インタビュー・シリーズ「IMFで働く日本人」
世界が舞台、IMFで働こう!
世界190ヶ国が加盟するIMFでは、150ヶ国から集まった約3千人の職員が様々な業務を行っています。日本人もエコノミストを始めとした様々な職務に就き幅広い分野で活躍しています。新シリーズ「IMFで働く日本人」では、日々奮闘する日本人のインタビューを掲載し、IMFにおける業務の内容、仕事の醍醐味、キャリアパスなど、彼らの生の声をお届けします。(順不同・役職は2024年4月時点)
本田 治朗 財政局財政業務Ⅱ課課長
各国の復興・発展のために尽力することに誇り
Q. まずは、自己紹介をお願いします。また、これまでのキャリアを教えてください。
A. 本田と申します。現在、財政局(FAD:Fiscal Affairs Department)財政業務Ⅱ課の課長を務めています。私のIMFでのキャリアは、2001年にエコノミスト(Fungible Economist)として中途採用されたことから始まりました。それ以前は、日本銀行で働いていました。ある国際会議に出席した際に、偶然隣に座っていたIMF職員との会話がIMFへの応募のきっかけとなりました。IMFでの勤務は、23年近くになります。この間、これまで3つの局で経験を積んできました。最初は、財務局(FIN:Finance Department)に所属し、その後、アフリカ局(AFR:African Department)に移り、そして、現在のFADに異動して8年ほどになります。
Q. FADにおいては、どのような仕事をされていますか。
A. 私が現在所属しているFADでは、財政政策に関わる政策提言、調査・研究、及び技術支援を行っています。私が担当している現在の財政業務Ⅱ課では、20人弱のエコノミストと共に、主に、各カントリーチームへのサポートに加え、財政政策に関わる調査・研究を行うことが主な業務になります。
カントリーチームに対しては、FADの知識に基づいて、カントリーチームが適切な政策提案を行うように、財政政策についての助言を行う役割を担っています。カントリーチームが各国の当局と政策協議を行う際には、事前にIMF内でその政策協議の内容について十分に議論しますが、そうした議論では、例えば、その国の財政政策の立場が正しいか、財政政策の予想が適切かといった点に加え、税制改革や社会保障制度改革などの構造改革についても、具体的なアドバイスを行います。また、私たちの部署のエコノミストは、財政政策の専門家としてカントリーチームに参加しています。
財政政策に関する調査は、広範囲に及びます。基本的には、財政政策についての政策的示唆があり、既存の文献と比較して付加価値があるものが調査の対象となります。こうした調査結果は、政策を考えるための有益な情報として扱われます。また、ワーキングペーパーやその他のペーパーとして公表され、財政政策に関する知識の蓄積に貢献しているはずです。私自身は、例えば、高齢化が財政政策の効果に与える影響、後進国における財政政策の乗数効果、財政政策が女性の労働参加に与える影響などについての調査を行ってきました。
こうした業務に加え、各局と協調して組織横断的に行う仕事もあります。例えば、男女平等促進に向けた政策提言や脆弱で紛争の影響を受けている国への対応など、IMF内の各局がそれぞれの専門知識を持ち寄り、協力して進める仕事です。私は、FADを代表して、ガバナンスについての仕事に関与してきました。各国が有効にガバナンス上の諸課題に対応するために、各局と協議した上で、カントリーチームと協調して進めています。
私がこれまで関わった財政政策に関する調査のペーパーは、例えば、以下のとおりです。
・ Aging Economies May Benefit Less from Fiscal Stimulus
・ Exploring the Output Effect of Fiscal Policy Shocks in Low Income Countries
・ The Role of Structural Fiscal Policy on Female Labor Force Participation in OECD Countries
・ Review of Implementation of The 2018 Framework for Enhanced Fund Engagement on Governance
Q. IMF内部においては、どのような異動があり、どのようにキャリアパスが決まって いきますか。
A. IMFには、各加盟国をそれぞれ担当する「地域」局(例えば、アジア太平洋局、アフリカ局など)の他に、マクロ経済政策を機能別に分け、それぞれを担当する所謂「機能」局(例えば、財政局、金融資本市場局)があります。
