing of Terrorism Strategy
・2023 Review of The Fund's Anti-Money Laundering and Combating The Financing of Terrorism Strategy—Background Papers
・Financial Crimes Hurt Economies and Must be Better Understood and Curbed
Q. 国際的な法務を担う職場の雰囲気は、どのような感じでしょうか。
A. 職場では上司・同僚に恵まれ、学びの多い日々を送っています。リスク分析や相互審査等の多様な側面からAML/CFTに携わってきた専門家が多く集まり、 その豊富な知見に日々触れることのできる環境は、またとない貴重なものです。
また、IMFには職員同士が仕事の合間に少人数かつ短時間、カジュアルに話をするコーヒーチャットの文化があります。忙しい中でもコーヒーの時間を取ってフィードバックやアドバイスをくださる上司・同僚の存在はとてもありがたく、こうした会話が新たな業務につながることもあります。
Q. IMF法務局の職員の方のバックグラウンドは、どのような感じでしょうか。
A. IMF法務局の職員は、基本的にミッドキャリア(職務経験者向けの中途採用)の採用ですが、そのバックグラウンドは様々であり、IMFに入る道は1つではないことを実感させられています。私の所属するFinancial Integrity Divisionでは、法曹出身者のほか、国連や経済協力開発機構(OECD:Organization for Economic Co-operation and Development)、FATF等の国際機関、監督官庁、金融機関、コンサルティングファーム等の多様なバックグラウンドを持つ職員が、それぞれの専門性を活かして活躍しています。大学・大学院の専攻も、法律のみならず国際関係や経済学等、多岐に渡ります。
Q. IMFという国際的な職場での勤務を通じて、どのような学びがありましたか。
A. IMFでの2年間は、金融庁での業務を通じて得られる知見や現場感覚がいかに貴重かを実感する良い機会になりました。また、日本で働く中で、プロジェクトが円滑に進むように当事者意識を持って能動的に動くことや、関係者と丁寧な連携を取ることを意識するようになったかと思います。こうした姿勢は、日本にとどまらず、IMFでの業務においても役立つと実感しています。
最後に申し上げたいこととしては、自分の強みは何か、どのような形で業務に貢献できるのか、といった点を常に意識しながら積極的に仕事を取ってくることが求められる環境は、チャレンジングですが、同時にやりがいも感じられます。IMFでの学びを、今後、国内外での業務に活かしていければと思います。
津田 夏樹 金融資本市場局審議役
国を超え、最先端の課題に挑む -デジタル通貨の現場から-
Q. 今日は、「国を超え、最先端の課題に挑む」とはどういうことかについて、じっくりと話を聴かせて頂ければと思います。
A. こんにちは!2021年からIMFの金融資本市場局(MCM:Monetary and Capital Markets Department)で働いている津田夏樹と言います。私は、現在、デジタルマネー、特に中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)と呼ばれる、各国の中央銀行が発行するデジタル通貨に関する仕事をしています。IMFに入る前は、大学卒業から日本の財務省で働いてきましたが、入省時は、世界各国でCBDCが発行されることや、そのテーマをIMFで追求する未来を全く想像していませんでした。 今日は、IMFで働くことの魅力、日本の財務省での経験がどのような役に立ったかを振り返りつつ、IMFで将来仕事をしてみたい学生や若手社会人の方向けに、アドバイスをお伝えしたいと思います。
Q. IMFで働くということは、どういうことでしょうか。CBDCという国際金融の新たな波の中で、最先端の役割を担っていますが、具体的に、どのような仕事をされているのでしょうか。
A. IMFでのCBDCの研究は、遅くとも2018年には始まっていました。その後、暗号資産やステーブルコインの台頭、G20でのクロスボーダー決済の効率化の取組を背景に、CBDCに対する国際社会の関心が高まりました。これを踏まえ、2021年にIMFとしてのデジタルマネー戦略を理事会で議論し、現在は、この方針に沿って、様々な研究や途上国への技術支援などを行っています。
CBDCは、デジタル時代の新しい通貨として、可能性とリスクの両面を持っています。決済システムの効率化、金融包摂、サイバーセキュリティ、銀行預金からCBDCへの資金流出のリスク、プライバシー保護と不正利用のバランスなど、多岐にわたる政策的論点を検討することが重要です。また、CBDCは、プログラマビリティを通じて、金融サービスだけでなく政府からの社会支援の提供への活用といった、公共政策の在り方にも大きな影響を与える可能性を秘めています。さらに、CBDCは、国際的な決済システムの分断を回避し、より透明・安価で迅速な国際送金を可能にするプラットフォームの設立にも役立つかもしれません。
MCMでは、こうしたテーマについて研究し、その成果を技術支援やサーベイランスといったIMFの業務に活用するとともに、国際社会に対して発信しています。例えば、2023年4月時点までに、40以上の国からIMFに対してCBDCに関する技術支援の要請がありました。私自身も、ヨルダンやフィリピンなどに対し、それぞれの国におけるCBDCの役割やリスクについての理解を深めるミッションを行いました。CBDCに期待される政策目的や、金融政策・資本管理政策の枠組み、決済サービス・システムの発展度などは国によって異なるため、one-size-fits-allではない検討が求めらます。こうした二国間での活動に加えて、地域セミナーや国際会議を通じて意見交換を行います。これらの現場からのフィードバックを踏まえて、例えばCBDC Handbookといった政策当局者向けのマニュアルを作成し、対外的に発信しています。更には、クロスボーダー決済について、ネットワークの分断を防ぎ、更なる効率化を追求する観点から、CBDCを決済プラットフォームに活用するアイディアをまとめて発信したりもしています。
CBDCは、暗号資産とそれを取り巻くDeFi(Decentralized Finance)などのエコシステム、またそれらの基礎となるブロックチェーン技術の発展やtokenizationなどの新たな活用と表裏一体で議論が進んでいく、とてもダイナミックな政策分野です。文字通り、国境を超え、政府と伝統的な金融セクターとフィンテックセクターで、同時並行的に議論が起こっているテーマについて、信頼に足る分析と提案を国際公共財として提供することは、国際機関としてのIMFの真骨頂ではないかと思っています。
Q. IMFでの仕事において、財務省での知見は、どのように活用されているのでしょうか。
A. 私がこのような貴重な機会を得られたのも、日本の財務省で培った様々な知見・人脈の賜物です。財務省では、税制・予算などの財政政策のみならず、銀行監督や為替政策について幅広く学ぶ機会を得ました。また、IMFや世銀での理事会業務を通じて、国際機関の主要な政策に関与することもできました。日本の財務省での経験は、IMFでの業務において非常に重要な基盤となりました。
その中でも、財務省国際局でのG7/G20関連の経験が、直接的にはとても役に立ちました。例えば、日本が2019年に議長を務めたG20財務大臣・中央銀行総裁会議の事務局として務めていた際、2019年6月にFacebook(現Meta)によるLibraというステーブルコインの発行計画が発表されました。この時、暗号資産のマクロ経済リスクについて、G20としてIMFに分析を要請する議論をまとめました。その後、IMFで勤務を開始した際、日本政府による信託基金を活用し、CBDC Handbookの作成プロジェクトを開始し、当時、日本が議長国を務めたG7から幅広い支持を得ることもできました。このように、日本の財務省とIMFの連携を通じて、国際的な政策課題の議論に貢献できたと自負しています。
私は、財務省からの期限付き出向(Secondment)という形でIMFで勤務しているため、いずれは財務省に復職することになります。IMFでCBDCに関連する業務を通じて、国際的な協調の重要性とIMFの担うべき役割に理解を深められたことは、日本の財務省での今後の仕事に大いに役に立つと確信しています。
Q. 学生や若手社会人に向けて、キャリアについてのアドバイスがあれば、宜しくお願いします。
A. 他の方々の記事も読まれて、IMFでの仕事に関心をもたれた方に向けて、僭越ながらキャリアアドバイスをさせて頂きたいと思います。
そもそも、IMFに入るには、エコノミスト・プログラム(EP)、ミッドキャリア(職務経験者向けの中途採用)、上述のSecondmentと三つのオプションがあります。EPは経済学等の博士号、ミッドキャリアとSecondmentには、修士号以上の学位と実務経験の両方が求められます。
これを踏まえると、以下のようなことが言えると思います。
・まず、大学では、国際関係や経済学、法律などの分野を深く学ぶことが重要です。特にマクロ経済学が最も関連性が高いため、経済学部に進学することが可能性を高めると思われます。
・その上で、経済学博士号を取得しEPを目指すか、一旦、財務省か日本銀行に就職して経験を積んでミッドキャリア又はSecondmentの機会を探るかを判断するということになると思います。なお、財務省や日本銀行では海外留学の機会がありますので、就職前に修士号まで取ることは必ずしも必要ないかと思われます。
ちなみに、私は学部時代は法学部、修士号は経営学だったので、マクロ経済を学問として探究する機会に恵まれませんでしたが、その分は、多様な実務経験で補った、という風に、ご理解頂ければ幸いです。
Q. 世界のためにする挑戦とは何か、メッセージがあれば、宜しくお願いします。
A. IMFでのキャリアは、前人未踏の領域に挑戦し、国際的な影響力を持つ仕事に従事することを意味します。私たちは、日々、新たな課題に直面し、解決策を模索しています。しかし、その点では、国際機関も各国政府も、立場は違えど目指す方向は同じだと思っています。この記事を読んでくれたあなたと、いつかどこかで、共に国際的な問題に取り組むことを心から楽しみにしています。
青柳 智恵 アフリカ局エコノミスト
開発学から転向した民間出身の少数派エコノミスト
Q. まずは、自己紹介と、IMFに入ることになったきっかけをお願いします。
A. IMFのアフリカ局で、エコノミストをしている青柳智恵です。まず、私がIMFで働き始めた経緯と、今の仕事の面白さについて紹介させて頂きます。特に、経済・金融専攻の方だけでなく、国際協力や開発分野に興味のある方など、多くの方に興味を持って頂ければ嬉しいです。
思い返してみると、私は小さい頃から海外に興味がありました。そして、何がきっかけだったか、高校生の時に国際開発に興味を持ち始め、月刊誌やメーリングリストから情報を集め、クラスの友達を誘って部員3人だけの「国際開発クラブ」を立ち上げ、セミナーを聞きに行ったりしていました。この頃、国際開発の分野で働くという目標ができ、親を説得して大学から留学することに成功しました。私のように日本生まれ日本育ちの場合は、語学力や国際感覚を身に着けるために海外留学を経験することは重要です。私の場合は、学部時代にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA:University of California, Los Angeles)で国際開発学を勉強したことで、その後のキャリアの土台を築けたと思います。
学部時代の留学生活を通じ、色々な国の人と一緒に働くことに魅力を感じた私は、国際機関への就職が新たな目標になりました。そのためには、少なくとも修士号を取る必要がありましたが、まずは社会人になって(親に頼らずに)自分で学費を貯めるのが良いのではないかと思い、金融機関で働き始めました。今でこそESG(Environment・Social・Governance)投資が普及してきていますが、当時は、投資株を決める際には、その企業がどんな社会的インパクトがあるかということは、どれくらいの金銭的リターンが得られるかということに比べて、あまり重要な要素ではなかったのです。そのような中で、大学で習った国際開発の知識を生かすべく転職を考えていたところ、新聞の求人欄でIMFアジア太平洋地域事務所(OAP:Regional Office for Asia and the Pacific)のローカルエコノミストの募集を見つけ、より自分のやりたかった仕事に近づけると思い、応募しました。
※ OAPに関しては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・ 国際通貨基金 (IMF) アジア太平洋地域事務所 (OAP)
Q. OAPでは、どのような仕事をされましたか。
A. マクロ経済政策は、まさに「世を経(おさ)め、民の苦しみを済(すく)う」という「経世済民」に関する仕事です。OAPでの仕事は、そうした経済政策等に関連した、とても新鮮でやりがいが感じられる仕事でした。私がOAPで担当していた業務は、主に日本の構造改革分野でのモニタリングと政策助言を提供すること(サーベイランス)でした。本部から派遣されているシニアエコノミストと一緒に、労働市場、コーポレートガバナンス、格差問題などについての論文を書きました。また、本部からチームが来て日本の政策当局と協議する「対日4条協議訪問」に同行するなど、IMFのコアの仕事を垣間見ることもできました。次なるステップとして、本部で働くことを考え始めた時、やはり大学院に通う必要がありました。当時、まだ子供が小さかったので、引っ越しせずに通えるということを第一条件に、東京の政策研究大学院で修士と博士を取りました。結果的には、アフリカやアジアなどの開発途上国の官僚が多数学びに来ているとても良いプログラムで、試験勉強や卒論執筆で助け合ったり一緒に苦労した仲間とは、今でも連絡を取り合っています。幸いOAPで働き始めた時はまだ20代でしたので、博士号を取った後に、年齢制限があるエコノミスト・プログラム(EP)に応募することができました。
Q. EPでは、何をするのでしょうか。
A. EPは、日本の新卒採用に近いイメージで、博士号を取ったばかりで比較的短い職歴の若手を対象にしています。私のようにローカルエコノミストをしていた人や、IMFでインターンやリサーチアナリストの経験を持つ人がEPとして採用されるケースは少なくないようで、それらの業務を通じてIMFへの理解を深めることが次のステップにつながると思います。例えば、Japan-IMF奨学金(JISP:Japan-IMF Scholarship Program)という海外大学院の博士課程で学ぶ学生への支援制度では、有給の夏季インターンシップに参加することと博士課程終了後にEPに応募することが義務づけられていますが、これは日本人でIMFに就職したい場合には最適な方法だと思います。ミッドキャリア(職務経験者の中途採用)枠ではなく、EPでIMFに入るメリットとしては、最初の3年間で機能局と地域局という2種類の部署を経験できることがあります。私はEP期間が終わった時に、二つ目の配属先であった地域局(アフリカ局)に残ることにしました。
※ JISPに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ JAPAN-IMFスカラシップ・プログラム(Japan-IMF奨学金)とは
Q. IMFの仕事の中で、一番、やりがいがあった仕事は何ですか。
A. IMFの大きな役割の一つに、危機に直面する国に対する融資があります。特定のプロジェクトに対する資金ではなく、その国が経済の安定と成長の回復に向けて政策を実施するための資金の融資です。現在、私が主に担っているのは、ルワンダへの融資に関する業務です。新型コロナやウクライナ危機、そして国内での自然災害の影響などが重なり、物価の上昇や外貨が不足するなど、マクロ経済の均衡が崩れた状態に陥ってしまったルワンダですが、IMFの「貧困削減・成長トラスト(PRGT:Poverty Reduction and Growth Trust)」の下で、市場融資よりも十分に寛大な条件での融資(現在、ゼロ金利)を受けることができました。このIMFの融資とそれに付随するルワンダ政府の政策努力の約束が呼び水になって、他の開発パートナーからの資金も入りやすくなります。私が所属しているアフリカ局のルワンダチームは、経済分析や様々な融資に関連する条件の交渉を行い、理事会から融資の承認を得るとともに、その後の政策措置が実施されているかについて定期的な評価を行います。2023年12月の理事会では、気候変動に対するリスクの軽減を目的とした「強靭性・持続可能性ファシリティ(RSF:Resilience and Sustainability Facility)」による支援の継続に加えて、短期的な国際収支上のニーズを抱える低所得国に対する金融支援を目的とした「スタンドバイ・クレジット・ファシリティ(SCF:Stand-by Credit Facility)」による総額2.68億ドルの融資が新たに承認されました。
※ PRGT、RSF、SCFに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ Poverty Reduction and Growth Trust (PRGT)
・強靭性・持続可能性ファシリティ(RSF)
・スタンドバイ・クレジット・ファシリティ(SCF)
Q. 具体的な仕事としては、どのようなことが印象的ですか。
A. 具体的な業務で最も刺激的だと感じる仕事は、年に2-3回訪れる担当国への出張です。普段はワシントンDC のオフィスで仕事をしているのですが、出張中はスケジュールにびっしりミーティングが入ります。私は、ルワンダを担当しており、主な相手方はルワンダの財務省や中央銀行となりますが、他の政府機関や民間企業とも情報収集のためにミーティングをします。この出張を通じて、ルワンダ政府と担当セクターの予測をすり合わせたり、自分の分析をプレゼンして意見交換を行うなど最終調整をした上で、半年に一度のスタッフレポートをまとめていきます。最近、私が行った分析では、ジェンダーや気候変動についてのルワンダの取り組みに関するものがあります。これは、IMFが近年マクロ経済上重要だと新たに中核業務に取り入れた分野でもあるので、内外から嬉しい反響がありました。そして何よりも、ルワンダ経済を発展させて国民の生活の質を向上させようと日々頑張っている財務省や中央銀行の職員の方との対話は、いつもとても興味深いです。
Q. これを読んでくれている方へのメッセージがありましたら、宜しくお願いします。
A. これを読んでくださっている皆さんは、今、高校生・大学生でしょうか。それとも、大学院生や社会人でしょうか。現在の日本人IMF職員を見てみると、欧米の大学院で経済学の博士号を取るか、財務省や中央銀行での職務経験があるケースが多く、私のように開発学から転向したり民間企業の職務経験がある方は少数派のようですが、これを一例として、ぜひ様々なバックグラウンドを持った方に、IMFに興味を持っていただければと思います。
杉本 展康 金融資本市場局金融規制監督課副課長
キャリアは自分で決める!
