IMF世界経済見通し
2019年1月 改訂見通し
2019年1月
成長の力強さを失う世界経済
- 世界経済の拡大は力強さを失ってきている。2018年の経済成長率は、ヨーロッパやアジアを中心に2018年10月の「世界経済見通し」の予測よりも成長率が低かった国があったものの、10月の同予測同様に3.7%であったと推定される。世界経済は2019年に3.5%、2020年に3.6%のペースで成長すると予測されているが、これは10月時点での予測と比べてそれぞれ0.2%ポイントと0.1%ポイントの下方修正である。
- 世界経済の2019年と2020年の成長率予測は2018年10月の「世界経済見通し」で既に引き下げられていたが、同年それまでにアメリカと中国で行われた関税引き上げの負の影響が理由のひとつであった。前回の「世界経済見通し」以降の下方修正は、部分的には2018年後半に勢いが弱まったことが尾を引いているためである。例えばドイツでは新たな自動車燃料排出基準が導入された後に、また、イタリアでは国債リスクと金融リスクが内需に対して重石となったために、モメンタムが弱まっている。しかし、下方修正の理由はそれだけではなく、金融市場のセンチメントの冷え込みと想定よりも深刻になると今予測されているトルコ経済の縮小もその原因となっている。
- 世界経済の成長率が予測と比べて上振れするか、下振れするかについては、下振れリスクが優勢となっている。見通しに既に織り込まれている以上に貿易摩擦が拡大することが、見通しに対する大きなリスク源であり続けている。秋以降、金融環境は既にタイト化している。とりわけ政府債務と民間債務が高水準にあることを踏まえると、貿易摩擦の拡大以外にも、一連の要因によってリスクセンチメントがさらに悪化し、経済成長にも負の影響が生じる可能性がある。こうした要因になりうるものの例としてはイギリスの「協定無し」での欧州連合離脱や、中国経済の予想を超える減速が挙げられる。
- 各国にとって政策上の主たる優先事項は、有害な障壁を高めることではなく、また、既に減速している世界経済を不安定化させることでもなく、協力して迅速に貿易に関する意見の相違と、その結果生じている政策の不確実性を解消することである。高水準の債務負担が生じ、金融環境がタイト化している環境において、潜在成長率を向上させる施策、包摂性を高める施策、財政・金融のバッファーを強化する施策があらゆる国にとって必須となっている。
弱まる勢いと不確実性の高さ
世界経済の拡大は継続しているが、一部の国々では第3四半期の経済成長が残念なものに終わった。その国特有の要因(ドイツの新燃料排出規制や日本の天災)が経済大国の活動にとって重石となった。しかし、こうした変化が起こっている背景には、金融市場でのマインドの冷え込み、貿易政策の不確実性、中国の見通しに対する懸念といった要因もある。米中貿易紛争において関税が90日間猶予されるという12月1日の発表は歓迎できるが、春に緊張が再び表面化する可能性は世界経済の見通しに影を落としている。
高頻度のデータは第4四半期の勢いがさえないことを示している。アメリカ以外では工業生産が減速しており、この点は資本財で顕著である。世界貿易の成長は減速し、その成長率は2017年の平均を大きく下回っている。根底にある勢いの本当の強さはデータが示しているよりもさらに弱い可能性がある。というのも、重要指標の数値は関税引き上げに先立つ輸入の前倒しによって押し上げられたものかもしれないからだ。くわえて、新製品の立ち上げによってテクノロジー製品の輸出が増えたことによっても数値が上昇したのかもしれない。こうした解釈と一貫するかたちで、購買担当者景気指数は新規受注のカテゴリーを中心に将来の活動に対する期待が低下していることを示している。
一次産品と物価上昇
昨年8月以降、原油価格は変動が激しく、これはイランの石油輸出に対するアメリカの政策など供給への影響や、より直近では世界的な需要の弱まりに関する懸念を反映している。1月上旬時点で、原油価格は1バレルあたり約55ドルで、今後4-5年の間この価格帯で推移することを市場も予想していた。金属や農業一次産品の価格は8月以降、若干弱含んでおり、これは部分的に中国の需要がさえないことがその要因となっている。ここ数か月、先進国において消費者物価の上昇率は概ね抑制されたままであるが、潜在成長率を超える成長が続くアメリカで徐々に高まってきている。新興市場国においては、石油価格低下を受けて、物価上昇圧力が緩和されつつあるが、中には通貨安が国内価格に転嫁され、石油安によるインフレ圧力の緩和が相殺されている国もある。