IMFのエコノミスト(とりわけFungible Economist)は、複数の局でエコノミストとしての経験を積み、キャリアアップを目指します。一つの局に長く留まることなく、一定期間を過ぎると次の局に異動することになります。こうしたIMF内部での人事異動は、基本的に各エコノミストが自主的に行うことになっており、この点は、日本の一般的な企業とは異なります。人員が不足した部署は、人材を募集し、当該部署に興味のあるエコノミストが各自応募していく形です。空きポストに応募した場合、採用に至る前に、インタビューを受けることになります。自分が就きたいポストに応募できますが、当然のことながら、うまく採用されることもあれば、うまく採用されないこともあります。うまくいかなかった場合には、現在のポストに留まり、次の機会を待つことになります。
Q. IMFでの仕事について、日々、どのようなことを感じていますか。
A. 多種多様な業務があり、それぞれの業務で国籍や文化的背景が異なるスタッフと共に仕事を進めていますが、コミュニケーションの重要性を強く感じています。英語を母国語としないスタッフも多く(私自身も含めて)、その中で誤解を生じさせないように、簡潔かつ的確なコミュニケーションを行うことに特に注意を払っています。また、IMFでは、個々が単独で行う仕事は殆どなく、大部分はチームによる仕事です。特定の仕事をチームで効率的に進めていくには、競争的ではなく協力的なチームワークが求められます。そのためにも、全員が一体となって円滑なコミュニケーションを取っていく大切さを感じています。
また、多くのIMFのエコノミストと同様に、私も各国の復興・発展のために尽力することに誇りを感じています。IMFでの仕事の魅力は、各国の政策に関与し、その結果が具体的な成果に結びついたときに感じる達成感です。また、共通の目標に向かって信頼できる仲間と仕事をする楽しさもあります。これまで、すべてが楽しい経験だったわけではありませんが、充実感を感じながら、様々な刺激的な経験をしています。
Q. IMFの仕事では、どのような時に、達成感がありますか。
A. IMFでの仕事の一つの魅力は、政策に関与することです。サーベイランス、プログラム、そして技術支援を通じて、各国の状況に応じた経済政策のアドバイスを行います。理論、分析、そしてこれまでの経験に基づいて、どのような政策を実施するかという経済学の実践的な側面に関与することが醍醐味です。そして、アドバイスに従って政策が実施され、それが目に見える結果につながったときに達成感を感じるような気がします。特に、カントリーチームは、経済政策の計画段階から、各国の当局と直接対話します。ミッションチーフ(カントリーチームのリーダー)としての仕事は困難も多いですが、その一方で、大きな達成感を感じる瞬間もあります。
Q. IMFのミッションチーフは、具体的に、どのような役割を担うのでしょうか。
A. 私は、いくつかのアフリカの国々のミッションチーフを務めてきました。ミッションチーフは、カントリーチームを統括し、IMFを代表して当該国の当局と協議します。また、IMF内の他局との話し合いや他の国際機関等との調整など、当該国に関する広範な業務を担当し、IMF理事会への報告などの役割も担うことになります。いくつかの国のミッションチーフを経験した中で、特に、レソト(南部アフリカの国)のミッションチーフとして、大きな達成感を感じたのを覚えています。その当時、レソトは、3年間にわたるIMFのプログラム融資を受けていました。年に2回、同国を訪れ、当局と面談し、厳しい議論を交わしながら、政策の実施状況を審査しました(その審査結果は理事会に報告され、同理事会の承認の下、IMFによる融資が実行されました)。この期間中、レソトを訪問する度に、当局関係者との面談を行いましたが、年次総会や春の総会の際には、レソト当局がワシントンDCを訪れ、カントリーチームと対話を行いました。こうした頻繁な交流を通じて、相互理解を深め、財務大臣や中央銀行総裁との信頼関係の構築につながっていきました。
このプログラムは成功裏に終了し、経済の安定化、構造改革の進展などの成果を達成しました。勿論、プログラムの成功は、当局側の多大な努力とカントリーチームのメンバーの貢献があったからです。そして、このプログラムが終了した際には、カントリーチームのメンバー全員が招待され、プログラムの成功を祝うパーティーが開催されました。財務大臣や中央銀行総裁をはじめとする多くの政府関係者が出席しましたが、当局とカントリーチームのメンバーはお互いに成果と貢献を称え合い、とても楽しそうでした。私は、何よりも、このプログラムに関与した、多くの人々が集まり、一緒に喜び、称賛する瞬間に、大きな達成感を感じました。
Q. 経済政策に限らず、紛争の影響を受けた国では、汚職など、様々な問題があると思いますが、どのように対峙していくのでしょか。
A. 途上国の仕事に携わると、経済政策を超えて、汚職が発展を妨げているケースに遭遇することがあります。汚職は許されない問題ですが、必ずしも明確な証拠が見つかるわけではなく、対応は非常に困難です。一方、対応を怠ると、経済政策の効果が低減し、経済発展が妨げられ、国民生活に大きな影響を及ぼすことになります。IMFのカントリーチームは、汚職が明らかになった場合には、断固として対応することが求められます。