Q. まずは、自己紹介をお願いします。
A. 私は、大学卒業後、生命保険会社に就職し、その後、公務員試験を受け直し、金融庁(当時は金融監督庁)に入庁しました。12年の金融庁での勤務を経てIMFに出向し転籍、現在、IMF勤務は11年目に入りました。その間、ノンバンク(保険/証券)の専門家として金融規制監督課に勤務し、2023年より、副課長に就任しました。2004年には、MBAを修了しています。
Q. 次に、現在の金融資本市場局(MCM:Monetary and Capital Markets Department)における職務について、教えて頂けないでしょうか。
A. 1990年代後半のアジア金融危機、2008年のリーマン危機を踏まえ、IMFでは、各国の金融セクターの監視を強化してきました。私は、MCMの中にある金融規制監督課に所属し、主に3つの業務に従事しています。1つ目は、各国の金融セクターの健全性を定期的に調査する金融セクター評価プログラム(FSAP:Financial Sector Assessment Program)への参加、2つ目は、途上国の当局向けの技術支援、3つ目はこれらで得られた成果をまとめ、国際基準の強化に携わる仕事をしています。金融規制監督課には、各国の金融庁又は中央銀行で金融規制監督の経験者を中心に構成されていて、現在36名が所属しています。残念ながら、現在では、私が唯一の日本人ですが、女性は副課長1名を含め16名おり、様々な地域からの出身者と一緒に仕事をしています。
Q. IMFで働く上で必要なスキルや経験は、どのようなものでしょうか。
A. 金融庁とIMFで求められる必要なスキル経験は、非常に近いと感じています。金融庁には、金融危機真っ只中に入庁し、当初は危機対応一色でしたが、数年後には金融の活性化にテーマが移り、リーマンやAIG(American International Group, Inc)危機、そして金融規制の抜本的強化と、数年に一度の異動も含め、全く異なる仕事をしてきました。IMFでは、この11年間、異動せず同じ課に所属していますが、金融システムの変化は早く、それに合わせて課の優先する事項も常に変わっています。私は、最初の数年は保険規制を主に担当していましたが、その後、保険ストレステスト、証券規制、Fintech対応、暗号資産規制、年金危機と、数年に一度変わってきました。そのため、求められる専門性は、変化し、深化しています。そんな中で、感じている一番重要なスキルは、このような変化を同僚と楽しく学んでいく積極性、主体性ではないかと思っています。
Q. IMFを志望された動機について、どのようなものであったのでしょうか。
A. IMFの魅力は、190ヶ国を超えるメンバーの金融システムの安定のために仕事ができることです。1990年代後半に、日本の金融システムは不良債権問題に苦しんでいました。また、リーマンやAIG危機を踏まえて、証券保険規制監督の強化は、日本の金融庁にとって非常に重要なテーマでした。そうした時代の金融庁の役割は、非常に大きなものでした。金融庁が直面していた課題と同じような深刻な問題を抱える当局が、世界には多くあります。そのような当局と議論をし、問題解決に貢献していくIMFの役割は、とても重要であると感じています。
Q. 採用試験の準備としては、どのようなことが必要なのでしょうか。
A. 採用試験の準備として、ありがたいことに、IMF経験のある先輩にレジュメを見てもらったり、英語のインタビューの練習をしてもらうなどの準備をして臨みました。面接前夜は、一睡もできなかったことを昨日のことのように覚えています。合格後、面接官に採用された理由を聞いたところ、特に準備をせず、本音で答えたいくつかの回答が決め手になったそうです。金融庁で与えられていた日々の課題に真剣に取り組んでいたことが、結局は、一番大事な面接準備になったように思います。日々の仕事が忙しすぎて、とても準備なんかできない、今回は応募はやめようなんてと思っている貴方、仕事が充実している今こそが、IMFへの道が開ける好機かもしれません。
Q. IMFでのキャリアパスは、どのように決まっていくのでしょうか。
A. 日本の役所とIMFの大きな違いは、キャリアは自分で決めるところにあると思います。大きなプロジェクトは、基本、社内公募でメンバーが決まるので、部署の異動がない場合でも、今年何をすることになるかは自分で決める必要があります。金融庁にいた時は、自分から志願しなくても、どんどんチャレンジングな課題が降ってきたことが懐かしいです。私は、迷ったら常に一番きつそうな仕事・プロジェクトを選ぶようにしています。大事なプロジェクトは、往々にして一回では終わりません。その後も似たプロジェクトがやってきますので、最初は苦しいかもしれませんし、その時点でははっきりとした成果が出ないこともありますが、その努力は、その後のプロジェクトで報われことが多いです。もう一つ心がけていることは、分をわきまえることです。興味本位だけで自分の専門性を大きく逸脱したプロジェクトに入ることは避けるようにしています。自らが貢献できる内容が何かあってこそ、他のチームメンバーから相互に学び成長し、人間関係も深めていけると思っています。
Q. ワシントンDCでの生活は、どうでしょうか。
A. 私は、ワシントンDC郊外(バージニア州)で、子供2人を含む家族で生活をしてきました。各国の大使館や国際機関の存在のお陰で、私が住む周辺も国際色豊かなため、妻と子供たちもスムーズに溶け込むことができました。日本人家庭は少ないですが、中国、韓国、ベトナム、インドからの移民はとても多く、日常品スーパーやレストランなどを含めて、アジア人コミュニティーに助けられています。また、上司達も、本人や家族が母国とは離れたこの地での生活になじむことや、母国に残してきた親や家族の事情などについて配慮をしてくれる雰囲気があります。日本の役所と比較して、国会待機などによる時間的な制約が少ないため、毎日の運動や家族との時間を大切にすることができます。
Q. 最後に、IMFへ就職を考えている方へのメッセージをお願いします。
A. IMFで働く職員には、多様なステージの人がいます。学部を卒業してすぐに次の学位をとる前に実務経験を得たい20代前半のリサーチアシスタント、博士課程を修了して入ってくる30代のエコノミスト、私のように各国当局や民間金融機関の勤務経験を経て中途採用される30代後半からの専門家、各国当局のマネージャーを経てリタイアを前に国際貢献をしようと入ってくる50代の専門家。いずれの方々も、それぞれの経験や今後のキャリアパスを踏まえて、充実した時間を過ごしています。IMFの採用は、とても倍率が高いため、希望したような結果にならないこともあるかと思います。一度アプライして成果が出なかったとしても、それで諦めず、機会がある度に是非挑戦して頂きたいと思います。
IMFでは、より多くの方にIMF職員の意見などを知って頂くために、ブログを公表しております。小職も以下二つのブログを執筆しております。共に日本語への翻訳文がございますので、ご覧いただけますと幸いです。
・暗号資産の広がり
・急成長を遂げる2兆ドルのプライベートクレジット市場、監視の強化が必要
袴田 麻衣 西半球局エコノミスト
エコノミスト・プログラムを通じて目下、研鑽中!
Q. まずは、自己紹介をお願いします。
A. エコノミスト・プログラム(EP)の2年目で、最近まで一つ目の配属である調査局(RES:Research Department)のMacro Financial Divisionにおいて勤務していました。2024年3月より、二つ目の配属として西半球局(WHD:Western Hemisphere Department)にてパナマと、セントビンセント及びグレナディーン諸島担当となりました。2013年に、慶應義塾大学にて法学士を取得し、2013年から2014年にかけて、シティグループ証券で勤務しました。その後、2016年に早稲田大学にて経済学修士を取得し、2023年にUniversity of California, Santa Cruzにて経済学博士号を取得しました。 博士課程への進学にあたり、Japan-IMF奨学金(JISP:Japan-IMF Scholarship Program)を受給しました。
※ JISPに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ JAPAN-IMFスカラシップ・プログラム(Japan-IMF奨学金)とは
Q. EPでは、どのような経験をされましたか。
A. 冒頭で自己紹介しましたとおり、最近まで、EPの一つ目の配属でRESのMacro Financial Divisionにて勤務していました。博士課程の間に金融政策やマクロファイナンスの研究を行っていたことから、当部署への配属となりました。主な業務内容としては、部署内で決定したテーマでの研究プロジェクトや個人での研究プロジェクトに取り組むとともに、各国のカントリーレポートのレビュー(再評価)を行っていました。部署内での研究プロジェクトは、インフレーションが銀行の収益性に与える影響についてでした。特に、2008年の金融危機以降の長期の低金利の局面にあった世界の銀行が、パンデミックが終了して以来のインフレ率や金利の上昇を受けて、どのような影響を受けたのか、といった問いに、主に各国の銀行レベルのデータを使って答える研究を行っており、その中で私は、主にメカニズムの理論的説明などを担当していました。特に、私が所属していた部署では、個人の研究を進める時間も与えられており、博士課程のディサテーションなどを進めて、アカデミックジャーナルへの出版を目指すエコノミストも多くいました。私の個人の研究としては、金融政策の遅延が社会厚生に与える影響の理論的分析や、通貨ミスマッチが企業の借り入れ条件に与える理論的分析などを行っています。そして、これらの研究をアカデミックジャーナルに提出したり、外部のコンファレンスやセミナーで発表する機会もありました。私は、ブラジル、イギリス、日本にて発表しました。また、RESでは、局全体や部署レベルでのセミナーが毎週あり、世界中から発表のために訪問する研究者たちと活発的に交流する機会もありました。
最後に、カントリーレポートのレビューでは、担当国である中国とレバノンのミッションに関する報告レポートにおいて、中国については、主に金融セクター部分を、レバノンについては、全般に関してレビューを行っていました。IMFでは、各担当国のエコノミストが書いたミッションのレポートを他部署のエコノミストがレビューをするという仕組みになっています。一つ目の配属では、かなり分析的側面が強かった一方、3月より始まった二つ目の配属では、国の担当エコノミストとして、オペレーションに注力した業務となり、EPの期間全体を通じて、IMFエコノミストとして幅広い経験を得ることができるようになっています。
Q. インターンシップでは、どのような経験をされましたか。
A. JISPの一環で、博士課程三年目の夏にIMFの博士課程学生向けのインターンシップに参加しました。IMFのエコノミストとして採用されるにあたり、インターンシップをした経験は、大変有意義でした。IMFのインターンシップは、通常、一つの研究プロジェクトを、アドバイザーとなる担当エコノミストと共同で行っていきます。私は、金融危機以降の企業の投資の低下が中長期的な生産損失に与える影響について、実証的、理論的に分析する研究プロジェクトを、能力開発局(ICD:Institute of Capacity Development)のエコノミストと共に行いました。私は主に動学確率一般均衡モデルや自己回帰、パネル回帰分析のコーディングを担当しました。インターンシップの最後には、局全体のセミナーで、研究を発表する機会があり、そこで受けたフィードバックを反映し、その後、IMF内のワーキングペーパーとなり、現在は、アカデミックジャーナルで査読を受けています。インターンシップでは研究の機会のみならず、IMF内での様々なデータについて学んだり、多数の部署のエコノミストと話をする機会があり、IMFでのキャリアの多様性や、部署間の関係性を学び、EPの志望動機を深めることができ、大変貴重な経験となりました。
Q. なぜIMFエコノミストを目指されたか、教えて頂けないでしょうか。
A. 大学学部時代、専攻は法学でしたが、金融や経済に興味があったことから、学内の金融系のゼミや金融機関でのインターンシップに参加し、将来的に国際的な場面で金融や経済に関わる仕事がしたいと考えていました。そして、学部3年の時に、東京で開かれた2012年IMF世銀年次総会に参加した際、IMFのエコノミストのスピーチや分析に触れ、IMFのエコノミストとなり、実社会に影響のある形で経済の分析をしていきたいと考えるようになりました。学部卒業後、外資系の証券会社で働き、経済学博士課程を持つ米国本社のエコノミストと共に働く機会を通じ、海外で経済学を学び、応用したいという気持ちが更に強まり、アメリカで博士課程を取得し、IMFのエコノミストのキャリアを目指すことに決めました。IMFには、私のように学部時代に経済学とは全く関係のないことを勉強していた人も一定数いますので、興味がある方は、ぜひ諦めずに目指していただきたいと思います。
土屋 木の実 コーポレートサービス局翻訳者
たった一人の日本語翻訳者、情報発信で日本に輝きを!
Q. 自己紹介とこれまでのキャリアを教えてください。
A. コーポレートサービス局言語サービス課で2年半ほど働いています。言語サービス課は、IMFのエコノミストが書いた報告書や、「世界経済見通し」などの旗艦出版物を6言語に翻訳して世界に発信しています。また、機械翻訳・AI技術の導入や、年次総会などの繁忙期の業務体制、他の国際機関の言語サービスの動向について協議します。
IMFの前は、共同通信社のワシントンDC支局に勤め、IMFが取材先のひとつでした。そのため、IMFの取り組みを理解していたほか、同通信社に在籍中、英ロイター通信社からの依頼でロイターの英語記事を要約し日本語に翻訳していたため、英日翻訳のスキルが身についていました。遡れば、日本の大学を卒業してからは東京でPR代理店に就職し、数年後、米国カリフォルニア州のモントレー国際大学院に進学しました。卒業後、ワシントンDC支局での就職が決まったため、東海岸に渡った際、取材先のIMFという機関に魅了されました。当初の専務理事だったクリスティーヌ・ラガルド氏の優雅な立ち居振る舞いとオーラに惹かれたことも否めないのですが、強い使命感を持って世界の問題解決に全力を尽くすIMFに魅力を感じました。「ここで働きたい」と思いながらも、そう簡単に機会は訪れませんでした。何年も経った頃、大学院の先輩から、同じく同窓生であるIMFの日本人翻訳者を紹介されました。その方がなんと、後任を探していると聞き、応募してみたら、試験と面接がスムーズに進みました。きっと、今までの経験が採用に役立ったのではないでしょうか。
IMFで採用が決まった際、今までの仕事は好きだったので、迷いもありました。最長4年という職であったことも気がかりでした。ただ、機会が訪れれば何でもやってみよう、という精神で引き受けました。期限なしの雇用形態に変える努力もすると決心しました。
Q. どのような仕事をされていますか。
A. 私の役割は、英語の出版物を分かりやすく自然な日本語にすることです。少なくとも、仕事を始めるまではそう思っていました・・・。IMFで働くことを決めた際の意気込みは良かったものの、入ってからは結構苦労しました。日本語翻訳の需要は他言語と比べて少ないため、日本語翻訳者は私一人です。他言語のチームが手分けする作業を川上から川下まで担い、業務内容は翻訳以外に、プロジェクトマネジメントから校閲、DTP(印刷物のデータ制作)、フリーランス翻訳者のトレーニングなど多岐にわたるほか、機械翻訳や用語ベースの強化に関するさまざまな作業部会に参加することが求められます。そのためにアドビの編集ソフトの使い方を学んだり、翻訳支援ツールの知識を深めたりしました。
そして何より、4年以降も残ってもらいたいと思ってもらえるように、日本語翻訳以外の仕事をたくさん担いました。ダイバーシティ&インクルージョンを促進するための委員会や、IMFのインターナルコミュニケーション用のプログラムに参画しました。翻訳業界におけるAIの最先端技術を知るために出張で国際会議に参加し、テクノロジー用語で頭がパンクしながらも同僚とともに報告書を作成したこともありました。ひたすら奮闘する中、最近、雇用形態を切り替えてもらえました。
Q. 仕事のやりがいを教えてください。
A. IMFで仕事を始めて2年半が経った頃、ふと中国人の上司に「仕事は楽しいか」と質問されました。政治的に正しい回答は、「非常に楽しんでいます」であったと思うのですが、馬鹿正直な私は適当かつ「素敵」な返しができず、手に負えないと感じることもあると正直に伝えました。一方、今でも業務に精進し、生き生きと仕事をしているのは、やはりこの環境が大好きだから、と、これも正直に言いました。ペルー人とスペイン人、エクアドル人などとカープールをして、ヨーロッパや中南米の美意識について語りながら会社に行くこともあれば、席が近いフランス人からフランス語のスラングを学ぶこともあります。逆に私が日本の魅力を他国の人に伝える機会もあり、少しでも日本に興味を持ってもらえたときには充実感に満たされます。世界有数のエコノミストから直に学ぶ機会もあれば、高いプロ意識を持ちつつユーモアを忘れることのない同僚に感服することもあります。
そして何よりも、日本が好きだからこそ、国際機関における日本の存在を大事にしたいという気持ちが強いです。日本語を話す人口は他言語と比べて少ないため、需要が低いと見られてしまうものの、日本語で発信する意味はあります。それは、英語とフランス語、アラビア語、スペイン語、中国語、ポルトガル語と並んで、日本語で情報発信することで、IMFへの出資率が米国に次ぐ2番目である日本が、誇りを持って堂々と存在感を発揮することです。エコノミストが主役の機関で、日本語翻訳者が果たす役割は小さく、地味であるものの、日本に世界で輝いてほしいという思いで、やりがいを感じます。
英文の報告書や旗艦出版物を日本語で伝える使命に加え、国際機関における日本の活動を、日本および世界で活躍する同胞に広く伝える広報の一環となればという思いもあります。金融の安定と国際通貨協力、経済成長の促進などの大きな課題に世界が立ち向かう中、日本はどのように貢献しているのか。そこに焦点を当てた報告書も英語と日本語で出しています。
Q. エコノミストの方以外にも、IMFのキャリアを通じて、メッセージがあれば、宜しくお願いします。
A. 日本が、そして日本人が貢献できることはたくさんあります。IMFが取り組む課題が壮大過ぎて、個人レベルで関連性を見出すのは難しいかもしれません。国際機関で働いていると、国として、職員として、個人として、さまざまな面で日本が寄与していると感じます。まず国として、非常に多くのリソースを拠出しています。職員レベルでは、勤勉で誠実な日本人ならではの働き方で多くのチームを支えています。個人と個人の関わりの中で、別の国の人を助けることもあります。相手が必要としていることを察知する能力は日本人の特徴ではないでしょうか。日本が好きで日本にいる皆さんに、是非、日本の底力を世界で発揮していただきたいです。
𠮷田 昭彦 アジア太平洋地域事務所長
世界経済の安定を支える仕事の魅力を地域で広める
Q. まずは、自己紹介をお願いします。また、これまでのキャリアを教えてください。
A. 私の場合、多くの方とは少し違った経歴をたどっています。1992年に、日本の財務省(当時の大蔵省)に入省し、2022年11月末まで、省内外の様々な部署で勤務しました。その過程で、2009年から2013年まで、アジア太平洋局(APD:Asia and the Pacific Department)の審議役としてIMFに出向し、太平洋島嶼国(マーシャル共和国、ミクロネシア連邦)のミッションチーフを務めたり、域内加盟国向けの技術支援計画の策定に関わりました。IMF出向からの帰国後は、財務省や金融庁で、専ら国際関係部局での仕事に従事した後、2022年12月から、IMFのアジア太平洋地域事務所(OAP:Regional Office for Asia and the Pacific)の所長として勤務しています。
Q. IMF本部に勤務された4年間の中で、印象に残っていることを聞かせてください。