先進国の金融環境
先進国の金融環境は秋以降、タイト化している。株価は一部の国で上昇し過ぎていたきらいもあったが、貿易摩擦が激化し、世界経済の成長が減速する中、企業収益の見込みに対する楽観論が後退したことを受けて、下落している。米政府機関閉鎖の懸念が年末にかけて金融セクターのセンチメントにさらに水を差している。また、主要な中央銀行はより慎重なアプローチを採用している格好である。米国連邦準備制度はフェデラル・ファンド金利の誘導目標を12月に2.25–2.50%へと引き上げたが、2019年と2020年についてはより緩やかなペースで利上げを行うことを示唆している。それまでの情報発信と一貫するかたちで欧州中央銀行(ECB)は12月に資産買入を終了させた。しかし、ECBは金融政策が十分に緩和的であり続けるだろうこと、少なくとも2019年夏までは政策金利の引き上げがないだろうこと、初回利上げ後もかなりの間、保有債券の満期償還金はその全額を再投資に回し続けるだろうことを認めている。成長見通しに対するセンチメントの悪化と政策期待のシフトにくわえてリスク回避の傾向が強まったことは、米国債、英国債、ドイツ国債を中心にソブリン債の利回りを低下させる効果があった。ユーロ圏諸国については、イタリア国債のスプレッドが欧州委員会との間で生じた予算を巡る行き詰まりが解消したことを受けて10月中旬のピークから縮小してきているものの、1月7日時点で270ベーシスポイントと高い水準に留まっている。ユーロ圏の他の国々については、同期間の国債のスプレッドにほぼ変化は見られなかった。国債以外では、米国企業債の信用スプレッドが拡大しており、これには楽観が後退したことと石油安に伴うエネルギー産業への懸念が反映されている。
新興市場国の金融環境
新興市場国の金融環境は秋以降わずかにタイト化しており、国ごとの特定要因に応じて、顕著な違いが生じている。貿易摩擦の過熱とリスク回避の傾向の強まりという文脈の中で、新興市場国の株価指標は同期間に大幅に下落してきている。それまでの石油価格がもたらすインフレ効果が懸念されたことと、一部諸国においてはGDPギャップの縮小と、通貨安の転嫁によるインフレ効果が心配されたことを受けて、チリ、インドネシア、メキシコ、フィリピン、ロシア、南アフリカ、タイといった多くの新興市場国の中央銀行は秋以降、政策金利を引き上げてきている。対照的に、中国とインドの中央銀行は政策金利を据え置き、それぞれ銀行の預金準備率の引き下げとノンバンク金融機関への流動性の供給によって国内の資金調達環境を緩和する行動を起こした。1月上旬時点でメキシコやパキスタンといった例外を除くと、新興市場国の大半で自国通貨建て国債の長期利回りが8-9月と比べて低下している。外貨建て国債の信用スプレッドは大半の国債で少しずつ上昇している。一部のフロンティア市場の国債については大きな上昇があった。
資本フローと為替相場
リスクが比較的大きい資産へのエクスポージャーの度合いを投資家が押しなべて下げようとしている中、2018年第3四半期には新興市場国から純額ベースで見ると資本が流出している。実質実効為替レートでは、1月上旬時点の米ドルは9月から変わりがない。成長が減速しイタリアに対する懸念が生じている文脈の中でユーロ安が2%程度進んだ。EU離脱を巡る不確実性が高まる中、英ポンドは約2%安となっている。一方で、リスク回避の結果、日本円は約3%の円高となった。トルコのリラ、アルゼンチンのペソ、ブラジルのレアル、南アフリカのランド、インドのルピー、インドネシアのルピアは昨年8-9月に記録された同年の最安値から回復してきている。
予測の前提
予測の基になる関税、政策スタンス、金融環境の前提については、前回の「世界経済見通し」とほぼ同じ前提を置いている。