私が以前担当していたA国は、まさにそのようなケースでした。同国は紛争直後で、現地の生活環境は劣悪だったため、私を含め、カントリーチームのメンバー全員が、できるだけ早く経済復興を実現させたいと願っていたと思います。そのような状況下で、同国の中央銀行において不正取引が行われていることが発覚しました。当局との協議の結果、その取引は取り消され、他の国際機関と協力して、広範囲にわたり、同国のガバナンスを強化するプログラムを実施することになりました。このプログラムの下で、同国のガバナンス体制は、大幅に強化され、目に見える成果となった時は、とても嬉しかったことを覚えています。
安東 宇 調査局エコノミスト
知的好奇心を満たし、政策提言を通して一国の経済運営にも寄与
Q. まずは、自己紹介とこれまでのキャリアを簡単に教えてください。
A. 2006年に京都大学総合人間学部に入学した当初は、漠然と国際機関に興味を持っている程度でした。その頃、世界金融危機でIMFの名前を頻繁に聞くうちに、目指すキャリアパスの解像度が上がり、2010年に京都大学経済学研究科、2012年には給付型のJapan-IMF奨学金(JISP:Japan-IMF Scholarship Program)を頂きながら、米国コロンビア大学博士課程に進学しました。2018年にIMFの新卒採用であるエコノミスト・プログラム(EP)で採用され、統計局、欧州局、調査局と経験してきました。
日本国内のニュースでIMFを耳にするのは、経済危機と世界経済の予測が発表された時くらいだと思いますが、IMFの業務には、国際収支ニーズが発生した国への融資、経済状況を監視するためのサーベイランス、政策能力向上のための能力開発等があり、IMFの公式ホームページでは、より詳細な情報が得られます。本日は、将来IMFをキャリアとして考えている方向けに、公式な情報を補完するものとして、IMFならではの業務という観点から、私自身の経験をお話ししたいと思います。
※ IMFの業務に関しては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・ IMFとは?
Q. 現在の調査局でのリサーチとは、どのようなものでしょうか。また、アカデミックなリサーチとは、何が違うのでしょうか。
A. 現在は、調査局の政府債務や資本フローを担当する課でエコノミストをしており、業務の一つとして世界経済見通しや学術雑誌に掲載するためのリサーチをしています。アカデミックな経済学者と比べて、用いる経済データや手法は共通で、外部の報告者によるセミナーや研究費があるのも似ていますが、政策を扱う組織であることに起因する相違点が2つあると感じています。
一つは、IMFで扱う問題の広さです。どうすれば政府債務のGDP比率を削減できるか、どのような時に為替介入が望ましいか、といったテーマについて、現在所属している課で扱っています。また、単発のプロジェクトとして、気候変動向け政府債券の市場を調べたり、国際金融セーフティーネットの改革や新興国における経済のドル化等、それまでは考えたことがないテーマがトップダウンで提案されることもあります。個人的には、経済予測に関心があり、IMFや政策機関で広く用いられているマクロフレームワークを系統立てて予測する手法を研究しています。このように政策的に重要なトピックであれば何でも担当する可能性があるため、世界経済の変化や有識者の関心に興味があり、新しいことを学ぶのが好きな人には飽きない環境だと思います。
もう一つは、問題に対する回答に政策的含意や有用性が求められることです。学生の頃は、綺麗に解ける経済モデルや不思議な経済現象を鑑賞するタイプの論文も読んでいましたが、IMFに入ってからは、それを前提にした上で、政策の余地はあるか、実務的にどう役に立つか、といった視点で考えるようになりました。組織としても政策的なメッセージを重要視しており、出版前に何層ものレビュープロセスをはさむことでクオリティーをコントロールしています。このような政策的に有用な刊行物には世界中の政策立案者が目を通すため、政策を通してインパクトを与えたい人には理想的な機会だと思います。
※ 政府債務の削減に関しては、「世界経済見通し(WEO:World Economic Outlook)2023年4月」のChapter3をご覧ください。
・ World Economic Outlook, April 2023: A Rocky Recovery
Q. 次に、欧州局やアジア太平洋地域局でのミッションは、どのような仕事でしょうか。ミッションの中では、どのような経験をすることになるのでしょうか。
A. 調査局に移る前には、欧州局でエストニアとラトビアを担当し、オランダやマカオチームにも単発的に参加しました。カントリーチームの業務としては、一国経済の定期健診にあたる4条協議のスタッフレポートの執筆に携わりました。数か月の分析期間をかけて準備した原稿を元に、2~3週間のミッションで関係者と協議し、修正したスタッフレポートを理事会に提出するという手順になりますが、醍醐味は実際に当事者と話せるところにあり、財務省や中央銀行といった省庁の他にも主要産業や各種経済団体と協議することで、データの背後にあるストーリーが学べます。