A. タイのバンコクに、周辺国への技術支援のためのIMF事務所を新たに設立するという話が持ち上がり、局内で責任者として指名されました。直近に参考になる前例もなく、局内でアドバイスしてくれる人もほとんどいない中、関係部署の有識者らしき人達を訪ね歩きながら、何とかタイ当局との合意文書調印にまで漕ぎつけ、安堵したことを、今でも鮮明に覚えています。また、赴任中の2011年には東日本大震災が発生し、アジア太平洋局のセキュリティ担当者として、(現在所長を務めている)OAPのスタッフの安全確保や災害復旧計画の見直しなどにも関わりました。これらの場面は、いずれも典型的なエコノミスト業務からは外れるものの、法学部出身であること、財務省の様々な部署で管理業務を経験していたことなどが役に立った事例だと思います。 また、当時6歳と3歳だった2人の息子と妻を帯同して渡米し、異なる文化習慣に戸惑いながらも、家族で過ごす時間を増やせたことも有難い経験です。お陰様で、二人の息子はある程度の英語を身に着け、妻はスミソニアン博物館のボランティアガイドとなり、私は多忙だった課長補佐時代に積み上げた家族への負債を(完済でないにせよ)随分返済しました。
Q. OAPではどのような仕事をされていますか。
A. OAPは、IMFでは数少ない、地域事務所というカテゴリーなので、なじみの薄い方も多いと思います。アジア通貨危機真っ只中の1997年に、アジア太平洋地域とIMFとの距離感をできるだけ縮め、相互理解を促進しようとの意図から、東京に設立されました。ワシントンDCのIMFスタッフによる日本訪問のサポートのほか、域内で開催される国際会議への参加、IMFの経済分析を紹介したり政策担当者間の意見交換を促したりするセミナーやコンファレンスの開催、IMFの報告書や刊行物の広報活動、アジア行政官向けの奨学金プログラムの運営など、幅広い業務を行っています。
Q. IMF本部での仕事と比べ、OAPでの仕事にはどんな特徴がありますか。
A. 利点としては、東京の快適で便利な住環境を享受しながら、国際機関の職員として豊富なデータや人的リソースにアクセスできるという、いわば「いいとこ取り」ができるということです。逆にチャレンジングな点としては、IMF本部とのやりとりは13~14時間の時差を超えて行うことになり、ワークライフバランスが圧迫されがちになることや、本部での議論をリアルタイムでフォローしにくいことでしょうか。IMFの職員は、世界銀行など他の国際機関と比べても、ワシントンDCの本部に勤務する人が大多数で、何事もワシントンDCを中心に回っている要素が強いので、この点ではハンディを負っているとも言えます。例えば、当事務所が4つのパートナーシップ大学と協力して運営しているアジア行政官向けの奨学金プログラムなどは、域内の受益国や卒業生からは高く評価されていますが、ワシントンDCの本部での認知度はいまだに低く、これをどう高めていくかというのも事務所としての大きな課題です。
Q. IMFでの勤務を目指す日本人にとって、OAPでの勤務はそのための有効なステップとして考えられますか。
A. OAPで勤務するローカルエコノミストには、将来IMF本部で勤務するエコノミストを目指すことが奨励されており、そのような道筋を念頭に応募していただくことは歓迎です。ただし、OAPのローカルエコノミストであるからといって、IMF本部での採用が保証されたり採用過程で特別有利に扱われたりする訳ではないこと、小規模な事務所であるOAPのローカルエコノミストは少数かつ不定期にしか募集が行われないことは、予め理解しておいていただきたいです。
Q. IMFでの勤務を目指す日本人に対して、OAPではどのようなサポートを行っていますか。
A. IMFにおいては、多様性や包摂性の観点からも、過少代表地域・国からのスタッフの応募増加を期待しており、こうした地域・国に対してIMF本部の人事局担当者を中心とするリクルートメント・ミッションを派遣するなどして、潜在的な応募者の掘り起こしに努めています。過少代表国の一つである日本には、毎年、リクルートメント・ミッションが派遣されており、2023年には東京大学、一橋大学、早稲田大学を対面訪問したほか、大阪大学とのオンラインセッションも行いました。OAPでは、こうしたリクルート活動へのサポートを行うほか、各種キャリアセミナーに参加し、IMFでの就業機会について発信しています。 また、OAPでは、IMFの業務に関心を持つ大学生・大学院生をターゲットとして、2泊3日の合宿形式で、IMFがどのようにファイナンシャル・プログラミング等の経済分析ツールを使用してマクロ経済問題の分析や政策提言を行っているかを体験してもらう、「エコノミスト養成プログラム(MTP:Macroeconomist Training Program)」を実施しています。例年、春、夏、冬の3回開催しており、春コースは日本語、夏・冬コースは英語による講義が行われています。 更に、日本国外の大学でマクロ経済学の博士号を取得し、IMFエコノミストとなることを目指す日本人学生向けに、IMFの能力開発局(ICD:Institute for Capacity Development)が事務局を務める奨学金プログラム(JISP:Japan-IMF Scholarship Program)が用意されており、OAPとしても周知に努めています。同プログラムでは、博士課程のうち2年間にわたって、履修に必要となる合理的な経費が支給されます。
※ MTP、JISPについては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・ エコノミスト養成プログラム
・Japan-IMF 奨学金プログラム
Q. IMFでの勤務を考えている方々へ、メッセージがあればお願いします。
A. 財務省に入る段階で、自分が将来、国際的な仕事をするとは思ってもみませんでした。ましてや、IMFで二度も勤務するなどは、想像のはるか外側にあった世界です。しかし、他の方のキャリアパスを見ても分かるとおり、IMFスタッフとなるための道筋は、決して単一ではありません。経済学の博士号を取得して、正面からエコノミスト・プログラム(EP)を目指す道もあれば、私のようにミッド・キャリアとして参加する道もあり、また、エコノミスト以外の専門職種で活躍している日本人スタッフも多くいらっしゃいます。どのような経路であれ、IMFの一員となり、世界経済の安定という国際公共財を提供するために多様で魅力的な同僚とともに汗を流せることは、大変やりがいのある仕事だと思いますし、勤務条件や福利厚生も他の公的機関と比べて決して見劣りしないと思います。未来の経済社会をより良くしたいという意欲にあふれる日本の若い方々に、一人でも多く、将来の勤務先としてIMFを志していただきたいし、また、そうしていただけるよう、東京に所在する地域事務所として、できるだけの支援を行っていきたいと考えています。
シリーズ第2弾
木下 祐子 財政局審議役
女性が活躍できる国際機関
Q. まずは、自己紹介とこれまでのキャリアを教えてください。
A. 私は、現在、財政局(FAD:Fiscal Affairs Department)の審議役を務めています。2002年に、ミッドキャリアエコノミストとして、アカデミアから中途採用されました。それ以前は、ニューヨーク市立大学、プラハのカレル大学経済大学院のCERGE-EI(Center for Economic Research and Graduate Education - Economics Institute)で、国際経済を教えていました。IMFでの勤務は、もう20年以上になります。この間、IMFでは4つの局で経験を積んできました。最初は、能力開発局(ICD:Institute of Capacity Development)、その後に、欧州局(EUR:European Department)、アジア太平洋局(APD:Asia and Pacific Department)を経て、現在のFADにおります。2013年から3年間は、東京のIMFアジア太平洋地域事務所(OAP:Regional Office for Asia and the Pacific)の副所長として勤務しました。この間、IMFモンゴル非駐在代表を兼務しました。
Q. IMFとアカデミアでの仕事の主な違いは、何でしょうか。
A. どちらも経済博士課程を終えた大学院生の就職の選択肢ですが、アカデミアは、大学院で学んだ専門分野を深めるのに対して、IMFでは、専門分野をキープしつつも、実際の日常の仕事では包括的にマクロ経済政策を理解し、各国に具体的な政策提言することが求められます。そのため、マクロ経済政策上、大切になる新しいトピックを日々把握し、学ぶ必要があります。具体的には、アカデミアでは、個人の研究論文を発表することが主な活動であるのに対して、IMFではチームの一員として担当分野を受け持ち、チーム全体でレポート(第4条協議など)を作成し、完成させていくことになります。IMFの仕事は忙しいですが、毎日取り上げるトピックも刻々と変化していくので、とてもダイナミックな仕事です。私は、この4-5年は気候変動に関する財政政策を担当してきました。
Q. FAD では、どのような仕事をしているのでしょうか。IMFの気候変動政策とは、どういったものなのでしょうか。
A. FADは、財政政策に関わる政策提言、調査・研究、技術支援を行っています。私は、財政業務Ⅱ課で勤務していましたが、気候変動に関する専門的な政策助言をするニーズがメンバー国から増加するに従って、気候変動政策課を新たに設立することになり、数年にわたり、新しい課の設立準備に貢献し、副課長として勤務していました。その間、新興国や途上国に対して、気候変動に関する財政政策を技術支援していくための新しいツールを立案しました。その一環として、太平洋諸島のサモアの気候マクロ経済評価のパイロットを実施し、技術支援報告書をまとめました。最近では、アメリカやヨーロッパ、中国など大国間で盛んにおこなわれている脱炭素化を政策目的にかかげているグリーン産業政策の問題を研究・分析しています。
※ 著者が作成した気候変動の評価プログラムや技術支援に関する報告書については、以下のウェブサイトをご覧ください。
・Review of the Climate Macroeconomic Assessment Program
・Samoa Technical Assistance Report-Climate Macroeconomic Assessment Program
気候変動政策は、主に地球温暖化を緩和するために温室効果ガス排出量を削減する緩和政策と、気候変化に対して気候変動の悪影響を軽減するための適応政策があります。緩和政策では、温室効果ガスの負の外部性 に対応するための最適課税や、化石燃料補助金を削除するなどして経済の脱炭素化を促す財政政策を分析・提言しています。また、適応政策では、気候変動の適応プログラムへの公共投資を分析し、公共投資の影響を最大化するための有用な枠組みを提言しています。特に、気候変動や自然災害に最も脆弱な国では、地球温暖化に関する財政リスクを考慮して、中期的な公共財政管理やリスク管理が必要になります。
IMFでは、現在、FAD以外の他局でも、気候変動政策の様々な研究や提言が行われています。例えば、調査局(RES:Research Department)では、気候変動問題をマクロ動学モデルで分析したり、金融資本市場局(MCM:Monetary and Capital Markets Department)では、気候変動が金融システムにどのような影響を与えるかを測定する各国の銀行のストレステストなどを実施しています。
※ IMFが行っている気候変動政策に関する研究、提言は以下のウェブサイトをご覧ください。
・IMF and Climate Change
Q. IMFにおいて、今までの経験した仕事で、特に印象に残ったものは何ですか。
A. 私は、地域局と機能局の両方を経験してきましたが、それぞれ特徴があり、その仕事の多様性が、何よりもIMFの仕事の醍醐味といえます。特に一つに絞るのは難しいのですが、APDでは、OAPに勤務中、モンゴルの地域事務所の代表を兼務しており、頻繁に現地にミッションに行っていました。IMFの代表として、中央銀行総裁や財務大臣に対面で政策議論をする機会も多く、まさに政策立案にかかわることができたことは、とても貴重な経験でした。また、東京に来日した当時の専務理事ラガルド氏に同行して、日本の経済界のトップや安倍首相との面会に同席できたことは非常に印象深かったです。
Q. IMFの日々の仕事の中で、どんなことを感じますか。
A. 私の日本での学生時代の夢は、英語が話せるようになって世界中に友達を作ることでした。IMFは、そんな私の夢をまさに実現できる場所です。国籍や文化、母国語が異なるスタッフと仕事をする中で、毎日何か新しい気づきがあります。チームワークを成功させるためには、まず、そうした多様性を理解し受け入れて、お互いに歩み寄り協力する必要があります。たとえ意見が合わなくても、議論を重ねてチーム全体で合意に達することは、時には難しいですが、達成感もひとしおです。IMFの中で仕事をしていると、日本人であることを周囲の人々という鏡を通して再認識することも多いです。東日本大震災の後、IMFの中で日本人スタッフの有志で募金を集めて、皆で日本に送りましたが、その際に、本当にたくさんの同僚や上司が、被災された日本人のためにお昼休みに寄付をしに来てくれたことは、ありがたくて忘れられない思い出です。
Q. IMFでのキャリアを考えている方にメッセージがあれば、宜しくお願いします。
A. 世界経済が不安定化し、反グローバル化や地政学的緊張が高まる昨今、国際協力、連携の必要性はますます高まっています。国際機関の中でも、IMFは世界経済の安定化のために重要な役割を担っています。IMFは、刻々と変化する国際情勢の中で新しいニーズに応じて柔軟に進化している組織です。ジェンダーや気候変動、デジタル化など国際経済が直面する最先端の課題に取り組み、各国の政策に助言し貢献できる仕事は、とてもやりがいがあります。また、IMFではジェンダーの平等を目指す努力目標のもと、この20年間に、日本人職員内でも女性のスタッフ数はずいぶん増えています。子供が生まれてからも、女性が活躍しやすい職場だと思います。国際社会に貢献したい、専門分野を生かしながら、世界の人々の役に立ちたいという意欲がある若い日本の方には、ぜひIMF を志してほしいと思います。
齋藤 雅士 中東・中央アジア局シニアエコノミスト
多様な背景を尊重しつつ価値観を共有し、共に力を発揮できる場所
A. 神戸大学で学士号(BA)、英国で修士号(MA)、米国で博士号(PhD)を取得した後、2005年に、日本銀行に中途採用で入り12年間仕事をしました。2017年に、IMFにミッドキャリア採用で入り、戦略政策審査局(SPR:Strategy, Policy and Review Department)で5年間、中東・中央アジア局(MCD:Middle East and Central Asia Department)で2年間、働いてきました。
Q. IMFでは、これまでどのような仕事を担当されましたか。
MCDでは、エジプトのIMF融資プログラムを2年間担当しました。エジプトの経済状況の把握と見通し作成、マクロ政策と構造改革のアドバイス、IMFプログラムに付随する政策目標と具体的な政策遂行のステップのデザイン、政策・改革の進捗確認などを、チームの仲間と行っています。エジプトは、IMFからの融資額がIMF加盟国の中で2番目に大きい国です。
Q. IMFで働く上でやりがいを感じるのは、どのような時でしょうか。
A. 日本で働く場合も基本的には同じですが、チームワークが力を発揮した時です。IMFが日本とやや違うことは、チーム構成の多様さです。自分が所属するエジプト担当のチームには、欧州、米国、アジア、中東出身のスタッフがおり、経歴やスキルも違います。そうした違いを尊重し、互いの強みを活かすことで、大きな力が生まれます。そして、困難を乗り越えて、共に何かを達成できた時に、大きなやりがいを感じます。
エコノミストとしてのやりがいという点で言うと、2つ挙げられます。各国の政策担当者は、自分の国の状況や政策課題をよく知っていることが通常です。それでも、マクロエコノミストとして、経済全体を横断的に見て幅広い見方を示せた時に、IMFとして付加価値があります。例えば、金融政策と財政政策の両面からアプローチが必要な経済問題がある場合、これらを同時に見るマクロの視点が力を発揮します。別の例を挙げると、為替政策のあり方を考える場合、市場機能、対外バランス、金融システム、物価などへの影響を包括的に分析し、データ・エビデンスをもとにアドバイスできた際、やりがいを感じました。
また、各国の政策当局は、何らかの理由で、政策調整や改革に踏み込むことができなくなっている場合があります。そこで、中長期の視点であるべき政策の姿を提示し、その国の政策議論に影響を与え、政策の導入を後押しできた時、IMFで働く意義を感じました。
Q. IMFという組織だからこそ経験できることは、どのようなことですか。
A. これまで申し上げてきた点と関係して、多くの国から人が集まる多様性がある組織だからこそ、経験し学べることがあります。チーム運営やリーダーシップのあり方、コミュニケーションのあり方、ワークライフバランスに関する考え方など、国や文化によって違いがあります。そうした中で、IMFで仕事をすると、IMFスタッフが共有する価値観が少しずつ見えてきます。この価値観は、IMF内部で仕事をする時に加え、各国当局と接する際も同じです。こうした組織であるIMFは、Integrity、Honesty、Respect、 Inclusion、Impartiality、Excellenceの6つをCore Valuesとして設定しており、これらを尊重した働き方を共有しようとする姿勢を感じます。
更に、多様なバックグランドを持つ人が集まる組織だからこそ、IMFではリーダーシップやコミュニケーションに関する研修が充実しています。これに参加すると、自分の特徴や他の人との違いを認識します。その上で、自分がどの強みを活かし、どの点で成長する余地があるかについて、意識する良い機会となります。
Q. IMFに関心を持ったきっかけを教えてください。
A. 神戸大学3年生の時に1年間留学する機会があり、通貨危機の理論に触れる機会がありました。その留学が終わり日本に戻った直後に、アジア通貨危機が起こり、それを卒業論文のテーマにしました。IMFを知ったのは、その頃です。同時に、指導教官や先生方から刺激を受け、更に海外の大学院で経済学を学んでみたいと思うようになりました。米国での留学を終えてから入行した日本銀行では、特に、データを丹念に見ることの重要性、政策の後ろ盾となる調査の重要性について、仕事をしながら同僚や先輩から学びました。
このように、ルーツは大学生の頃にありますが、現在、IMFで仕事ができているのは、その後の日本銀行での経験や、色々と教えて頂いた方々との出会いをはじめ、偶然と幸運の積み重なりによるところが大きいです。
Q. ワシントンDCでの生活は、どうですか。
A. 地域のコミュニティーに2つ参加しています。1つは、Parkrunという、土曜の朝に5キロ走り、朝食を一緒にするコミュニティー(世界各地にあり、日本にもあるようです)。もう1つは、Montgomery Country Road Runners Club。このクラブのマラソントレーニングのプログラムで、日曜早朝に仲間やコーチと長距離を走ります。いずれのコミュニティーもボランティアで運営されており、自分も時々、時間計測などを手伝います。また、子供の学校行事やスポーツを見に行くことも楽しみです。子供が通う学校は大らかでアメリカならではです。更に、もう20年前(!)になる留学時にボストンで一緒に時間を過ごした友人や、過去に日本で一緒に仕事をした人と、DCでまた一緒になることも多いです。
こうした友人やコミュニティーをはじめ、色々な人に助けてもらえているからこそ、体調を崩した時や長期のミッションに行く必要がある時も含め、ここでの生活と仕事ができています。
Q. 最後に、IMFに関心のある人へメッセージをお願いします。
A. アメリカで長く生活しキャリアを形成することには、不安もあると思いますが、ワシントンDCでは、似た状況にある外国人が多く、そうした課題を共有し助け合える人がいると思います。また、既に日本でキャリアを積み重ねている方の場合、IMFに移ることで、どうなるのか考えることもあると思いますが、IMFだからこそ経験できることがあります。IMFに関心を持たれている方は、挑戦しましょう!