ベースライン予測は2018年9月までに発表された米国関税と報復措置を計算に入れている。アメリカについては、2018年前半に発表されたソーラーパネルや洗濯機、アルミニウム、鉄鋼が含まれる他、500億ドル相当の中国からの輸入品に課される25%の関税にくわえて、2,000億ドル相当の中国からの輸入品に課される10%の関税も含まれている。この10%の関税については現在の90日間「停戦」が2019年3月1日に終われば、25%まで税率が上がる予定である。中国については、アメリカからの600億ドルの輸入品に課される5%から10%の関税が予測に織り込まれている[1]。
2019年と2020年の石油価格平均は前回の「世界経済見通し」で1バレルあたり69ドル、66ドルと予測されていたが、現在は60ドルを下回る程度に下方修正されている。金属価格は2019年に前年比で7.4%下がると見込まれているが、これは前回10月の「世界経済見通し」の予測よりも急な下落である。金属価格は2020年には概ね変化がないと見られている。主要な農業一次産品は大半に価格予想の下方修正がわずかに行われている。
2019年、世界経済の成長は鈍化する
世界経済の2018年の成長率は昨年秋の予測から変わらず3.7%だと推定されているが、2018年後半に見られた減速の兆候を踏まえて、いくつもの国の成長率が下方修正されている。
2018年後半の弱さが今後数四半期も継続し、世界経済の成長率は2019年に3.5%へと低下するだろう。その後、2020年には3.6%へとわずかに改善する。これらの数字は前回の「世界経済見通し」と比べるとそれぞれ0.2%、0.1%の下方修正である。先進国は潜在成長率を超えるペースで経済が成長してきたが、こうした水準から先進国の成長率が持続的に下がること、この成長率の低下が以前の想定よりも急速に起こっていることが私たちの世界経済の成長率予測に反映されている。また、2019年に新興市場国や発展途上国の成長率が一時的に低下することも反映されている。これはアルゼンチンとトルコで経済がマイナス成長になること、また、中国などアジア諸国が貿易措置の影響を被ることを受けたものである。
具体的には先進国の経済成長は成長率が2018年の推定2.3%から2019年に2.0%、2020年は1.7%へと減速していく見込みである。2018年10月の「世界経済見通し」と比べると、先進国成長率の2018年と2019年の予測値はともに0.1%ポイント低くなっているが、これは主にユーロ圏に対する下方修正によるものである。
- ユーロ圏は経済成長のペースを2018年の1.8%から2019年に1.6%、そして2020年は1.7%へと緩めることになっており、2019年の成長予測については昨年秋の予測から0.3%ポイントの下方修正である。域内の多くの国について成長予測が下方修正されているが、顕著な例としてはドイツ、イタリア、フランスがある。ドイツは民間消費の弱まり、自動車燃料排出基準改定後の工業生産の弱さ、低調な外需が下方修正の理由となっている。イタリアについては、内需の弱さと、国債の利回りが高止まりしていることに伴う借入コスト増を受けている。一方、フランスは路上での抗議デモや労働争議による負の影響を踏まえた下方修正となった。
- イギリスの経済成長率については、2019-20年のベースライン予測が1.5%であるが、この予測には大きな不確実性が存在する。2018年10月の「世界経済見通し」から予測数値に変更はないが、EU離脱の結果に関する不確実性の長期化がもたらす負の影響が2019年予算で発表された財政刺激策のプラス効果を打ち消すことが反映されている。ベースライン予測はEU離脱協定が2019年に合意されること、イギリスが新体制に徐々に移行することを前提としている。しかし、1月中旬時点ではEU離脱の最終形がどのようなものになるかは非常に不確実である。
- アメリカの成長率予測にも変更がない。財政刺激策が終了すること、フェデラル・ファンド金利が自然利子率を一時的に超えることを受けて、成長率は2019年に2.5%へと低下し、2020年にさらに1.8%まで下がることが見込まれている。しかし、アメリカ経済は両年ともに推定される潜在成長率を超えるペースで拡大を続けるだろう。内需の力強い伸びに伴って、輸入の増加に拍車がかかり、アメリカの経常赤字を拡大させる方向に働くだろう。