例えば、マカオミッションに参加したときには、主要省庁、主要産業であるカジノや不動産大手の経営陣、マカオ経済のレポートを定期的に出している香港のアナリスト等と協議しました。そこで得られた情報は、マクロ経済指標の変動を説明するストーリーとしてスタッフレポートに記載されたり、マカオ経済の予測として世界経済見通しのデーターベースに反映されます。カジノ一つをとっても、一国経済への影響という観点から見るため、観光客として訪れるのとは違った面白さがあります。
ラトビアミッションの際には、資金洗浄およびテロ資金供与に関する取り組みが重要なトピックであったため、管轄省庁、以前に問題が指摘された銀行、問題を指摘した米国財務省等との協議に多くの時間を割きました。資金洗浄の手口や銀行の対策、国家としての規制を当事者から聞くことで、教科書や論文には書かれないストーリーが聴けました。
このように、担当国によって重要なトピックは異なるため、190ヶ国が参加するIMFでは様々な問題を学ぶ機会があります。新たな問題を知ることでエコノミストとしての知的好奇心が満たされるだけでなく、分析した結果を当局者と議論する機会があり、政策提言を通して担当国の経済運営に寄与できるという点でやりがいの大きい職場だと思います。
※ ラトビア・マカオのミッションに関しては、以下をご覧ください。
・ Republic of Latvia: 2021 Article IV Consultation-Press Release; Staff Report; and Statement by the Executive Director for the Republic of Latvia
・ People’s Republic of China—Macao Special Administrative Region: 2019 Article IV Consultation Discussions-Press Release; Staff Report; and Statement by the Executive Director for Macao SAR
Q. 統計局でも、EPで働かれたと聞いていますが、どのようなトレーニングを受け、何が学べるのでしょうか。
A. 欧州局の前は、統計局で国際収支統計を担当する部署を経験しました。統計局には、マクロ経済統計を構成する実体経済・財政・金融・国際収支の4セクターすべてのエキスパートが勤務しており、私が配属された課は、国際収支統計のマニュアルの執筆を担当する部署でした。
業務としては、統計局が集めているデータを用いた分析や新たなデータベースの構築に携わりました。簡単なマニュアルの作成から、統計を作成する各国の担当者への研修や対応、統計データを外部と共有するITシステムの構築等、経済統計に関わる様々なプロセスを垣間見ました。IMFが執筆したマニュアルを元に、各国が統計を作成し、集計されたデータがIMFのウェブサイトで公開される流れを見ると、IMFが経済データの分野で重要な役割を担っていることが分かります。
新卒採用後初の配属でしたが、特にエコノミストとして成長できたと思ったのが研修でした。統計局が行う能力開発業務として、IMFスタッフ向けの内部研修のほか、各国の統計担当者をワシントンDCに招待して一つのトピックを2~3週間程かけて掘り下げる外部研修も、多数開催されています。外部向けの研修にも足を運び、教材片手に通訳室で聴講させてもらうことで、各種マクロ経済統計の基礎を学びました。
これらの過程で、膨大な数のデータベースを扱うスキルが身に付き、その後の業務が大幅に効率化されたと実感しています。今考えると、学生の頃は統計ソフトを使って大量のデータを分析するスキルは学びましたが、異なるデータベースの関係やメタデータの読み方について学んだことがなかったため、データベースの違いや数字の具体的な意味、作られた方法等が不安なままデータを扱っていたと思います。いつでもエキスパートに質問でき、体系的に学ぶ機会も多くあるため、マクロ経済を分析するデータサイエンティストに魅力を感じる方には、絶好の学びの場になると思います。
Q. IMFでのキャリアを考えている方へ、メッセージがあれば、宜しくお願いします。
A. すでに経済学の博士号を持っていて、経済政策に興味がある方は、ぜひご応募ください。具体的な進路が未定でも、IMFでのキャリアに興味がある学生の方は、博士課程に進学する際に、JISPに応募すると、給付型の奨学金と同時にIMFでのインターンもついてきますので、必要な資金と情報を集めるための手段としてご活用頂ければと思います。
※ JISPに関しては、IMFのウェブページをご覧ください。
・ JAPAN-IMFスカラシップ・プログラム(Japan-IMF奨学金)とは