木下 紀明 統計局シニアエコノミスト
多様なメンバー国の現場で幅広い業務経験ができる唯一無二の職場
Q. まずは、自己紹介をお願いします。また、これまでのキャリアステップを教えてください。
A. 1987年に東京大学経済学部を卒業し、民間シンクタンクのエコノミストとして10年以上勤務しました。その間、英国ケンブリッジ大学に3年ほど留学し、財政政策の動学的マクロ経済分析に関する学位論文でPhDを取得しました。民間シンクタンクでの主な仕事は、マクロ経済見通しを作成するチームに所属して、日本・米国・欧州・旧ソ連東欧圏・アジアといった広範囲の経済を分析・予測することでした。
IMFでは、2001年1月に財政局(FAD:Fiscal Affairs Department)でミッドキャリア・エコノミストとしてキャリアをスタートしました。FADでは高所得国におけるIMFサーベイランスの財政政策関連のレビュー、財政政策の透明性のアセスメント、財政政策および公的債務のマクロ的な経済効果に関するリサーチに加え、ベトナム、モルドバ(旧ソビエト連邦の一部)、ガーナ、バングラデッシュの4か国のカントリー・チームで財政担当エコノミストとして働きました。
2007年央にアフリカ局(AFR:African Department)に移籍し、中央アフリカ共和国、続いてエチオピアを担当するカントリー・チームに入って、サーベイランス、貸付、債務削減といった業務を通じ、低所得国・最貧国・脆弱な国家において、債務の持続可能性を維持しつつマクロ経済の安定化と開発・成長を追求するために、IMFとして資金的なサポートを行うことに加え、マクロ経済政策・構造調整政策・債務管理政策などの面でのアドバイスを提供する仕事に従事しました。
現在は、2013年央に移籍した統計局(STA:Statistics Department)において、財政統計や公的債務統計の専門家として、公式統計を作成・公表するための能力開発をサポートする仕事が業務の過半を占めています。出張先としては、低所得国(例:アフリカのザ・ガンビアとザンビア)やエマージング諸国(例:モンゴル)があります。また、IMFメンバー国から統計データの報告を受けて、それをデータベース(財政統計は年次、公的債務統計は四半期)として公表し、一般の利用に供するため、提出されたデータを精査する仕事もしています。
Q. IMFの仕事においては、どういうやりがいを感じますか。
A. IMFでの24年余の勤務を通じて、最も大きなやりがいを感じていることは、開発途上国(低所得国・最貧国・脆弱な国家)から先進国(高所得国)まで、経済構造も制度も異なる多様なメンバー国を訪れ、経済政策立案や統計作成の現場で働いている加盟国の相手方(カウンターパート)と経済状況について話し合い、マクロ経済政策・債務管理政策について議論し、経済統計の能力開発のお手伝いをすることができる職場であるということです。IMFで働かなければ一生訪れることはなかったであろう国々に足を運び、カウンターパートと労苦をともにして作り上げた成果を共有する喜びは、何物にも代えがたいと痛感しています。
文化や行動様式の異なる国々からの出身スタッフと多国籍チームで働くことには、苦労もありますが、同時に多くの学びの機会にもなります。若手スタッフに対するメンタリングやコーチングを通じて、自分が培ってきた経験・知見をIMFの将来を担う世代の方々に役立ててもらう努力は惜しまないようにしたいと常々思っています。メンバー国で能力開発をサポートする仕事にも似たようなことが言えるかもしれません。日本で教育を受け日本の文化や日本的な行動様式を体得してきた身として、これらをハンディキャップとするのではなく、その良さを国際社会に知ってもらうことができるようにしたいという願い、人づくりと関係構築を通じて多様で包摂性に富んだグローバル社会の推進を担っているという自負を持ち続けたいと考えています。
Q. IMFの職務において必要となるスキルや経験はどのようなものがあるでしょうか。
A. このインタビュー・シリーズで紹介されているように、IMFには多種多様な職種があります。典型的なマクロ・エコノミストの場合は、マクロ経済学の理論と財政金融通貨政策の歴史や実務についての基礎知識が不可欠なことは言うまでもありません。IMFで研究論文を書くことを追求しないのであれば、PhDは必須ではないと思いますが、自分自身の学問的到達点として学位を取得することは大いに価値があるでしょう。経済学の学位をとるための勉強や大学卒業後も続けていた英語の勉強は、IMFで働く「基礎体力」としては必要なものであったと思います。しかし、職務において必要となる「応用力」はすべて、現場での経験を通じてオン・ザ・ジョブで習得したものです。個人的には、職業人(プロフェッショナル)としての覚悟、組織人に求められる普遍的な技能、これらの技能をオン・ザ・ジョブで習得・鍛錬するための心構えといった面を大切に考えています。英語によるコミュニケーション能力の必要性が強調されることが多いですが、私の持論は「日本人職員の多くは英語で自己主張することへの苦手意識を克服し、IMFで思い通りのキャリアを歩んでいる。そのための取り組みようはいくらでもあるので臆することはない」というものです。
Q. IMFを志望した動機やきっかけは、どのようなところにありましたか。
A. 私が学部卒業時に考えていたことは、経済学を学び続け、英語を習得して、「世界の中の日本」のいちエコノミストとして働いていきたい、ということでした。よもや十数年後にIMFで働くことになるとは思いもよりませんでした。英国に留学しPhDを取得した直後に、知人から「IMFのリクルーティング・ミッションが東京に来るので応募してみたら」と勧められましたが、その時、IMFについて知っていたことといえば、国際金融統計(IFS:International Financial Statistics)という全加盟国のマクロ経済・金融・通貨データを網羅した統計書を常時利用していたことと、世界経済見通し(WEO:World Economic Outlook)が半年に一度出版されること程度に過ぎませんでした。しかも、当時は1997~1998年のアジア通貨・金融危機において、IMFによる緊急対応と政策勧告が危機を悪化させたのではないかとの批判にさらされたことも記憶に新しく、民間シンクタンクの同僚の中には「今さらIMFに行って一体何の仕事をしたいのか」と問いかけてくる方もいました。このような経緯から、私の場合はIMFに応募したのも、IMFに転職することになったのも偶然の要素の多い巡り合わせによるもので、IMFでどのような仕事をするのかを十分にイメージしないまま飛び込んでしまった気がしています。
日本で大学の学部を卒業し、民間シンクタンクに職を得て、働きながら海外留学を叶えて学位を取得し、ミッドキャリア・エコノミストとしてIMFに就職するというキャリアパスは、必ずしも多くの人が通る道ではないようにも思います。私の周囲をみれば、大学院からIMFに就職する学究肌のエコノミストや、政府・中央銀行あるいは政府統計局でのキャリアを経てIMFに入る実務家スタッフやエキスパートが多数派です。これは日本人スタッフに限るものではなく、民間での就業経験を持つ人は数が限られることはほぼ間違いありません。私は、現場で起きていることへの興味、実務家でありたいという気持ち、そして民間シンクタンクで得た「クライアントのニーズありき」という信条を自分のキャリアパスの柱にして行こうと考えてきました。
Q. IMFへの就職を考えている方へのメッセージがあれば、宜しくお願いします。
A. IMFへの就職を考えている方々には、それを最終目標にせず、IMFでどのような仕事をしたいかを考えて欲しいと思っています。また、IMFスタッフになることは狭き門のようにも見えますが、関門を突破して入ってしまえば、後は何とかなるという気持ちでチャレンジして頂きたいと思います。
IMFに就職する多くの方が、10年を超える長期的なキャリアとして考えておられるのではないでしょうか。そうであれば、世界経済と国際通貨体制の長期的な姿と、その中でのIMFの役割についてイメージを描いてみることをお勧めしたいと思います。私がIMFに来た時には、20年以上も働くことになるとは思っていませんでした。目の前の仕事に自分のベストを尽くすことだけを考えて走り続けてきた気がします。10年後、20年後には、世界経済も国際通貨体制も大きく変貌している可能性が少なからずあると思いますし、IMFが組織として適応していくためにも、1人ひとりのスタッフが自分のキャリアパスとIMFの役割について、明確なビジョンを持つことが望まれます。
馬場 千佳子 アジア太平洋局シニアエコノミスト
政策分析と実務のバランスが面白い
Q. まずは、簡単な自己紹介やIMFを志望した動機について、教えてください。
A. 東京大学経済学部を卒業し、米国のウィスコンシン大学で経済学博士を取得した後、IMFにエコノミスト・プログラム(EP:Economist Program)で入社しました。エコノミストとして金融資本市場局(MCM:Monetary and Capital Markets Department)、アフリカ局(AFR:African Department)、欧州局(EUR:European Department)と経験させていただき、現在は、アジア太平洋局(APD:Asia and Pacific Department)で地域調査(Regional Surveillance)を担当しています。
大学に入学した頃に、アジア通貨危機や日本での金融危機が起こり、為替や経済危機、IMFの役割などを大学学部生の頃に学ぶ機会が多かったので、大学院を志望した時には国際経済を専攻しようと思っていました。更に、米国留学の際に、IMFから奨学金をいただくことができ、その流れでIMFの本部でのオリエンテーションやインターンシップなどを学生の間に経験させていただきました。こうした経験を通じて、IMFでの仕事は面白そうだというポジティブなイメージで就職するに至りました。
Q. IMFでのキャリアパスについて、詳しく教えていただけますか。資本取引規制に関する議論に関わられたとお聞きしましたが、どのような仕事をされましたか。
A. 最初の配属は、MCMの中央銀行課です。中央銀行実務の経験はなかったので、どのような仕事になるのか、あまり想像がついていませんでした。入社してしばらくした時に、上司がオフィスにやってきて、ブラジルで資本取引規制がかけられたことや、IMFの資本取引規制の経験や話し合いの流れなどを説明してくれた後、資本取引規制についての分析の仕事に関わるようになりました。その数年後に、資本取引規制に関わるIMFのInstitutional Viewが刊行されて、IMFの政策提言アプローチの大きな転換点の1つとなるのですが、その初期段階から関わらせていただく貴重な経験となりました。
資本取引規制は、IMFの歴史の中で、意見が分かれるトピックでした。IMF加盟国には、貿易の支払いなどの経常取引に制約をかけてはいけないという決まりがあるのですが、投資など資本取引に関しては約定の範囲外です。IMF設立当時は、為替の固定相場制をベースに、多くの国で資本取引が規制されていたことが背景にあります。しかし、ニクソンショック後に為替が変動相場制に移行し、金融取引の自由化と国際化が進む中で、為替相場の自由な裁定を促すためにも資本取引規制を撤廃していくべきという国々と、海外からの投資がもたらす恩恵とリスクをコントロールする術が欲しいという国々との間で意見が分かれていました。欧州連合(EU:European Union)や 経済協力開発機構(OECD:Organization for Economic Co-operation and Development)加盟国では、資本取引も含めた金融取引自由化が進められましたが、発展途上国は慎重な意見でした。アジア通貨危機の際には、危機前の経済成長で集まってきた海外投資家が一斉に資金を引き揚げて通貨経済危機に陥ったので、特に国内投資家の層が薄い発展途上国では、政策ツールが手元に必要であると考えることも理解できるところです。
さて、IMF内で資本取引規制へのアプローチを見直すことは決まっていましたが、その具体的な内容については、複数の局の担当者の間で長い話し合いがありました。当時リーマンショックが起こった後で、自由な市場に任せるリスクが大きく認識されていた時期でもあったので、何かしら規制をかけることに関しては反対意見はありませんでしたが、どういう枠組みが望ましいかについては意見が分かれました。経済モデルをもとにして規制を擁護する意見がある一方、資本取引規制が自国通貨の減価を通じて輸出競争力を増強する政策として濫用されてはならないという意見がありました。更に、過去の資本取引規制の経験は、必ずしも成功例ばかりではないので、政策デザインや資本取引規制以外に行われる改革なども注視されました。端的に申し上げますと、理論と実務の間での乖離を埋めることに多くの時間が割かれました。
その文脈で、私自身は、過去の資本取引規制の経済効果の分析を担当することになりました。実証研究のデザインやデータ、過去の研究との類似点相違点、過去研究の調査など、自分から上司に提案して了解は取りますが、自由に設計させていただきました。実際の実務経験が豊富な同僚と何度も話しながら、分析対象にしていた国でエピソードとしてはどのようなことが起こっていたか、実証分析結果が直観的に正しそうか、そうでなければなぜかなど、事細かに相談しました。併せて、政策の枠組みの話し合いにも混ぜていただき、実証研究結果の政策議論における活用方法についても勉強になりました。
振り返ってみると、大学院での研究と比べれば、トピック自体は新しいものでしたが、研究課題の設定の仕方、実行方法、プレゼンテーションなど大学院で勉強したことを割とそのまま活かすことができる良い経験になりました。IMFは、大学などのアカデミアとは違った公共機関なので、大学で研究してきたことをどれだけ活かせるのかと心配する質問を大学院生の方からよく受けるのですが、私は今までの経験が実務で生かせることを割と最初に経験させていただいたと思います。もちろん、研究だけが仕事ではないので、リサーチプロジェクトと同時に、レビューワークや加盟国の中央銀行への技術支援など、入社して1-2年の間で幅広い職務を経験させていただきました。
※資本取引規制に関するペーパーについては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・Capital-Flows
Q. マクロプルーデンス政策も担当されていたとお聞きしましたが、どのような仕事をされましたか。
A. その後に、同じ部署で、今度はマクロプルーデンス政策の枠組み作りに関わらせていただきました。政策ツールのデザインや運用方法に関するガイダンスをIMFとして発出することが決まった際に、流動性規制に関わる部分を任せていただくことになりました。マクロプルーデンス政策は、世界金融危機の後の規制改革の中で一気に重要度を増した新しい分野でした。先にお話しした資本取引規制も国外からの資本流入による流動性のコントロールという側面があるので、多少シナジーはありましたが、銀行のプルーデンス規制は、一からに近いほど文献や資料を勉強しないといけないことばかりでした。
マクロプルーデンス政策は、単体の銀行の規制監督(ミクロプルーデンス政策)では見過ごされがちなリスク(金融セクター内の相互関係や集中リスクなど)に対応することで、金融システム全体の安定性を向上させることを目的とした政策です。世界金融危機の後で議論が活発になりましたが、システミックリスクとは何か、マクロプルーデンス政策とは何か、どの政策機関が担当するべきか、どのようなツールがあってどのように使い、効果や副作用はどのようなものがあるかなど、実際に政策担当者に運用されることを想定して基本的な枠組みを整理したことは大変面白い仕事でした。これをきっかけに、金融セクター評価プログラム(FSAP:Financial Sector Assessment Program)やテクニカルアシスタンスでは、マクロプルーデンス政策の専門家として、政策の実際の枠組みや設定の仕方などを政策担当者と協議しアドバイスする仕事を、いくつかの国でやらせていただきました。
※マクロプルーデンスに関するペーパーについては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・Staff Guidance Note on Macroprudential Policy
Q. 資本取引規制やマクロプルーデンス政策の経験は、カントリー関係の仕事でも役に立ちそうですが、いかがでしょうか。
これらの知識は、その後に地域局に異動してカントリーエコノミストとして仕事をする際にも役立ちました。MCMからEURに異動してアイスランドを担当したのですが、金融危機を経た後のアイスランドでは、資本取引規制もマクロプルーデンス政策も大きな政策論点だったので、当局との政策協議の際に、そのまま専門知識を生かすことができました。例えば、マクロプルーデンス政策の決定機関のデザイン、銀行からの家計の借り入れへのリスク分析と規制のカリブレーション、金融危機後に刷新された外為法や銀行法など、金融機関のバランスシートの数字を見せてもらったり、法案などを直接読ませていただいたりして、改善点を当局と話し合いました。IMF内の専門家は、過去に一緒に仕事をしていた同僚たちであったので、社内での調整もスムーズにいったことを記憶しています。
Q. 現在は、地域全体のサーベイランスを担当されているとのことですが、その業務について、教えていただけますか。
A. 直近3年程は、EURとAPDの地域調査課で働いています。一国に集中してマクロ経済をモニターするのではなく、地域全体の動向をみて定期的にレポートにまとめるような仕事をしています。IMFの中では、加盟国それぞれにチームがあって割と独立して仕事をしているのですが、地域全体をみるチームがあることで大きな流れを俯瞰したり、共通の問題に対する政策アドバイスの整合性を高めたりする助けになっています。その中で、地域全体でその時々で問題意識の高いトピックスを深堀して分析するプロジェクトをいくつかリードさせていただきました。EURでは、コロナ後の高インフレや賃金インフレ、APDでは、もう少し長期的な経済構造変革についてのプロジェクトでした。入社してから最初の10年位はずっと金融セクターに関するトピックスが主な仕事であったので、もう少し広いマクロ経済のトピックスの分析を楽しんでいます。
※地域経済見通し(REO:Regional Economic Outlook)については、以下のウェブサイトをご覧ください。
・Regional Economic Outlook
Q. 最後に、IMFへ就職を考えている方へメッセージがあれば、お願いします。
A. IMFは、知的好奇心に満ちた人が多いと思います。様々な政策トピックスをカバーしているので、何かしら自分が興味がある分野の仕事があり、そこで多様なバックグラウンドを持つ同僚と意見を交換しながら、仕事を一緒に作り上げていくことは、とても刺激になります。経済学の大学院を経て、それを政策分析や実務に活かしたいと思っている方がいれば、ぜひ就職先として考えていただければと思います。
齋藤 美香 アフリカ局審議役
担当国の政府当局者と直接政策協議ができるユニークな仕事
Q. まずは、自己紹介をお願いします。齋藤さんは、博士号取得後に、一度アカデミア(大学)に就職されてから、IMF職員となられていますが、どのような動機によるものでしょうか。
A. 現在、アフリカ局(AFR:African Department)の審議役(Advisor)を務めています。大学は、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス(LSE:London School of Economics)を卒業した後、政府開発援助(ODA:Official Development Assistance)に関する調査・評価をする財団法人に4年勤めました。その後、国際開発機構(FASID:Foundation for Advanced Studies on International Development)の奨学金とJapan-IMF奨学金(JISP:Japan-IMF Scholarship Program)を頂き、コーネル大学で博士号を取得しました。インディアナ州にあるノートルダム大学で、助教授として勤めた後、2003年春に、IMF職員になりました。