- 日本経済は2019年に1.1%の成長を遂げる見込みだが、これは昨年10月の「世界経済見通し」と比べて0.2%ポイントの上方修正である。この上方修正は主に今年追加で実施される財政刺激策を反映している。例えば、2019年10月に予定されている消費税引き上げの影響を緩和する施策である。成長のテンポは2020年に0.5%へと緩やかになる予測であるが、この数値はこうした緩和策の実施を受けて、2018年10月の「世界経済見通し」比で0.2%ポイント高くなっている。
新興市場国と発展途上国では成長率が2018年の4.6%から2019年の4.5%へと若干低下し、その後2020年に4.9%へと改善すると予測されている。2019年の成長予測については2018年10月の「世界経済見通し」比で0.2%ポイント低い。
- アジアの新興市場国と発展途上国の成長率は2018年の6.5%から2019年に6.3%、2020年は6.4%へと低下する見込みである。アメリカの関税引き上げに伴う影響を一部相殺する財政刺激策にもかかわらず、中国経済は必要な金融規制の引き締めと対米貿易摩擦から生じる影響が相まってペースを緩める。インド経済は2019年に加速する態勢が整っている。石油価格が下がったことと、インフレ圧力の緩和を踏まえて金融の引き締めが以前に想定されていたよりも緩やかなペースで進むことの恩恵を受ける。
- 中東欧での概ね好調な成長にもかかわらず、2019年にヨーロッパの新興市場国と発展途上国では以前の想定よりも成長が減速し、成長率が2018年の3.8%から2019年の0.7%まで下がった後、2020年に2.4%まで回復すると現時点で、予測されている。2019年は1.3%ポイント、2020年は0.4%ポイントの下方修正となっているが、これは政策が引き締められ、外部金融環境がより逼迫する中でトルコ経済が2019年に大きなマイナス成長になり、これに続く2020年の回復ペースがより遅いものになると予測されているためである。
- ラテンアメリカの成長率は今後2年間に2018年の1.1%から2019年に2.0%、2020年は2.5%へと回復することが予想されているが、2019年と2020年の両年の予測数値は前回の予測と比べて0.2%ポイント低い。この下方修正の理由となっているのは、ひとつには民間投資の低下を踏まえてメキシコの2019年から2020年の成長見通しに下方修正があったことである。また、以前の想定を超える規模でベネズエラ経済が縮小することも反映されている。両国に対する下方修正は、ブラジルの2019年の成長率に対する上方修正によっても部分的にしか相殺されていない。ブラジルでは2015-16年に起こった不況からの緩やかな回復が継続する見込みである。アルゼンチン経済は不均衡解消を目的とした引き締め政策が内需を減速させることを受けて2019年に縮小した後、2020年に成長を再開するだろう。
- 中東、北アフリカ、アフガニスタン、パキスタンの地域ではさえない成長が続くことが見込まれ、成長率は2019年に2.4%となった後、2020年に約3%へと回復することが予測されている。この地域の見通しには複数の要因が水を差している。例えば、サウジアラビアでは非石油の活動に伸びが予想されているにもかかわらず、石油生産の伸びに力強さが欠けるため相殺されてしまう。パキスタンでは融資条件が厳しくなることが見込まれ、イランではアメリカによる制裁が、また、いくつもの国で地政学的な緊張が要因となっている。
- サブサハラアフリカでは、成長が加速し、成長率が2018年の2.9%から2019年に3.5%、2020年は3.6%へと上昇することが見込まれている。2019年と2020年の両年ともに昨年10月の予測と比べて0.3%ポイントの下方修正であるが、これはアンゴラとナイジェリアの成長率が石油安を受けて下方修正されたためである。地域全体の予測数値を見ているだけでは、各国成長率の間にある大きな差異が目に入ってこない。サブサハラアフリカでは3割を超える国々が2019-20年に5%を超える成長率を記録すると予測されている。
- CIS諸国の経済活動は2019–20年に約2.25%伸びると予測される。この数字は昨年10月の「世界経済見通し」と比べて若干低いが、短期的な石油価格の弱含みがロシアの成長率予想に水を差したことがその理由である。
見通しに対するリスク