武部 美佐 戦略政策審査局シニアエコノミスト
国際通貨制度の安定性確保に直接携われることは、貴重な経験
Q. まずは、自己紹介をお願いします。
A. 私は、日本の大学で経済学の学士号を取得後、資産運用会社に5年間、エコノミスト、ストラテジストとして勤務しました。その後、英国の大学で金融学の修士号を取得し、米国の大学での経済学の博士課程を経て、ミッドキャリアプログラム(職務経験者向けの中途採用)でIMFに就職しました。IMFでは、独立評価機関、アフリカ局を経て、現在は、戦略政策審査局(SPR:Strategy, Policy and Review Department)に勤務しています。IMFに就職した後に、香港の中央銀行にあたるHong Kong Monetary Authorityと、日本の財務省への出向も経験しています。
Q. IMFを志望された動機は、何でしょうか。
A. 大学卒業後、金融市場で働いていた私は、国際金融市場の優秀な実務家エコノミストの多くが、IMFや世界銀行の出身者であることを知りました。そのため、一流の実務家エコノミストとして活躍するためには、IMFや世界銀行の経験が必要なのではないかと思ったのがきっかけです。調べていくうちに、IMFの職員が非常に高い専門性(特にマクロ経済学)を持っていること、ほぼ全世界の国が加盟国であるため、国際的かつ横断的な政策課題に取り組んでいること、また金融市場や政策当局の出身者も多く、深い実務的な知見があることを知り、IMFへの就職を志望するようになりました。
Q. IMFの職務において必要となるスキルや経験は、どのようなものでしょうか。A. IMFのエコノミストとしての業務には、大きく分けると、加盟国の経済政策全般に関する業務と、金融政策、財政政策、金融監督政策等を専門的に担当する業務があります。どちらの業務でも、マクロ経済学の理論と経済政策全般、定量分析に精通していることが求められます。また、IMFでは、英語が標準語ですので、理事会に提出する報告書等を簡潔かつ明瞭に英語で書く力が要求されます。そして、業務上、様々な国の人々と働くことになるため、そうした環境の中でも働ける柔軟性も必要となると思います。
Q. IMFのSPRは、IMFの戦略を決めていく中核となる部局の1つですが、どのような仕事をされているのでしょうか。
A. 現在、私が所属しているIMFのSPRは、その名の通り、IMFの戦略的な方向性に関する業務 (Strategy)、その方向性に基づいたIMFの政策方針の設計 (Policy)、そして実行、評価 (Review) を担当する部署です。私が所属する戦略室(Strategy Unit)は、戦略立案の部分を担当しており、IMFとその加盟国が今後進めていくべき様々な政策を提案する「グローバル政策アジェンダ」の作成、IMF国際通貨金融委員会(IMFC:International Monetary and Financial Committee)やG7、G20との戦略的な連携、特別引出権(SDR:Special Drawing Rights)やクォータを含めた国際通貨システムに関する分析等を行っています。
また、SPRのエコノミストは、所属する課の業務以外に、IMFから融資を受けている国の担当も受け持ちます。この業務では、地域局の各国チームに所属し、IMFの政策方針と齟齬はないかなどを含めて、地域局と戦略政策審査局との連携の役割を担います。私の場合、SPRのエコノミストとして、スリランカの拡大信用供与プログラム(EFF:Extended Fund Facility)とメキシコの柔軟与信枠(FCL:FLEXIBLE CREDIT LINE)を担当しました。
※ グローバル政策アジェンダ、IMFC、SDR、クォータ、EFF、FCLに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ Managing Director's Global Policy Agenda List
・ 委員会、グループ、クラブに関するガイド
・ 特別引出権(SDR)
・ IMF クォータ
・ The Extended Fund Facility (EFF)
・ 柔軟与信枠(FCL)
Q. その中で、印象に残っている業務は、どのような業務でしょうか。
A. 2021年に行われたIMF史上最大規模の6,500億ドル相当のSDRの一般配分にテクニカル・チームのリーダーとして貢献したことが、今までで一番印象に残った業務です。
SDRは、各国の通貨が金の価格に連動していた1969年に、補完的な国際準備資産として創設され、保有国が必要に応じて国際準備通貨と交換できる資産です。SDRの一般配分は、過去に4度行われており、直近の2021年の一般配分は、コロナ渦に見舞われた世界経済システムに追加的な流動性を供給し、各国の外貨準備を補充することを目的として行われました。また、対外ポジションが強固な国は、自国に配分されたSDRの一部を低所得国向けの「貧困削減・成長トラスト(PRGT:Poverty Reduction and Growth Trust)」や新設された「強靭性・持続可能性トラスト(RST:Resilience and Sustainability Trust)」などに振り分けることが推奨され、これまでに、1000億ドル程度のSDRが振り分けられました。こうして、IMFの一番重要な役割である国際通貨制度の安定性の確保に直接携われたことは、IMFの職員として大変貴重な機会だったと思います。