IMFへの就職の動機は、3つあると思います。第1は、様々な国際機関の本部があるウィーンで高校時代を過ごした時の印象です。高校1年生の時に、父がサバティカルの半年をウィーンの研究所で過ごすことになった機会に、単身赴任の父の元へ行き、そのまま3年間インターナショナル・スクールに通いました。当時冷戦中だった西側と東側諸国の交流がわずかながらも続いている、とても希少な街でした。国際協力と世界平和の大切さを強く感じるようになったのはこの時期からです。第2は、出張先のカザフスタンの中央銀行で活躍するIMF職員との出会いです。ベルリンの壁の崩壊後のまもない時期であるにも関わらず、既に現地入りし国際収支(BP:Balance of Payments)関連の統計の技術支援をされていたIMF職員の方はすごいなと思ったことを覚えています。第3は、マクロ経済学の実践的な側面が本当に面白いな、第一線で仕事をしたいなと思うようになったことです。マクロ経済の講義の中で、1980年代の中南米の累積債務問題、1992年のポンド危機、1997年のアジア通貨危機のエピソードを学生に力説する、自分の熱意に気づくと同時に、アメリカ中西部で生まれ育ったミレニアル世代の学部生とのギャップを感じるようになり、IMFの中途採用のポストに応募して、IMFに就職するに至りました。
Q. アカデミアのバックグラウンドを多く持たれていますが、IMFにおいて、研究・リサーチ(Research)を続けることは可能でしょうか。また、研究・リサーチを続けることは、IMFの職務に、どのようにプラスになるのでしょうか。
A. 博士課程からアカデミアに進みたいと考えている方に、よく聞かれる質問です。IMFの業務の内容によっては、例えば、担当国で為替危機が発生するなど、研究・リサーチや論文作成のために時間を確保することが難しくなることは現実です。しかし、博士論文を学会誌に投稿するなどの時間を確保することは可能ですし、事実、私もそういう時間を確保してきていると思います。また、マクロ経済政策を実践する政府当局者と随時交流があるので、実践的なマクロ経済学の研究テーマ・データに恵まれた環境と言えると思います。
研究・リサーチを続けることがIMFでどのように評価されるのかという質問も、よく聞かれます。研究・リサーチや分析力(Analytical skills)は、職務上、とても大切ですし、毎年の人事評価でも重要視されています。また、分析結果をワーキングペーパーや学会誌の論文として発表しているという実績は、中長期的なキャリアアップにおいても、評価されていると思います。
※ 最近取り組んだ研究のテーマについては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・ E-money and Monetary Policy Transmission
・ Fiscal Dominance and Inflation: Evidence from Sub-Saharan Africa
Q. アカデミアから、IMF職員になられた後、IMFのマクロ経済政策の考え方の基礎となる、ファイナンシャル・プログラミングと政策(FPP:Financial Programming and Policy)やマクロ経済予測(Macro Forecasting)のような教材の開発に携わられたと理解していますが、マクロ経済政策に関して、IMFが開発してきた教材について、ご紹介頂くとともに、お薦めがあれば、教えて頂けないでしょうか。
A. IMFのFPPは、地域局のエコノミストが政府当局から送られてくるマクロ経済の統計やマクロ経済予測の“一貫性をチェックする枠組み”という受け止め方が一番適切かと思いますし、教材としてもお薦めです。地域局の仕事は通常4-5人のエコノミストでチームを組んで行います。それぞれが国民経済計算、財政勘定、金融統計、国際収支統計を担当し、これらの統計の一貫性のチェックします。また、そうすることによって、それぞれの国が直面しているマクロ経済の脆弱性、リスク、不安定要素を把握し、政策協議のたたき台とするというのがFPPの最も有益な使い方であると思っています。新規採用のエコノミストは、エコノミスト・プログラム(EP:Economist Program) の期間中に、中途採用のエコノミストも、採用後まもなくの時期に、FPPの訓練を受けます。今でも、ミッション・チーフの立場から、若い職員がFPPの枠組みをうまく使いこなせるよう指導を続けています。能力開発局(ICD:Institute for Capacity Development)では、政府当局者向けに、FPPはもちろん、それ以外にも様々な訓練・技術支援を提供し、充実した政策協議ができるように取り組んでいます。
※ ファイナンシャル・プログラミングと政策(FPP:Financial Programming and Policy)のオンライン・トレーニングについては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・ IMF Online Learning
※ ICDが提供する訓練・技術支援については、以下のウェブサイトをご覧ください。
・ IMF - Capacity Development Training
Q. AFRでは、ミッション・チーフを含め、どのような経験をされましたか。また、アフリカの国々に、ポリシー・アドバイスを行ったり、プログラムを組んだりする業務に従事されてきたかと思いますが、その仕事の醍醐味を教えて頂けないでしょうか。
A. 仕事の醍醐味は、政府当局者と長時間の政策協議を通じて、政府当局がマクロ経済政策を調整するの方針を固め、IMFの金融支援の元、マクロ経済改革・構造改革プログラムを実施し、その成果がインフレの緩和など、具体的な形でマクロ経済の安定に繋がった時だと思います。
現地訪問(ミッション)期間中、直面している経済状況が困難かつ複雑であればあるほど、解決策も容易ではないので、政府当局者と政策協議する時間が長くなります。特に、金融支援を新規で組む際や、金融支援の定期的な政策の実施状況を審査する際には、政府当局者との政策協議は、長時間になることが通常です。
また、政府当局者と政策協議に費やす以上の時間を、IMF職員と議論することに費やしていると思います。AFRには、セクター・トピック別に構成されているネットワークがあります。更に、毎週、シニアスタッフ・ミーティングがあります。これらのミーティングで、様々な国が直面している問題やその解決策について活発な意見交換が随時行われています。
AFRの国の多くは、政治経済上の制約や、人的資本上の制約があるので、大きな成果を短期間に出すことは困難であるのですが、少しでも良い方向に経済が動き出した時は嬉しいです。
※ 私がミッションチーフとして担当した国のエピソードについては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・Four Things to Know on How Liberia Is Reforming Its Economy Amid COVID-19 Malawi’s Plan to Create a Stable and Sustainable Economy
・Malawi's Plan to Create a Stable and Sustainable Economy
Q. IMFにおけるワークライフ・バランスについて、国際機関として、仕事面で厳しい面もある一方で、職員の生活にも配慮したものになっているかと思っていますが、どのように感じていますか。
A. IMFの仕事は厳しい面もありますが、仕事と家事育児が両立できる職場であると思います。例えば、私の娘は、2人とも、IMFの託児所育ちです。IMFの仕事が忙しいことは確かですが、4ヶ月の産休を終え、職場に戻った日から毎日一緒に4ヶ月の娘と通勤していた頃のことを思い出すと、とても懐かしいです。また、ワシントンDCは、大国の首都ではあるのですが、比較的小さい街なので、通勤時間という面ではワークライフ・バランスのとりやすい街です。とは言っても当時は、家に帰って子どもを寝かしつけた後は、私も一緒に寝てしまっていたように思います。
子どもがもう少し大きくなって家の近くの小学校に通い始めるようになってからも、IMFからdoor-to-doorでメトロでも20-25分、車では10-15分のところにあるアパートに住んでいたので、夕方6時には自分で子どもを迎えに行くことができました。その日にあった話をしながら、夕食・お風呂・就寝のルーティーンを済ませ、子どもが寝静まった後、夕方6時に中断した仕事を済ませることが日課でした。子どもが親の姿を見つけて校門まで走ってくる時期は、あの時期だけなんですよね。あの貴重な時間が持てたのも、当時のミッション・チーフやチームの同僚の理解があったからですし、こういう職場で働けてよかったなとつくづく思います。
ただ、海外出張は、きついですね。子どもが小さい間はもちろん、思春期に入ってからも2週間単位で家を空けるということは残された家族に多くの負担がかかるものです。祖父母に来てもらう、同僚の助けを借りる、出張がない又は出張の予定が立てやすい局に移動するなど、何とか工夫をしながら皆乗り越えていっているように思います。
IMFはワークライフバランスをうまく取りながら、やり甲斐のある仕事ができる職場であると思います。
石 光太郎 欧州局ミッションチーフ
様々な人との出会いを通して、自分が成長できる職場
Q. まずは、自己紹介をお願いします。
A. 石と申します。現在、欧州局(EUR:European Department)で、デンマークとマルタのミッションチーフを務めています。私は、一橋大学経済学部を1989年に、卒業後、日本銀行で10年程勤務し、1999年に、マクロエコノミストとして、当時のアジア太平洋局(APD:Asia and Pacific Department)で中途採用されました。その後、金融資本市場局(MCM:Monetary and Capital Market Department)、EUR、西半球局(WHD:Western Hemisphere Department)を渡り歩いたのち、EURに戻ってきました。IMFでの勤務は、いつの間にか、25年近くになります。
Q. どのようなきっかけで、転職されたのですか。
A. 学生の頃から、海外で働くこと、特に国際金融に携わる仕事に憧れみたいなものを抱いていました。ただし、どう応募したらいいのかよく分からず、敷居が高いんだろうなと思っていました。そんな折、転機は、1998年頃、日銀パリ事務所に駐在していた時に予期せずやってきました。たまたま、当時のアジア太平洋局長とパリのホテルで朝食を一緒にする機会があり、アジア通貨危機の見方や、日本の金融危機について、色々話したような記憶があります。朝食が終わる頃、もしIMFで働きたいのであれば、すぐに来ないかとの話が持ち出されました。突然の話でびっくりし、ちょっと時間をくださいと返事をしました。その後、家族と相談し、転職する覚悟を決めました。日銀からの転職がまだ少なかった時代、日銀パリ事務所の上司などに、かなり迷惑をかけてしまいました。
Q. IMFに移られたとき、特に苦労されたことはありますか。
A. まず、英語です。留学経験はありましたが、英語の実務経験はなかったので、正直苦しかった。最初、3年間程は、カンボジアチームに配属になりました。ミッションチーフは、人格ができたアメリカ人で、チームの雰囲気も良く、彼とのコミュニケーションは、問題なかったのですが、チームを超え、局での会議などでは、発言がうまくできず、議論も下手、メモを書いても、真っ赤な手直しが返ってきて、最初の人事考課では、コミュニケーションに関しては、散々な考課でした。これはまずいと思い、色々な人に助言を求めました。幾人から、職員向けのトレーニング・プログラムを受けた方がいいとの助言をもらい、発音、スピーチ、プレゼン、作文など、グループや個人レッスンを、時間の許す限り受けました。苦労もあってか、今では、公の場では、日本語より英語の方が楽ですね。作文に関しては、必要があれば、アメリカ人・イギリス人の部下が書いた文章でも、バッサリ直します。
次に、経済学です。ロンドンの大学では、経済学の修士号も持っているし、何とかなるのではないかと思っていたのですが、ちょっと甘かった。エコノミストの同僚は、4-5年かけて、博士号を取ってIMFに入る方が、殆どだったのですが、彼らと比べて、マクロ経済理論、財政論、計量経済に関する知識が劣り、私の議論の説得力は弱いと感じてしまいました。幸い、職場の近くのジョージワシントン大学が、パートタイムで博士課程をオファーしていることを知り、転職して1年たたないうちに、通い始めました。仕事との掛け持ちは正直きつかったのですが、まだ子供がいなかったこと、若かったこともあり、週末や休暇を殆ど勉強に充て、2年かけ、コースワークは終了、それから4年ほどかけて論文を仕上げ、無事、博士号を取得することができました。経済学を基礎からじっくり勉強し直すことができたので、思い返せば、貴重な投資であったと思っています。
Q. IMFで働くことの醍醐味は何ですか。
A. 仕事のスケールが大きいこと、先進国、発展途上国、島国など、色々なタイプの国の経済政策に携われること、また、仕事を通して、経済政策立案者、政治家、NGO、民間の起業家や経済学者など、様々な人に会えることです。
地域局での経験が長いため、技術支援を主にやっている人と比べれば、携わった国数は少ないですが、それでも、20か国以上で仕事をさせて頂き、様々な人と出会いました。人との出会いを通して、経済学について再考する機会を頂いたほか、人生、人間社会というものについても考えてきました。特に印象に残っている人の名をあげると、次の通りです(肩書は、当時のもの)。
イスラエル中銀総裁、スタンレー・フィッシャー先生。ドーンブッシュ先生やブランチャード先生とともに、経済学の大先生。2010年代前半、イスラエルチームにいた時、上司とともに、何度かお会いすることができました。IMFの副専務理事をされていた時は、遠い存在だったのですが、ミッションの時は、気軽に会って頂くことができました。イスラエル経済はもちろん、世界経済に関わること一般について、コーヒーを飲みながら、議論する機会に恵まれました。鋭い経済学者にもかかわらず、とても心の温かい人であったと覚えています。イスラエル中銀総裁の後、米国連邦準備理事会副議長になられ、ワシントンに帰って来られました。何度か、道でばったり会う機会があり、その度に、「どう、頑張ってる」と気軽に声をかけてくださいました。
イギリス財務大臣、ジョージ・オスボーン氏。10年程前に、イギリスチームにいた時、確か2度程、彼の公邸、いわゆるDowning Street11番地(10 番地は首相官邸)に上司について伺わせて頂きました。当時のイギリス政府は、財政再建に取り組んでおり、世界金融危機からまだまもなく、景気回復の腰を折らないようにしながら、再建のペースをどうするかが、IMFとの政策議論の焦点でした。当時のIMFの意見と比べ、財政規律を重視する政策を打ち出しており、意見が度々交錯しました。財政再建の重要性を熱く語るオスボーン氏の後ろをふと見ると、庭にお子さんのブランコやボールがころがっており、その場の雰囲気とチグハグだったことが印象に残っています。
Q. 最後に、一言メッセージをお願いします。
A. 日本を離れ、広い世界を見てみたい、色々な人と仕事がしたい、経済学を使って一旗揚げてみたいという方にとっては、是非お勧めしたい職場です。ただし、マクロエコノミストを目指す方は、経済の勉強と、英語の日頃の鍛錬に怠りがないように。
橋本 優子 戦略政策審査局シニアエコノミスト
国際支援と協調の枠組みのための政策決定の中心で働く
Q. まずは、簡単な自己紹介やキャリアパス、IMFを志望した動機について、教えてください。
A. 日本で大学院の博士課程を修了し、経済学博士号を取得した後、日本国内の大学で専任講師、助教授、准教授として、約10年弱にわたり、国際金融論、マクロ、ミクロ経済学などの講義を担当しておりました。学生の頃からIMFの存在は知っていましたが、当初は、大学院で博士号を取り、大学教員として研究に打ち込むという希望に向かって前進していましたので、IMFへの就職を考えたことはありませんでした。各国での国際会議やセミナーなどの場で、IMF職員と研究や経済動向についての話をしたり、IMFの刊行物に目を通す機会が増え、また、当時はアジア通貨危機も遠くなく、2007年のサブプライムローン問題を発端とした米国金融市場の混乱を直接に感じる時期でしたので、次第にIMFで仕事をするということに興味を持つようになりました。2009年に、ミッドキャリア・プログラムで、IMFに転職後、統計局(STA:Statistic Department)、調査局(RES:Research Department)、現在の戦略政策審査局(SPR:Strategy, Policy, and Review Department)と様々な職場で、国際金融市場動向や経済のリスク分析、政策提言、融資政策の見直しなどの業務に携わってきました。
Q. これまでのキャリアパスについて、少し詳しく教えて頂けますか。
A. 私は現在、SPRの融資政策部署にて、IMFの融資政策に関わる業務を担当しています。融資は、サーベイランス、技術支援と並んで、IMFの役割の中心をなすエリアです。IMF融資額は、クォータに比していくらまで借入が可能という形で決められますが、これは、借入国にとって、IMF融資に過大に依存せず必要な政策をとり、IMF融資が重荷(債務過剰)とならず、同時に、IMFの融資に割り振られる財源が一部の加盟国に偏らないため、リスク対策としての観点から定められたものです。私の部署では、いくつかの融資方法の中でも、一般資金勘定(GRA:General Resources Account)から拠出され、全加盟国が借り入れることのできる融資について、融資前や融資の途中のレビューにおいて、様々な政策面での検討を行っています。
この融資制度に関しては、パンデミック以降の世界的な経済見通しの不透明性の中では、経済、金融、社会潮流の大きな波にさらされている国が多く、IMFへの融資リクエストが増加していることから、2023年3月に、GRAからの融資におけるクオータ比率を引き上げ(1年)、そして、2024年3月には、これを2024年末まで延長することを決定しました。これらの決定は暫定的なものではありますが、同じタイミングで、第16次クォータ一般見直し(the Sixteenth General Review of Quotas)により、クォータ増額が承認されたことから、IMFの融資政策を包括的にレビューする必要が生じ、現在は、その準備作業を行っています。前回の包括的見直しが行われたのは2016年で、その時から世界経済や社会状況が大きく変わり、テクニカルな側面として、国際金融、貿易取引量や各国の経済成長率、インフレなど、多面的な観点から見通していく必要が生じています。また、融資政策として、各国での必要な経済政策と融資額の兼ね合い、公平性、IMFの可能なリソースといった点のバランスを図る必要もあります。IMF融資によって、加盟国が短期、中期的に国際的な債務支払いへのストレスを軽減し、その分を国内経済の回復や開発・発展に必要な投資に回すことができれば、その国の安定だけでなく、その国を通じた貿易や金融などの繋がりを通じて、地域や国際的な経済や金融システムの安定にも貢献すると考えられます。また、借入国からの返済金が、別の国への融資に回るというサイクルにもなります。融資を必要とする背景にある要因は国ごと、地域ごと、更には国内構造や主要産業の違いなど様々であるため、各国代表の意見やIMF内の各局の見方を取りまとめて練り上げていく必要があり、これは時間を要する大きなプロジェクトですが、とてもやりがいがある仕事です。
※ 最新のGRAの包括的見直しの決定については、こちらをご覧ください。
・Press release (2024/12/23) :IMF Executive Board Concludes the 2024 Comprehensive Review of General Resources Account Access Limits
・2024 Comprehensive Review of GRA Access Limits
※ GRAについては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・Financial Organization and Operations of the IMF : Pamphlet No. 45, 6th Edition
※ IMFの融資制度については、以下のウェブサイトをご覧ください。
・IMFの融資制度
また、異動前にいたSPR内の対外政策部署では、年に1度のフラッグシップである対外セクター報告書(ESR:External Sector Report)に携わっていました。ESRでは、主要30ヶ国の経常収支バランスや、その裏側にある国内経済政策の分析を行っていますが、ESR対象国以外のIMFの加盟国についての分析も、毎年、理事会へ報告しています。新興国や途上国では、国際金融市場へのアクセスの制約があり、国際的な資金調達手段が限られることから、先進国に比べ、財政政策のフレキシビリティーが限られ、危機時における救済措置策が小規模になり、経済成長に必要な投資が不足するケースが、今回のコロナ禍で顕著に見られました。