世界経済の成長見通しに対する主要なリスク源は貿易交渉の結果と、今後数か月に金融環境が向かい始める方向性である。もし国々の間で歪みをもたらす貿易障壁をさらに高めることなく意見の相違が解消されれば、市場のセンチメントが回復し、改善した信頼と金融環境が相互にプラスに働いて、ベースライン予測を上回る成長率が実現される可能性がある。しかし、上振れリスクと下振れリスクでは、10月の「世界経済見通し」から変わらず、下振れするリスクが優勢になっている。
貿易摩擦
NAFTAに代わる米国・メキシコ・カナダ自由貿易協定(USMCA)が11月30日に調印されたこと、アメリカと中国が12月1日に関税引き上げに関して90日間の「停戦」を発表したこと、米国産自動車に対する中国関税引き下げが公表されたことは貿易摩擦の鎮静化に向けた歩みとして歓迎できる。しかし、最終的な結果は米中の貿易摩擦については困難となりうる交渉の結果次第であるし、USMCAについては国内の批准プロセス次第である。したがって、世界貿易、投資、GDPは政策の不確実性と現行の貿易摩擦によって脅威にさらされている。相違が解消できず、結果として貿易障壁が高まると、輸入中間財と資本財の価格が上昇し、消費者の最終製品価格も上昇するだろう。こうした直接的な影響の他、貿易政策の不確実性が増し、貿易摩擦の過熱と報復措置に対する懸念が事業投資を減らし、サプライチェーンに混乱をもたらし、生産性の伸びを鈍化させかねない。この結果、企業収益の見通しが悪化することで金融市場のセンチメントが冷え込み、成長がさらに阻害されるかもしれない(2018年10月「世界経済見通し」のシナリオボックス1)。
金融市場のセンチメント
貿易摩擦にくわえて、イタリアの財政政策や、複数の新興市場国の状況、そして年末にかけては米国政府機関の閉鎖が懸念されており、こうした憂慮が2018年後半の株価を下落させる方向に働いた。システム上重要な主要国で触媒として機能する一連の事象が生じると、債務負担がいまだに大きい中で投資家マインドが幅広く冷え込んだり、資産価格の突然かつ急激な調整が起こったりする可能性がある。こうした事象が現実になる場合には、より安全な資産を求めるリスクオフの動きが広まり、世界経済の成長はベースライン予想に届かなくなる可能性が高い。
- イタリア国債のスプレッドは10-11月のピーク時から縮小してきているが、いまだ高水準にある。利回りが高い状態が長期化していることで、イタリアの銀行にさらなるストレスがかかり、経済活動の重石となり、債務の状況が悪化する可能性がある。この他、広範囲のリスク回避を誘発しかねないヨーロッパ特有の要因としては、イギリスが協定無しでEUを離脱して混乱と国際的な波及効果が生じる可能性が高まっていることが挙げられる。また、高まる欧州懐疑主義が欧州議会の選挙結果に影響を与えることもリスク回避を引き起こしうる。
- システム上重要な金融安定性リスクの原因となっている2番目の要素は中国で予想を超える景気減速が起こることである。この事態が生じると貿易相手国と世界の一次産品価格に負の影響が生じる。中国の経済成長が2018年に減速した主な理由は、影の銀行の活動と地方政府による帳簿外の投資を抑制するために行われた金融規制の厳格化であった。また、米中貿易摩擦が過熱し、年末にかけて減速に拍車をかけた結果であった。2019年にはさらなる成長の鈍化が予測されている。中国政府当局は金融規制厳格化の抑制、銀行に対する準備預金比率の引き下げを通じた流動性の供給、財政刺激策の実施、公共投資の再開によって減速に対応してきている。しかし、特に、貿易摩擦が緩和されないといった場合には、経済活動は予想を下回ることになるかもしれない。2015–16年に見られたように、中国経済の健全性に対する懸念は金融市場・コモディティ市場において突然かつ広範囲にわたる投げ売りを誘発する可能性がある。こうした事態は、貿易相手国や一次産品輸出国、その他新興国をストレスにさらす。
貿易摩擦が過熱する可能性、金融市場のセンチメントに広く変化が起こる可能性の他にも、世界の投資や成長を下振れさせるリスクが存在している。例えば、新政権の政策内容の不透明性、アメリカで長期化する政府機関閉鎖、中東や東アジアでの地政学的な緊張である。よりゆっくりと進行する性質のリスクとしては、気候変動の広範に及ぶ影響や、既存制度や政党に対する信頼が失われていくことが挙げられる。