※ SDRの一般配分、PRGT、RST、SDRの振り分けに関しては、以下のウェブサイトをご覧ください。
・ IMF総務会、6,500億ドル規模という特別引出権の歴史的な配分を承認
・ Poverty Reduction and Growth Trust (PRGT)
・ IMF Resilience and Sustainability Trust
・ How Channeling SDRs is Supporting Vulnerable Economies
Q. IMFでのキャリアの中では、IMFの本部以外において、勤務することはあるのでしょうか。また、出向・休職もできるのでしょうか。日本の財務省でも、働かれた経験があると聞いていますが、どうでしたか。
A. IMF職員の大半は、米ワシントンDCにある本部で勤務していますが、本部以外にも世界17ヶ所に置かれた地域能力開発センターや、東京、パリ、ジュネーブ、ニューヨークなどの地域事務所や他の国際機関との連携事務所、約100ヶ国に置かれている駐在代表事務所でも働くこともできます。また、休職・出向制度等を活用して、IMFに在籍しながら、IMFの外の機関で働くこともできます。私の場合、そうした制度を使って、香港の中央銀行にあたるHong Kong Monetary Authorityの調査局にて、4年弱、日本の財務省の国際局にて2年ほど働きました。
特に、日本の財務省では、G7・G20財務トラックの政策企画事務局に所属し、日本議長国の企画、運営に携わる機会を得ることができました。世界経済・政治が揺れ動く中、1986年に設立されたG7と1999年に設立されたG20は、それぞれの役割が大きく変化しており、そうした中で、日本が議長国として何を世界に提議し、まとめていくかといった議論に参加することができたことは、大変光栄でした。また、これまでのIMFでの仕事に比べると、非常に政治的な意味合いも大きく、エコノミストとして、一回り大きく成長する機会であったと思います。
※ 地域能力開発センター、駐在代表事務所に関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ Regional Technical Assistance Centers: IMF Key Issues
・ IMF Resident Representative Offices
Q. 少し話題は逸れますが、ワシントンDCでの生活も、教えてもらえないでしょうか。
A. ワシントンDCには、近現代史を彩る様々な歴史的建造物や多くの博物館、美術館があります。また、世界の政治、外交の中心地ともいえるワシントンDCでは、政治、外交、経済に関する様々な研究機関がそろっており、毎日のように多彩なセミナーが開かれています。一方、地下鉄、車で30分も走れば、緑あふれる地域が広がっており、ニューヨークなどの世界的な大都市に比べれば、通勤時間も比較的短く、閑静な住宅街で暮らすことができるのも、ワシントンDCの魅力の一つと言えると思います。
Q. 最後に、IMFへの就職を考えている方へのメッセージがあれば、宜しくお願いします。
A. マクロ経済や国際金融を専門とするエコノミストを将来の職業と考えている方には、ぜひIMFを選択肢に加えて下さい。IMFそのものが、マクロエコノミストの専門家集団であることに加え、各国の実務家や研究者が、セミナーなどで頻繁にIMFを訪れたり、IMFと共同研究を行ったりしており、IMFでの業務を通じて、世界第一線の非常に活発な政策議論、政策提言、研究に様々な形で関わることができます。
中谷 恵一 西半球局シニアエコノミスト
コロナ禍で重要な政策を矢継ぎ早やに打ち出す国際社会の力に感銘
Q. まずは、自己紹介も兼ねて、IMFで、どのような仕事をされてきたのか、戦略政策審査局(SPR:Strategy, Policy and Review Department)における債務問題への対応から振り返って、教えて頂けないでしょうか。
A. 西半球局(WHD:Western Hemisphere Department)の中谷恵一と申します。WHDは、地域局の一つで、メンバー国のうち中南米の国々を担当するカントリーチームが置かれており、西半球に位置する国・地域を担当しています。現在は、その中で、バルバドスというカリブ海の国の担当エコノミストをしています。
私は、2010年にIMFに入社してから、長らくSPRというIMFの政策全般を策定する局において、公的債務関連の政策を考案する仕事に従事してきました。