現実に、借入国に向かい合うと、その多くでは、財政や貿易収支の悪化や対外債務が膨らみ、IMFからの融資だけでは、経済を立て直すのに相当の時間と努力がかかるケースが殆どです。例えば、過去に担当したマラウィでは、ガバナンス問題が根底にある中で、食糧、エネルギー輸入支払に必要な外貨が不足する状況となっていましたが、仮に融資をした場合のIMFへの返済の見通しが立たず、融資を進めるために必要な政策や債務超過への対応に関する交渉のために、エンドレスな会議が数ヶ月以上にわたって続きました。
※ ESRについては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・IMF External Sector Reports
更に、融資を必要とする背景や国が世界状況の変遷に伴い多様化していることから、2022年に新たに設立された強靭性・持続可能性トラスト(RST:Resilience and Sustainability Trust)による融資の立ち上げ段階にも携わりました。IMFでは初めての長期間の融資になり、気候変動やパンデミックなどへの対策に応じるための融資であるため、融資をリクエストした国々との議論には、IMF各局や世界銀行などと、一丸となって取り組みました。ガイドラインの作成も、真にLearning by doingの状況で、執筆者同士での経験や知恵を共有して、非常にインテンシブな作業となりました。融資が中心の部署で、国ごとの様々なケースに対応する中で、IMFとして、どういう対応ができるのか、望ましい国際金融システムはどういうものかということについて、日々考えています。
※ RSTに関するプレスリリースについては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・IMF専務理事、脆弱な国が直面する長期的な課題への取り組みを支援する「強靭性・持続可能性トラスト(RST)」の運用開始を発表
※ 強靭性・持続可能性ファシリティ(RSF:The Resilience and Sustainability Facility) については、以下のウェブサイトをご覧ください。
・The Resilience and Sustainability Facility (RSF)
Q. IMFでの業務に必要となるスキルや経験について、教えて頂けますか。また、IMFへ就職を考えている方へメッセージがあれば、お願いします。
A. IMFの主な職務として、各国のサーベイランスや経済予測が挙げられるため、リサーチのバックグラウンドを持つ方々は、必ずしも向かないのではないかと聞くことがあります。私は、IMF就職前はアカデミアにいた訳ですが、リサーチのバックグラウンドが役に立っていると感じています。例えば、STAでは、各国から提出されるデータの精度や頻度を高めるためのデータ公表の基準に関する取組を進めていますが、これらの取組への参加によってデータの透明性を高めることが、マーケットアクセスへのコストを低下させ、経済成長の契機になることを共著論文で示し、専務理事(MD:the Managing Director)による国際会議のスピーチで引用されました。また、経済構造の多様化の必要性について、モンテネグロのミッションでは、地元の大学のセミナーで大学生へ講演する機会もありました。輸出財・サービスが非常に限られており、国際コモディティー価格の変動から直接影響を受けてしまう点や非関税障壁の影響を証明し、経済発展の足掛かりとして、産業構造の多様化の必要性とそれを推進するための政策についてディスカッションすることができました。近年では、先進国や成熟国では、人口問題と住宅市場が大きなトピックスとなっていますが、日本の空き家問題と人口減少を例にして、都道府県単位において住宅価格と人口変化に非対称の関係があることを示し、住宅政策だけでなく、包括的な地域活性化や規制緩和の必要性を分析しました。この論文は、日本の4条協議のサブペーパーとしても用いられました。IMFの政策や取組がどの様なインパクトを生み出すのか、効果を最大にするために何が必要なのかというような観点をリサーチのアプローチから証明することは、IMFでの政策やサーベイランスなどの枠組みを考える上では欠かせず、とても重要な点となります。そうした意味でも、リサーチのバックグラウンドの方に、是非IMFも就職先の1つとして考えて頂きたいと思います。
※ 特別データ公表基準(SDDS:Special Data Dissemination Standard)に関する論文については、以下のウェブサイトをご覧ください。
・Does transparency pay? Evidence from IMF data transparency policy reforms and emerging market sovereign bond spreads - ScienceDirect
※ MDによる国際会議のスピーチについては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・Harnessing the Power of Transparency
・Generating Public Revenue to Build Resilient Economies
※ 各種Working Paperについては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・IMF Working Papers Volume 2017 Issue 074: The Effects of Data Transparency Policy Reforms on Emerging Market Sovereign Bond Spreads (2017)
・Demographics and the Housing Market: Japan’s Disappearing Cities
・Montenegro: Selected Issues; IMF Country Report 16/80; February 8, 2016
Q. DCでの生活は、どういう感じでしょうか。
A. DCに来る前から習っていた茶道は、DCでも続けています。お稽古の他にも、年に3-4回程、DCやメリーランド州近辺の大学、大学院やコミュニティで、学生や一般の方へのデモンストレーションと呈茶を行い、茶道の歴史、お茶の文化、主客双方がお茶碗を囲んで心を通わせる「一座建立」の気持ちを伝えられたらと思っています。参加くださる方々には、我々の着物姿、お茶道具の形状や色柄の取り合わせ、そして見た目も美しく美味しい和菓子に抹茶のかすかな苦みなど、日本の文化を楽しんで頂いているように感じます。MDにも一服差し上げる機会があり、美しく心が静まると、とても喜んでくださり、嬉しく思いました。
また、中学校に上がる前に止めてしまったピアノを再開し、こちらも定期的にレッスンを受けています。ピアノは、音を聴き指を動かし目で鍵盤を追うことになるため、仕事とは全く違う技術を要するので、とても良い気分転換にもなります。音楽学校でのピアノのコンペティションに参加したり、リサイタルで演奏する機会を通して、忙しい日常生活から少し離れた時間の大切さを感じています。IMFでは、年に1度程、ピアノを始め、弦楽器や声楽など、音楽を楽しむ同僚とともに、Piano Soiree(音楽会)にて演奏する機会があり、適度の緊張と終わった後の充実感や解放感を皆で楽しんでいます。職場で、仕事の話だけでなく、趣味についても話すことのできる同僚がいることは、とても恵まれていると感じています。
石川 丈二 統計局シニアエコノミスト
世界各国の経済に貢献しながら、自身の専門性を高められる仕事
Q. まずは、自己紹介をお願いします。
A. IMF統計局国際収支課のシニアエコノミストとして、マクロ経済統計作成にかかる国際基準の作成、IMFエコノミストへの統計関連アドバイス、IMF加盟国の統計作成支援(テクニカル・アシスタンス)、各種クロスボーダー統計のデータベース運営、といった仕事をしています。2010年に2年間の予定で日本銀行からIMF統計局に出向しましたが、仕事が面白かったため、IMFに残って統計の専門家となる道を選びました。
Q. IMFの統計局での仕事について、教えて頂けますか。
A. 当初は日本銀行で培った業務遂行能力を活かして、IMF統計局の国際収支統計・対外資産負債残高データベースを最新の国際基準に準拠させるプロジェクトのリーダー等を務めました。その過程で、日本の統計だけでなく、統計に関する様々な国際基準や、各国の統計作成実務・課題等にも詳しくなり、国際基準アップデートや課内プロジェクトの取りまとめ、IMF各局や他の国際機関との共同作業(IMFにおける、強靭性と持続可能性を育むための新しいトラスト(Resilience and Sustainability Trust)の設立や各地域開発銀行による特別引出権(SDR:Special Drawing Right)の活用拡大等)にも参加ようになりました。現在は、①最新の国際収支統計作成基準である国際収支マニュアル(Balance of Payments Manual)第7版の執筆、②外貨準備や金融派生商品、国際金融市場関連の統計整備にかかる課内の取りまとめ・ガイダンスノートの作成・公表、③クロスボーダー統計全般に関するIMFエコノミストへのアドバイスやトレーニング、④IMF加盟国に対するテクニカル・アシスタンスやセミナーの実施、統計データのレビュー、⑤IMFアジア太平洋局の中国チームへの参加(統計アセスメント担当)など、幅広い業務に携わっています。国際収支統計を始めとするクロスボーダー統計は各国で必ず必要な基幹統計であり、経済・金融情勢を分析し政策を考える上で示唆に富むほか、国際経済・金融情勢が如実に反映されるため、大いに知的好奇心を刺激されます。また、専門性が高く、IMF各局や加盟国、他の国際機関から日常的にアドバイスを求められるため、自分の仕事が世界に貢献していることも実感できます。
※ 国際収支マニュアルのアップデートや、統計作成にかかるガイダンスノートについては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・Update of the sixth edition of the Balance of Payments and International Investment Position Manual (BPM6)
Q. IMFの統計局に就職するためには、どのような準備が必要でしょうか。
A. 専門性が高いと申し上げましたが、その多くは、日本銀行での仕事を通じて学んだものです。IMF統計局で勤務するにあたり、統計学の学位は、必ずしも必要はありません。私も、大学時代は政治学を専攻していました。かつて同じ課には大学時代にスペイン語を専攻していた同僚もいましたが、彼女は、カナダ統計局勤務により統計に関する知識を身に付けたようです。IMF統計局の主な仕事は、マクロ経済統計基準の作成や、IMFエコノミストへのアドバイス、IMF加盟国の統計作成支援であるため、自ら統計を作成・分析する作業は必ずしも多くありません。統計局で運営しているデータベースのITサポートやデータ入力等も別の専門職が担当しており、統計局エコノミストの役割は、全体の設計や、エコノミストの視点からデータをレビューすることが中心です。自分が担当するマクロ経済統計(金融統計、政府財政統計、国民経済計算、国際収支統計等)によって、フォーカスする分野は異なりますが、どの統計を担当しても基本的には同じです。したがって、経済に興味があり、公的マクロ経済統計に限らず各種統計の作成や分析に関わった経験がある人は、誰でもIMF統計局で活躍できる可能性があります。マクロ経済統計作成のバックグラウンドがなかったケースでは、例えば、シンクタンクで統計に基づく経済分析をしていた人や、銀行監督を通じてデータを扱っていた人が採用されたこともあります。
Q. これまでのキャリアパスやキャリアに対する考え方について、もう少し教えてもらえますか。
A. 私は、ジャーナリストになることを考え、政治学を専攻したのですが、日本銀行に勤務していた先輩が、たまたまゼミに日本銀行での仕事の話をしに来てくれたことが、公的な金融経済関係の仕事に興味を持つきっかけでした。日本銀行では、数年ごとにジョブローテーションがあり、国際金融経済・地方経済の調査・分析、海外事務所における外国政府・中央銀行とのリエゾン、海外中央銀行の円資産運用支援、日本銀行の予算管理・財務省との予算折衝等、国内外の業務分野を経験した上で、クロスボーダー関連統計の作成・分析を行う部署の管理職になりました。こうした中で、海外の専門家としっかりと議論を行っていくことの重要性を実感し、IMFのスタッフとして専門性を高める道を選びました。国際的に活躍する日本人のマクロ経済統計専門家が少ないため、同分野で少しでも日本のプレゼンス向上に貢献したいという思いもありました。IMFにおいても、実務から離れてしまう管理職ではなく、実務・専門家となるキャリアを選び、外貨準備や国際金融統計関連の議論をリードしつつ、国際基準を執筆し、IMFエコノミストやIMF加盟国にアドバイスができる専門性を身に付けました。
Q. IMFのミッションでは、外国訪問等をすることが多いかと思いますが、その際の様子を教えてもらえますか。また、そうした機会を通じて、どのような時に、仕事の楽しさを感じますか。
A. 自分の担当国やIMFのトレーニング・センターが世界中に存在するため、多くの国を訪れる機会がありました。フランスとスペインの間にあるアンドラという小さな国が、2020年にIMFに加盟する際には、当局と協力しつつ、国際収支統計と対外資産負債残高統計をゼロから作り上げました。その統計データは、同国が初めて国際マーケットで国債を発行する際にも、投資家向け情報として使用されるなど、同国経済に様々な形で貢献しています。少しでも雰囲気を感じてもらえればと思いますが、これは、同国でのテクニカル・アシスタンスが、現地の新聞で報道された際の写真です。
また、中米でIMF融資プログラムの交渉をしていたカントリーチームから急遽助けを求められたこともありました。その国が、外国の投資銀行に外貨準備の運用を任せ、複雑な仕組債等に投資していたため、どの資産が外貨準備として認められるか分からなかったのです。その国は、私の担当国ではなかったのですが、依頼があった翌々日に急遽出張することになりました。現地では、100種類以上にわたる証券を一つ一つ精査し、同国の外貨準備の額を確定させるとともに、将来の償還や利払いの影響を取りまとめました。
もう一つ、オーストリアのウィーンで、東欧やロシア語圏の国々の統計作成事務担当者向けに、クロスボーダー関連統計の作成基準・実務に関するセミナーを開催した際の出来事を紹介したいと思います。1人の参加者が金融派生商品に関する統計作成に興味を示し、セミナー中に私に多くの質問をしてきました。彼女は、それまで金融派生商品に関する知識はほぼなかったのですが、セミナーの後も私とやり取りを続け、2年後、彼女の国の国際収支統計や対外資産負債残高統計において、初めて金融派生商品関連のデータが公表されました。もう5年以上前の話ですが、彼女から、その報告を聞いた時は、この上ない喜びを感じたことを、今でもよく覚えています。
統計作成にかかる国際基準やガイダンスノートの作成により、世界全体の統計作成に貢献することにも大きなやりがいを感じますが、このように各国の統計作成やIMFのカントリーチームに貢献して相手の喜ぶ顔を直接みると、この仕事をしていて、本当に良かったと思います。
Q. IMFの勤務環境や、DCでの生活はどのようなものでしょうか。
A. IMFでは、週2回自宅勤務が出来るなど柔軟に勤務することができるほか、年30日の休暇も比較的自由にとることができます。海外出張も多いですが、IMFでは、毎年2ヶ月間、自分の出身国などDC以外からのリモート勤務が認められており、そうした勤務をしている人も多いです。このように、IMFで働く環境の柔軟性は非常に高いと思います。DC近郊は自然環境豊かで、学校のプログラムも詰込み式ではないため、伸び伸び育てるのにも向いているのではないでしょうか。
Q. 最後になりましたが、IMFへの就職を考えている方へのメッセージをお願いします。
A. 私は、IMF統計局に勤務するにあたり、当初から、統計に関する高度な専門知識は必ずしも必要ないと考えています。IMF統計局の募集要項を見ると統計のことなら、全てを知っているスーパーマン・ウーマンしか応募できないようにも見えますが、現場からすると、当初からそれを満たしている人は必ずしも多くはありません。最も大切なことは、マクロ経済統計や経済・金融に関する関心・理解と、新しいことを学び続ける向上心、統計局の同僚、IMF各局、他の国際機関、IMF加盟国等と協力しつつ、様々な統計関連業務を確実にこなせる業務遂行能力だと思います。日本人にぴったりの仕事だと思いませんか。高度な専門知識は、仕事を経験していく中で、確実に身に付いていきます。更に英語に自信がない方もいると思いますが、IMF統計局職員の大多数は、非英語圏出身であり、例えば、私の課のネイティブ・スピーカーは20人中3人だけで、シンプルな英語を強い訛りでゆっくり話すことが当たり前です。特に、海外に出張し、各国の統計整備を手伝ったり、統計作成基準や実務を教えるセミナーを開催する場合、当局やセミナー参加者のほとんどがノン・ネイティブ・スピーカーです。ネイティブ・スピーカーの語彙やスピードに付いていけない人もいるため、ノン・ネイティブ・スピーカーのシンプルでゆっくりな英語がかえって歓迎されるくらいです。このように、IMF統計局で求められる専門性や英語力は、日本人にとって高過ぎることはありません。是非、多くの方々が応募されることを願っています。
峯嶋 愛子 西半球局シニアエコノミスト
変化し続ける経済課題に合わせて自身をアップデートし続ける日々
Q. まずは、自己紹介をお願いします。
A. 私は、東京大学経済学部を終了後、新卒採用で日本銀行に就職し、その後、米国コロンビア大学で経済政策の修士号を取得しました。2006年に日本銀行からIMFに出向した後に転籍し、現在、IMFでの勤務は19年目に入りました。
Q. 現在の部署における職務内容や仕事のやりがいについて、教えていただけますか。
A. 特に印象に残った業務の1つとして、2023年末まで、7年間、欧州局(EUR:European Department)で担当したドイツについて触れたいと思います。ドイツは、日本の3分の2程度の人口水準ながら、日本とほぼ同規模の国内総生産(GDP:Gross Domestic Product)を誇る大国で、製造業(自動車産業など)を軸とした経済構成や、少数のメガバンクと多数の地銀・信金・信組で構成される金融機関構造、社会の高齢化など、日本との共通点が多く、とても親近感を感じました。一方、ユーロ圏に属しているため、独立した通貨・金融政策が存在せず、難民を含め、移民を多く受け入れているなど、日本との違いもあり、仮にそうしたドイツならではの政策を日本に当てはめるとどうなるだろうといった興味が、次々と湧いてくる案件でもありました。
7年間という期間の中で、ドイツのGDP、インフレ、労働市場、財政の見通しを立てたり、潜在成長力や国際競争力を高めるための構造改革の提案を行ったり、ドイツの温暖化対策の有効性について分析をしたり、ドイツのマクロ経済状況や財政政策について、幅広く学ぶことができました。私が関わったドイツ関連の分析は、例えば、以下のとおりです。また、ドイツを通じて、欧州連合(EU:European Union)全般に関わる分析も行いました。
※ ドイツのマクロ経済運営に関連するペーパーについては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・ Scaling up Climate Mitigation Policy in Germany
・ Germany’s Foreign Direct Investment in Times of Geopolitical Fragmentation
・ Impact of High Energy Prices on Germany's Potential Output
・ Germany: Financial System Stability Assessment
※ 最新のEUのマクロ経済上の重要なトピックに関連するペーパーについては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・ Geoeconomic Fragmentation: What’s at Stake for the EU
・ COVID-19: How Will European Banks Fare?