政策上の優先事項
勢いのピークが過ぎたことで、世界経済の成長に対するリスクは下振れリスクが上振れリスクを上回り、多くの国々で政策余地が限られており、多国間でも国内でも政策はさらなる減速に歯止めをかけ、強靭性を高めることに緊急に焦点を当てなければならない。共通の優先事項は経済の包摂性を高めつつ、中期的な成長見通しを引き上げることである。
多国間協調
上記のような直近の好ましい変化を土台として、政策担当者はルールに基づく貿易制度に対する不満の種に対処し、貿易コストを削減し、意見の相違を関税障壁と非関税障壁を高めることなく解決するために協力すべきである。そうした協力が行われなければ、成長が減速している経済を不安定にするだろう。貿易以外の面では、一連の課題についてさらに緊密な協力を促進することで、グローバルな経済統合の恩恵を一層広めることが可能になるだろう。例えば、金融規制改革、国際課税と国際的な脱税の経路の最小化、汚職など腐敗の撲滅、各国が外的ショックから自己防衛する必要性を減らすためのグローバルな金融セーフティネットの強化である。国際社会にとって最も大きな課題は、酷暑、大雨、旱魃といった極端な天候が経済にもたらす破壊的な人道コストと経済コストの可能性を低くするために気候変動に適応し、その影響を緩和することである(2017年10月「世界経済見通し」第3章)[2]。新たなリスク、増大するリスクを抱え、経済が拡大しこれまで以上に複雑になった世界で、IMF資金が十分であることは国際資本市場において安定をもたらす大きな要因であり続けるだろう。
国内政策
先進国、新興市場国、発展途上国の政策優先事項は2018年10月の「世界経済見通し」で議論された内容と概ね同じである。
- 先進国については、成長のテンポが潜在成長率を超えるペースから、控えめな潜在成長率のペースにまで緩やかになるだろう。一部の国は以前の想定よりも減速の時期が早まっている。どの国も生産性を向上させる施策や、労働参加率を高める施策に注力するべきである。とりわけ女性の労働参加率を高めるべきだが、若者の労働参加率向上が重要な国もある。そして、構造変化に脆弱な人々を対象にしたものを含めて適切な社会保険を確保するべきである。金融政策はインフレ期待のアンカリングを確実にしつつ、財政政策は不況対策を行うための政策余地が限られており、それを拡充する必要がある場合には、バッファーの再構築を行うべきである。
ここ数か月、新興市場国と発展途上国は貿易摩擦、アメリカの利上げ、ドル高、資本の流出、激しく変動する石油価格といった困難な外部環境の試練を受けてきた。膨らんだ民間債務の重荷やバランスシートにおける通貨と満期のミスマッチに対処するためにマクロ・プルーデンス規制の強化が必要になる国もあるだろう。為替相場の柔軟性は外部ショックの緩衝材となることでこうした政策を補うことができる。インフレ期待のアンカリングがしっかりしている国では、金融政策によって、必要に応じて国内での活動を支えられるだろう(2018年10月「世界経済見通し」第3章)。外部金融環境の厳しさが増す中で、財政政策は債務比率が持続可能なものであり続けるようにするものであるべきだ。包摂性を高めるために、潜在成長力を向上させ、社会支出を強化することができるが、このために必要な資本支出を確保するためには、補助金対象の絞り込みの改善や、経常支出の合理化が有用である。低所得途上国では、これら分野での取り組みに注力することが、生産構造の多様化(一次産品に依存する国にとっては緊急の重大課題である)や、国連の持続可能な開発目標の達成に向けた前進にとってもプラスとなるであろう。
[1] 2018年10月「世界経済見通し」のシナリオボックス1では、貿易障壁の一層の引き上げが及ぼしうる影響について、試算を行っている。例えば、企業の信頼や市場のセンチメントが損なわれることなどによって生じる影響が推定されている。
[2] 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は現状の気温上昇率を踏まえると、2030年から2052年の間に平均表面温度が産業革命前よりも1.5°C高くなる可能性があると10月に報告している。