G20など国際的な経済課題についての議論の場において、低中所得国の公的債務の透明性強化や持続可能性を巡る議論は、常に最重要課題の一つです。SPRでは、IMFの債務関連政策を考案するとともに、G20を中心とした国際的な議論に触れ、公的債務のモニタリング強化のための枠組みの整備に関わりました。これらは、国際社会の課題設定や問題解決のプロセスについて理解する貴重な機会でした。
2010年代初頭、多くの低所得国では、重債務貧困国(HIPC:Heavily Indebted Poor Countries)イニシアチブという包括的な債務削減が完了し、公的債務が比較的低水準にありました。低水準の債務は、これらの国々にとっては、新しく生み出された「借入余力」にもなっていました。他方、そこにはインフラ整備や教育・保険衛生分野等の開発ニーズに関連した膨大な資金需要がありました。大規模な債務削減の後で、日米欧などの伝統的な債権国が新規融資に慎重な姿勢を見せる中、こうした資金需要に対応したのが、中国やアラブ諸国等の新興の国々と民間の金融機関や投資家たちでした。しかし、多様な資金拠出者から、多様な借入様式(天然資源収入を担保にした借入やユーロボンド等)による債務の借入が増加したことで、こうした国々の債務水準は、2010年代後半には、HIPCイニシアチブ以前の水準に肉薄し、債務状況の実態が掴みにくくなっていたのです。
COVID-19危機は、そうした中で勃発し、債務状況を世界的に悪化させました。俄かに発生した保健衛生上の資金ニーズに対応しつつ、債務持続可能性を維持するために、G20 とIMF/世界銀行の主導で、債務を一時的に猶予する「債務支払猶予イニシアティブ(DSSI:Debt Service Suspension Initiative)」や債務再編の枠組みが提案されました。コロナ禍で目まぐるしく変化する経済・社会情勢を受けた危機対応の実務は、ハードシップの高いものでしたが、こうした重要な政策を矢継ぎ早やに打ち出す国際社会の姿に感銘を受けたことを覚えています。
SPRで手掛けた具体的なプロジェクトの中で思い出深い仕事に、低所得国向け債務持続可能性分析(DSA:Debt Sustainability Analysis)の作成があります。DSAは、IMFのフラッグシップの分析ツールの一つです。これは、今後予想される経済政策やマクロ経済見通しを前提とした場合に、メンバー国が投資等の必要な支出を賄いつつ、債務返済を続けて行くことができるかどうかを評価するためのツールです。私は、低所得国用に広く利用されているDSAの作成に関わり、分析用のツールキットや運用ルールを定めるチームの主担当を任されることになりました。低所得国向けDSAは、IMFプログラムの設計や、世銀やアジア開発銀行など開発金融機関の支援方針に大きく影響するツールであるため、公正かつ、効果的に機能するツールとルールを整備する必要があります。当時は、責任の重さに圧し潰されそうにもなりましたが、あの時の経験が自分を大きく成長させ、世界的な人材と伍していく覚悟を形成してくれたような気がしています。
その後、2020年に、WHDに異動して、バルバドスという国とIMFとの窓口となり、マクロ経済状況を確認しつつ、経済政策についての相談を受けたり、マクロ分析を実施しています。バルバドスは、人口約30万人程度のカリブ海の小国で、気候変動の影響を著しく受ける島嶼国経済です。2018年に就任したミア・モトリー首相は、就任するやいなや、抜本的な債務再編を含むマクロ経済安定化・成長促進のプログラムを打ち出し、同時にIMF支援プログラムを要請しました。債務再編や構造改革の甲斐があって、COVID-19危機も見事に切り抜け、今は後継のIMFプログラムの下で、さらに構造改革を進めています。バルバドスの場合、マクロ構造改革政策の大きな柱は、当然に気候変動対策への取り組みです。国内でのリーダーシップに加え、同首相は世界の気候変動対策への取組みにおけるオピニオンリーダーとして、世界の首脳たちと共同で多くのイニシアチブを打ち出しています。IMFは、2020年から、気候変動対策などを目的に、強靭性・持続可能性ファシリティー(RSF:Resilience and Sustainability Facility)という新しいプログラムを運用しています。バルバドスは、RSFについての最初のプログラム合意国となりました。世界的なオピニオンリーダーが世界的な議論をけん引する姿を近くで眺め、そのお手伝いに関わることができたことは、かけがえのない経験です。
※ DSSI、債務問題、債務持続可能性枠組み(DSF:Debt Sustainability Framework)、バルバドス、RSFに関しては、IMF、世銀のウェブサイトをご覧ください。
・ Debt Service Suspension Initiative
・ The Debt Sustainability Framework for Low-income Countries -- Introduction