・ Targeted, Implementable, and Practical Energy Relief Measures for Households in Europe
・ Supply Bottlenecks: Where, Why, How Much, and What Next?
ドイツ当局との関係はとても良好で、2023年7月、私が関わった最後のドイツ4条協議の理事会の場で、ドイツ理事から7年間の貢献を評価して頂いたことは、本当に嬉しい出来事でした。
ドイツを担当し始めて3年が経った頃に、新型コロナウイルスのパンデミックが起こりました。働き方が急激に変化する中、100年に1度といわれた世界共通の課題に、IMFの組織一丸となって、他の国際機関(世界保健機関(WHO:World Health Organization)など)や各国当局と緊密に連携しながら対応するという、国際機関ならではの貴重な経験をすることができました。特に、従来の経済予測の手法を当てはめることが妥当ではない状況に陥った際、どういう手法で経済予測を立て、どういった政策を提言するべきか、エコノミストとしての創造性と柔軟性を試された時期でもありました。
コロナ禍が一段落した現在、地球温暖化といった世界共通の問題に加えて、戦争や地政学的分断(geoeconomic fragmentation)といった、国家・地域間のセンシティブな問題に起因する経済課題が増えてきています。第二次世界大戦の経験から、「平和と繁栄は不可分なものである」というビジョンを支えの1つとして作られたIMFという国際機関が、こうした国家・地域間の問題に起因する経済課題にどう取り組むべきなのか、一職員として考えさせられる毎日です。
Q. 職務において必要となるスキルや経験は、どのようなものでしょうか。
A. IMFのエコノミストは、マクロ経済に重要な影響を与えうる事件を迅速に察知し、その事柄とマクロ経済との関連を理論的に理解した上で計量的な分析を行い、その結果に基づいて政策を提言するという一連の作業が行えなければなりません。パンデミック、地球温暖化、人口知能、ジェンダーの問題など、経済に多大な影響を与えうる課題が急激に変化し続けていることに鑑みると、要求される知識やスキルは、マクロ経済経済理論(短期の景気循環や経済成長論)、統計や計量分析の理論と実践、そして何より新しい経済課題に対応できる創造性と柔軟性ではないかと思います。もちろん過去の経験は大きな資産ですが、日々、新しい事柄を学び自分をアップデートし続ける根気が大切であると感じています。
Q. IMFを志望した動機について、教えてください。
A. 大学在学中に、植田和男教授(現日本銀行総裁)のマクロ経済理論・国際金融のゼミに所属していたこともあり、日本銀行やIMFは、就職先の候補として自然に視野に入っていたように思います(ちなみに、植田ゼミ出身のエコノミストは、現在、IMFに4名在籍しています)。日本銀行は、金融政策の企画・立案やその実行、決済システムの円滑かつ安定的な運行の確保を通じて金融システムの安定に貢献するという、とても重要な役割を果たしています。また、その一環として金融機関の「最後の貸し手」という大切な機能も担っています。IMFには、各国当局が担う具体的な政策を実行したり決済システムの運用というような役割はありませんが、国への「最後の貸し手」のような機能を担っているという意味で共通点があるように思います。また、日本銀行の金融政策は、短期の景気循環への対応に重きを置いている一方、IMFでは、潜在成長力の向上を目標とした構造改革などにも関われるという意味で、より広範なマクロ経済政策の議論に携わることができているように思います。
Q. IMFや、これまでの職場におけるキャリアパスについて、教えていただけますか。
A. 前職の日本銀行では、主に金融市場局(金融調節、国内市場調査)と調査統計局(景気動向調査)を経験しました。調査統計局では、経済分析や日本の景気見通しの作成といったIMFのカントリーデスクエコノミストと共通する職務を経験しました。また、金融調節の現場では、日々変動する金融市場の参加者の皆さんと意見交換をしたり、金融政策を実行するという貴重な経験を得ることができました。
IMFでは、5つある地域局の中の4つの局(アジア太平洋局(APD:Asia and Pacific Department)、EUR、中東中央アジア局(MCD:Middle East and Central Asia Department)、西半球局(WHD:Western Hemisphere Department))に加えて、財政局(FAD:Fiscal Affairs Department)に所属し、幅広く、地域や経済政策分野を経験する機会に恵まれました。地域局では、先程申し上げましたドイツのような先進国だけでなく、所得水準が低い国(例:アフガニスタン、パプア・ニューギニア)、カリブ海や太平洋の小さな島国(例:サモア、バルバドス)、通常であればあまり訪れる機会がないであろう国(例:アフガニスタン、イスラエル、トルクメニスタン)などを担当しました。これらの国の一部には、IMFから融資を受けている国もあり、こうした国々については、通常の経済分析に加えて、事前に合意した財政収支や外貨準備などの水準が満たされているか、構造改革案が達成されているかどうかを確認し、達成されていない場合には、その見直しに関する交渉を行いました。また、他の国際機関(例:アジア開発銀行(ADB:Asian Development Bank)、世界銀行(WB:World Bank)、米州開銀行(IDB:Inter-American Development Bank))や開発援助機関(例:アメリカ合衆国国際開発庁(USAID:United States Agency for International Development、国際開発省(DFID:Department for International Development))と連携し、それぞれの得意分野を活かしながら、当該国をサポートしていくという経験も得ることができました。更に、FADでは、財政の専門家という立場から、地域局のチームをサポートしたり(例:イスラエル、タンザニア、ブルガリア)、IMFの主要なパブリケーションである財政モニター(Fiscal Monitor)を執筆しました。
Q. 最後に、IMFへの就職を考えている方へのメッセージをお願いします。
A. 日本の若い世代のパスポート所持率が下がっていると聞きます。円安で海外旅行を控えるという向きもあるかもしれませんし、インターネットで世界中の情報を得られるというのも事実でしょう。ただ、もし内向き志向が高まっているとしたら、見分を広げることによって、「自分が何を知らないかを知る」という大切な「気付き」の機会を狭めてしまっているのではないかと危惧します。私自身は、世界を知れば知るほど、多様性の根底に流れるおよそ人間活動の共通点の多さというものに気付くようになりました。仮に最初の就職先としてではなくても、どこかの段階で、経済学という共通言語を喋る世界各国から集まった優秀な人々が集まるIMFという場で、自身の知見を広げるとともに、世界経済の発展や安定に貢献するという仕事に興味を持ってもらえると嬉しいです。
横山 明彦 金融資本市場局 グローバル市場分析課シニアエキスパート
金融市場での経験や知見を金融システムの安定に役立てる
Q. まずは、自己紹介と、これまでのキャリアパスについて教えていただけますか。
A. IMFは、191の加盟国の全ての国について、担当エコノミストがいるという点でユニークな組織です。また、IMFは、「エコノミストで構成される組織」という印象が強いです。しかしながら、実はエコノミスト以外にも色々な経験を活かして特定の分野の専門家として仕事をするスタッフが多くいます。私も、そのうちの一人で、金融資本市場局(MCM:Monetary and Capital Markets Department)のグローバル市場分析課(GA:Global Markets Analysis Division )で、金融の分野のエキスパート(FSE:Financial Sector Expert)として、7年前に中途採用されました。最初の私のキャリアは、理系の大学院修了後、東京の外資系金融機関の市場部門でスタートし、米国人上司と2人で、市場調査部門の立ち上げに携わりました。入社内定後の英語テストでは、同期内で下から3人に入っていたにもかかわらず、日本語を話せない上司の下で働くことになり、入社早々、現実のリスクとして解雇を認識して焦ったことも、今となってはいい思い出です。当時の仕事としては、毎日の市場レポートや市場関連データベース構築に始まり、市場戦略立案、取引の対顧客提案を担当し、14年程働きました。その後、財務省国際局の定期任用ポジションに応募し、外貨準備の運用などに数年間携わった後、IMFに転職しました。IMFは、公的な組織であり、それまで役所はおろか、日本の組織での勤務経験がなかった私にとって、財務省時代の経験は、大いに役立っています。財務省時代には、外貨準備管理に関する国際会議などを通じ、国際機関や他国中銀の方々と仕事をする機会に恵まれました。今振り返ると、そうした機会を通じ、国際機関で自分が民間金融機関と公的部門の両方から得た経験や知見を活かして仕事する姿をおぼろげながらもイメージできたことが、その後のIMFへの応募につながったのではないかと思います。
IMFへの応募にあたっては、当時の財務省での上司やIMF勤務経験のある先輩の方々に、応募プロセスのみならず、推薦文を書いていただいたり、レジュメを添削していただいたり、面接で訊かれそうな質問や答え方のアドバイスなど、本当にお世話になりました。応募に当たっては、情報が全くないに等しかったので、こうしたサポートは本当に有難かったです。当たり前のことですが、後に転職するにしても、一たび勤務した職場でチームワークを大切に精一杯仕事をし、同僚との良好な関係を維持しておくことは、後々のネットワーキングも含めて、何かとプラスになります。また、私の場合、IMFへ転職した時点で既に47歳でしたので、周りには引退して悠々自適生活を送っていた元同僚も中にはおり、「今から海外に転職!?」と呆れられるやら、感心されるやら、様々な反応でしたが、採用において、年齢を問われることも一切なく、また、入ってみるとスタッフの平均年齢が意外に高いこともあり、特に引け目を感じることも今のところありませんでした。この点は、年齢を理由にチャレンジを躊躇っている方には、強調しておきたいと思います。
Q. 金融資本市場局(MCM)では、どのような仕事をされていますか。
A. MCMにおいて、私が所属しているグローバル市場分析課(GA)の使命は、金融市場におけるIMFの目となり耳となることであり、市場サーベイランスと分析、IMF内への共有、それに基づく政策提言を仕事にしています。元々は、世界経済見通し(WEO:World Economic Outlook)を作成する調査局(RES:Research Department)に属し、市場モニタリングのためのユニットとして始まったと聞いています。1990年代後半、アジア金融危機の直後、当時のIMFの筆頭副専務理事(FDMD:First Deputy Managing Director)であったスタンレー・フィッシャーが、「市場の声に耳を傾ける」ことの重要性を強調したことに象徴されるように、金融市場は、従来の経済指標では明らかにならないようなリアルタイムでの期待や金融システムの脆弱性を反映している可能性があります。そのような金融市場の分析の重要性が、度重なる金融危機の経験を通じて広く認識され、市場サーベイランスは、次第に各国政策当局間で本格化していきます。IMFにおいても、GAは、MCMに移り、米国住宅市場に端を発する世界金融危機などを経て拡大し、現在では、ロンドン、ニューヨーク、香港の事務所スタッフや、アシスタントを含めて、38人が所属する課になっています。
主なアウトプットとしては、年に2回、WEOと同時に刊行される国際金融安定報告書(GFSR:Global Financial Stability Report)というIMFのフラッグシップ・レポートと、グローバル・マーケット・モニター(GMM:Global Markets Monitor)という日次のレポートになります。GFSRについては、GAは、主に、世界の金融安定性に関する評価・分析を行う第1章を担当しています。GFSRは、特に世界金融危機以降、金融安定に関するIMFの見解を伝える媒体として開花したとも言えますが、ここまでの成功の重要な要素の1つは、計量分析と市場参加者の投資行動、そして金融市場や規制に関する知見の高い次元でのバランスです。そのためには、様々な得意分野を持つ同僚とのチームワークも、極めて重要となります。GFSRが扱う対象は広範に渡りますが、半年毎に、そのすべてを網羅することを意図しているのではなく、主に、今後6~18ヶ月間の金融安定性に大きな影響を及ぼすであろうテーマやリスクをピックアップして取り上げています。例えば、現在では、地政学リスクや経済の先行き不確実性が高まっているにも関わらず、株式などのリスク資産価格が堅調に推移し、金融市場のボラティリティが低位にとどまっていること等は、重要なテーマになります(2025年2月以降は株価調整中)。また、俯瞰してみると、規制動向や技術革新によって市場構造は変化していきますので、広く深くアンテナを張って最新動向にキャッチアップしていくことも重要です。例えば、金融危機以降の資本規制強化により、リスクを取る主体が銀行から非銀行金融機関(NBFI:Non-Bank Financial Intermediation)に代わってきていること、リスクをとる対象も、長く続いた低金利環境の影響もあり、株式・債券といった従来の伝統的資産だけでなく、オルタナティブ投資や暗号資産を含む非伝統的な資産へと範囲が拡大していること、そして取引やマーケットメイクについても高頻度アルゴリズム取引やAIや機械学習の台頭を背景として、リスク資産価格の挙動が変容しつつある可能性などに留意していく必要があります。GFSRに載せきれなかった分析や、他部署と連携して行った調査分析はペーパーにまとめて公表することもあります。例えば最近では、高金利環境下における企業の資金調達の脆弱性についてまとめました。
日次レポートであるGMMは、新興国を含む幅広い地域をカバーし、金融市場の動向や、市場参加者の見方をまとめています。スタッフが交替で地域毎に手分けして担当しますが、金融センターであるロンドン、ニューヨーク、香港のスタッフが当地の市場参加者との対話によって得る情報は特に重要です。GMMは、IMF内のスタッフだけでなく、加盟各国の財務省、中央銀行、金融規制当局にも広く配布されており、毎日のメールでの配信数は、IMF内外を合わせて数千にのぼります。
※ GFSRやブログについては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・ Global Financial Stability Report
・ IMF BLOG
・ Corporate Sector Vulnerabilities and High Levels of Interest Rates
Q. IMFの魅力や仕事のやりがいについて、教えていただけますか。また、IMFを今後目指す方に、メッセージをお願いします。
A. 金融システムの脆弱性分析は、市場における収益最大化と裏表であり、投資やレバレッジが集中するところが焦点になります。民間金融機関で培ったスキルや経験、ビジネス感覚を金融システムの安定性向上のために役立てることができるという点は、とてもやりがいを感じています。
そして、私が所属する課GAのスタッフ構成は、エコノミストと金融セクターのエキスパートが概ね半々で、金融セクターのエキスパートの中には、民間金融機関の出身者もいれば、中央銀行や金融規制当局で活躍していたスタッフもおり、得意分野は多様です。エコノミストの中には、EPとして採用されたスタッフもおり、GAで経験を積んだ後はローテーションで地域担当エコノミストなどになっていきます。また、GAでは、大きく3つのグループに分かれ、先進国市場、新興国市場、金融機関をそれぞれ主に担当していますが、トピックによっては垣根を越えた協同作業もあります。GAでは、業務の性質上、エコノミストであっても業務を通じて金融市場に精通していくことが求められ、逆に、必ずしも経済学のバックグラウンドを持たない市場関係出身者も、社内で効率的にコミュニケーションするために、経済学やモデリングの知識が求められることになります。こうした職場は、お互いにとってなかなかチャレンジングですが、旺盛な知的好奇心さえあれば、様々な分野で経験豊富な同僚から日々の対話を通じて多くを学ぶことができ、非常に魅力的な職場です。
更に、IMFは、研修プログラムもなかなか充実しており、私も採用が決まった後にオンライン研修でファイナンシャル・プログラミングや経済分析のみならず、IMF流のライティングのコースを受講しました。現在も「五十の手習い」で、RやPythonによるコーディングを隙間時間に勉強中です。IMF内のキャリアとしては、基本的にFSEとして中途採用されると、その専門性から活躍の場はMCM中心になる場合が多いですが、希望すれば、4条協議や金融セクター評価プログラム(FSAP:Financial Sector Assessment Program)に参加する機会もありますし、また、将来のキャリア形成のためにエコノミストになるためのパネルを受けて、コンバートすることも可能です。
このように、世界各国から集まる優秀な同僚達と、経済・金融システムの安定を目指して切磋琢磨しながらお互いの考え方をぶつけ合い、共に仕事していくことは刺激的かつ得難い経験です。今後、より多くの日本人スタッフが、IMFで活躍し、キャリアの幅を拡げていくことを祈念しています。
柴田 一平 欧州局エコノミスト
政策に活きる研究にやりがい
Q. まずは、自己紹介をお願いします。
A. 私は、アメリカ創価大学を卒業後、ニューヨーク大学にて修士課程を修了した後、カンザスシティー連邦準備銀行で研究助手(Research Associate)として働き、シカゴ大学で経済学博士課程を取得しました。IMFには、2016年に、エコノミスト・プログラム(EP:Economist Program)という制度でエコノミストとして、採用されました。IMFでは現在、ポルトガルとスペインの担当チームに所属し、政府の予算を評価したり、国内総生産(GDP:Gross Domestic Product)、インフレ、財政収支の予測を担当しています。また、経済研究に基づいた経済政策も行っています。IMFは、年1度経済の4条協議のサーベイランスを実施し、経済政策に関する見解を提供しておりますが、直近に行われた対ポルトガル4条協議のスタッフレポートに寄稿した分析では、経済発展、社会的包摂、環境の持続可能性を促進することを目的として、加盟国間の様々なプログラムやプロジェクトを支援するために欧州連合( EU:European Union) によって加盟国に提供される資金( EU 資金)に経済効果はあるかを推計しました。このプロジェクトでは、企業レベルのデータを用い、計量経済学的手法を用いて、企業の労働生産性にプラスの影響を与えているとの因果関係を導き出しました。このような EU の資金が実際に企業業績の向上に貢献しているかどうかについては議論があり、私たちの研究は、そのような議論に対して、実証的証拠を提供することができました。
Q. なぜ経済学やIMFの様な組織での就職を志したのでしょうか。
A. 私は日本で高校卒業後、米国カリフォルニア州にあるリベラルアーツカレッジであるアメリカ創価大学へ進学しました。経済学の道に進んだきっかけは、私が大学1年生の時に受講した経済学の入門クラスの中で、担当教授が、自らの貧困の中で暮らした自身の経験と、人々の経済的基盤向上に貢献することを志して、経済学者にキャリアを転向した経緯を語ってくれたことです。日本で生まれ育ち、貧困や極度の経済格差を経験したことがなかった私にとって、教授の話は衝撃的であり、経済学は、人々の生活の経済的向上を推進するような効果的なツールになると考えるようになりました。さらに、大学3年生時の海外留学で、所得格差を目の当たりにし、将来、経済学の博士号を取得して、人々の生活向上に影響を与える経済政策の立案に貢献したいという思いが固まりました。
Q. IMFに入社した経緯と、IMFでの経験は、どのようなものでしたか。
A. 2016 年に経済学博士号を取得した後、EPという制度で、IMF に入社しました。このプログラムでは、入社後、機能局(Functional Department)と地域局(Area Department)1年半ずつ、3年間働く中で、IMF内でどのような仕事があるのかを学ぶ機会が与えられます。私の場合、EPの1つ目のローテーションとして、IMF の戦略政策審査局(SPR:Strategy, Policy and Review Department)で、キャリアをスタートしました。私は、各国のチームが作成する報告書(スタッフレポート)に整合性があるかをレビューするとともに、アフリカ局(AFR:African Department)のリベリアチームに配属され、リベリアの債務の持続可能性を評価する担当となりました。リベリアは、人口500万人強、1人当たりGDP約800ドル(日本の1人当たりGDPは3万7000千ドル)の小さな国です。1989年以来、長年にわたる内戦に苦しみ、2003年に和平合意が成立したばかりでした。2005年には、エレン・ジョンソン・サーリーフさんがアフリカ初の女性大統領に選出され、2006年から2018年まで大統領を務めました。また、女性を平和維持プロセスに参加させる取り組みが評価され、2011 年にノーベル平和賞を受賞しました。リベリアは、2014年のエボラ出血熱の流行で数千人の死者と、重大な社会的・経済的混乱等の深刻な影響を受けました。私は、エコノミストとしてリベリアのチームに加わり、同国がエボラ出血熱撲滅を宣言されてから4ヶ月後の2016年10月に、最初のミッションに参加しました。このミッションには、拡大クレジットファシリティ(ECF:Extended Credit Facility)に関する4半期毎のプログラムレビューが含まれており、私たちのチームは、財政目標、インフレ率、対外収支など、合意されたプログラム目標に照らして国の経済実績を評価することが任務でした。私たちは、年に4回、毎回2週間リベリアに行きました。博士課程の学生オフィスで1人で博士論文に取り組むこととは、全く異なる経験でした。中央銀行や財務省を含め、当局の方々とリベリアがどのようにして経済安定を達成できるかについて、徹底的に議論しました。また、サーリーフ前大統領とも、1度会談する機会を得ることができ、貴重な体験となりました。
EPの2つ目の ローテーションのとして、2018 年から 2019 年にかけて西半球局(WHD:Western Hemisphere Department)に移り、ラテンアメリカの 2 つの隣国同士であるガイアナとスリナムという国の担当になりました。ガイアナは、1人当たりの石油埋蔵量が世界で 2 番目とされており、 2019 年末に石油生産を開始する直前でした。私たちは、ガイアナ当局と、資源の呪い、経済学でいう、いわゆる「オランダ病」を改善する方法について話し合いました。オランダ病は、天然資源 (石油やガスなど) からの収入が、突然流入し、国民所得が急激に増加する時に発生します。外国人購入者が資源を購入するにつれて、自国通貨の需要が高まり、通貨の上昇につながります。これは、他の分野にも影響を及ぼします。通貨価値の上昇により、製造業や農業等の他の産業からの輸出がより高価になり、国際競争力が低下します。急成長している資源セクターへの資源のシフトが起こり、他の産業への投資や雇用の減少につながる可能性があります。資源セクターへの過度の依存は、特に世界的な商品価格が変動又は下落した場合に、脆弱性を生み出す可能性もあります。更に、これによる長期的な影響は、経済の停滞や資源ブームに関係のないセクターの衰退の可能性があり、経済の多様性の低下につながります。ガイアナ当局の方々とは、インフラ、教育、その他の分野への投資などの戦略について、オランダ病の影響を軽減するのにはどうしていくべきかを議論し合うなど、一国の経済政策全体を考えるという意味で、有意義な経験をさせて頂きました。
3年間のEPの間、プログラムとサーベランスの業務に従事した後、EP卒業と同時に研究部門に移り、2019年から2022年の3年間、大学院時代から興味を持っていた労働市場の問題に取り組みました。この時は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行していた時期でした。 2020 年に危機が到来し、私は、政策指向の研究に集中することができ、3年間で9 本の IMFワーキングペーパー(研究論文)に取り組むことになり、そのうちのいくつかは、学術雑誌に掲載されました。これらの論文の多くは、政策立案者が関心を持っている新型コロナウイルス感染症特有の問題に焦点を当てたものでした。例えば、新型コロナウイルス感染症危機が労働市場における分配や平等性にどのような影響を与えるか、新型コロナウイルス感染症がデジタルスキルの増加を引き起こしたかどうか、労働市場のミスマッチ、すなわち求職者が持つ一連のスキルと市場で求められているものスキルの不一致は、パンデミック後の労働市場の逼迫と雇用回復の遅れの共存に貢献しているか、といったものです。
※ 新型コロナウイルス感染症特有の問題に焦点を当てた論文については、以下のリンクをご覧ください。
・ The distributional impact of recessions: The global financial crisis and the COVID-19 pandemic recession - ScienceDirect
・ Did the Covid-19 Recession Increase the Demand for Digital Occupations in the USA? Evidence from Employment and Vacancies Data | IMF Economic Review
・ Has COVID-19 induced labor market mismatch? Evidence from the US and the UK - ScienceDirect
私が関わらせて頂いた中で、やりがいを感じたプロジェクトの 1つは、環境に優しい雇用、いわゆるGreen Jobsに関するもので、世界経済見通し(WEO:World Economic Outlook)の一章となりました。この章では、労働者が環境汚染の多い仕事からグリーンな仕事に簡単に移行できるか、また、そのような移行に関連して賃金ペナルティがあるかを分析しました。当時は、こうした分析があまり行われておらず、フィナンシャル・タイムズ紙を含め、多くのメディアに注目され、とても充実感を得られるプロジェクトとなりました。
※ Green Jobsに関する分析については、以下のリンクをご覧ください。
・A Greener Labor Market: Employment, Policies, and Economic Transformation
Q. IMFで働く魅力は、何ですか。
A. IMF での仕事は、とても充実しています。私は、国への資金支出の実際の影響を確認できるプログラム国の担当、また、政策立案者にとって最善の決定を下す際の思考の材料となり得る経済分析ができるサーベイランス(監視)の両方のタイプの業務に、やりがいを感じています。また、学術出版の可能性もある政策関連の研究活動も、とても楽しいです。そして、何より、世界中から集まった優秀な同僚と働くことができる環境がとても魅力的であると思います。何か、社会に貢献したい、様々な国から集まった人たちと仕事したいという方には、IMFは、理想的な職場であると思います。
大浦 博子 金融資本市場局金融セクター評価・政策課長
金融システム安定性の分野でフロンティアの仕事
Q. IMFを志望した動機について、教えていただけますか。
A. 私は、子供の頃から海外出勤や移住のある仕事をしたいと思っていました。また、大学生であった90年代には日本の金融危機やアジア通貨危機が起こり、IMFの名前を聞く機会が増え、興味を抱きました。更に、指導教官であった植田和男教授(現日本銀行総裁)に紹介され、大学を訪れたIMFのリクルーターの説明を受けて、「組織のネームバリューに頼るだけではない自分のスキルを磨ける専門性の高い仕事ができて、海外出張の機会もパスポートのページがなくなってしまうほどあり、その上、合理的でホワイトな職場環境!」と、心を打たれたことがきっかけです。
Q. 現在の業務と、これまでの経験について、詳しく教えていただけますか。
A. 日本で経済学学士と修士を終えた後、米国のペンシルバニア大学で経済学博士号を2004年に取得、その後、直ちにIMFに就職しました。IMFでは、金融資本市場局(MCM:Monetary and Capital Markets Department)、アジア太平洋局(APD:Asia and Pacific Department)、戦略政策審査局(SPR:Strategy, Policy and Review Department)を経験しました。この期間、7割を博士号研究テーマ(金融危機の理論分析)と直結している金融市場局で過ごし、その中でも、現在課長をしている金融セクター評価・政策課で、エコノミスト時代も含めて、通算12年を過ごしています。
この20年間、単独のプロジェクトも含め、担当した国は20ヶ国以上になります。APDでは、4年間に、インド、インドネシア、ブータン、モルディブ、東ティモールを担当し、SPRでは、キプロスのIMF借与プログラムや定期レビューに参加しました。MCMでは、日本を含むアジア、中東、アフリカ、欧州など、発展途上国から先進国まで、金融セクター評価プログラム(FSAP:Financial Sector Assessment Program)や技術供与を担当しました。FSAPとは、ストレステストを含めた金融システム安定性、金融規制や金融危機管理システムを包括的に行うプログラムで、1990年代後半のアジア金融危機をきっかけに始まりました。加えて、金融規制の国際フォーラムでのプレゼンテーションや会議への出張を通じて、各国の金融規制政策担当者と、率直な意見交換をする機会にも恵まれました。
Q. 1番やりがいのあったプロジェクトについて、教えていただけますか。
A. 私にとって、やりがいのある仕事や職場環境とは、1)ある程度、自由に創造力を働かせる機会があり、知的好奇心が満たされること、2)培った専門性を活かし、更に分析スキルを発展させる機会があること、3)机上の空論だけでなく、実際の政策決定において、実用性があるメッセージに繋がる分析・仕事をすることです。その意味では、MCMにおける金融システム安定性に関わる仕事は、最適でした。
金融システム安定性に関する仕事は、世界金融危機後に大きくなりました、新しい分野です。各国中央銀行は、一勢に新しい部署を作り、定期的な報告書(日本銀行の金融システムレポートに相当)を出版するようになりました。IMFは、FSAPを通じて、既にストレステストや金融規制の評価などの経験を積み上げていたので、一躍、この分野でのフロントランナーとなり、FSAPに加えて、各国への技術供与やセミナーに招待されるようになりました。
私は、2009年から2014年の間、金融セクター評価・政策課に在籍し、世界金融危機や欧州債務危機の時期に、米国や欧州各国へのFSAPに参加する機会を得て、難しい状況にある各国の政策決定に影響を与えることができました。その中で、新しいモデルを開発し、論文として発表することもできました。さらに、2017年に、副課長、その後に、課長として、この課の仕事に戻る中で、今度は、気候変動やフィンテック、ノンバンク金融機関など、新しいトピックに対応してきました。特に、気候変動やフィンテックやブロックチェーンに関するモデルを開発する際には、自主的に、大学で、気候変動に関する化学、物理、コンピューターサイエンスの授業を楽しく聴講し、「理系の研究者さんたちスゴイ!」と感動しながら、エコノミスト、ITスペシャリスト、ファイナンスエキスパート、気候変動経済学者、災害リスク・保険のスペシャリストなど、幅広い専門家の皆さんと共に、楽しく仕事を進めることができました。
また、FSAPとは別に、半年毎の局旗艦誌である国際金融安定性レポート(GFSR:Global Financial Stability Report)で、10人前後のチームを率いて、踏み込んだ研究、それに基づく政策提言をするという仕事を3年程することができたことも、いい経験です。特に、2015年の春の旗艦誌で公表した、アセットマネジメントに由来する金融安定性リスクに関する仕事は、満足できる仕上げとなりました。その当時、銀行規制が強まる中で金融取引がノンバンクに次第に移り始め、金融政策担当者や学者の間で、ノンバンク、特にアセットマネジメントに由来するリスクについて、よく聞くようになっていました。ただ、あくまでも感覚的な話が殆どであったので、データを使って様々な数量分析を行っていた私たちの仕事は、IMF内外に大きな影響を与えることができました。その後、政府機関、シンクタンク、有名大学の先生方からセミナーや意見交換の招待をいただけたことは、今でも自慢できる成果です。
Q. 今後の展望についてお伺いできますでしょうか。
A. 気が付けば20年が経ち、プロジェクトチーフに加えて、管理職として組織の全体像を見据え、事業計画を立て、部下を持って、後続育成を考えることが中心になりました。
私は、元々、自分で面白いと思う分析をすることが好きですが、管理職になると、自分で手を動かすよりも、チームメンバーを使って成果を出す方向に転換する必要があり、自分の時間は取りづらくなります。ただ、大きなプロジェクト、最近ではインドのFSAPなどのリーダーになる機会も与えられるので、チームメンバーが出してきた分析を元に、包括的なメッセージを作り上げ、時には各国の政策担当者と異なる見解について議論し、詰めていくという、影響が大きい仕事もできるようになり、それは違った充実感があります。
私は、両親が学校教師の家庭で育ったせいか、自分で思っていた以上に部下を育てる仕事を楽しんでいます。長い目で見れば、成長した部下が将来組織に与える影響の方が、私個人が出した分析やプロジェクトの影響より、大きくなると思っています。自分が提供できる小さなサポートで、1人1人が成長していく姿を見ることは、素晴らしいことであると思っています。退職パーティーで、育てた部下に惜しまれる「先生」となることができれば、最高です。
Q. 学生の皆さんへメッセージをお願いします。
A. 国際機関は、日本の企業や官庁に比べて就職までの過程が長くかかり、就活ルートが分かりにくいので、興味があっても及び腰になってしまうことがあるかと思います。しかし、その分、職務内容の充実度、働き方の自由度、給与福利厚生は高いですし、世界で通じる人材とみなされるので、国際機関間、又は、国際金融センターでの民間企業への一時的・長期的転職や、退職後のフリーランス活動も専門性があれば可能です。何より、世界経済の安定に貢献できる場所であり、公共政策に興味のある方なら、とてもやりがいを感じられる場所であると思いますので、ぜひ考えてみてください。
特別インタビュー
水口 純 日本理事
Q. まず、IMFの理事会(Executive Board)と、理事(Executive Director)の役割について、教えて下さい。
A. IMFには、最高意思決定機関として、財務大臣・中央銀行総裁で構成される「総務会」があり、毎年、190ヶ国の財務大臣・中央銀行総裁が集まり、IMFの最重要事項を決定しています。また、IMFの通常業務は、IMF加盟国を代表する24人の理事で構成される「理事会(Executive Board)」において決定しています。そして、IMFのマネジメントとして、1名の専務理事と4名の副専務理事(うち1名は、岡村健司前財務官)がおり、その下で、約3,000名のスタッフが、総務会や理事会での決定に従って、政策分析・提言(サーベイランス)、融資、能力開発等の職務を行っています。
このような仕組みの中で、私は、24人の理事の一人として、IMFの業務の方針決定に関わっています。日本や米国などの理事は、自国のみを代表していますが、24人の理事が190ヶ国を代表していますので、1名の理事が、複数国(場合によって20ヶ国以上)を代表していることもあります。
A. IMFは、①加盟国経済の政策分析・提言(サーベイランス)、②融資、③加盟国の能力開発といった多方面の業務を行っています。理事室の役割としては、こうした業務に関する意思決定を行う理事会等において、加盟国の意見や方針を発言することなどを通じて、IMFの業務運営・執行に反映させていくという重要な枠割を担っています。その際、理事は、職責上、加盟国の代表のみならず、IMFの「オフィサー」でもあり、IMFの業務執行に最大限配慮する必要があります。IMFが果たすべき役割や取り巻く状況等を十分に考慮に入れつつ、最も効果的・効率的な方法で、自らが代表している国の意見や方針を反映させていくという、いわば「二重の役割」を担っています。その業務の複雑性に鑑み、IMFとの意見調整は、時として粘り強い交渉や協議が必要となりますが、理事室職員一丸となって、世界経済の安定や成長に向けて、日本として貢献しつつ、日本の国益の実現に日々努めています。
また、理事室の活動は、最終的な意思決定を行う正式な理事会への対応のみならず、その前段階として、非公式な理事会(議論目的、報告目的、質疑応答等)や、IMFスタッフからの事前の個別説明や意見交換等のための打ち合わせなどがあり、案件の重要度や緊要性に応じて、それらが複数回セットされることが通常です。その過程で、日本理事室としては、日本の財政当局や金融当局等と、日常的に緊密な連携・情報交換を図りながら、IMFに対して日本の意見や考え方を伝えつつ、最終的に日本にとって適切な方針となるよう、何度も交渉・調整を繰り返していきます。最終的な意思決定を行う場である公式理事会が重要であることはもちろんですが、実際には、こうした事前の非公式な意見調整のプロセスがむしろ大切になることも多いです。現在、出資比率第2位の日本の意見や主張は重みがあり、逆に言えば、それだけ日本の発言には十分な責任と建設性が求められていると思います。特に、日本がG7議長国であった昨年(2023年)は、日本理事室は、政策案件・個別国案件において、IMFのG7理事室間のリード役、そしてG7理事室とスタッフとの関係における意見の調整役を担う場面も多く、IMFが担う様々な国際金融上の課題に関して、日本G7議長下での日本の優先的な関心事項の実現や調整に向けて、奔走した1年でもありました。
A. 日本とIMFの間には70年を超える協力関係とパートナーシップがあります。IMF における日本人職員の比率は、現在、約2.7%ですが、日本のIMF出資比率(約6.5%)に比して、依然として大幅な過小代表*となっています。出資比率第2位の日本が、IMFに引き続き貢献していくためにも、日本人職員の新規採用や昇任の促進は、極めて重要な課題であると考えています。
※ IMFのダイバーシティーへの取り組みは、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ IMF Executive Board Discusses the FY 2020–FY 2021 Diversity and Inclusion Report
日本人職員の増加に向けては、日本理事室としても、世界銀行等の他の国際金融機関、そしてこれらの機関のアジア・東京事務所との有効な連携や協働も視野に入れつつ、引き続き取り組んでいきたいと考えています。今後とも、このような連載を通じて、IMFの具体的な活動やその意義が広く伝えられることを期待しています。