・ Questions and Answers on Sovereign Debt Issues
・ Barbados and the IMF
・ The Resilience and Sustainability Facility (RSF)
Q. IMFでの勤務を希望されるに至った経緯について、教えて頂けないでしょうか。また、IMFで働くために必要な準備とは、どのようなものでしょうか。
A. 私は、日本で大学を卒業後、国際協力銀行(JBIC:Japan Bank for International Cooperation)という日本の政府系金融機関で勤務していました。JBICでは、融資先国のマクロ経済状況やクレジットリスクを評価するエコノミストの業務や、プロジェクトファイナンスの業務に従事することが多かったです。さらに、日米欧などの伝統的な主要債権国が保有する新興・途上国向けの債務について、返済条件の再編や、債務削減を協議する場であるパリクラブという債権国会議の実務にも従事していました。
私のようにミッドキャリア(職務経験者向けの中途採用)でIMFに入社する場合、その道筋は多種多様です。私のケースでは、2010年にJBICからIMFに出向の機会を頂いたことが、現在に至るIMFでのキャリアに繋がっています。3年間の出向の後、暫く日本に帰国していましたが、ご縁があって2014年に本格的にIMFに移籍しました。IMF出向中は、自身がそれまでのキャリアで得た国際的なプロジェクト融資や債務再編に関する知見や経験をできる限り活かすことで、付加価値を生み出しつつ、IMFの政策や分析の枠組みについての理解と、英語力の涵養に努めました。IMF移籍に当たっては、こうした実務的な知見と、段取りや丁寧な調整、熱心な自己学習の姿勢などが評価されたのではないかと考えています。
IMFの共通言語は、経済学です。必ずしも経済学の博士号がないと業務において太刀打ちできないということはありません。しかし、一通りの経済分析や理論、経済勘定や統計の考え方について理解していて、そうしたものを使って議論する力は最低限必要となります。IMFは、経済研究そのものを目的としている機関ではありませんが、各種の経済問題について、経済理論や実証を用いて分析し、説得力のある政策を提案することも求められます。また、政策を検討する際には、各種マクロ政策についてIMF的な思想や考え方があるので、世界経済見通し(WEO:World Economic Outlook)をはじめとするIMFの各種の発信を通じて、それらをよく理解していることが望まれます。
一方、IMFでは、担当国の財務大臣や中銀総裁、政府の高官と政策について協議・調整の上、合意された政策を経済状況の推移に合わせて遂行していく必要があります。世界では、地政学的な対立や分断が進み、国際協調や多国間主義が重要な岐路を迎えています。対立の時代には、合意形成がより難しくなり、相手の言い分を理解しつつ、議論を尽くして、自分の考えを説得力をもって伝える力が必要とされます。このため、コミュニケーションや調整能力、所謂「落としどころ」を探るといった能力が、以前にもまして重要な素養となります。外国語のコミュニケーションは、私を含め帰国子女でない日本人にとっては、不利となるケースが多いですが、きちんと段取りを考えて成果を纏めたり、相手の主張に配慮しながら合意形成を行うというような点については、日本人が得意なことも多い気がしています。
実際に、IMFでは、その時々の世界経済や担当国の重要課題について、適切なマクロ経済分析の手法を用いて分析の上、政策的処方箋を描く能力、その一方で、IMFプログラムなどの実務を円滑に実施するための実務・調整能力を、バランスよく兼ね揃えている人が活躍されている気がします。
※ WEOに関しては、IMFのウェブサイトをご覧ください。
・ World Economic Outlook
A. 世界経済の潮流における中心的な場所で、経済課題について考えて、世界の政治的リーダーやオピニオンリーダー、政府の方々と議論し、政策提言ができる機会はなかなかありません。有能なエコノミストが世界から集い、切磋琢磨する経験は、相応にチャレンジングですが、とてつもない成長の機会を提供してくれます。私も、IMFへの挑戦にあたって、十分な自信があった訳ではありません。おそらく、多くの同僚たちもそうだったのではないかと思います。少し背伸びして、Learning by doingを覚悟して思い切って飛び込んでみては如何でしょう。自己の成長にコミットして、強い仲間たちと切磋琢磨していれば、きっと数年後には自分が踏んだ大きなステップに驚かされることになると思います。国際金融やマクロ経済分析の分野でキャリアを積みたいと思っている方々には、ぜひ挑戦して頂いて、世界的な舞台で、ご自身の潜在力を解放して頂きたいと存じます。地政学的な対立が深まり、不確実性が高まるこの世界にあって、そうした日本人の方々が増えることは、世界と日本の両方にとって、とても意義があることだと思います。